【1話】アイドルはひみつを抱え中
これは、僕たちの初恋の物語。
ドキドキ。水谷 成は、緊張していた。
この扉を開けたら、すべてが始まる。
成は、汗をかいた手で、ドアノブを回した。
「おはようございます」
大きな声であいさつをして入ると、中には数人の男女が、成を待ち構えていた。
「おはよう、水谷くん。時間ちょうどだね」
社長が声をかける。
成は、ぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、全員集合したところで、顔合わせしていこう、えーと」
「橘 ルカです。よろしく」
全体的に色素が薄く、冷たい印象すらうける美しい青年が、成に手を差し伸べた。
優しい声音だが、表情はそこまで柔らかくはない。
「ルカさん、よろしくお願いします」
成は慌てて、ハンカチを取り出し、手を拭いてから、ルカに手を差し出した。
成の行動に、ルカの口元が少しだけ、緩んだ。
「ルカでいいよ」
事務所も、高校も一緒だが、二つ上の先輩だ。
気軽に、敬称なしでは呼びづらいが、社交辞令には思えなかった。
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「敬語もなくていいよ」
「あ、はい……」
「敬語になってるよ」
ルカのクスッとした笑い声が聞こえ、成はおそるおそる、見上げるようにルカの顔を見た。
美しい顔立ちだ。中性的ともいえるが、決して男性的ではないという感じもない。
あまりの美しさに見惚れてしまっていると、後ろから声がした。
「成、俺のこと忘れてない?」
長身の男が、成を後ろから抱きしめた。
「わ、わすれるなんて、そんなことあるわけないだろ」
成は、慌てて否定する。
「だって、ルカのほうばっかり見てるからさ」
「そんなこと……」
「うそうそ。おめでとう、成。一緒に仕事ができて、すげぇ、うれしい」
ぎゅっと抱きしめられて、成の心臓は、バクバクと音をたてた。
こんなにドキドキしていたら、みんなに聞こえてしまうんじゃないだろうか。
成は、慌てて突き放す。
「や、やめなよ、海斗……みんなの前で」
「ごめん、つい、嬉しくて」
進藤 海斗は、ようやく成から手を離した。
「ああ、海斗は成くんの知り合いだったね」
社長がいうと、海斗が成の肩を抱きよせた。
成の顔は、また真っ赤になった。
「はい、実家が隣同士で、小さいころから、成は、海斗海斗って、めっちゃ可愛くて」
「海斗!!」
成は、恥ずかしさで顔を俯かせる。
「だって、本当のことじゃん」
「~~~!!」
「でもまさか、ここまで来るとは思わなかった。本当に、おめでとう、成」
海斗は、成の頭をわしゃわしゃと撫でる。
(やっとここまできたんだ……)
成は、こぶしをぎゅっと握った。
毎日毎日、ダンスレッスン、ボイトレをする日々だった。
それだけでなく、学校の運動も、勉強も、人の何倍も頑張った。
吐くほど牛乳を飲んで、嫌いな野菜も食べた。
すべては、気づいた頃には子役もやっていて、いつも、つかめない場所にいる、幼馴染の海斗に追いつくためだった。
どうしても、海斗と一緒に並んでみたかった。
並んでからじゃないと、自分の気持ちは伝えてはいけないと思っていた。
(好き……海斗)
いつかその言葉が自信をもって言えるように、今は目の前の仕事を頑張ろう。
成は、海斗の顔を見つめ、改めて思った。
「さあ、さあ、今日から3人組アイドルグループ『トロワアムール』として、ルカ、海斗、成くん、よろしく頼むよ」
「はい」
3人の返事が、事務所に響いた。
芸能人が多く通う神崎高校の掲示板に、3人組アイドルグループ『トロワアムール』の募集の掲示がされたのは、1年前だ。
