「あの、龍神さま」
「白蓮」
「びゃ、白蓮さま。お務めに戻らなくてよろしいのですか? わたしでしたら、もう身体の方は平気ですから……」
目を覚ましてから随分と時間が経過したけれど水聖と人間を守護する龍神、白蓮は暁乃の傍を離れようとはしなかった。
お互いの思いを確認し合ってからというものの彼は唯一無二の花嫁の存在を確かめるように優しく抱きしめていた。
前世で夫婦関係だったとはいえ、新たに生まれ変わった暁乃にとっては、異性に触れることが新鮮でさっきから鼓動が高まったまま。
時々、まるで壊れものでも触るかのような繊細な手つきに、よりいっそう恥ずかしくなる。
頬にかかる柔らかい髪も逞しい身体も初心な彼女にとっては刺激が強く目眩が起こりそうだ。
もう限界に達しそうになった暁乃は顔を真っ赤にさせながら腕の中からそっと彼を見上げた。
そしてばちっと目が合ったかと思えば白蓮に熱い眼差しで見つめられていたことに気がつく。
長時間、眠っていたせいで彼は心配しているのかもしれないけれど本当に身体は何ともなく、嘘のように軽くて元気だ。
人間界にいた頃よりも不思議と体調が良い気がする。
これも異界の水を飲み、本来の力を取り戻したからだろうか。
暁乃の言葉に白蓮は緩めるどころか逆に離すまいと回す腕にぎゅっと力を込めた。
「もう少しだけ、まだ暁乃を感じていたい。それに君が来てから人間界で妖魔の出現が少なくなっているようだ。今すぐ務めに行かなくても大丈夫」
「それも金魚姫の力ですか?」
「ああ。自覚はないかもしれないけれど暁乃に宿る幸福をもたらす力が妖魔を弱体化させ荒れ始めていた水聖を復活させているんだ」
「こんなわたしでも誰かの役に立っているのですね」
「そのように自分を卑下しないでくれ。暁乃は俺のは唯一無二の花嫁なのだから」
「……!は、はい」
「いい子だ」
必要とされたことが素直に嬉しくて静かに返事をすると褒めるように頭を撫でられる。
それが心地良くて少しだけだが恥ずかしさはどこかへ消えていったような気がする。
「白蓮さま、暁乃さま。お食事の準備が整いました」
まだ照れは残っているけれど勇気を出して彼に身を委ねようとしたとき襖の外から声がかけられる。
この愛らしい声の持ち主は眷属の澪だ。
しばらく前に二人の食事を作ってくると言って部屋を出て行ったのだ。
幼い子供に仕事を任せるのは気が引けて手伝いを申し出たけれど、やんわりと断られてしまった。
聞くところによると澪の実年齢は暁乃よりもずっと上らしい。
それもそのはず。
澪は暁乃の前世の存在である水の女神、蒼乃にも仕えていたのだ。
生まれ変わりまでのことも考えるととても数えきれない。
見目は子供だけれど中身はれっきとした大人である。
何でも出来て正直、暁乃よりも頼もしいくらいだ。
「ああ、今行く。暁乃も少しでも食欲があるのなら何か口にした方がいい。その方がもっと元気になる。立ち上がれそうか?」
白蓮に手を差し出され、暁乃はそっと重ねる。
触れた箇所から心安まるようなじんわりとした体温が伝わった。
「はい。ありがとうございます」
礼を言うと彼は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと暁乃に合わせて歩を進める。
皆に崇められる神でありながらも紳士な振る舞いに意外に思いながらも生まれて初めての幸せが胸の中に芽生えるのだった。
*
居間で食事をとった後、二人は水聖の町を散歩していた。
再びこの場所に戻ってきた暁乃に多くの眷属たちはとても喜び、そして祝ってくれた。
一通り挨拶を済ませ、二人きりの時間を過ごすが、暁乃は周囲を見渡しながらそわそわとしていた。
「白蓮さま、もしかして手はずっとこのままですか?」
まさか外でも指を絡めるような握られ方をされるとは思っておらず、ばくばくと心臓がなっていた。
誰かに見られると思うと気が気ではいられない。
とても直視出来ず、俯きながら問いかけると繋いだ手を引き寄せられる。
急に縮まった距離に驚いたのも束の間、白蓮は彼女の左耳に唇を近づけた。
ふっとした彼の息がかかり全身の力が抜けてしまいそうになる。
「もちろん。俺は片時も暁乃から離れたくないからね。外でも龍宮でも可能なかぎりずっと傍にいる」
「ね、寝るときはさすがに別ですよね?」
「暁乃は俺の妻になるだから一緒に決まっているだろう」
