「退部しました」

白紙のような心で提出した退部届のコピーが、机の引き出しに突っ込まれている。僕は布団を被りながら、天井も見えない暗闇の中で小さく呟いた。

「たぶん、今年の一年生で最初の退部だろうな……」

そう呟く声に、自嘲が混じっていた。入部していた同級生たちの顔が頭をよぎる。フルートの谷川愛美は、何かと気にかけてくれていた。宮坂千尋先輩も、あの後、ちゃんと声をかけてくれた。

「三枝のことは気にしないで。ストレスがたまってただけなの。和田くんが悪いわけじゃないよ!」

あの言葉は、確かに優しかった。

けれど——

「……あいつだけは、許せん」

低く、吐き出すように呟く。

「マジで……クソうざいんだよ……」

繰り返し、呟く。何度も、何度も、胸の奥に溜まったものを引きずり出すように。

気づけば時計の針は、午前12時をまわろうとしていた。静寂の中に自分の呼吸だけが響く。

「もう、いいや。全部、どうでもいい……」

その瞬間——

「っぐ……!?っ、い……った……!」

突如として、頭を刺すような激痛が走った。額の奥を鋭利な何かで貫かれたような、尋常ではない苦しみ。続いて、腹部をねじられるような激烈な痛みが襲う。

「っ……っ、あ……ぁ……!」

声にならない叫び。体が熱い。喉が焼ける。全身の感覚が遠のいていく。

そして次の瞬間——視界が歪み、ベッドから転がり落ちる感覚とともに、何かが途切れた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

朝。僕は、ひんやりとした空気に包まれながら、ゆっくりと目を覚ました。目を覚ました瞬間、和田陽介は、胸の奥に奇妙なざらつきを感じた。頭が少しだけ痛い。
しかし、カーテンの隙間から差し込む春の光が心地よい。

「……あれ?」

昨日のことを思い出そうとするが、記憶がどこか霞んでいる。けれど、胸の奥に奇妙なざらつきだけが残っていた。

窓から差し込む光。鳥のさえずり。時計の針は、午前6時45分を指していた。

「……まさか」

日付を確認する。

2024年4月9日

「……え? 昨日……いや、こないだまで6月だったよな……?」

混乱する頭で、周囲を見渡す。

机の上に一枚の大きな紙が目に入った。

『中学1年生で達成させたい目標』

そしてその下に、乱れた文字でこう書かれていた。

『目標を達成できなかったら、できるまで何度もやり直す』

「……なにこれ?」

その紙に書かれた目標の中に、ひときわ目立つ文字があった。

『部活を3年間続けること』

僕は固まった。呼吸が浅くなる。昨日、確かに「退部届」を出した。あれは夢じゃない。布団の中で泣きながら、何度も自分に言い聞かせたあの夜。体が痛くて、熱くて、……そうだ、最後に倒れたんだ。

「……また、戻ってきた?」

その可能性が脳裏に浮かんだとき、ゾッとするような寒気が背筋を走った。

「何考えてるの? とっとと準備しなさい!」

不意に、母の声が飛び込んできた。反射的に振り向くと、ドアの前で母が腕を組んでいた。

「え……?」

「“え?”じゃないの! 今日は入学式なんでしょ?早く制服着なさい!」

ぱたん、とドアが閉まる音。

僕は呆然としたまま、数秒間そこに立ち尽くしていた。

視線を落とすと、机の上には新品の学生カバン。中にはタブレットと、未開封の入学案内パンフレット。

「……ウソだろ……?」

何が起きているのか、まだ完全にはわからない。

でも、たったひとつだけ、はっきりしていることがあった。

自分はまた、“最初の日”に戻ってきた。

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入学式が終わり、新しいクラスが発表され、1年1組の教室へ。担任は岩田。自己紹介の順番。すべてが“前と同じ”ように進んでいく。

隣の席はまた、栗林だった。

「よろしく!」

「……よろしく」

声を返しながら、僕の心はまだ冷めたままだった。

(やっぱり……戻ってる)

だが、ひとつ違うことがあった。

今回は、“戻ってきた”ことを、少しだけ覚えている。

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そしてまた、部活を見学し、入部し、日々を重ねていく。どこかで見たような光景、聞いたことがある言葉、先回りしたように頭の中に浮かぶ展開。

やがて、また6月のあの日がやってきた。
同じように部活をやめた。

その夜。ベッドの上で。

「っ、ぐ……また……来る……っ」

激しい頭痛とともに、視界が揺れた。

「次の……ループで……」

意識が遠のく中、陽介は心の奥で叫んだ。

「今度こそ、この……無限ループを……抜け出さなきゃ……」

そして僕はまたループする。
僕はまだ知らない。このループが、ただの“やり直し”ではないことを。

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私はまたループする。3回目か…。面白くないなぁ。前回と同じように進む。
そして、6月。同じように部活をやめた和田くんはまたループする。

「いつここのループが終わるんだろ?これだけじゃなくこれからももっとループするかもなのになー。」