海斗と同じ事務所に入所できたものの、いまだチャンスをつかめていなかった成は、ポスターにくぎ付けになった。
(これだ……)
それからオーディションを何度も受け、ついにたった一枚の切符を手に入れた。
マネージャーから合格を聞いたときは、嬉しくて、大泣きした。
でも、まさか自分が、とは思わなかった。
自分の人生のすべてをかけて、海斗につり合う人間になりたいと、今まで努力してきたのだ。
ずっとずっと、大好きな海斗と並んで歩いていきたい。
そして、それと同時に、今までたくさんの努力をしてきたことで、たくさんの人が『仕事』に携わっていることを学んできた。
自分の学費やレッスン代を捻出してくれた、両親。
事務所の社長、『トロワアムール』を企画した、プロデューサー、マネージャー。
テレビ業界、芸能業界にかかわるたくさんの人たち。
そして、ファンの子たち。
そのすべてが、今の海斗を作っているすべてであり、自分を作っているすべてであることを、成は自覚していた。
(大切にしたい……すべてを)
芸能人として、自分が今歩みだしたことを、成は、心の底から大切にしたいと思っていた。
だからこそ、自分の気持ちを伝えたい感情と並んで、絶対に周りの人にこの気持ちはばれてはいけないと思っていた。
自分は純粋に海斗を好きなだけだけれど、自分の気持ちだけで、迷惑をかけるわけにはいかない。
まして、自分は『アイドル』なのだ。
こんなことがファンや関係者にばれて、SNSで炎上などしてしまった日には、大変なことだ。
(この気持ちは、絶対に周りにばれてはいけない!)
成は毎日、そのことを心につよく思っていた。
「成はさ、海斗が好きなんでしょ」
「へ……」
レッスン終わり、復習がしたくて、成が、事務所のレッスン場に残っていると、急に入ってきたルカが言った。
「な、な、な、なにを……」
「そういうときは、違うって言えばいいのに。バレバレだよ、そんな態度じゃ」
とっさのことに、言い訳もできず、成は顔を真っ赤にして、鏡の前で固まる。
「ち、ちが……」
「大好きな幼馴染を追いかけて、ここまできたのは、さすがにすごいね」
「ち、ちがう!それだけじゃない」
成が大きな声で否定すると、ルカはクスッと笑う。
「海斗を好きなことは否定しないんだ」
成は勢いよく近づき、ルカの手を取り、頭を下げる。
「お願い……誰にも、誰にも言わないで、お願いだから……っ」
「……なんで」
ルカの美しい目と見つめあう。
「大事なんだ!!『トロワアムール』が」
「『海斗』が、じゃなくて?」
「……ルカさんがなんで気づいたのかわからないけど…たしかに、僕は海斗が好き…。だけど、ルカさんと、海斗と、みんなでがんばって、『トロワアムール』を成功させたい気持ちも、本当なんだ……だから……」
成は、泣き出しそうな目でルカを見つめた。
ルカは、はあ、と少しため息をついた。
「だから、そんなんだと、バレバレだって……」
「え……」
「あと、また、ルカでいいって」
「あ、はい、あ、わ、うん、すみませ……ごめ」
成が、しかられた子犬にしゅんとする。
「わかったよ、誰にも言わない。俺も、協力してあげる」
「え……」
「仕事も、海斗のこともがんばるんでしょ」
「う、うん!!ありがとう!!ルカ!!」
成が、ルカに抱き着くと、ルカは、少し困った顔をした。
「あ、ごめん、汗臭いよね、僕……」
成は、素早く身体を離した。
「……はあ、君、本当によくそんなんで、ここまでこられたね」
ルカはため息交じりに、髪をかき上げた。
デビュー曲は、一週目が、ランキング11位。
もともと子役として活躍していた、海斗と、歌手としてデビューしていたルカの認知度があり、なかなかの滑り出しだ。
成は、自分の存在が、売り上げに貢献できていないと感じ、日々遅くまでレッスンに打ち込んでいた。
