新しいクラスに慣れ始めた高校二年の春。
 どっかの誰かが「いい加減出席番号順は不公平だ」と騒ぎだしたことがきっかけで、俺が通う北原高校では四月の半ばに席替えをすることになった。
 しかも引いたのは神席。
 廊下側の後ろから二番目。
 電車で端っこが空いていたらすぐに座ってしまう俺にとっては最高の席だった。
【お前のことが好きなんだけど】
 ……このプリントが回ってくるまでは。
 後ろから回収しろと言われたプリントが回ってきて、つい目を止めてしまった。差出人はもちろん後ろの席の男。
 プリントの上部に書かれていたのは、朝宮光星(あさみや こうせい)という字と、ちょっと斜めに書かれた告白と思わしき言葉の並び。俺が知らないだけでゲームか何か始まっているのか。
 だとしたら盛り上がりに欠けるだろ。この列には男しかいない。いや、男子校だから学校に女の子が存在しないわけで。
「なー、まだ?」
 前の席の鬼川(おにかわ)が不服そうに俺を見ていて、ハッとした。
「うえっ、あの、え」と戸惑いが生まれ、どうなってるんだという問いを投げかけるためにも後ろを振り返った。
 この列の遅れを作った主犯の朝宮は頬杖をついて微笑みを浮かべた。余裕さえあるようなその顔は、確信犯といっても過言ではない気がする。
 もう一度手元のプリントに視線を落とした。やっぱり朝宮のものだ。
「朝宮、あの、こ、これ」
 真意を確かめるというよりは、〝これ〟をそのまま回して大丈夫なのか、という心配の意味を込めておそるおそる声をかけた。
 今ならまだ間に合う。このことを知っているのは俺だけで済むはずだ。
 ああ、と納得したように朝宮が言った。
 朝宮は俺が引っかかっていた言葉を、一瞬躊躇うような素振りを見せたあと、一思いに消しゴムで消した。
 それから俺に、ん、と差し出す。まるでなかったかのようにされた告白プリントは、ようやく鬼川に回っていく。「早く回せよ」と言わんばかりの顔で睨まれたけど、どう考えても俺のせいじゃないはずだ。
 ……なんだったんだ、今のは。
 無事に担任に回収されたプリントは、ひとつの束となり教卓の上でトントンとまとめられた。あの中に紛れるはずだったそれは、もしかしたら担任に向けられるものだったのかもしれないと思い始めてきた。
 でも、担任か。あり得るのだろうか。顔も身体もなんだか四角い。色気というものを一切感じないように俺は思うけど、それも人それぞれか。
 朝宮が担任を好きだというのであれば、それはそれで見守るほかない。左手の薬指で輝く指輪は見過ごせないけれど。
 担任も一応候補に入れるとして、朝宮はこの列に好きな奴が本当にいたのか?
 後ろの席の朝宮は、なんというか愛想があるわけじゃないけど、顔は「ばりえぐい」と騒がれるほどには整っていた。
 他校の女子にも人気があるらしい。そんな朝宮が好きになったのは一体誰だったんだ?