さて、と先輩はコーンポタージュを飲み干した。そして鞄からポーチを取り出す。髪留め用のピンを手に持ち、早目に顔を洗っておこうかな、と呟いた。
「きっと水は冷たくて、目が覚めてしまうから」
「確かに。雪が降るくらい冷え込んでいますものね」
「早く寝るのなら尚更だ。明日は始発で帰るのだし」
「ええ、勿論」
「では君がコンポタを飲み終わったらお手洗いへ一緒に来て欲しい」
 マジで怖がりなんだな。そんな一面も可愛いと感じる。一息に飲み干して、いいですよ、と言おうとした時。今度は気管に入ってしまった。またしても激しく咳き込む。
「慌てさせてごめん」
 先輩は背中を擦ってくれた。ずみまぜん、と汚い声でお礼を述べる。同時に、やっぱり泊まるとなると距離が縮まるのか、と頭を過った。当然、ドキドキしながら。
 落ち着きを取り戻してから二人で待合室を出た。今度はお互い、上着を着ていない。ついでに用を足すつもりだから邪魔になると思ったのだ。
「さっむ!」
 扉を潜った途端、冬の空気が全身に刺さった。
「体温を共有するためにくっつこうか?」
 先輩の冗談に、暖まるならね! と強めに応じる。半分は、接触の多い今なら本当にやってくれるのでは、という期待故に。半分は、本気で寒いから。まあやるわけ無いとわかっているけどさ。ふむ、と呟いた先輩は俺の後ろに回り込むと両肩に手を置いた。盾みたいな扱いだ。
「何ですか」
「風よけ」
「風は吹いていないでしょう。空気が丸々冷たいので、意味は無いですよ」
「そうだね」
 あっさり手を離された。喜んで風よけを務めます、と言えば良かったのかな、と遅まきながら気付く。しかし正論でぶった切った直後に申し出るのは不自然だ。どうしてもっと早く気付かなかったのかと自分を責めた。そうすれば肩を離さないでくれたかも知れないのに。
「私も急いで出て来るけど、きっと君の方が先に支度が整うだろう。悪いがホームで待っていてくれるかい」
 自分を責める俺の内心など露知らず、先輩は念を押した。いいですよ、と両手で自分の体を擦りながら応じる。じゃあね、と一旦離れた。用を足し、手を洗ってから水を顔にかける。ひどく冷たくて、これは目が覚めてしまうと納得がいった。でもおかげでさっぱりした。タオルハンカチで水滴を拭いホームへ戻る。先輩の姿は無い。寒いけど、頼まれたのだから待っていよう。両腕で体を抱き締める。奥歯が勝手に音を立てた。雪が舞うのが目に入る。寒い、と呟いた、その時。