「ええっ!?」
顔を林檎のように赤く染め、口をぱくぱくとさせている暁乃を見て、白蓮は愛おしそうにその頬を人差し指ですうっと撫でる。
その甘い仕草に電流が走ったような感覚が走り、身体が硬直してしまった。
あまりにも早すぎる展開に暁乃は必死に言葉を紡いだ。
「その、わたし、まだ心の準備が出来ていないというか……」
いつかは世継ぎを生み、妻としての役目を果たさなくてはいけない。
理解はしているがそれ以上は言葉にするのも恥ずかしくて口を閉ざしてしまった。
そんな彼女の様子に白蓮は笑わずに見つめてくれた。
「寝るといっても今日のところは口づけ以上のことはしないから安心してくれ」
「く、口づけ……!? 今日のところ……!?」
「それくらいは許してほしい。やっと愛しい花嫁がこの手に戻ってきたんだ。もし寝ている間に暁乃がまたいなくなったらと思うと……。君の存在をじっくり確かめさせてくれないか」
一瞬見せた寂しそうな瞳に心が切なくなった。
大切な妻を失ってから龍宮に閉じこもっていた白蓮はどれだけつらい日々を過ごしてきたのだろう。
明るく振る舞っていたけれど、また花嫁を失うかもしれないという恐怖が今も心の中に残っているのだ。
(こんなことを思うなんて失礼かもしれないけれど白蓮さまは人一倍、寂しがり屋なんだわ)
──彼の寂しさを埋められるのは自分だけしかいない。
「は、恥ずかしいですけどわかりました。わたしも慣れるように頑張ります」
「そんなことも忘れるくらい暁乃を夢中にさせるから覚悟しておいてくれ」
情熱的な言葉を放ったかと思えば同時に頬に口づけをされる。
「白蓮さま、今は昼間です!」
「愛情表現に夜も昼も関係ない」
「もうっ……」
反省などせず、けろりとしている白蓮に言い返すことさえ無駄に思えてきて暁乃は口を噤んだ。
しかし嫌というわけではなく、そんな彼に振り回されるのも何だか悪くないような気がした。
こんなにも心が和やかになるのはいつぶりだろう。
いや、今まで生きてきた中で初めてかもしれない。
誰かにこんなにも愛されるとは夢にも思わなかった暁乃は高鳴る胸を抑えながら白蓮と共に歩き出したのだった。
「白蓮」
「びゃ、白蓮さま。お務めに戻らなくてよろしいのですか? わたしでしたら、もう身体の方は平気ですから……」
目を覚ましてから随分と時間が経過したけれど水聖と人間を守護する龍神、白蓮は暁乃の傍を離れようとはしなかった。
お互いの思いを確認し合ってからというものの彼は唯一無二の花嫁の存在を確かめるように優しく抱きしめていた。
前世で夫婦関係だったとはいえ、新たに生まれ変わった暁乃にとっては、異性に触れることが新鮮でさっきから鼓動が高まったまま。
時々、まるで壊れものでも触るかのような繊細な手つきに、よりいっそう恥ずかしくなる。
頬にかかる柔らかい髪も逞しい身体も初心な彼女にとっては刺激が強く目眩が起こりそうだ。
もう限界に達しそうになった暁乃は顔を真っ赤にさせながら腕の中からそっと彼を見上げた。
そしてばちっと目が合ったかと思えば白蓮に熱い眼差しで見つめられていたことに気がつく。
長時間、眠っていたせいで彼は心配しているのかもしれないけれど本当に身体は何ともなく、嘘のように軽くて元気だ。
人間界にいた頃よりも不思議と体調が良い気がする。
これも異界の水を飲み、本来の力を取り戻したからだろうか。
暁乃の言葉に白蓮は緩めるどころか逆に離すまいと回す腕にぎゅっと力を込めた。
「もう少しだけ、まだ暁乃を感じていたい。それに君が来てから人間界で妖魔の出現が少なくなっているようだ。今すぐ務めに行かなくても大丈夫」
「それも金魚姫の力ですか?」
「ああ。自覚はないかもしれないけれど暁乃に宿る幸福をもたらす力が妖魔を弱体化させ荒れ始めていた水聖を復活させているんだ」
「こんなわたしでも誰かの役に立っているのですね」
「そのように自分を卑下しないでくれ。暁乃は俺のは唯一無二の花嫁なのだから」
「……!は、はい」
「いい子だ」
必要とされたことが素直に嬉しくて静かに返事をすると褒めるように頭を撫でられる。
それが心地良くて少しだけだが恥ずかしさはどこかへ消えていったような気がする。
「白蓮さま、暁乃さま。お食事の準備が整いました」
まだ照れは残っているけれど勇気を出して彼に身を委ねようとしたとき襖の外から声がかけられる。
