夜明けまで。

 さて、と先輩はスマホをつついた。
「田中君は近くに宿が無いか調べてくれ。私はアプリでタクシーを探す」
 アプリとな。
「先輩、普段からタクシーを使うのですか?」
 流石先輩、大人だ。
「使わないけど、アプリが入っていると普段から使うのかと思われて格好良いじゃないか」
 全然大人じゃなかった。そうですか、としか返事が浮かばない。
「ほら、早く宿を調べて」
 誤魔化したな、と察する。いいけどさ、そんなところも面白いから。さて、宿ね。地図アプリで検索をかける。
「半径五キロ以内に宿はありません」
「じゃあ十キロ」
「ありません。最寄りの宿は二十キロ先のあばら家みたいな民宿です。しかも俺達が帰る方向とは真逆です」
 成程、と先輩は頷いた。
「宿は無いと考えよう」
「タクシーはどうですか」
「全然いない」
 溜息が漏れる。手詰まりじゃないか。
「配車を出来るか確認しよう。最寄りのタクシー会社に掛けてみるよ」
 ちょっとスマホを操作してから耳に当てた。程なくして、恐れ入ります、と話し始めた先輩の声色が普段より高くて、聞けてラッキーだと思う。今いる駅名を伝えて配車が可能か、その場合の運賃がいくらになるのかと訊いた先輩だけど、少々お待ちください、とスマホの口元を押さえて振り向いた。
「最寄りのターミナル駅まで行くとして、配車料金と運賃で合計三万五千円かかる見込みだって」
 無理、と叫びそうになって通話中だと思い直す。黙って両腕でバッテンを作ると、だろうね、と薄い笑みを浮かべた。やんわりと断った先輩は、ありがとうございました、と電話を切った。
「一人一万七千円でしょ。払えなくは無いけど痛すぎる出費です」
 そうだねぇ、と先輩はスマホを仕舞う。
「では私達に残された選択肢はただ一つ。この駅で一夜を明かすしかない」
「……そっか!」
 言われるまでピンと来ていなかった。おや、と先輩は目を細める。
「わかった上でタクシーを断ったのではないのかい」
「気付いていませんでした。そうか、そういう状況になるのか」
「タクシー、呼ぶ? ちなみに私は一晩過ごしても構わない」
 泊まろうと誘われているわけではなく、どっちでもいいよ、と先輩は選択肢を提示しているだけ。
「でも泊まるにしてもエアコンはリモコンも見当たりませんし、寒いから風邪を引くかも知れません」
 厚手の上着は着ている。だけど一晩となると風邪どころか命の危険すらあるかも知れない。ただ、一万七千円はなぁ。