それは六時限目、体育の授業が終わってからのことだ。
 誰もいない体育館倉庫に辿り着くなり、俺は勢いよく岳(がく)を壁際に押し付けた。
「あのさぁ! き、昨日のこと、な、なん、だけどさぁー!」
「なんで壁ドンしてるほうが、そんなぎこちねぇ態度なんだよ」
 呆れたように笑われ、汗が背中を伝う。岳の言うとおり仕掛けた側である俺のほうが、動揺してしまっていた。
「や……だから……」
 どう言葉にすればいいのか、頭が真っ白になっていく。
「ほ、ほら……き、昨日言ってた……お、お前の好きなタイプって……」
 岳は「ああ、その話か」と小さく唇の端を上げる。
「俺のタイプ、お前」
 一瞬、聞き間違えたのかと思った。岳の真剣な瞳が、まっすぐに俺を見つめている。
「ま、またまたぁ……ははっ、なんだよ、岳。ビビること言うなよ!」
 無理やり冗談めかして笑う俺に、岳はけろっとした様子で言った。
「昔から旭(あさひ)がタイプだったし」
「む、昔からって……。俺、男だけど……」
「知ってる」
「お、俺、お前の幼なじみ……」
「それも知ってる」
 体育館倉庫の窓から差し込む光の中で、岳の黒い瞳が妙に輝いて見える。
「え、……何? ドッキリ? あいつらもグル!? どっかで俺のこと見てる!?」
「ちげーよ。つうか、俺がこんな冗談を言えるやつかどうか、お前が一番わかってんじゃねぇの?」
 岳の言葉に、「はひっ」と言葉にならない情けない吐息が漏れた。
 ひとり大混乱している俺と、悠々とした態度で笑う岳。どうしてこんなことになってしまったのか……。幼なじみのタイプが、完全に俺だったなんて。





1 幼なじみのタイプを聞いたら完全に俺だった

 厳しい冬の寒気が窓を叩いている土曜日の夕暮れ時。俺は自分の家と同じくらい慣れ親しんだ幼なじみの家にいた。
 ポテトチップスが少しとアルファベットが書かれたチョコレート数個、あとは適当にせんべいを大皿に入れて、おばちゃんのために設置された小さな仏壇のスペースに置く。
 夕日のオレンジ色の光に照らされたおばちゃんは、今日も変わらず美しい笑みを浮かべてこちらを見ている。俺の幼なじみにそっくりな瞳を携えて。
 両手を合わせ、おばちゃんの写真の前で正座する。
「今日は同じクラスのスガとコータが来てるよ。ちょっと騒がしくなるかもしんねぇけど、勘弁ね」
 こうして話しかけていると、いつもおばちゃんから返事がこねぇかなって思ってしまう。そうすれば、あいつがすげぇ喜ぶだろうなって。
(心配いらねぇから、おばちゃん)
 しんと静まった和室で、お供えの皿からチョコレートをひとつ取り出した。透明なフィルムを開けて口に頬張ると、甘ったるいチョコレートが舌の上でゆっくりと溶けていく。もうひとつチョコレートに手を伸ばし、フィルムを開けたところで、後ろから「つまみ食い発見したわ」と聞き慣れた声が聞こえた。
「違うって。これはおばちゃんのための毒味だから」
 振り向いた先、長年の幼なじみである制服姿の岳に、俺は堂々と言い訳をした。
 岳の身長は一八三センチ、俺は一七八センチ。たった五センチの差がなんとも憎たらしい。
「わざわざ俺の母親のために悪いな、旭」
 岳の一見冷たく思えるような声が、小さい頃から何度も足を運んだ和室に響く。でも、その声の裏に潜む親しみを、幼なじみの俺はしっかりと感じ取った。昔から変わらない、俺たちの空気感。
 岳の母親である奈津子(なつこ)おばちゃんが病気で他界してから、もう五年がたつ。毎日おばちゃんの写真に話しかけている俺のことを、岳はいつも黙って見守ってくれる。
「ん、毒味完了。おばちゃん、もう大丈夫だからいっぱい食べてな」
