「終電逃した!」
とっくの昔に陽は沈んでおり、終電もとっくの昔に終わっている。
私は男友達でもあり彼氏でもある男子――悠斗にスマートフォンを見せた。
悠斗は私のスマートフォンを覗き込み「マジだ!」となぜか楽しそうに笑みを浮かべた。
「せっかくだし夜の街をぶらぶらするか〜?」
「どうせなら廃墟行っちゃう?」
「いやいや、ホラーは嫌だからな。カラオケ行かね?」
「さっきカラオケ行ったばっかなのに?」
そんなたわいない話をしながら、誰もいない商店街を歩く。
店の明かりは消えており、頼れるのは街灯と淡く光る月の光だけ。
車も通っていないのに赤信号でぼんやりと立ち、青信号になるのを待つ。
「赤信号だけと渡っちゃう?」なんてことを言わず、真面目に立ち止まっている悠斗。
青信号になったら私をチラッとだけ見て歩き出す。歩幅を合わせてくれる優斗の隣を私はゆっくりと歩く。
恋人というよりも、まだ友達の感覚が残っている。だから、なんとなく手を繋ぐことも恥ずかしい。
肩も当たらない距離を保って、悠斗の横顔を盗み見ようとしたが、悠斗と目が合い咄嗟に目を逸らす。
「なんだよ朱音。逸らさなくたっていいだろ」
「こっち見てると思わなくて、びっくりしたんだよ!」
「俺はお前がこっち向くのをずーっと待ってたのに」
「……は!? 恥ずかしいからやめてね?」
私は悠斗と距離を取って、無人の公園へと入る。子供向けだから、すべての遊具が小さい。
小さめのブランコに立って、ゆらゆらと揺られてみる。もう1つのブランコに、きっと悠斗もくるだろう。そう思っていたが、一向に現れない悠斗。
思わず私は辺りを見渡した。
すると、背後で押してやろうと構えているポーズをしている悠斗が目に入る。
「ちょ、なんで後ろで待ってるの! 押さなくて良いから、悠斗も隣のブランコに乗りなよ」
ブランコを指差しそういえば、なぜか私が乗っているブランコに手をかけた。
「俺も朱音と同じブランコに乗れない?」
「何言ってんの!? さすがに狭いから無理だよ」
「俺が外側に足をかけて――わ、ちょ、揺れる揺れる」
「当たり前でしょ! お、落ちちゃうから降りてっ!」
私の背後からブランコに無理やり乗ろうと試みる悠斗。耳元を掠める吐息のせいでいつものノリで叱れない。
大学生2人がブランコに2人乗りなんて、昼間だったら絶対にできないことだ。
悠斗はやっと私の背後から退いて、隣のブランコへ。ゆらゆらと揺れつつ月を眺める。
「面白いくらいの慌てっぷりだったなぁ」
ヘラヘラと笑いながら、悠斗は私に笑いかけた。私もつられて笑う。
悠斗はスマートフォンを取り出し時間を確認した。
「まだ始発まで時間あるな〜」
「どう暇を潰すか……」そう呟き悠斗はゆらゆらとブランコを漕ぐ。
このまま公園にいたら職質されるかもしれない。やましいことは何もないので、気にする必要などないが、面倒なことは避けたい。
私は思い切って聞いてみた。
「じゃあもうさ、良いホテル取っちゃわない?」
「いいね! そんでチューハイ飲も!」
2人してスマートフォンでホテルを探す。
何にもない日だからか、意外と部屋に空きはあり選びたい放題だ。
「ここは?」
「なんでツインの部屋なんだよ。恋人同士なんだし、ダブルの部屋でいいだろ」
"恋人同士"――その言葉が不意打ちで、胸の奥がひゅっとなった。
もう付き合って1年だというのに、私はいつまでこんなことで照れてしまうのか。
気恥ずかしくなった私は、首を横に振り言う。
「わ、私寝相悪いもん!」
「寝相なんて気にすんなよ〜。いや、そもそもここまできたらオールじゃねぇの?」
「私は無理だよ。絶対寝る」
「ほう?」
