とある休日、気まぐれで立ち寄った駅前の商店街。

人混みの中でふと視界の端に映ったのは、スマホを見ながら困った様子で立ち止まっているひとりの男の子。

ゆるっとした白のパーカーに、やけに大きいリュックとキャリーケースを持ちながらきょろきょろ辺りを見回して、同じところを3回くらい通ってた。

(あれ…完全に迷子だ...)

なんとなく気になって、気づいたら足が勝手にそっちへ向かっていた。

「大丈夫? どこか探してるの?」

そう声をかけた瞬間――

その子が、ゆっくり振り向いた。
目にかかるくらいの長めの前髪が一番に目を奪った。

(ちゃんと前、見えてるのかな...?)

そのとき、ふわっと春の風が吹いて、前髪が優しく持ち上がる。

そして――

そこに現れたのは、
ガラス玉のように、透き通った瞳。

どこか儚げで、まっすぐで、一点の曇りもない。

目が合った瞬間、
ドクン、と心臓が跳ねた。

(……やばい。何だ、この子。天使??いやガチで今のは、恋かも....?)

(いやいや、俺は何言ってんだ?相手は男だぞ。)

まるで雷に打たれたみたいに、視界は全部この子だけになっていた

(誰だろう...この子。こんな子この街に居たっけ?
天使?いやちがう、天使ってより……“
ひとりだけ時空ゆがんでんじゃね?”みたいな……)

ジーッと俺の方を見つめる。

(うわぁ、睫毛ながっ)

ふわふわした長めの前髪、キラキラしたガラス玉みたいな瞳が俺の脳裏に焼きついた。

「あの...」

(え!?声、かわいい……。
なにこの子、
ちょっと待って、もしかして俺の頭バグった?)

(え……?目、綺麗……。
てか、それ以前に——)

(顔、可愛すぎるだろ……。
やばい、無理……。)

「好き...」

「えっ?」

(......オレはバカか?何初対面でいきなり好きとか言ってんだよ!!)

「ご、ゴメン今のな...」

「你说什么《なんて言ったの》?」

「へっ?」

「.....」

「你说什么《なんて言ったの》?」

(え、もしかして中国人?)

次にその中国人はスマホの翻訳アプリを見せてきた
そのスマホの翻訳アプリには「なんて言ったの?」と出ていた。

(そして俺はその瞬間に思った....)

(はぁ…マジでよかった、聞かれてなくて!
もし聞かれてたら、完全にヤバいやつ認定されてたよな…)

(神様グッジョブ!)

俺は気を取り直して自分のスマホの翻訳アプリで、「道に迷ったの?」と翻訳して見せた。

その中国人は、「ここに行きたい」とスマホの地図を俺に見せてきた。

そこはなんと——俺ん家の近くの、あの立派な豪邸だった。

話を聞くと、そこは彼の父方の祖父母の家なんだそうだ。

何故日本に住んでいるかと尋ねると彼の父親は日本人の父と中国人の母の間に生まれた日中ハーフらしく、
祖母はあの有名な白龍組の元・女組長で、白龍の女帝として恐れられていたらしいが、数年前に息子に組長の座を譲ったそうだ。

それをきっかけに祖父と一緒に、日本にある祖父の生まれ故郷——つまり、祖父の実家に戻ってきたらしい。

今はその祖父母が住んでいる家に彼は今日から居候するという。

(んん?待てよ.....ってことはこの天使、組長の息子!?
しかも、あの超有名な白龍組!?)

(え、マジで?跡取りがこんな可愛くていいのかよ.....)

理央が混乱していると...

「你叫什么名字《あなたの名前は何ですか》?」

「へ?」

「那个《えっと》...」

「名前...教えて、」

「……あ、え、えっと。俺?」

「オレ、俺の名前は月城理央、理央って呼んでくだひゃいッ」

やべ、噛んだ…

「……クダひゃい?」

天使が小首をかしげる。

「えっと、今の……噛んだっていうか、間違えただけで!」

「“噛んだ”? 言葉が……歯に当たったの?」

「えっ?……ちがっ、ちがう、えっと...そういうのじゃなくて……!」

噛んでしまった恥ずかしさと、たどたどしい日本語を喋っている天使のあまりの可愛いさに一瞬で理央の顔が真っ赤に染まった。

そんなこんなであたふたしていると、天使がふわりと口を開いた。

「ボクの名前は白・瑞霖《バイ・ルイリン》です。」

リンは首を軽くかしげて言った。

「よろしくねリオ?」

「うん、よろしく!」

「リンって呼んでいい?」

「好《いいよ》!」

実は、今平常心を保っているがリンが理央の名前を呼んだ時点で嬉しさのあまり、心の中は大絶叫状態であった。

——では、こころの中を見てみよう。

(今の、録音してぇぇ……!)

(何あの「リオ?」って呼び方、しかも首こてん?って
可愛いの暴力だろオォ!!反則すぎる!!)

