着替えが終わり、売店に行こうかと気分が落ちたところで机の横の袋が目に入った。そうだ、朝宮のパンを買うついでに自分のパンもコンビニで調達したんだった。
 これで戦場に行かなくても済むと安堵したところで、着替えるよりも先に売店に行っていた常川田たちが教室に帰ってきた。
 そこまではよかった。常川田は俺と目が合うと、まるで面白いものを見つけたように、にんまりとこれ以上ないほど微笑んだ。
「間山クン、こっち来てほしいなア」
 こんなにも恐ろしい手招きは初めて見る。嫌な予感しかしない。こっち、というのは、その先にあるのはバルコニーだ。なぜわざわざ外に出されるのか。
 とはいえ拒否権なんてものは最初からない。嫌だ、と常川田に言えるのは朝宮と榊ぐらいだ。
 大人しく教室から足を踏み出せば、俺に続いて着替え終わった朝宮もついてきていた。
「えっと、これは一体――」
 そのとき後ろで、がちゃり、と音がした。
「作戦成功」
 見えたのは、満面の笑みで鍵を閉めた常川田と、スマホを俺らに向けている榊の姿。「ごゆっくり」とくぐもった声が聞こえる。はめられた。
「閉め出された……まだパン食ってねえのに」
「そのうち飽きるでしょ」
「朝宮、冷静すぎだって」
 どう考えても悪乗りだ。死ぬほど走らされたあとだから汗もかいたし腹も減っている。
 スマホを取り出そうとしたが、机の上だ。
 常川田と榊は謎に親指を突き出して俺らに向けているが、それはグッジョブの意味合いなのか。
 そんなことを考えていたら、後ろから覆いかぶさるような形で朝宮がくっついてきた。
「はっ!?」
「寒そうだから。あっためようかと思って」
「いいいいいい、いや、周りの目を……!」
 今は昼休みで、あっちこっちから視線が集まってくる。そもそも時期的に寒くもなんともない。
「あれ見ろって」「ちょ、朝宮じゃね?」「とりま保存」「お前ら何してんだよ」
 教室からも外からも野次が飛んでくるが、ここには男しかいない。これが女の子ふたりならまだ目の保養になったのかもしれないが、ここにはやたらと身長がでかい男と、そいつに抱きしめられる平凡な男しかいない。楽しめるほどのものでもないはずだ。
「間山ってちっこいよな」
「今言うセリフじゃないって……!」
 なんでこんなシーンを見られて平然としていられるのか。恥ずかしすぎてどこに視点を定めればいいのかも分からない。
「朝宮はこういうの見られていい派なん?」
「燃えてくるタイプ」
「やめろって……」
 とか言って、振りほどこうと思えばできるのに、腹に回る大きな手を振りほどこうとはしなかった。