明日は、初めての生放送の音楽番組だ。
司会者とメインで話すのは、海斗と決まっているから、しゃべりの心配はない。
しかし、人気の音楽番組で、何か爪痕を残さなければ、デビュー曲はこれ以上伸びないかもしれない。
少しでも、ダンスがよく見えるように。
少しでも、歌が上手に聞こえるように。
少しでも、誰かの心に残るように。
この日も、何度も何度も練習してきた、デビュー曲を、ひたすら繰り返し練習していた。
「成、おつかれ。また居残り練習か」
いつの間にか、レッスン場に、海斗が入ってきていた。
「海斗、おつかれさま。僕がいちばん足ひっぱってるから」
海斗は、困ったような顔をしながら、冷えたスポーツドリンクを成に渡した。
「成はがんばってるよ、誰よりも。俺が保証する」
「か、海斗は俺に甘いから……」
成は、海斗からもらったドリンクを急いで開けて、飲んだ。
「そりゃ甘やかすよ、俺の大事な成だもん」
「……っ」
海斗の甘い言葉に、成は、胸が苦しくなる。
「ごはん、いかないか、二人で」
「え……」
「誰かいると、成、気を遣うだろ、いつも。二人でのほうが、気楽かなって」
「ありがとう、でも、今日は……もう少しやってく。明日の本番、成功させたいから」
成の言葉に、海斗が頭をかく。
「そっか。じゃあ、無理すんなよ」
海斗がレッスン場を出ると、ルカと鉢合わせた。
「おつかれ、ルカ。何、お前も居残り?」
「おつかれ。……レッスン場で何してたの」
この時間にレッスン場にいるのは、いつも、成一人だ。
「成をご飯に誘ったんだけど、ふられたとこ」
「あ、そ」
「ルカ、一緒に飯いく?」
「絶対、いかない」
ルカは冷たい声でそういうと、レッスン場に入った。
「おつかれ、成」
「おつかれさま、ルカ」
成は、音をとめて、ルカに近づく。
ルカの手に持った紙袋を見て、成はパアと顔を輝かす。
「また、買ってきてくれたの…ごはん」
表情とは裏腹に、言葉は遠慮している。
「成がちゃんとご飯食べないからでしょ。アイドルは体づくりも大事だよ」
「うう……ありがとう、ルカ!!」
レッスン場に残っていると、ほぼ毎回、ルカが夜食を買ってくるようになった。
最初こそ遠慮はしていたものの、おなかの音が大きく鳴り響き、受け取らないわけにはいかなかった。
今日は、高そうなサンドイッチと、ミルク。
成は、コーヒーが飲めないことも、ルカにはばれてしまっていた。
「サビのあとのステップ、少しはやめてもいいかも。次の立ち位置が、明日のスタジオはけっこう、移動しなきゃだから」
ルカがアドバイスをくれる。
成は、サンドイッチを頬張りながら、うなづき、それを反芻する。
「いつもありがとう、ルカ。すごい助かる」
3分程度で食べ終わり、ミルクを飲み干している最中、ルカが言った。
「海斗のデートの誘い断ったんだ」
「ぶっ、あ、デ、デ、デ、デートじゃ」
危なくミルクを、ルカにかけてしまうところだった。
成は、むせながら、ハンカチで口元を拭く。
「ご飯に誘われただけ」
「だから、デートでしょ、二人なんだったら」
成は顔を真っ赤にして、ルカにそっぽをむける。
「今はそれどころじゃないよ。僕、まだ何もできてないし」
「成」
レッスンに戻ろうとする成の手首を、ルカが捕まえた。
「何もできてなくないでしょ、君はよくがんばってるよ」
「海斗も、ルカも、僕に甘いよ」
ルカは、成の手首をつかんだ手を優しく引っ張り、成を自分に近づけた。
「毎日レッスン頑張ってるの、知ってるよ。自分を卑下するのは、成らしくないよ」
「……っ」
ルカの言葉が、心にストレートに入ってくる。
「ランキングトップ10入りできなかったの……僕のせいかなって、考えて……でも何もできなくて……悔しくて……」