理央は心の中で絶叫しつつも、慌てて平静を装った。

「えっと……じゃあ、リン。これからご近所同士よろしくな!」

リンはにっこりと笑って、

「うん、よろしくねリオ!」

その笑顔に、理央の胸はまた跳ね上がった。

理央がリンの笑顔に見惚れていると、背後から不意に男の声が響いた。

「おい、そこのガキ……」

低くてドスの効いた声が背後から響いた。

振り向けば、明らかにこの街には似つかわしくない、強面の男が立っていた。

サングラス越しでも分かる鋭い眼光、無造作に開いたシャツの胸元には、刺青が覗いている。

完全にアウトな風貌。

「……え、誰?」

理央は体が固まった。

理央が固まっている間に、リンは理央の手を引いて、くるりと背を向けて歩き出す。

まるで何も聞こえなかったかのように。

しかし――

「おいって言ってんだろうが?!」

そう言うと男がリンの細い腕をがっしりと掴んだ。

――次の瞬間

男の巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

「なっ……!?」

理央の息が止まった。

時間が一瞬だけスローモーションになったみたいに感じられた。

そして――

理央の目の前で、あの男の巨体がふわりと浮かび、そのまま地面に叩きつけられてしまった。

重い衝撃音が辺りに響き、砂埃が舞い上がる。

理央は目を見開き、信じられない光景に言葉を失った。

(――こんなこと、本当に起こっているのか?)

心臓が激しく鼓動し、体の中に熱が駆け巡った。

現実感がぐらりと揺らぎ、思考が追いつかない。

理央が思わずたじろぐと、リンは一歩前に出て男を見据えた。

「你有事吗《なんの用》?」

——その声は、さっきまでの可愛い雰囲気とは一転、低く、鋭かった。

倒れた男は呻き声を上げながら立ち上がりかける。

「……チッ、こっちが本性ってわけか」

「あの人に伝えとけ。“ウチとはもう関わらない方がいい”ってな。」

男は吐き捨てるように言うと、背を向けて足早にその場を去っていった。

しばらく呆然としていた理央は、我に返ってリンに駆け寄る。

「い、今の誰……?」

「...知り合い?」

リンは必死に笑顔を作ろうとしたが、どこか引きつって見えた。

「知らない人だよ。」

「リオは、怖くなかった?」

リンはそう聞いた。

「そりゃ、ちょっとは。でも……」

理央はリンの手をそっと握った。

「でも、俺はリンの方が心配だよ。」

リンは一瞬驚いたように目を見開き――ふっと笑った。

「……優しい、リオは」

リンはそっと目を伏せ、握られた手を少しだけ強く握り返した。

そのさりげない仕草に、理央の心臓はまた跳ね上がる。

「あ、あのさ……」

何か言いかけた理央の声を遮るように、リンが顔を上げて、まっすぐに見つめた。

「ボク、日本、来てよかった。」

そのまっすぐな言葉と、くしゃっと綻んだ笑顔に、理央はもう何も言えなかった。

理央がぽつりと問いかける。

「……な、なんで……そんなに強いの……?」

リンは振り返り、あどけない笑顔を浮かべた。

「チョットだけ……護身術、習ってた。」

「ダカラ、リオを守るくらいはできる!」

その笑顔はさっきまでと同じなのに――どこか違って見えた。

理央の胸は、再びドキリと跳ねた。

「……リンくん、やっぱりただの可愛い留学生じゃないな」

「ふふっ、じゃあリオは……それでも仲良くしてくれる?」

リンは少し不安そうに問いかけた。

その問いかけに、理央は一瞬も迷わず答える。

「……するに決まってるだろ」

それは理央にとって、選択ですらなかった。
迷う理由なんて、どこにもない。

リンは驚いたように目を丸くし、一瞬言葉を失いながらも、嬉しさが溢れた笑顔を浮かべた。

やっとのことで、リンの家の前にたどり着いた。

「着いたよ」

「謝謝《ありがとう》!」

「どういたしまして」

立派な門と大きな庭に、理央は思わず感心する。

「すごいね……やっぱり、特別な家なんだな。」

リンは照れたように視線を逸らし、簡単な日本語で答えた。

「この場所...スキ...」

その時、遠くから祖父母の声が聞こえた。

「瑞霖、おかえり。」

リンの顔がふっと和らぐ。

理央もその声に安心し、少しホッとした。

「じゃあ俺は、もうそろそろ帰るね。」

「またな、リン!」

「再见《またね》!リオ!」

リンが「またね」と小さく手を振る。
片言の日本語と、くしゃっとした笑顔。
それだけなのに、心臓がやたらとうるさい。

(なんなんだよ……あいつ。
天使かと思えば、時々すごく大人びた顔するし。)

(しかも極道の息子って、何それ。)

「可愛すぎて、逆にこえーよ……」

そうして俺は自分の家へと歩き出した。