"寝る"という言葉に、閃いたと言わんばかりの表情で私を見つめた悠斗。
何を思いついたのだろうと思っていると、悠斗は指をパチンと鳴らし、その指で私を差す。
「朱音の寝顔拝みたい放題ってことね!」
「やめてよ恥ずかしい」
「あはは、いいだろ別に。予約取ってさっさとホテル行こうや」
私の見ていたホテルを悠斗が名前検索で開き、さっさとダブルの部屋予約を取った。
あまりの手際の良さに、ツインに訂正する暇さえない。
「ほらほら、チューハイ買うぞ。ホテルの近くにコンビニあるらしい」
もうそんなことまで調べたのか。私の彼氏は本当に気が利く。
悠斗に手首を取られ、引っ張られるまま歩き出す。
悠斗の大きな背中を見る。恋人になってからは、いつも隣に並んで歩いている。だからだろう、あまり見慣れなくなった背中。
そんな悠斗の背中を見ていると、無性に抱きしめたくなってしまった。
でも、行動には移せない。私はかなり照れ屋らしい。
◇
ホテルに到着してチェックイン。
いつも泊まるようなビジネスホテルとは違い、丁寧なホテルマンがいたり、隅々の装飾まで豪華だ。
いつもと違う内装にそわそわして、カーテンを開けた。
私達が歩いていた商店街は真っ暗だが、奥のビルはまだ明かりがついている場所がある。
「おお〜、俺らがいたとこは真っ暗だったのに、奥の方は明るいな」
私の背後に立ったかと思えば、悠斗は私の首に手を回し、頭には顎を置く。
くすぐったいし照れるしで私は内心慌てたが、平気なフリして「そうだね」とだけ言う。
「あの光、全部社畜様のおかげなんだろうなぁ」
「なにそれ。笑えない」
「う〜ん。ブラックジョークが過ぎたか」
悠斗は体を離し、頭をぽんぽんと軽く叩いた後カーテンを閉めた。
「ほら、風呂入ってこいよ。風呂上がって酒飲もう」
「わかった。行ってくる」
「お〜。ゆっくりしてもいいけど……あんま遅いと、寝てると思って風呂に突撃するからな」
「それは嫌だから早めに上がってくるよ」
私の返しに、悠斗は軽く笑った後「いってらっしゃい」と手を振った。言われたことのない言葉が、少しだけくすぐったさを覚えた。
お風呂のある扉を開けて入ろうとしたところで、悠斗は柔らかいソファに体を沈ませ「やばい立てなくなるやつ」と呟いている声が聞こえてきたのだった――
お風呂を済ませ、ソファでうとうとしていると、悠斗がお風呂から上がってきた。
ホテルで用意されていた紺色のパジャマを着ている。
「おいおい、まだ寝るなよ。今日のデートの反省会させてくれ〜」
買ったチューハイを頬に当てられ、私は体をビクッとする。その様子をニヤニヤして見つめる悠斗。思わず睨んだが、悠斗はずっと笑顔だ。
私の隣に座り、買ったチューハイをすべてテーブルに置く。
なお、私の買ったチューハイはわざわざ開けて手渡してくれた。
以前私が缶の蓋を開けようとして爪が割れたことがあった。きっと気遣ってくれているのだろう。
「ありがとう」と言ってそれを受け取り、私は悠斗を見た。
「デート、楽しかったし反省とかないと思うけど」
「マジ? ならよかったけど……。でも、終電逃すまで遊ぶつもりはなかったんだよ」
本当はカラオケも時間指定して歌って、家まで送る予定だったと悠斗は話す。
「ちゃんと送ろうと思ってたの。でも、朱音と一緒にいた過ぎて時間忘れたフリしてた」
少し間を置き、躊躇いがちに悠斗は言った。
「そんな俺でも許してくれるか?」
「……酔ってる?」
「いや、まだシラフだけど」
そう言いながら、空いていない缶を私へと見せた。
……わかっていた。わかっていたが、照れ隠しで変なことを言ってしまった。
私はチューハイを1口飲み、悠斗を見た。
「1年付き合ってるのにそんな初心なことある?」