成は、認知度のほぼない、ど素人だ。
自分にもう少し人気があれば……そう思わずにはいられなかった。
「成は、俺や海斗が、今までの人気だけで、売れていこうとしてるって思ってるの」
「そんなわけない……っ!」
ルカの言葉を否定するため、成はルカをまっすぐ見つめた。
ルカは甘く、微笑んだ。
「そうでしょ。俺らも頑張ってるし、成も頑張ってる。これからだよ『トロワアムール』は。一緒にがんばってくれる?」
「うん。うん。僕、がんばる。ごめん、僕……」
成は、ルカを抱きしめ返した。
ルカは成を抱きしめながら、成の頭を撫でた。
次の日。生放送本番。
幼いころから、トーク番組にも出て、慣れている海斗が、ちょっと癖のある司会者のフリにも、なんなく対応していた。
「で、君が、オーディションできまった、成ちゃんだ」
いきなり話がふられ、成はドキッとする。
「は、はい。水谷 成、16歳です。よろしくお願いします」
「いやー、若いし、かわいいね。女の子みたいだ」
「い、いえ、そんな」
「そうなんです、うちの成、かわいくて。うちのお姫様なんです」
成が否定した言葉を、海斗が拾う。
「そうだろうねえ、こんなに可愛かったら。二人のナイトに守られるお姫様だ」
海斗が、成の肩を抱き寄せ、手をとり、成を見つめながら言った。
「成ひめ、今日もよろしく」
観客席から、今まで聞いたことのないような、黄色い歓声が飛び出す。
「きゃーーーーー」
「??」
成が、目を丸くしていると、女性司会者が言った。
「さて、では先週はランキング11位だった、『トロワアムール』のデビュー曲「ハツコイ」を披露していただきます。『トロワアムール』のみなさん、よろしくお願いします。
成が少し混乱している中、ルカが、誰にも聞こえないように、海斗に声をかけた。
「そっち方面でいっても、いいってことだよね」
「……成が、嫌がらなきゃな」
「海斗が先にしたんでしょ」
ルカはそれだけいうと、成の頭を少しだけポンポンとして、自分の立ち位置についた。
成は慌てて、深呼吸して、音楽に耳を傾けた。
生放送は、失敗ができないスリリングさと、観客席の視線があり、興奮状態になる。
成は、海斗力強いダンス、ルカの美声、一瞬一瞬に心が奪われそうになりながら、必死に踊り、歌った。
毎日練習している曲なのに、ぜんぜん違う。
今のこの気持ちが、観客席の人たちと、このテレビを見ててくれるすべての人に届くことを祈って、成はパフォーマンスを続けた。
最後は、成のソロで終わる。
男性とは思えない、柔らかな高い声が、スタジオいっぱいに響き渡ると、それまで叫んでいた観客全員が静まりかえり、成の声に聞きほれた。
最後の一音が終わる。
終わらなきゃいいのに。
そう思うほど、気持ちのよい3分間だった。
成が、歌い終わると、そのままCMに入る予定になっている。
成の声が途切れ、カメラが成のどアップを映し出している。
あと数秒で、終わる。
そのとき、いつもの立ち位置にいたはずのルカが成に近づき、成を抱き寄せた。
それと同時に、小道具の花束で、ルカは成の口元を隠した。
そこにルカの顔が近づき、まるで、二人はキスをしたような一場面が、画面いっぱいに映し出された。
全国放送で。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
観客席が、黄金色の歓声に包まれた。
そのころ、テレビの前も、大変な騒ぎになっていたようだ。
「CM入りまーす」
スタッフの声が、まったく聞こえない。
「え、え、え」
成は、何が起こったのかわからず、呆然としている。
「……やりすぎだ……」
海斗は、ルカをにらんだ。
ルカだけが、一人、嬉しそうに観客席に手を振っていた。
この後、SNSが大炎上したのは、言うまでもない。
