月夜のギャンブラー

「あ、そうだ。ちょっと待ってて下さい」

そう言うと、少年は駅を出て行く。
外の自動販売機が、ガタンガタンと二つの音を鳴らした。

あぁ、先を越された。
私が気付くべきなのに……。

熱々の缶を二つ抱えて戻る彼に、私は慌てて財布の中身を確認する。
暗がりの中で一生懸命探したが、残念ながら小銭もお札も無かった。

恐るべし、キャッシュレスの弊害!

「ごめん、現金あまり持ってなくて……」
「気にしないで下さい。僕が食べたかっただけなので」
「食べたかった?」
「はい、最近買えるようになったんです。都会にはこういうの沢山あるんですよね?」

無邪気な声と共に、熱々の缶が手渡される。窓に近づけて月明かりを頼りに確認すると、おでんの三文字が浮かび上がった。

「あぁ、おでん缶か、随分前に話題になってたけど、そっか、ここだと珍しいのか」
「そうなんです。この辺ってコンビニも無いので、見つけた時はテンション爆上がりしました。テレビで見たヤツだ! って……」

嬉しそうに缶の蓋を開け、飲み物のように汁を啜り始める。
かわいい。
子供みたいだ。
 
「ごめん、都会には住んでるけど、これ、買った事が無くて……どうやって食べるの?」
「え、あの、もしかして、おでん嫌いでしたか?」
「あ、違う違う。おでんを自販機で買う習慣が無いからだよ。深夜営業のお店、近所に沢山あるから」
「あぁ、そうですよね。いいなぁ、都会」
「ここだって、そこまで田舎では無いと思うけど……」

おでん缶の蓋を開けながら、初めてこの駅に降り立った時の事を思い出す。

確かに、物凄い田舎だと思った。
夜は真っ暗で、深夜営業のお店も娯楽もない。
軽く絶望したのを覚えている。
けれど、医療機関はもちろん、スーパーや喫茶店、意外にもファストファッションの店もあったりして、生活に不便さは感じなかった。

生きていくだけなら、不自由のないのどかな町。
終の棲家としては最高の環境かもしれない。

でも、若者たちにとっては――、

「田舎ですよ。何か可笑しな事をしたら、直ぐに噂が広まりますから――あ、こんにゃくに刺さってる竹串を使って食べて下さい」

優しい声と共に手元が明るくなる。
少年は、私のおでん缶をスマホのライトで照らしてくれていた。
 
「ありがと、えーっと、こんにゃくの串、どこ?」
「汁を少し飲んだら出て来ますよ」

ほのかな光で浮かび上がるイケメン。
暗がりでも分かる爽やかな微笑み。
目が合うと、恥ずかしそうに顔を背けられた。

私があと五歳くらい若ければな……。

――なんて、無意味な妄想をしながら、おでんの汁を一口啜った。