 笑って座布団から立ち上がり、固まった体を伸ばしながら窓際に向かう。薄手のカーテンをさっと開けると、きれいな夕焼け空が目に飛び込んできた。
「お、めっちゃきれー」
「旭」
 名前を呼ばれて振り返れば、岳が俺の顔を凝視してくる。その澄んだ黒い瞳に、夕日が小さな光を灯していた。いつまでもじっと見つめてくる岳に、素直な疑問を抱く。
「どした? てか、岳はほんと整った顔してるよなぁ……。おばちゃんに感謝しろよ、マジで」
 岳はどちらかというと、おじちゃんよりおばちゃん似だ。飽きるほど見た顔なのに、時々どうしようもなく目が離せなくなる瞬間がある。
 おばちゃんから譲り受けた切れ長の瞳に、それを縁取る長いまつげ。まっすぐな鼻筋と形のいい唇。俺とは違って染めたことのない岳の黒髪は、どこか浮世離れしたような色気を醸し出している。
 岳の耳たぶには俺が開けてやったピアスの穴がいくつもあった。その中のひとつには、去年の誕生日に俺がプレゼントしたシルバーのピアスが輝いている。
 男の俺でも惚れ惚れするようなスラっとした長身に、鍛えられた体つき。きっと誰が見ても完璧なスタイルだ。けれど、そんな岳がまだ子供だった頃を俺は知っている――。
「……旭、見すぎ」
 そう言って、岳が少し顔を背けた。
「先に見てきたのそっちじゃん! つうかさ、この前後輩の女の子が『冬坂先輩が廊下歩いてくる時、ビジュよすぎて勝手にスロー再生になります』とか真面目に言っててめちゃくちゃウケた。あと、クラスの女子も『岳くんの横顔見てたら一日終わってた』ってさ」
「俺のことは、クソどうでもいいわ……」
「あっ、もう一個思い出した! お前が掃除してる時に『今からほうきになってくる』とかも言ってた」
「……おい、旭」
「そんだけきれいな顔してたら、一日見てたい気持ちもわかるわ」
 岳は俺の発言にくすりともしない。けれど、幼い頃から岳と一緒に成長してきた俺としては、なんだか誇らしい気持ちになってしまう。
「きれいなのは旭だし、俺は旭以外どうでもいい」
 強い岳のまなざしに、ぷはっと噴き出して笑った。
「お前と比べんなよ! 勝負になんねぇって!」
 世間で言う端正な顔立ちという意味では、岳の右に出るやつはクラスどころか全校生徒にもいないだろう。それに岳と俺では容姿が一八〇度違う。明るく染めた髪(岳に染めてもらった)に、母親譲りの笑うとくしゃっとなる瞳。親しみやすさはあるかもしれないけれど、岳のような男の色気は俺には皆無だ。内面だって、その場を凌げればOKの俺とは違って、岳は努力家でとことん突き詰めるタイプだ。
 岳は俺を見つめ、「もういいわ」と呆れたように言う。
「……とにかく、コータとスガが呼んでるから二階来て」
「おっけー。じゃあ、またあとでね、おばちゃん」
 おばちゃんに挨拶をしてから、苦笑している岳の肩に手をやった。
 ――冬坂岳とは、生まれた時から高校二年生の現在までの長い付き合いだ。家が隣で、偶然にも同じ高校で同じクラス。岳の父親は海外出張で家を空けがちで、俺の母親もシングルマザーであり、夜勤の多い病院勤めだ。俺と岳は大人がいない間、小さい頃から隣合わせの一軒家を行ったり来たりして、助け合って生きてきた。
「コータ、邪魔! 画面見えねぇ!」
「はぁ? アタシとゲームどっちが大事なわけぇ!?」
「ゲームに決まってんだろ!」
 階段に出ると、岳の部屋からスガとコータの賑やかな声が聞こえてくる。寒い冬の夜、いつものように始まる月一恒例、お泊まり会の光景だ。
「スガ、コータ、おつかれー」
