「朝宮も悪い奴じゃないんだけど、女の子には冷たいんだよなあ」
「……冷たい、のかな」
「え?」
 きょとんと、常川田が俺を見る。
「いや、これ以上、気を持たせないようにって思ったんじゃないかな」
 好きになってもらったからこそ、朝宮なりに誠実な対応を取ったんじゃないかと思ってしまう。だって、朝宮が本当に迷惑だと思っていたなら、言葉にもしなかったはずだ。
「へえ」
 にたにたと、常川田は口角を緩めた。
「朝宮のこと、分かってるんだ」
「い、いや……常川田のほうが分かってると思うから」
「知らないよ」
 明るく、けれどどこか割り切った声だった。
「さっきも言ったけど、朝宮が間山の前だけで見せる顔なんて俺は知らなかったわけだし。仮に間山の言うことが本当だとしたら、朝宮はよっぽど間山に本気なんだろうね」
「本気って……」
 そう、なのだと思う。俺が思うのもおかしな話かもしれないけど。
 でもその本気を、今もまだどう受け止めたらいいか分からない。 一番良いのは、朝宮と同じ気持ちになることなんだろうけど。

 家に帰ると、ちょうど天が自分の部屋から降りてきたようで、玄関で鉢合わせる。俺の顔を見るや否や「おかえり!」と快活な笑顔を見せる。
「俺もさっき帰ってきたとこ」
「……じゃあ、ただいま、おかえり」
「ん、ただいま」
 いつも思うけど、爽やかさの塊でしかない。
 リビングには天が今まで勝ち取ってきた何かしらのトロフィーや賞状やらが飾られている。運動も勉強も昔からよくできて、子どもの頃は近所の人たちから「神童」と祀られる勢いで崇められていた。
 周囲にチヤホヤされる一方で、天の性格が腐ることはなく、むしろ神のように慈悲深い心を持ち合わせることになってしまったのはどういうことなのか。
 顔も良ければ性格もいい。天から人の悪口を聞いたこともない。
 本当によくできた人間が、なぜ俺の兄なのか。
『天くんがこれだけ優秀なら、間山家も安泰ねぇ』
 昔、家族で夏祭りにでかけたとき、近所の人たちから何気なく言われた言葉が今でも記憶に残っている。
 間山の家には、天がいればそれでいい。
 誰も、俺のことは気にしていない。
 いくら頑張っても、俺が天に勝てることはないし、それでいいと思ってた。
「晴?」
 呼ばれて顔を上げる。
「どうした、具合悪い?」
「……ううん、なんでもない」
 いっそ天の性格が腐ってたらよかったのに。そうしたら、天のことも嫌いになれたのに。兄弟仲は普通にいいほうで、それは天が俺と仲良くしてくれようとするから成り立ってるだけだ。
「ちょっと、寝る」
 逃げるようにその場から立ち去り、自室に入り込めば、そのままベッドにダイブする。
 こんな自分が嫌になる。天のことは兄として好きだけど、好きだからこそ、自分が嫌で嫌でたまらなくなる。
『間山のことが好きなんだよ』
 ふと、朝宮の言葉が頭の中で響いた。
「……どうして俺なんだよ」
 その言葉は空中に静かに消えていく。
 なんの取柄もない俺の、一体どこがよかったのか。