三限目が終わってすぐにいなくなったかと思えば、俺のためにパンを買ってきてくれたという。しかも、こんなに。
「ありがとう……あ、お金」
「いらない。俺が勝手に買ってきただけだし」
 買ってきただけとは言うけど、中には俺が好きなパンばかりが入っている。苦手なものはひとつもない。
 まさか、俺好みのパンを知ってて買ってくれたとか……?
 でも教えたことはない。たまたま買ったものが俺好みだったなんて確率は一体どれだけあるんだろうか。
「じゃあ明日は俺が朝宮の分を買うから」
 俺が購買戦争で勝てればの話だけど。自分の分を確保するだけでも必死なのに、朝宮の分も用意できるだろうか。
 それか早く起きてコンビニで買えばいい。そこも起きられればの話で。
「いいって」
「だめだろ。こういうのはちゃんとしないと」
 俺が言えば、虚をつかれたような顔で朝宮が俺を見ていた。
 何か変なことを言ったのか。
「朝宮?」
「ああ、いや。こうやってハッキリ言ってくれる間山もいいなと思って」
 改まって言われると、そこまで驚かれるようなことだっただろうか。
 でも、友達だからいいやと曖昧にするのはよくない。どうでもいいと思っていないからこそ、朝宮にも誠実でいたい。
「分かった。じゃあ明日はよろしく」
 うん、と引き受けながら、明日は絶対に起きなければという使命感に駆られる。大丈夫だ、アラームをかけられるだけかければ起きることが出来るはずなのだから。
 そのとき四限目が始まるチャイムが鳴り、それぞれが席についたところで授業が始まった。次は数学だ。
「前後で採点しろ」
 俺のクラスは五列しかないから、隣同士で採点しろと言われるよりも、前後でしろと言われるほうが多い。そしてその相手は必ずといっていいほど朝宮だった。
 別にそこは問題じゃない。ただ――。
「……あのさ、ここの俺の回答、まちがってんだけど」
「間山が答えたんなら全部正解だろ」
 朝宮の採点があまりにも甘すぎて、結果的に俺が自分で採点することになる。これだと二度手間だ。交換して採点する意味がない。
「俺に厳しくしろよ」
「そういう間山だって、俺に×をつけたことないでしょ。三角とか多いよ」
「……途中までの式は合ってるから」
「まあ、俺は間山に何をもらってもうれしいけどね」
 平然と、本気で思っているような口ぶりだ。
 朝宮は思った以上に気持ちをまっすぐ伝えてくる男だ。そんな性格だったのかと、発見することが多くて、朝宮が友達と一緒にいるところを盗み見したりする。
 でも、常川田や榊と一緒にいるときは口を開くことのほうが珍しかった。
 ……まさか俺の前でだけ素直になるパターンでも発動してんのか?
 授業が始まる前に、他クラスの男から話しかけられていたときの朝宮の顔を思い出す。
 底冷えするような表情と、切り捨てるような声。そういうものを持ち合わせていながら、俺には一切見せたりはしない。
 別に寝ぐせを触られるのも、指が触れるのも、嫌だとは思わない。
 もちろん朝宮からの気持ちだって同じだ。だからって俺も同じ気持ちを抱いているのかって言われたらイエスでもノーでもなかったりする。