これは、僕たちの初恋の物語。
ドキドキ。水谷 成は、緊張していた。
この扉を開けたら、すべてが始まる。
成は、汗をかいた手で、ドアノブを回した。
「おはようございます」
大きな声であいさつをして入ると、中には数人の男女が、成を待ち構えていた。
「おはよう、水谷くん。時間ちょうどだね」
社長が声をかける。
成は、ぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、全員集合したところで、顔合わせしていこう、えーと」
「橘 ルカです。よろしく」
全体的に色素が薄く、冷たい印象すらうける美しい青年が、成に手を差し伸べた。
優しい声音だが、表情はそこまで柔らかくはない。
「ルカさん、よろしくお願いします」
成は慌てて、ハンカチを取り出し、手を拭いてから、ルカに手を差し出した。
成の行動に、ルカの口元が少しだけ、緩んだ。
「ルカでいいよ」
事務所も、高校も一緒だが、二つ上の先輩だ。
気軽に、敬称なしでは呼びづらいが、社交辞令には思えなかった。
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「敬語もなくていいよ」
「あ、はい……」
「敬語になってるよ」
ルカのクスッとした笑い声が聞こえ、成はおそるおそる、見上げるようにルカの顔を見た。
美しい顔立ちだ。中性的ともいえるが、決して男性的ではないという感じもない。
あまりの美しさに見惚れてしまっていると、後ろから声がした。
「成、俺のこと忘れてない?」
長身の男が、成を後ろから抱きしめた。
「わ、わすれるなんて、そんなことあるわけないだろ」
成は、慌てて否定する。
「だって、ルカのほうばっかり見てるからさ」
「そんなこと……」
「うそうそ。おめでとう、成。一緒に仕事ができて、すげぇ、うれしい」
ぎゅっと抱きしめられて、成の心臓は、バクバクと音をたてた。
こんなにドキドキしていたら、みんなに聞こえてしまうんじゃないだろうか。
成は、慌てて突き放す。
「や、やめなよ、海斗……みんなの前で」
「ごめん、つい、嬉しくて」
進藤 海斗は、ようやく成から手を離した。
「ああ、海斗は成くんの知り合いだったね」
社長がいうと、海斗が成の肩を抱きよせた。
成の顔は、また真っ赤になった。
「はい、実家が隣同士で、小さいころから、成は、海斗海斗って、めっちゃ可愛くて」
「海斗!!」
成は、恥ずかしさで顔を俯かせる。
「だって、本当のことじゃん」
「~~~!!」
「でもまさか、ここまで来るとは思わなかった。本当に、おめでとう、成」
海斗は、成の頭をわしゃわしゃと撫でる。
(やっとここまできたんだ……)
成は、こぶしをぎゅっと握った。
毎日毎日、ダンスレッスン、ボイトレをする日々だった。
それだけでなく、学校の運動も、勉強も、人の何倍も頑張った。
吐くほど牛乳を飲んで、嫌いな野菜も食べた。
すべては、気づいた頃には子役もやっていて、いつも、つかめない場所にいる、幼馴染の海斗に追いつくためだった。
どうしても、海斗と一緒に並んでみたかった。
並んでからじゃないと、自分の気持ちは伝えてはいけないと思っていた。
(好き……海斗)
いつかその言葉が自信をもって言えるように、今は目の前の仕事を頑張ろう。
成は、海斗の顔を見つめ、改めて思った。
「さあ、さあ、今日から3人組アイドルグループ『トロワアムール』として、ルカ、海斗、成くん、よろしく頼むよ」
「はい」
3人の返事が、事務所に響いた。
芸能人が多く通う神崎高校の掲示板に、3人組アイドルグループ『トロワアムール』の募集の掲示がされたのは、1年前だ。
海斗と同じ事務所に入所できたものの、いまだチャンスをつかめていなかった成は、ポスターにくぎ付けになった。
