「あれ、朝宮……?」
 でも、そこに朝宮はいなかった。
 俺に怒られると思って逃げたのか。いや、そういう男ではない。むしろ堂々としているはずだ。
 最近はあまり席を立たないから、当たり前のように朝宮はいると思っていた。それなのに、がらんと空いた席を見ると、ふと寂しさが沸いた。
 なんだよ寂しさって。こんなの今まで通りだろ。
 時計を見れば十二時前だ。あともう一限をやり過ごせば昼休みに入る。ただ、今日も購買でパンをゲットしなければいけないので、無事に昼飯にありつけるかが問題だ。
 しばらくしたとき、廊下から「朝宮頼むって」と声が聞こえてくる。
「そういうのは面倒だって言ったんだけど」
「向こうは朝宮が来ないと参加しないってうるせえんだって」
 揉めているのか?
 さり気なく扉の近くに立てば、腕を組んで壁にもたれる朝宮と、顔の前で合掌する他クラスの男がいた。
あの声は、この前も朝宮を合コンに誘っていた男と同じだ。
「この通り! 今は彼女いないんだろ? 朝宮が来てくれたら俺の夏は彼女持ちになるんだよ」
「知らねえよ」
 話の内容からして、女の子たちが来るような集まりに誘われているらしい。
 それを面倒そうな顔で聞いている朝宮は「客寄せに使うな」と冷たい言葉を吐き出して教室に戻ってこようとする。
そのタイミングでバッチリと目が合ってしまった。
 やべ、見てたのバレた。
 と思ったのもつかの間、朝宮の表情から力が抜けた。
「間山、これ」
 気づかなかったけど、朝宮の片手には白いレジ袋がぶら下がっていた。
 それを差し出され、無意識に受け取ると、中にはパンがいくつか入っている。
「え、これ」
「購買で先に買っといた。たまにこの時間から準備してるときあるから」
「準備って……これ、俺に?」
「うん」
 当たり前のようにうなずかれるものだから、説教しようなんて頭はどっかに消えた。