間山(まやま)、こっち」
 休み時間、朝宮に呼ばれて俺はぎこちなくうなずいて教室を出た。
 俺よりもでかい朝宮の背中を追いかけながら、静かに観察する。
 イケメンは後ろ姿だけでもかっこいいらしい。
 あの告白を見たのは不可抗力だ。
 どう考えてもあのプリントは、俺たちの列の誰かに向けて書かれたものとは思えない。
 いかついラグビー部の鬼川じゃないとして、その前は水泳部かつ脱ぎたがりの高橋(たかはし)とその前は入学初日にコンタクトを落としたからコンタクトって呼ばれてる稲沢(いなざわ)と……その前は誰だっけ。とりあえず朝宮が告白する相手として納得できそうな人材がいない。
 やっぱりゲームかドッキリだったりする可能性のほうが圧倒的に高い――。
 とかなんとか思っていた俺に、階段の踊り場で足を止めた朝宮が振り返った。
「あれ、間山に書いた」
「……ん?」
「さっきの」
 それはきっとあのプリントのことを指しているのだろう。それは分かる。でも分からないのは、俺に書いたという点だけ。
「お、俺……? 間山違いとかじゃなくて」
「間山(はれ)に書いたんだけど」
「……じゃあ、俺だな」
 そもそもあの教室に間山は俺しかいないはずだ。
 んでもって、意外だったのは朝宮が俺の下の名前を知っていたことだ。誰かに下の名前で呼ばれるなんて、家族以外まずない。
「嫌な気分になったんだったら謝ろうと思って」
「嫌……ってわけじゃないけど」
 朝宮が俺にアレを書いていたとして……うん、別にそう思うことはない。
 どちらかというと「俺だったのか!?」という驚きのほうがでかい。
 ただ、俺を呼び出した理由が口止め云々ではなく、俺に謝ろうとしていたとは予想外だ。嫌な気分になったんじゃないかと気遣ってくれるほど、やさしい男らしい。
「ええと、ドッキリだったりする?」
「それはない」
「あ……おっけ。じゃあ、ガチなやつ?」
「ガチ」
 窓から差し込む朝陽が朝宮のことを照らしていた。長い睫毛がゆっくりと持ち上がり、俺を真っ直ぐ捉える。
 あ、本気だ。
 根拠もないのに、その表情に魅入られて受け止めてしまった。
 あの朝宮が俺のことを好きだという。
 いわゆる一軍キラキラのグループに所属している朝宮とは違い、気軽に話せるような友人もいないぼっちの俺。
 何をどう考えてみても、理由が見当たらない。
「えっと、なんで俺か聞いてもいい?」
「間山のこと好きだから」
 余裕そうでいて、恥ずかしげもない表情。
 ふと、躊躇いを見せて消した告白文を思い出した。
 それだけ真剣に思ってくれているということなのか。そんな自惚れたことを思ってしまっていいのか!?
「……あの、お、俺のどこが」
 どこが好きなのか聞こうとして、チャイムが鳴った。
 タイミング悪すぎだ。日頃からあんま人と話さないツケがここで回ってくるのかよ。
 戻ろうか、なんて引きつった愛想笑いを浮かべたところで、右肩に朝宮の手がふわっとのった。
 それから俺の耳元で――。
「これから知って」
 ぼそっと囁かれたそれに、いっきに顔が赤くなるのが分かった。
 高校二年、初めての告白相手は、俺とは正反対のクラスメイトだった。