(これだ……)
それからオーディションを何度も受け、ついにたった一枚の切符を手に入れた。
マネージャーから合格を聞いたときは、嬉しくて、大泣きした。
でも、まさか自分が、とは思わなかった。
自分の人生のすべてをかけて、海斗につり合う人間になりたいと、今まで努力してきたのだ。
ずっとずっと、大好きな海斗と並んで歩いていきたい。
そして、それと同時に、今までたくさんの努力をしてきたことで、たくさんの人が『仕事』に携わっていることを学んできた。
自分の学費やレッスン代を捻出してくれた、両親。
事務所の社長、『トロワアムール』を企画した、プロデューサー、マネージャー。
テレビ業界、芸能業界にかかわるたくさんの人たち。
そして、ファンの子たち。
そのすべてが、今の海斗を作っているすべてであり、自分を作っているすべてであることを、成は自覚していた。
(大切にしたい……すべてを)
芸能人として、自分が今歩みだしたことを、成は、心の底から大切にしたいと思っていた。
だからこそ、自分の気持ちを伝えたい感情と並んで、絶対に周りの人にこの気持ちはばれてはいけないと思っていた。
自分は純粋に海斗を好きなだけだけれど、自分の気持ちだけで、迷惑をかけるわけにはいかない。
まして、自分は『アイドル』なのだ。
こんなことがファンや関係者にばれて、SNSで炎上などしてしまった日には、大変なことだ。
(この気持ちは、絶対に周りにばれてはいけない!)
成は毎日、そのことを心につよく思っていた。
「成はさ、海斗が好きなんでしょ」
「へ……」
レッスン終わり、復習がしたくて、成が、事務所のレッスン場に残っていると、急に入ってきたルカが言った。
「な、な、な、なにを……」
「そういうときは、違うって言えばいいのに。バレバレだよ、そんな態度じゃ」
とっさのことに、言い訳もできず、成は顔を真っ赤にして、鏡の前で固まる。
「ち、ちが……」
「大好きな幼馴染を追いかけて、ここまできたのは、さすがにすごいね」
「ち、ちがう!それだけじゃない」
成が大きな声で否定すると、ルカはクスッと笑う。
「海斗を好きなことは否定しないんだ」
成は勢いよく近づき、ルカの手を取り、頭を下げる。
「お願い……誰にも、誰にも言わないで、お願いだから……っ」
「……なんで」
ルカの美しい目と見つめあう。
「大事なんだ!!『トロワアムール』が」
「『海斗』が、じゃなくて?」
「……ルカさんがなんで気づいたのかわからないけど…たしかに、僕は海斗が好き…。だけど、ルカさんと、海斗と、みんなでがんばって、『トロワアムール』を成功させたい気持ちも、本当なんだ……だから……」
成は、泣き出しそうな目でルカを見つめた。
ルカは、はあ、と少しため息をついた。
「だから、そんなんだと、バレバレだって……」
「え……」
「あと、また、ルカでいいって」
「あ、はい、あ、わ、うん、すみませ……ごめ」
成が、しかられた子犬にしゅんとする。
「わかったよ、誰にも言わない。俺も、協力してあげる」
「え……」
「仕事も、海斗のこともがんばるんでしょ」
「う、うん!!ありがとう!!ルカ!!」
成が、ルカに抱き着くと、ルカは、少し困った顔をした。
「あ、ごめん、汗臭いよね、僕……」
成は、素早く身体を離した。
「……はあ、君、本当によくそんなんで、ここまでこられたね」
ルカはため息交じりに、髪をかき上げた。
デビュー曲は、一週目が、ランキング11位。
もともと子役として活躍していた、海斗と、歌手としてデビューしていたルカの認知度があり、なかなかの滑り出しだ。
成は、自分の存在が、売り上げに貢献できていないと感じ、日々遅くまでレッスンに打ち込んでいた。