また変なことを言ってしまったと缶を口につけたまま黙る。すると、悠斗はそんな私を見てドヤ顔。
「それ、お前もだからな。照れまくってんのバレてるからな?」
喉の奥で笑う悠斗。バレてないとは思っていなかったが、直接言われると恥ずかしくて言葉が出ないものだ。そんな様子を悠斗は笑いながら、チューハイを開け1口。
「それで? 許してくれるんでしょうかね、うちの可愛い可愛い彼女サマは」
「もちろん許すよ。時間を見てなかった私にも落ち度はあるし……正直、もうちょっと、一緒にいたいなとは、思ってたし?」
照れでつっかえる喉から絞り出し、そう答えれば悠斗は満足そうにふにゃっとした笑いを浮かべた。
その後私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そうだよなぁ。俺たち相思相愛だもんなぁ」
噛み締めるようにそう口にして、またチューハイを1口。
ぴったりと体を密着させて、デレデレとする悠斗。
「朱音、好きだよ」
「知ってる」
「朱音は?」
私は照れていることを悟られないように、チューハイを飲み続ける。だが、悠斗は私を熱っぽい視線で見つめ、言葉を待っている。
「知ってくるせに」
「言ってくれないの?」
「……あー、もう、好きだって」
「やっぱグッとくるな〜」
チューハイを一気に飲み干し、もう1缶開ける悠斗。
「もっと強い酒にすればよかった。お前が照れてばっかだから、俺も恥ずかしくなってきた」
赤くなった顔を手で仰ぐ悠斗。
照れていたのは私だけではなかったようだ。
いつも飄々としていて、私を口説く姿しか見ていなかった。だからなのだろう、この特別感に私の心臓は壊れそうなほどドキドキとしていた。
私も一気にチューハイを飲み干しもう1本に手を伸ばす。酔っていないとやっていけない気がしたからだ。
「お前弱いんだから、気をつけろよ〜?」
「今日は酔いたい気分なの。悠斗が変なことばっかり言うからだよ」
「俺の言葉で一喜一憂する――いやぁ、可愛い彼女だ」
悠斗は私の頭に頭を乗せ、ヘラヘラと笑っている。
「明日休みでよかったな。朝もゆっくりできるぞ〜」
「そういえばコンビニで朝ごはんも買ってたもんね」
「おう、用意周到だろ? 俺はお前のためならスパダリの真似事くらい朝飯前だ」
ふふんと鼻を鳴らし、得意げな顔をする悠斗。
「真似事ってことは、結構意識して行動してるの?」
「そうだよ。俺はふつーそんなことしない。友達がいれば友達に任せっぱなしだし」
「自然のものかと思ってた……」
「俺のスパダリは人工でーす」
したり顔を見せる悠斗に、思わず「ふふ」と声が出てしまった。
私の笑いを見て、つられるように悠斗も笑ったのだった。
◇
買っていたチューハイを全て飲み干し、そろそろベッドに入るかと寝る準備を済ませる。
ダブルベットということもあって、幅は十分にある。
柔らかいベッドに体を沈める。すぐに眠れそうだと思っていたが、悠斗がこちらに詰めてくる。
その圧で私は目を開け悠斗を押す。
「近い狭いどいて」
「一気に言うなよ。傷つくだろ」
悠斗は1回転して距離を取る。それでもやはりまだ近くて、私は眉間に皺を寄せた。しかし、悠斗はもう動くつもりはないようだ。横向きになってじっと私を見つめている。
「ねえ、寝る間のおやすみのちゅーくらいしない?」
「しないよ」
「せ、せめて! せめて手だけでも繋がせてくれよ!」
そうして無理やり手を握る悠斗。悠斗の手はお酒のおかげか温かく、さらに私の眠気を誘った。
そんなことは知らずに、悠斗は仰向けになって壁に愚痴を言うかのように、少し大きめの声で話す。