 部屋の扉を開けると、いつメンであるコータが「おつかれー」と軽く手を上げた。同じくいつメンのスガは、オンラインのブロックゲームで世界中のプレイヤーたちと戦っているらしい。「おつー」と短い言葉だけを返すと、すぐにテレビ画面に目をやり、手元を素早く動かし始めた。けれど、あっけなく負けたようだ。
「あ――!」
「スガ、何位?」
「……九十七位。コータのせいで、普通に初っ端から配置ミスった」
 スガは長めの前髪から見える三白眼の瞳を画面に固定したまま、不機嫌そうに答えた。
「何人中、九十七?」
「九十九人中の九十七位」
「こいつ、クソみたいな順位叩き出してんじゃん」
 コータが元気よく声を上げ、大きな身振りとともに「次は違うのやろうぜ!」と俺にコントローラーを投げてきた。一八〇センチほどの身長のコータは、笑うと目元に笑い皺ができるのが親しみやすく、ゴールデンレトリバーみたいに常に口角が上がっている。ピアスをひとつだけ左耳に付けているのが彼のアクセントで、お調子者で陽気な雰囲気にとても似合っていた。
 コントローラーを受け取り、
「どれ、やりますか」
 そう言って笑いながら岳の部屋に入った途端、つけたばかりなのかまだ冷たいエアコンの風が頬に直撃し、思わず震えが走った。
「さむっ!」
「旭、こっち来いって。あっためてやるから」
 岳はベッドに乗ると、淡々と言ってくる。両手を広げ、足の間に俺のためのスペースを空けてくれていた。そんな岳の仕草も見慣れたものだ。
 人よりも平熱が高い岳は、冬になると寒がりな俺のため、俺専属の湯たんぽになってくれる。
 過保護な気もするけれど、岳の腕の中はあったかいので、遠慮なくコントローラーを持ったまま、「ありがとな、岳」と岳の胸に背中を預けた。
 途端に岳の体温が伝わってきて、少しずつ寒気が消えていく。
「岳、お前はやんないの?」
「俺はいい。こうやって見てるほうが楽しいし」
「ふうん。じゃ、やりたくなったら言って?」
 俺たちがさびしくないようにと、おじちゃんが数年前買ってくれた四十二インチの液晶テレビの前には、低いテーブルがひとつ。
 テーブルの上には、コータが買ってきたポテトチップスの大袋がすでに開けられていて、一リットル入りのペットボトルもある。ほかにはスガが好きなグミと、俺が好きなチョコ味のパイ。
「ほい、旭。新発売だってさ」
 スガが差し出してきたコップを「おー、ありがと」と受け取り、濃厚な乳白色の炭酸ジュースを飲んだ。
「このジュースめっちゃうまい! ほら、岳も飲んでみ?」
 飲みかけのコップを岳に手渡すと、なぜか岳は一瞬だけ眉間に皺を寄せる。炭酸系は苦手じゃなかったはずだと不思議に思った次の瞬間には、一口飲んで、「あまっ、……ああ、でもうまいわ」と感想をこぼした。
「だろ?」
 ご機嫌に笑って前を向く。画面には敵のキャラクターがうようよと湧いていた。俺は岳の体温に包まれながら、指先を素早く動かした。スガたちとともに、細心の注意を払って進んでいく。
「スガ、やられてんじゃん! 回復しとくから! ついでにコータも回復しとくわ!」
「旭はいっつも誰かしら回復してるよな」
 コータがつぶやき、スガが同意するように「旭のおかげで常にHP満タンだから」とふざけて笑った。
「……だって、お前らが死ぬの嫌じゃん」
 たとえゲームだとしても、友人を傷つけられるのは好きじゃない。
 そんな俺の耳元に、突然岳の吐息が触れた。何かをささやこうとしているのか、温かい息が耳たぶに当たって、くすぐったい。
「後ろ、狙われてる」
「……あぶねー。サンキュー、岳」
 岳の腕が、いつの間にか俺の腹に回っていた。これくらいのスキンシップは、日常茶飯事だ。
「岳はやっぱあったかいなー、冬はこれだなー」
