先輩と俺は同じ大学に通う学生で写真部に所属している。ただ、俺は写真に興味は無い。入学直後、部員の勧誘活動をしている先輩を見掛けて一目惚れをした。まあ勧誘活動と言うか、机の上にチラシを置いてぼんやり人波を眺めているだけだったけど。とにかく俺の心臓は早鐘を打った。写真部に興味がありますと話し掛けたところ、華奢な見た目に反して口調は割と厳しく、ギャップ萌えも覚えた。所属する学部も同じで、課題への助言や教科書の融通なんかもしてくれると誘われた。入学してから友達も作らず一人で過ごしていた俺であるが、先輩という存在がやけに心強く映って余計に惹かれた。……いや、結局のところ一目惚れが全てだ。先輩の何もかもが素敵に見えた。恋は盲目、とはよく言ったものだ。とにかくその場で入部届を書いて提出した。
「ちなみに写真部員でまともに活動をしているのは私一人だ。あとは人数合わせに知人の名前を借りている」
 その断りに、俺は活動します、と即答した。先輩は目を丸くしたけど、期待しているよ、と微笑みを浮かべた。
 三か月後。
「田中君。君、実は写真に興味が無いだろう」
 先輩は目を細め、唇を歪めてそう言った。悪魔の笑み、という表現が頭を過った。
「何を仰いますか。写真部員ですよ? 興味が無いわけないでしょう」
 白を切ろうとしたのだが、またまた、と赤い舌を覗かせた。
「何故そんな、確信に満ちているのですか?」
 恐る恐る問い掛ける。だってさ、とミニテーブル越しに先輩は身を乗り出した。重そうな、肩口で切り揃えられている黒い髪が揺れる。大きな瞳は俺を真っ直ぐ見据えていた。
「使うカメラは私のお下がりのコンデジだ。撮る際には構図や光の加減とかに対して一切拘りを見せない。どんな写真が撮りたいかって質問には、先輩に付いて行くだけです、っていつも同じ返事をする。興味が無いのが丸出しだよ」
 その時、マズい、と気付いた。俺は毎日部室へ通い詰めている。バイトがある日ですら出勤時間ギリギリまで居座るほどに。だから今の指摘と合わせると写真はどうでもいいのにやたらと部室へやって来る奴、という状態なわけで、では何故そんな行動を取るのかと考えれば答えは明白過ぎる。先輩に会いたいから、という理由が丸わかりだ。
「その割に、部室へ毎日やって来る」
 過ったばかりの不安を先輩が射抜いた。不純な動機がつまびらかになってしまう。
「この状況から推察するに、君の目的は」
 はい、と掠れた声を漏らす。先輩が好きだから。まさか相手に言い当てられるとは想像もしなかった。あからさま過ぎたぞ、我ながら。あーあ。
「課題や教科書が目的だな」
 内心で派手にズッコケた。そっちかい、と叫び出す寸前で辛うじて堪える。当たりだろ、と先輩は得意気だ。
「勧誘の際、面倒を見ると言った覚えがある。実際、君に教科書は何冊かあげた。中間試験の際には問題の傾向も教えた。レポートのコツも伝えたな。美味しい思いを出来るから部室へ毎日来るわけだ」
 違うわい。先輩と話がしたくて通っているんじゃい。俺は貴女が好きなんじゃい。なんて、言えるわけがない。だって先輩が頓珍漢な指摘をしたのは、俺をそういう対象として見ていないからに他ならない。この片想いが実る日は来ないな、と確信をした。
「バレましたか」
 だから不正解を正解と扱うことにした。やはりか、と先輩は顎を逸らした。
「わかりやす過ぎだよ田中君」
「じゃあ写真部の先輩として、写真に興味のない部員は叩き出しますか?」
 半ばいじけてそう訊くと、まさか、と肩を竦めた。
「これからも毎日通うといい。今まで一人で活動をしていたから、後輩ができて私も楽しんでいるのだもの」
 嬉しいような、やっぱり後輩としてしか認識されていないと突き付けられてがっかりするような、微妙な言葉だったけど、とにかく興味が無くても来ていいと許可が下りて胸を撫で下ろした。ありがとうございます、と頭を下げる。その内合宿もやろうかねぇ、とまたとんでもない提案を投げ付けられた。情緒がぶっ壊れそう、と頭を抱えたくなった。