「そろそろ寝るとしようか。まだ二十二時だけど、ベンチでは眠りも浅いだろうし早く寝る分には悪いことも無し」
寝る。先輩と、俺が、密室で、一緒に。勿論、ベンチは別々だ。木製のそれは固くてろくすっぽ眠れる気もしない。つまり先輩を意識しながら同じ空間で一夜を過ごすわけなのだ。
「明かりはどうしますか」
「消した方が寝やすいでしょう」
あぁ、と心の中で顔を覆う。先輩と真っ暗闇の中で一緒にいるのか。理性を総動員せねばなるまい。変な行為に至るつもりは無い。一方で、ドキドキが止まらないのもまた事実。寒いから、と先輩にくっつくという選択肢だって無いわけではない。だけどそんな状況を先輩が望まないのもよくわかっている。
「あんまり寒くて我慢出来ないようであれば、申し出てくれて構わないからね」
……俺の恋心を知らないくせに、とんでもなくピンポイントで地雷を踏ん付けおった。きっと大丈夫です、と辛うじて応じる。そう、と先輩は肩を竦めた。俺は鞄を枕の位置にセットし、上着を広げて置く。そして部屋の明かりのスイッチへと歩み寄った。
「消しますよ。先輩、準備はいいですか」
「ちょっと待って。えらく急だね」
先輩が慌てて支度を整える。スマホをポータブル充電器に繋いでいるのを見て、自分が忘れていたのに気が付いた。しれっと同じ様に充電し、スイッチの元へと戻る。先輩は唇を三日月形にしていた。
「おやすみ、田中君」
「おやすみなさい、先輩」
挨拶を交わしてお互いベンチへ横になる、その影だけが薄っすら見えた。月明かりのおかげかな、と考える。この辺りに他の光源は無いもの。
ベンチは固く、また暖房が入っているとはいえ部屋は底冷えしている。おまけにさっき不気味な目に遭ったからなかなか眠りに就けない。耳を澄ませると先輩は寝息を立てていた。疲れていたのかな、と頭を過る。一方の俺は何度も寝返りを打ち、天井を見詰めた。体は疲労を覚えているのに目と頭は冴えている。何十分、或いは何時間、そうしていたのか。何気なく窓の外へ目を遣ると。
巨大な人型の影が、山肌を歩いているのが目に入った。
勘違い。見間違い。きっとそうだと思いつつ、体は硬直して動かない。目が離せない。月明かりに照らされた影はゆっくりと、山を下りて此方へ向かっている。わけがわからない。金縛りに遭ったように目以外が脳の指示に従わない。その間にも影は一歩ずつ迫って来る。頭が痛い。声が出せない。何なんだ、今夜は。妙な事ばかり起きやがって。山には巨大な影、線路には引っ張って来る謎の存在。俺達をどうしようというのか。その時、先輩を起こさなければ、とようやく気付く。だけど怖がりなこの人はパニックを起こすかも知れない。どうする。どうしたらいい。思考だけが巡る一方、何も出来ない。影は山から麓へ降りた。次の瞬間。
奴は跳躍をした。
窓から一瞬消えた、途端に体の自由が戻る。咄嗟に先輩へ覆い被さった。すぐに轟音が響く。駅舎が崩れ、天井が落ちて来る。奴が殴りつけたのに違いない。先輩を強く抱き締める。ごめんなさい、役に立たない後輩で。せめて貴女が無事でいられるよう、庇わせて下さい。
その時、頭に強い衝撃が走った。俺は、意識を失った。
寝る。先輩と、俺が、密室で、一緒に。勿論、ベンチは別々だ。木製のそれは固くてろくすっぽ眠れる気もしない。つまり先輩を意識しながら同じ空間で一夜を過ごすわけなのだ。
「明かりはどうしますか」
「消した方が寝やすいでしょう」
あぁ、と心の中で顔を覆う。先輩と真っ暗闇の中で一緒にいるのか。理性を総動員せねばなるまい。変な行為に至るつもりは無い。一方で、ドキドキが止まらないのもまた事実。寒いから、と先輩にくっつくという選択肢だって無いわけではない。だけどそんな状況を先輩が望まないのもよくわかっている。
「あんまり寒くて我慢出来ないようであれば、申し出てくれて構わないからね」
……俺の恋心を知らないくせに、とんでもなくピンポイントで地雷を踏ん付けおった。きっと大丈夫です、と辛うじて応じる。そう、と先輩は肩を竦めた。俺は鞄を枕の位置にセットし、上着を広げて置く。そして部屋の明かりのスイッチへと歩み寄った。
「消しますよ。先輩、準備はいいですか」
「ちょっと待って。えらく急だね」
先輩が慌てて支度を整える。スマホをポータブル充電器に繋いでいるのを見て、自分が忘れていたのに気が付いた。しれっと同じ様に充電し、スイッチの元へと戻る。先輩は唇を三日月形にしていた。
「おやすみ、田中君」
「おやすみなさい、先輩」
挨拶を交わしてお互いベンチへ横になる、その影だけが薄っすら見えた。月明かりのおかげかな、と考える。この辺りに他の光源は無いもの。
ベンチは固く、また暖房が入っているとはいえ部屋は底冷えしている。おまけにさっき不気味な目に遭ったからなかなか眠りに就けない。耳を澄ませると先輩は寝息を立てていた。疲れていたのかな、と頭を過る。一方の俺は何度も寝返りを打ち、天井を見詰めた。体は疲労を覚えているのに目と頭は冴えている。何十分、或いは何時間、そうしていたのか。何気なく窓の外へ目を遣ると。
巨大な人型の影が、山肌を歩いているのが目に入った。
勘違い。見間違い。きっとそうだと思いつつ、体は硬直して動かない。目が離せない。月明かりに照らされた影はゆっくりと、山を下りて此方へ向かっている。わけがわからない。金縛りに遭ったように目以外が脳の指示に従わない。その間にも影は一歩ずつ迫って来る。頭が痛い。声が出せない。何なんだ、今夜は。妙な事ばかり起きやがって。山には巨大な影、線路には引っ張って来る謎の存在。俺達をどうしようというのか。その時、先輩を起こさなければ、とようやく気付く。だけど怖がりなこの人はパニックを起こすかも知れない。どうする。どうしたらいい。思考だけが巡る一方、何も出来ない。影は山から麓へ降りた。次の瞬間。
奴は跳躍をした。
窓から一瞬消えた、途端に体の自由が戻る。咄嗟に先輩へ覆い被さった。すぐに轟音が響く。駅舎が崩れ、天井が落ちて来る。奴が殴りつけたのに違いない。先輩を強く抱き締める。ごめんなさい、役に立たない後輩で。せめて貴女が無事でいられるよう、庇わせて下さい。
その時、頭に強い衝撃が走った。俺は、意識を失った。