 無事に仲間を生存させたまま、次のステージに進めた喜びで、つい声が弾んでしまう。俺を抱く岳の腕の力がなぜか少しだけ強くなった時、コータが俺たちのほうを見てにやりと笑う。
「岳、お前は今年も旭の湯たんぽしてんのかよ」
「旭が寒かったら可哀想だろ。お前らと違って、繊細なんだから」
 スガとコータが俺を見て、「どこが繊細だよ」と呆れたように鼻で笑った。正直、俺もそう思う。
「まぁ、岳は優しいからなぁ。そういうとこも愛してるよ、岳」
 気軽に言葉を吐き出し、岳の頭をぽんぽんと撫でる。岳は真顔をしていたけれど、いつものことなので気にしなかった。
「ほんと昔っから寒がりでさぁ。岳がいないと冬越せねぇかも」
 俺がそう言うと、コータは甘えたような瞳を岳に向ける。
「岳くーん、コータもあっためてほしいー。エアコンの風、全然来ないんだけどー。コータ、凍えちゃうー」
「そのまま凍えてろよ」
 岳の冷たい一言を聞き、コータは「こっわ!」と自分の両肩をさすった。
「今の聞いた!? ねぇ、この人、俺には絶対零度じゃん! 旭、育て方間違えたって!」
「何言ってんだよ。コータもスガも前回のテスト勉強、岳に付きっきりで教えてもらってただろ? お前らもちゃんと愛されてるから!」
「はぁ!? あれのどこに愛があったんだよ! 鬼教官だったろ! なぁ、スガ!」
「……それな。あれは愛じゃなくてガチ修業だから。俺、三日間連続で微分積分に殺される夢見たもん」
 俺は声を上げて笑った。どうやったら微分積分に殺されるんだか。
「つーかそれって、俺じゃなくて、数学が怖ぇだけだろ」
 ふんと鼻で笑った岳の言葉に、スガが呆れたように目を細める。
「……お前だよ、お前」
「俺らにはめちゃくちゃ冷てぇのに、旭には『できてる、すごいな、旭』とか言ってにっこにこの笑顔だもんな……恐ろしい差別社会だよ。旭も覚えてんだろ?」
 コータに尋ねられたけれど、俺にはみんなで楽しく勉強した記憶しかなかった。「そうだっけ?」と首をひねっている間に、「これだから旭は!」とコータもスガも頭を抱えていた。
「旭、思い出せって! 『ちゃんと基本公式覚えてんの?』って俺に言った時、岳の目死んでただろ!?」
 とコータ。
「『ぜんぶ問題解くまで、帰さねぇから』って、すげぇ冷ややかな笑顔で俺もコータもガチで脅されてたじゃん」
 とスガ。思い返せばたしかに言っていた気がするけれど、岳のおかげでふたりの成績がアップしたのは変えようのない事実だ。「まぁまぁ」とふたりに対して笑っていると、岳がさらにぎゅっと抱きしめてきた。
「うっせぇなぁ、旭にまでぐちぐち言うなよ。俺はお前らのために心を鬼にして、厳しくしてんだろうが。そんなに言うなら、次のテストは自分たちで勉強しろよ」
 岳の言葉を受け、さっきまでブーブー文句を言っていたふたりの表情が一変した。
 どうやらどんなに厳しくても、岳の指導なしではテストで赤点回避すら危うい現実が、ふたりの頭の中をよぎったようだ。一秒もかからずに、ふたりは手のひらを返したように甘ったるい声を上げる。
「ぜったいやだ。コータは次も鬼教官指名で♡」
「スガも鬼教官指名で♡」
「……結局、俺がいねぇとだめなんじゃん。しゃあねぇなぁ、鍛えてやるよ」
 岳はドヤ顔をしながら、髪をわざとらしくかき上げた。スガとコータはふざけながら「鬼教官かっこいい~~♡」「永久指名~~♡」と謎にきゃぴきゃぴしている。
「……何、今の意味ない会話。時間返してマジで」
 俺が呆れながら突っ込んだあと、みんなでゲラゲラと笑い合った。冬の夕闇に溶けていく、温かな空気。いつもどおりの俺たちの日常が過ぎていく。

