私は宮坂千尋、新利根川中学校吹奏楽部の三年生。トロンボーンパートのパートリーダーだ。

今日は県大会。結果は――金賞。
けれど、東関東への切符はつかめなかった。

「金だよ!ほら、金!やったぁ〜!」

私は誰よりも明るく声を張り上げた。正直嬉しかったしだけど悲しかった。でも後輩の前で涙なんて見せられない。けれど、心の底ではずっと繰り返していた。

――もっと頑張れたんじゃないの?
――もう一度、やり直せたら。

会場のロビーを出て、バス待機所へ。トイレの行列に並んで、ふっと息を吐いた瞬間だった。

「……やりなおしたいんでしょ?」

背後から囁かれた声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、人混みの向こうに二年の女子部員が立っていた。普段はほとんど口をきかない子――けれどその瞳は氷のように冷たく、誰よりも鮮明に私を見ていた。

「……え?」

「宮坂せ〜んぱいっ」

声の調子は妙だった。耳から聞こえているはずなのに、鼓膜を通らず直接胸に響くような、不快な震え。

右手に握られていたのは、黒い表紙のノート。古びた革のような手触りをしていそうなのに、光を吸い込むように艶めいている。

「じゃあ、やってみる?」

彼女は不気味な笑みを浮かべ、ノートを差し出した。

私は反射的に首を振った。

「待って、やりなおしたいって……私、そんなつもりで……」

「でも言ったよね?」

少女の声が食い込む。

「“もう一度、やりなおしたい”って。あなたの願いは、もうこの世界に刻まれた。引き返せないよ」

足がすくみ、声が出ない。ノートだけが、吸い寄せられるように私の手に渡った。

ページを開くと、日記のような書き込みに紛れて、びっしりと“ルール”が並んでいた。

――守らなければ強制ループ。
――ループは死んでも終わらない。
――ループは自分で止める方法を見つけるまで一生続く。

「自分の意思で選んだつもりでも、これはもう始まってるの。ループは止められない。後悔か、繰り返しか――どっちにする?」

彼女の囁きは、優しいのに残酷だった。
私はただ、ノートを握りしめるしかできなかった。

「さあ――ループ、始めようか」

視界が揺らぎ、色彩が剥がれ落ちていく。
叫ぶ暇もなく、私は暗闇に沈んでいった。

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――そして、目を覚ます。痛い。頭が痛い。初めは頭痛がすごかったが今度は全身にしびれが。
窓から差し込む風がやけに生ぬるい。痛みに襲われながらも慌てて日付を確かめる。

2024年4月7日。1年前の始業式の前日。

「……どうして……?」

私は呆然とつぶやいた。
あの日の夏から、1年前の春のはじまりへ。
終わったはずの時間が、再び動き出していた。

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それからの日々は大変だった。
ことあるごとにループするし、部活は大変だし。何なら4月7日に戻ってしまったこともある。ルール守っているはずなのに。
そんな日々を送っている中、ある部活体験の日、すごい気配を感じた。直感なのか、私のほかにループしている人がいる。そんな感じがした。探ってみると、トランペットの体験をしている1年生からその気配を感じた。

ループする前同じパートにいた部員、和田くんだった。
トロンボーンにおいて、私よりうまいかもしれない子で、あの時、パートリーダーに任命しようと思っていた子だ。これは勧誘しないと。同じパートになったらループしているのか聞かない...と......

『ループのことはしゃべってしまったら即ループ。ペナルティも課せられる。』

急に頭に浮かんできた。いつもルールを破りそうになると頭に直接流れてくる。そうか、ループのことが聞けないんだもんな。普通に勧誘するだけするかぁ。

「じゃあ、今度は中低音パートも触ってみる?……はい、トロンボーン」

できるだけテンション高めにそう言ってトロンボーンを渡してみた。

無言で楽器を渡したあと、なんだか、1年後とは違ってまだかわいらしい感じを見て私はふっと微笑んだ。

「初めて?スライド動かすの、ちょっとむずかしいけど。」

「はい……でも、なんか少しだけ、やったことあるような……。」

『やったことあるような』っていうことはやっぱりループしてるけど気づいてないとかなのかな?
ただ、私は普通に接しないといけない。

「……変だね。でもね、楽器って、身体が覚えてたりするから。不思議じゃないよ。」

何か和田くんが黙りこくった後、急に

「……先輩、先輩の名前は?……」

と聞いてきた。

「ああ、ごめん。まだ言ってなかったね。2年の、宮坂千尋って言います」

私の名前を聞いた後、和田くんの意識が一瞬遠のいたようにみえたが、それをかろうじて笑みで隠していた。その後、

「僕は和田陽介です。よろしくお願いします。」

と自己紹介された。

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体験入部の時間が終わった後、私は、どうやったら目標へたどり着けるのか、どうやったらループを抜け出せるのかを考えた。

黒いノートの日記の記録は行動次第で変わってくるから未来予言になる。和田くんと出会った後の日記を見てみると、日記というよりかは警告みたいな感じのものが書いてあった。
ノートのページには、見覚えのない文字が走り書きされていた。

――和田陽介。彼もまたループに囚われている。
――ただし、彼はまだ“気づいていない”。
――気づかせるな。
――気づかせれば強制ループ。記憶を消してあなたも彼も。

手が震えた。やっぱり……和田くんも。

でも「一緒に戦える仲間」だと思った瞬間、冷たい文字が私の希望を奪っていく。

どうすればいいの?
私は、ループのことを話せない。
彼も気づかないまま、この無限の繰り返しに閉じ込められてしまうの?

ページをめくると、さらに追記があった。

――彼を導け。
――ただし、真実は語るな。
――行動だけが未来を変える。

「……行動で、未来を……?」

私はノートを閉じ、強く抱きしめた。
このルールがどれだけ残酷でも、選べる道は一つしかない。
和田くんを――正しい未来へ導くこと。

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フフフ。役者は揃った。面白い物を見せてくれることを楽しみにしているよ。

和田くん。こはるちゃん。千尋ちゃん。ループしている君たちはどうやってループを抜け出すのかな?
“本当の原因”を見つけて、早く私の前に現れて欲しいなぁ。