「小中学生もびっくりなド健全だわ!! 1年付き合ってまだ軽いボディタッチどまり!?」
そのあとは私とやりたいスキンシップやデートプランをつらつらと離し始める。
さすがの私も困惑して、悠斗を見た。だが、悠斗はこちらを見ずに淡々と語っている。
もっとスキンシップ増やしたいとか、カップル割を堂々と使いたいとか。カップルが行きそうなデート場所は全部網羅したいとか、友達に言いふらして嫉妬されたいとか――。
少々子供っぽいようなそんなことばかり。
また私に体を向け、「ド健全すぎるわ俺ら」とムッとした表情を浮かべた。
「け、健全で何が悪いの! もういいから黙って寝ろ!」
「はいはい、仰せのままに〜」
悠斗はそう言った後黙って目を瞑る。
これでやっと寝られると思い、私も目を瞑ったが、握ったままの手に意識がいってしまう。
私は悠斗の手を握ったまま寝られるのだろうか。
そんなことを思っていると、悠斗はため息を吐いた。
「眠れる気がしないのは俺だけ?」
「……」
「なあ、起きてるだろ。俺は騙せないぞ。おいっって」
ツンツンと頬を突かれ思わず私は悠斗の手を握っていない手で指を掴んだ。
すると悠斗はそのまま私の手を恋人繋ぎで握る。
「朱音の手は小さいなぁ」
「にぎにぎしないで! もう、寝ないならソファで寝るからね」
「え、そこ俺をソファに追い出すほうじゃないんだ」
「……? 悠斗には狭いでしょ?」
悠斗の背は高い。そこそこソファも広いが、足がはみ出すのはわかりきっている。
私なら余裕でソファに収まる。
何をどう解釈したのか、悠斗はキラキラとした表情で私を抱きしめる。
「あ、朱音〜!」
「ちょ、何!? さっさと寝てってば〜!」
なんやかんや2人でダブルベッドに寝転がって、たわいない話をして――いつの間にか朝になっていた。
繋いだ手は、朝日が差し込むまでずっとそのままで。
とっくの昔に陽は沈んでおり、終電もとっくの昔に終わっている。
私は男友達でもあり彼氏でもある男子――悠斗にスマートフォンを見せた。
悠斗は私のスマートフォンを覗き込み「マジだ!」となぜか楽しそうに笑みを浮かべた。
「せっかくだし夜の街をぶらぶらするか〜?」
「どうせなら廃墟行っちゃう?」
「いやいや、ホラーは嫌だからな。カラオケ行かね?」
「さっきカラオケ行ったばっかなのに?」
そんなたわいない話をしながら、誰もいない商店街を歩く。
店の明かりは消えており、頼れるのは街灯と淡く光る月の光だけ。
車も通っていないのに赤信号でぼんやりと立ち、青信号になるのを待つ。
「赤信号だけと渡っちゃう?」なんてことを言わず、真面目に立ち止まっている悠斗。
青信号になったら私をチラッとだけ見て歩き出す。歩幅を合わせてくれる優斗の隣を私はゆっくりと歩く。
恋人というよりも、まだ友達の感覚が残っている。だから、なんとなく手を繋ぐことも恥ずかしい。
肩も当たらない距離を保って、悠斗の横顔を盗み見ようとしたが、悠斗と目が合い咄嗟に目を逸らす。
「なんだよ朱音。逸らさなくたっていいだろ」
「こっち見てると思わなくて、びっくりしたんだよ!」
「俺はお前がこっち向くのをずーっと待ってたのに」
「……は!? 恥ずかしいからやめてね?」
私は悠斗と距離を取って、無人の公園へと入る。子供向けだから、すべての遊具が小さい。
小さめのブランコに立って、ゆらゆらと揺られてみる。もう1つのブランコに、きっと悠斗もくるだろう。そう思っていたが、一向に現れない悠斗。
思わず私は辺りを見渡した。
すると、背後で押してやろうと構えているポーズをしている悠斗が目に入る。
「ちょ、なんで後ろで待ってるの! 押さなくて良いから、悠斗も隣のブランコに乗りなよ」