 みんなで夕食を食べ、お泊まり会恒例の銭湯に向かった。大浴場で体を洗っている最中、コータとスガが岳に体の鍛え方を熱心に聞いていた。俺はそんな光景を横目に、「岳はほんといい体してるよなー」と、岳のきれいに割れた腹筋を軽く触りながら、いつものように褒めて笑った。
 銭湯を出てからコータとふたりで「さみー!」と叫んでいたら、岳に肩を組まれる。
「どした、岳?」
「せっかく温まったのに、旭がまた冷えたら大変だろ?」
「え? ああ……ありがと」
 俺だけ抱きしめてもらいながら岳の家に戻った。コータはまた「俺もあっためてー」とふざけていたけれど、岳は完全に無視をしていて、スガと一緒に笑ってしまった。
 岳の部屋に戻ってからも「せっかく温まったのに(以下略)」と言われ、岳に後ろから抱きしめられながらゲームを再開する。俺の幼なじみはやっぱり過保護かもしれない。
「うっわ……またやられた! 俺ヘタすぎだろ! さすがに泣くって!」
 ゲームが進むにつれて、スガの悲鳴が上がる。夜はすっかり更け、窓の外もひっそりとしていた。
「そんなことで泣くなよなー。スガはマジで涙腺チョロすぎだかんね。この前、四人で映画観に行った時も、ガン泣きだっただろ? ほら、あの犬が死――」
「それ以上言うなよ、コータ。泣くかんな。大泣きするかんな。犬と猫にひどいことするやつは、ガチで許さねぇかんな」
「ほんとに目ぇ潤んでんのウケる。てか、旭と岳が泣いたとこは見たことねぇかも」
「泣かないって。俺はぜったい泣かないマンだから」
 胸を張って俺が答えている隙に、スガが岳のほうを向き、長い前髪の隙間から岳を覗き込んだ。
「岳は? お前も泣かなそうだけど」
 コータの問いかけに、岳は黙り込む。その瞬間、俺の中で五年前の記憶が蘇った。
 俺が岳の泣いた姿を見たのは、二回きりだ。
 一度目は凍えるような寒さの中、黒い服を着せられていたおばちゃんの葬式の日。
 二度目はそれから一か月後の、あの日――。
「旭、どうなのよ、実際は」
 スガの問いに、少しだけ逡巡した。岳が泣いた日のことは、誰にも見せたくない俺たちだけの記憶だ。
「さぁ? 忘れた。どうだったかなぁ?」
 そっと振り返ると、岳と目が合い、すぐに岳がにやりと口角を上げる。言葉なんていらない。一瞬の視線で、すべてが通じ合う。
「出たよ! 幼なじみの阿吽の呼吸。目だけで会話すんのやめてもらえます?」
 コータの言葉に、ふたりで笑った。岳と目が合うたびに感じる、この心地よさ。俺たちはきっとこうして、ずっと幼なじみとしてそばにいるんだろう。
「あ、そうだ、後輩の子にもらったお菓子があんだった。みんなで食べよ」
 俺は話題を変えるように、鞄からかわいらしくラッピングされた包みを取り出した。
 昨日の放課後、顔見知りの一年の子が友達付き合いの相談に乗ってくれたお礼だと言って、手作りのお菓子をくれた。些細なケンカで困っていたから少し相談に乗っただけなのに、こちらとしては申し訳ないくらいだ。
 もらったお菓子をみんなに配ると、スガは驚いたように言う。
「また!? 今月入って何回目だよ。旭はほんとに頼られるよな……」
「あんま意識したことねぇけど……。俺だと話しやすいんじゃね?」
 茶髪にピアスというチャラい見た目に反し、口はかなり堅いほうだ。岳のように美しすぎる顔面を持っていたら、近寄りがたくて俺のようにはいかないだろうけれど。
「礼はいらねーって言ってんのに、めっちゃくれるんだよな。ほかのやつらもそうだから、みんないい人すぎて心配だわ」
「……いや、それお前だろ」
 スガの呆れたつぶやきに、肩を竦める。