明日は、初めての生放送の音楽番組だ。
司会者とメインで話すのは、海斗と決まっているから、しゃべりの心配はない。
しかし、人気の音楽番組で、何か爪痕を残さなければ、デビュー曲はこれ以上伸びないかもしれない。
少しでも、ダンスがよく見えるように。
少しでも、歌が上手に聞こえるように。
少しでも、誰かの心に残るように。
この日も、何度も何度も練習してきた、デビュー曲を、ひたすら繰り返し練習していた。
「成、おつかれ。また居残り練習か」
いつの間にか、レッスン場に、海斗が入ってきていた。
「海斗、おつかれさま。僕がいちばん足ひっぱってるから」
海斗は、困ったような顔をしながら、冷えたスポーツドリンクを成に渡した。
「成はがんばってるよ、誰よりも。俺が保証する」
「か、海斗は俺に甘いから……」
成は、海斗からもらったドリンクを急いで開けて、飲んだ。
「そりゃ甘やかすよ、俺の大事な成だもん」
「……っ」
海斗の甘い言葉に、成は、胸が苦しくなる。
「ごはん、いかないか、二人で」
「え……」
「誰かいると、成、気を遣うだろ、いつも。二人でのほうが、気楽かなって」
「ありがとう、でも、今日は……もう少しやってく。明日の本番、成功させたいから」
成の言葉に、海斗が頭をかく。
「そっか。じゃあ、無理すんなよ」
海斗がレッスン場を出ると、ルカと鉢合わせた。
「おつかれ、ルカ。何、お前も居残り?」
「おつかれ。……レッスン場で何してたの」
この時間にレッスン場にいるのは、いつも、成一人だ。
「成をご飯に誘ったんだけど、ふられたとこ」
「あ、そ」
「ルカ、一緒に飯いく?」
「絶対、いかない」
ルカは冷たい声でそういうと、レッスン場に入った。
「おつかれ、成」
「おつかれさま、ルカ」
成は、音をとめて、ルカに近づく。
ルカの手に持った紙袋を見て、成はパアと顔を輝かす。
「また、買ってきてくれたの…ごはん」
表情とは裏腹に、言葉は遠慮している。
「成がちゃんとご飯食べないからでしょ。アイドルは体づくりも大事だよ」
「うう……ありがとう、ルカ!!」
レッスン場に残っていると、ほぼ毎回、ルカが夜食を買ってくるようになった。
最初こそ遠慮はしていたものの、おなかの音が大きく鳴り響き、受け取らないわけにはいかなかった。
今日は、高そうなサンドイッチと、ミルク。
成は、コーヒーが飲めないことも、ルカにはばれてしまっていた。
「サビのあとのステップ、少しはやめてもいいかも。次の立ち位置が、明日のスタジオはけっこう、移動しなきゃだから」
ルカがアドバイスをくれる。
成は、サンドイッチを頬張りながら、うなづき、それを反芻する。
「いつもありがとう、ルカ。すごい助かる」
3分程度で食べ終わり、ミルクを飲み干している最中、ルカが言った。
「海斗のデートの誘い断ったんだ」
「ぶっ、あ、デ、デ、デ、デートじゃ」
危なくミルクを、ルカにかけてしまうところだった。
成は、むせながら、ハンカチで口元を拭く。
「ご飯に誘われただけ」
「だから、デートでしょ、二人なんだったら」
成は顔を真っ赤にして、ルカにそっぽをむける。
「今はそれどころじゃないよ。僕、まだ何もできてないし」
「成」
レッスンに戻ろうとする成の手首を、ルカが捕まえた。
「何もできてなくないでしょ、君はよくがんばってるよ」
「海斗も、ルカも、僕に甘いよ」
ルカは、成の手首をつかんだ手を優しく引っ張り、成を自分に近づけた。
「毎日レッスン頑張ってるの、知ってるよ。自分を卑下するのは、成らしくないよ」
「……っ」
ルカの言葉が、心にストレートに入ってくる。
「ランキングトップ10入りできなかったの……僕のせいかなって、考えて……でも何もできなくて……悔しくて……」
成は、認知度のほぼない、ど素人だ。