ブランコを指差しそういえば、なぜか私が乗っているブランコに手をかけた。
「俺も朱音と同じブランコに乗れない?」
「何言ってんの!? さすがに狭いから無理だよ」
「俺が外側に足をかけて――わ、ちょ、揺れる揺れる」
「当たり前でしょ! お、落ちちゃうから降りてっ!」
私の背後からブランコに無理やり乗ろうと試みる悠斗。耳元を掠める吐息のせいでいつものノリで叱れない。
大学生2人がブランコに2人乗りなんて、昼間だったら絶対にできないことだ。
悠斗はやっと私の背後から退いて、隣のブランコへ。ゆらゆらと揺れつつ月を眺める。
「面白いくらいの慌てっぷりだったなぁ」
ヘラヘラと笑いながら、悠斗は私に笑いかけた。私もつられて笑う。
悠斗はスマートフォンを取り出し時間を確認した。
「まだ始発まで時間あるな〜」
「どう暇を潰すか……」そう呟き悠斗はゆらゆらとブランコを漕ぐ。
このまま公園にいたら職質されるかもしれない。やましいことは何もないので、気にする必要などないが、面倒なことは避けたい。
私は思い切って聞いてみた。
「じゃあもうさ、良いホテル取っちゃわない?」
「いいね! そんでチューハイ飲も!」
2人してスマートフォンでホテルを探す。
何にもない日だからか、意外と部屋に空きはあり選びたい放題だ。
「ここは?」
「なんでツインの部屋なんだよ。恋人同士なんだし、ダブルの部屋でいいだろ」
"恋人同士"――その言葉が不意打ちで、胸の奥がひゅっとなった。
もう付き合って1年だというのに、私はいつまでこんなことで照れてしまうのか。
気恥ずかしくなった私は、首を横に振り言う。
「わ、私寝相悪いもん!」
「寝相なんて気にすんなよ〜。いや、そもそもここまできたらオールじゃねぇの?」
「私は無理だよ。絶対寝る」
「ほう?」
"寝る"という言葉に、閃いたと言わんばかりの表情で私を見つめた悠斗。
何を思いついたのだろうと思っていると、悠斗は指をパチンと鳴らし、その指で私を差す。
「朱音の寝顔拝みたい放題ってことね!」
「やめてよ恥ずかしい」
「あはは、いいだろ別に。予約取ってさっさとホテル行こうや」
私の見ていたホテルを悠斗が名前検索で開き、さっさとダブルの部屋予約を取った。
あまりの手際の良さに、ツインに訂正する暇さえない。
「ほらほら、チューハイ買うぞ。ホテルの近くにコンビニあるらしい」
もうそんなことまで調べたのか。私の彼氏は本当に気が利く。
悠斗に手首を取られ、引っ張られるまま歩き出す。
悠斗の大きな背中を見る。恋人になってからは、いつも隣に並んで歩いている。だからだろう、あまり見慣れなくなった背中。
そんな悠斗の背中を見ていると、無性に抱きしめたくなってしまった。
でも、行動には移せない。私はかなり照れ屋らしい。
◇
ホテルに到着してチェックイン。
いつも泊まるようなビジネスホテルとは違い、丁寧なホテルマンがいたり、隅々の装飾まで豪華だ。
いつもと違う内装にそわそわして、カーテンを開けた。
私達が歩いていた商店街は真っ暗だが、奥のビルはまだ明かりがついている場所がある。
「おお〜、俺らがいたとこは真っ暗だったのに、奥の方は明るいな」
私の背後に立ったかと思えば、悠斗は私の首に手を回し、頭には顎を置く。
くすぐったいし照れるしで私は内心慌てたが、平気なフリして「そうだね」とだけ言う。
「あの光、全部社畜様のおかげなんだろうなぁ」
「なにそれ。笑えない」
「う〜ん。ブラックジョークが過ぎたか」
悠斗は体を離し、頭をぽんぽんと軽く叩いた後カーテンを閉めた。
「ほら、風呂入ってこいよ。風呂上がって酒飲もう」
「わかった。行ってくる」