この愛らしい声の持ち主は眷属の澪だ。
しばらく前に二人の食事を作ってくると言って部屋を出て行ったのだ。
幼い子供に仕事を任せるのは気が引けて手伝いを申し出たけれど、やんわりと断られてしまった。
聞くところによると澪の実年齢は暁乃よりもずっと上らしい。
それもそのはず。
澪は暁乃の前世の存在である水の女神、蒼乃にも仕えていたのだ。
生まれ変わりまでのことも考えるととても数えきれない。
見目は子供だけれど中身はれっきとした大人である。
何でも出来て正直、暁乃よりも頼もしいくらいだ。
「ああ、今行く。暁乃も少しでも食欲があるのなら何か口にした方がいい。その方がもっと元気になる。立ち上がれそうか?」
白蓮に手を差し出され、暁乃はそっと重ねる。
触れた箇所から心安まるようなじんわりとした体温が伝わった。
「はい。ありがとうございます」
礼を言うと彼は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと暁乃に合わせて歩を進める。
皆に崇められる神でありながらも紳士な振る舞いに意外に思いながらも生まれて初めての幸せが胸の中に芽生えるのだった。
*
居間で食事をとった後、二人は水聖の町を散歩していた。
再びこの場所に戻ってきた暁乃に多くの眷属たちはとても喜び、そして祝ってくれた。
一通り挨拶を済ませ、二人きりの時間を過ごすが、暁乃は周囲を見渡しながらそわそわとしていた。
「白蓮さま、もしかして手はずっとこのままですか?」
まさか外でも指を絡めるような握られ方をされるとは思っておらず、ばくばくと心臓がなっていた。
誰かに見られると思うと気が気ではいられない。
とても直視出来ず、俯きながら問いかけると繋いだ手を引き寄せられる。
急に縮まった距離に驚いたのも束の間、白蓮は彼女の左耳に唇を近づけた。
ふっとした彼の息がかかり全身の力が抜けてしまいそうになる。
「もちろん。俺は片時も暁乃から離れたくないからね。外でも龍宮でも可能なかぎりずっと傍にいる」
「ね、寝るときはさすがに別ですよね?」
「暁乃は俺の妻になるだから一緒に決まっているだろう」
「ええっ!?」
顔を林檎のように赤く染め、口をぱくぱくとさせている暁乃を見て、白蓮は愛おしそうにその頬を人差し指ですうっと撫でる。
その甘い仕草に電流が走ったような感覚が走り、身体が硬直してしまった。
あまりにも早すぎる展開に暁乃は必死に言葉を紡いだ。
「その、わたし、まだ心の準備が出来ていないというか……」
いつかは世継ぎを生み、妻としての役目を果たさなくてはいけない。
理解はしているがそれ以上は言葉にするのも恥ずかしくて口を閉ざしてしまった。
そんな彼女の様子に白蓮は笑わずに見つめてくれた。
「寝るといっても今日のところは口づけ以上のことはしないから安心してくれ」
「く、口づけ……!? 今日のところ……!?」
「それくらいは許してほしい。やっと愛しい花嫁がこの手に戻ってきたんだ。もし寝ている間に暁乃がまたいなくなったらと思うと……。君の存在をじっくり確かめさせてくれないか」
一瞬見せた寂しそうな瞳に心が切なくなった。
大切な妻を失ってから龍宮に閉じこもっていた白蓮はどれだけつらい日々を過ごしてきたのだろう。
明るく振る舞っていたけれど、また花嫁を失うかもしれないという恐怖が今も心の中に残っているのだ。
(こんなことを思うなんて失礼かもしれないけれど白蓮さまは人一倍、寂しがり屋なんだわ)
──彼の寂しさを埋められるのは自分だけしかいない。
「は、恥ずかしいですけどわかりました。わたしも慣れるように頑張ります」
「そんなことも忘れるくらい暁乃を夢中にさせるから覚悟しておいてくれ」
情熱的な言葉を放ったかと思えば同時に頬に口づけをされる。
「白蓮さま、今は昼間です!」
「愛情表現に夜も昼も関係ない」
「もうっ……」
反省などせず、けろりとしている白蓮に言い返すことさえ無駄に思えてきて暁乃は口を噤んだ。
しかし嫌というわけではなく、そんな彼に振り回されるのも何だか悪くないような気がした。
こんなにも心が和やかになるのはいつぶりだろう。
いや、今まで生きてきた中で初めてかもしれない。
誰かにこんなにも愛されるとは夢にも思わなかった暁乃は高鳴る胸を抑えながら白蓮と共に歩き出したのだった。