自分にもう少し人気があれば……そう思わずにはいられなかった。
「成は、俺や海斗が、今までの人気だけで、売れていこうとしてるって思ってるの」
「そんなわけない……っ!」
ルカの言葉を否定するため、成はルカをまっすぐ見つめた。
ルカは甘く、微笑んだ。
「そうでしょ。俺らも頑張ってるし、成も頑張ってる。これからだよ『トロワアムール』は。一緒にがんばってくれる?」
「うん。うん。僕、がんばる。ごめん、僕……」
成は、ルカを抱きしめ返した。
ルカは成を抱きしめながら、成の頭を撫でた。
次の日。生放送本番。
幼いころから、トーク番組にも出て、慣れている海斗が、ちょっと癖のある司会者のフリにも、なんなく対応していた。
「で、君が、オーディションできまった、成ちゃんだ」
いきなり話がふられ、成はドキッとする。
「は、はい。水谷 成、16歳です。よろしくお願いします」
「いやー、若いし、かわいいね。女の子みたいだ」
「い、いえ、そんな」
「そうなんです、うちの成、かわいくて。うちのお姫様なんです」
成が否定した言葉を、海斗が拾う。
「そうだろうねえ、こんなに可愛かったら。二人のナイトに守られるお姫様だ」
海斗が、成の肩を抱き寄せ、手をとり、成を見つめながら言った。
「成ひめ、今日もよろしく」
観客席から、今まで聞いたことのないような、黄色い歓声が飛び出す。
「きゃーーーーー」
「??」
成が、目を丸くしていると、女性司会者が言った。
「さて、では先週はランキング11位だった、『トロワアムール』のデビュー曲「ハツコイ」を披露していただきます。『トロワアムール』のみなさん、よろしくお願いします。
成が少し混乱している中、ルカが、誰にも聞こえないように、海斗に声をかけた。
「そっち方面でいっても、いいってことだよね」
「……成が、嫌がらなきゃな」
「海斗が先にしたんでしょ」
ルカはそれだけいうと、成の頭を少しだけポンポンとして、自分の立ち位置についた。
成は慌てて、深呼吸して、音楽に耳を傾けた。
生放送は、失敗ができないスリリングさと、観客席の視線があり、興奮状態になる。
成は、海斗力強いダンス、ルカの美声、一瞬一瞬に心が奪われそうになりながら、必死に踊り、歌った。
毎日練習している曲なのに、ぜんぜん違う。
今のこの気持ちが、観客席の人たちと、このテレビを見ててくれるすべての人に届くことを祈って、成はパフォーマンスを続けた。
最後は、成のソロで終わる。
男性とは思えない、柔らかな高い声が、スタジオいっぱいに響き渡ると、それまで叫んでいた観客全員が静まりかえり、成の声に聞きほれた。
最後の一音が終わる。
終わらなきゃいいのに。
そう思うほど、気持ちのよい3分間だった。
成が、歌い終わると、そのままCMに入る予定になっている。
成の声が途切れ、カメラが成のどアップを映し出している。
あと数秒で、終わる。
そのとき、いつもの立ち位置にいたはずのルカが成に近づき、成を抱き寄せた。
それと同時に、小道具の花束で、ルカは成の口元を隠した。
そこにルカの顔が近づき、まるで、二人はキスをしたような一場面が、画面いっぱいに映し出された。
全国放送で。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
観客席が、黄金色の歓声に包まれた。
そのころ、テレビの前も、大変な騒ぎになっていたようだ。
「CM入りまーす」
スタッフの声が、まったく聞こえない。
「え、え、え」
成は、何が起こったのかわからず、呆然としている。
「……やりすぎだ……」
海斗は、ルカをにらんだ。
ルカだけが、一人、嬉しそうに観客席に手を振っていた。
この後、SNSが大炎上したのは、言うまでもない。