「お〜。ゆっくりしてもいいけど……あんま遅いと、寝てると思って風呂に突撃するからな」
「それは嫌だから早めに上がってくるよ」
私の返しに、悠斗は軽く笑った後「いってらっしゃい」と手を振った。言われたことのない言葉が、少しだけくすぐったさを覚えた。
お風呂のある扉を開けて入ろうとしたところで、悠斗は柔らかいソファに体を沈ませ「やばい立てなくなるやつ」と呟いている声が聞こえてきたのだった――
お風呂を済ませ、ソファでうとうとしていると、悠斗がお風呂から上がってきた。
ホテルで用意されていた紺色のパジャマを着ている。
「おいおい、まだ寝るなよ。今日のデートの反省会させてくれ〜」
買ったチューハイを頬に当てられ、私は体をビクッとする。その様子をニヤニヤして見つめる悠斗。思わず睨んだが、悠斗はずっと笑顔だ。
私の隣に座り、買ったチューハイをすべてテーブルに置く。
なお、私の買ったチューハイはわざわざ開けて手渡してくれた。
以前私が缶の蓋を開けようとして爪が割れたことがあった。きっと気遣ってくれているのだろう。
「ありがとう」と言ってそれを受け取り、私は悠斗を見た。
「デート、楽しかったし反省とかないと思うけど」
「マジ? ならよかったけど……。でも、終電逃すまで遊ぶつもりはなかったんだよ」
本当はカラオケも時間指定して歌って、家まで送る予定だったと悠斗は話す。
「ちゃんと送ろうと思ってたの。でも、朱音と一緒にいた過ぎて時間忘れたフリしてた」
少し間を置き、躊躇いがちに悠斗は言った。
「そんな俺でも許してくれるか?」
「……酔ってる?」
「いや、まだシラフだけど」
そう言いながら、空いていない缶を私へと見せた。
……わかっていた。わかっていたが、照れ隠しで変なことを言ってしまった。
私はチューハイを1口飲み、悠斗を見た。
「1年付き合ってるのにそんな初心なことある?」
また変なことを言ってしまったと缶を口につけたまま黙る。すると、悠斗はそんな私を見てドヤ顔。
「それ、お前もだからな。照れまくってんのバレてるからな?」
喉の奥で笑う悠斗。バレてないとは思っていなかったが、直接言われると恥ずかしくて言葉が出ないものだ。そんな様子を悠斗は笑いながら、チューハイを開け1口。
「それで? 許してくれるんでしょうかね、うちの可愛い可愛い彼女サマは」
「もちろん許すよ。時間を見てなかった私にも落ち度はあるし……正直、もうちょっと、一緒にいたいなとは、思ってたし?」
照れでつっかえる喉から絞り出し、そう答えれば悠斗は満足そうにふにゃっとした笑いを浮かべた。
その後私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そうだよなぁ。俺たち相思相愛だもんなぁ」
噛み締めるようにそう口にして、またチューハイを1口。
ぴったりと体を密着させて、デレデレとする悠斗。
「朱音、好きだよ」
「知ってる」
「朱音は?」
私は照れていることを悟られないように、チューハイを飲み続ける。だが、悠斗は私を熱っぽい視線で見つめ、言葉を待っている。
「知ってくるせに」
「言ってくれないの?」
「……あー、もう、好きだって」
「やっぱグッとくるな〜」
チューハイを一気に飲み干し、もう1缶開ける悠斗。
「もっと強い酒にすればよかった。お前が照れてばっかだから、俺も恥ずかしくなってきた」
赤くなった顔を手で仰ぐ悠斗。
照れていたのは私だけではなかったようだ。
いつも飄々としていて、私を口説く姿しか見ていなかった。だからなのだろう、この特別感に私の心臓は壊れそうなほどドキドキとしていた。
私も一気にチューハイを飲み干しもう1本に手を伸ばす。酔っていないとやっていけない気がしたからだ。
「お前弱いんだから、気をつけろよ〜?」
「今日は酔いたい気分なの。悠斗が変なことばっかり言うからだよ」
「俺の言葉で一喜一憂する――いやぁ、可愛い彼女だ」
悠斗は私の頭に頭を乗せ、ヘラヘラと笑っている。
「明日休みでよかったな。朝もゆっくりできるぞ〜」
「そういえばコンビニで朝ごはんも買ってたもんね」
「おう、用意周到だろ? 俺はお前のためならスパダリの真似事くらい朝飯前だ」
ふふんと鼻を鳴らし、得意げな顔をする悠斗。
「真似事ってことは、結構意識して行動してるの?」
「そうだよ。俺はふつーそんなことしない。友達がいれば友達に任せっぱなしだし」
「自然のものかと思ってた……」
「俺のスパダリは人工でーす」
したり顔を見せる悠斗に、思わず「ふふ」と声が出てしまった。
私の笑いを見て、つられるように悠斗も笑ったのだった。
◇
買っていたチューハイを全て飲み干し、そろそろベッドに入るかと寝る準備を済ませる。
ダブルベットということもあって、幅は十分にある。
柔らかいベッドに体を沈める。すぐに眠れそうだと思っていたが、悠斗がこちらに詰めてくる。
その圧で私は目を開け悠斗を押す。
「近い狭いどいて」
「一気に言うなよ。傷つくだろ」
悠斗は1回転して距離を取る。それでもやはりまだ近くて、私は眉間に皺を寄せた。しかし、悠斗はもう動くつもりはないようだ。横向きになってじっと私を見つめている。
「ねえ、寝る間のおやすみのちゅーくらいしない?」
「しないよ」
「せ、せめて! せめて手だけでも繋がせてくれよ!」
そうして無理やり手を握る悠斗。悠斗の手はお酒のおかげか温かく、さらに私の眠気を誘った。
そんなことは知らずに、悠斗は仰向けになって壁に愚痴を言うかのように、少し大きめの声で話す。
「小中学生もびっくりなド健全だわ!! 1年付き合ってまだ軽いボディタッチどまり!?」
そのあとは私とやりたいスキンシップやデートプランをつらつらと離し始める。
さすがの私も困惑して、悠斗を見た。だが、悠斗はこちらを見ずに淡々と語っている。
もっとスキンシップ増やしたいとか、カップル割を堂々と使いたいとか。カップルが行きそうなデート場所は全部網羅したいとか、友達に言いふらして嫉妬されたいとか――。
少々子供っぽいようなそんなことばかり。
また私に体を向け、「ド健全すぎるわ俺ら」とムッとした表情を浮かべた。
「け、健全で何が悪いの! もういいから黙って寝ろ!」
「はいはい、仰せのままに〜」
悠斗はそう言った後黙って目を瞑る。
これでやっと寝られると思い、私も目を瞑ったが、握ったままの手に意識がいってしまう。
私は悠斗の手を握ったまま寝られるのだろうか。
そんなことを思っていると、悠斗はため息を吐いた。
「眠れる気がしないのは俺だけ?」
「……」
「なあ、起きてるだろ。俺は騙せないぞ。おいっって」
ツンツンと頬を突かれ思わず私は悠斗の手を握っていない手で指を掴んだ。
すると悠斗はそのまま私の手を恋人繋ぎで握る。
「朱音の手は小さいなぁ」
「にぎにぎしないで! もう、寝ないならソファで寝るからね」
「え、そこ俺をソファに追い出すほうじゃないんだ」
「……? 悠斗には狭いでしょ?」
悠斗の背は高い。そこそこソファも広いが、足がはみ出すのはわかりきっている。
私なら余裕でソファに収まる。
何をどう解釈したのか、悠斗はキラキラとした表情で私を抱きしめる。
「あ、朱音〜!」
「ちょ、何!? さっさと寝てってば〜!」
なんやかんや2人でダブルベッドに寝転がって、たわいない話をして――いつの間にか朝になっていた。
繋いだ手は、朝日が差し込むまでずっとそのままで。