「別にいい人じゃないって。つうか、恋愛関係は相談されても、まったく戦力外だし。俺に恋愛は無理だよ。なぁ、岳?」
 自分で言うのもなんだけど、俺が恋愛下手なのは、幼なじみである岳が一番よく知っている。
 苦笑いして後ろを振り返ると、岳はなぜか「……旭がそう思い込んでるだけじゃねぇの」とさらりと答えた。
「そう、恋愛だよ、君たち!」
 いきなりコータが興奮気味に言い出し、俺たちはそれぞれ「なんだよ」とか「夜にうるせぇよ」とか「飲みもんなくなったから、コータ今すぐ買ってきて」とか好き勝手なことをつぶやいた。
 まったく攻撃が効いていないコータは、キザな仕草で髪をかき上げ、「たまには恋バナしようぜ」と言い出す。
 いつもはゲームをして、くだらないことをだらだらしゃべって、B級のサブスク映画を見て、ひとしきり笑って終わりなのに今夜は違ったのだ。コータの一言のせいで。
「実は僕、約三か月ぶりに彼女ができました……! 拍手!」
 心のこもっていないまばらな拍手が、あたりに響く。俺はさっそく興味をなくして、岳の胸にだらりと寄りかかった。
「ほんとにコータはすぐ彼女できるよなー。よかったじゃーん」
「もっと気持ち込めろよ、旭。てか、旭は高一ん時先輩と付き合ってたよな?」
「女子にもキャーキャー言われているし、なんだかんだモテモテだろ、旭は」
 コータ、続いてスガの声が耳に届く。
「そりゃ悪い気はしねーけど……、でも今は岳とか、お前らとばかやってるほうが楽しいし」
 それが正直な気持ちだ。高一の時のお付き合いだって、彼女とは手も繋がないまま終わってしまった。
 休日のデートの誘いを断ったり、岳との電話を優先したりするたび、彼女の目が少しずつさびしげになっていったのを覚えている。
 結局、俺の中で岳との関係が最優先で、それ以外の時間なんて作る気もなかったのかもしれない。
「しかもうちの親、俺が生まれてすぐ離婚してるしなー。あんま、恋愛に期待してないっていうか、マイナスっていうか……」
 言いながら、少しだけ申し訳なくなる。母さんは俺のことを一生懸命育ててくれているけれど、恋愛に関しては、どうしても前向きになれない自分がいた。
「岳もそうだろ?」
 俺が岳に問いかけると、
「こいつこそ俺らの中で一番モテてんのに、ぜんぶ断ってんもんな……」
 すかさずスガが岳のほうを向いてつぶやく。
「そうなんだよ! うちの子はモテモテでねー!」
 冗談めかして笑った瞬間、ふと疑問に思う。
(岳のタイプって、聞いたことないかも)
 思えば、岳の人気は昔からすごかった。小学生の頃から、校庭で遊んでいると岳を見に来た女子が並んでいたり、給食のデザートを献上されたりしていた。
 岳はそういう好意にも騒ぐこともなく涼しい顔で受け流していて、むしろその態度が女の子たちを熱くさせていた。
 声変わりで岳の声が低くなり、身長が一気に伸び始めた中学二年の頃、周囲から発せられる岳への視線はますます熱を帯びていった。
 岳の連絡先を欲する女子はあとを絶たず、誰にも教えたつもりはないのに、SNSには毎日のようにDMが届いていたようだ。
 岳は「面倒くせぇな」とぼやきながらも、ひとつひとつ丁寧にお断りの返信を送っていたらしい。
 DMだけじゃない、直接された告白も、すべて丁寧だけれど簡潔に断るのが岳流だ。岳曰く、「くだんねぇ悪意から守るため」と言っていたが、いったい何を守っているのか、岳は教えてくれなかった。
 高校に入ってからも岳が告白されている場面を何度も目撃したし、俺自身に「仲を取り持ってよー」とお願いしてくる女の子もたくさんいた。
 実際、本当にいい子だと思った子は、数回ほど橋渡ししたこともあったけれど、岳はぜんぶ「ごめん」と一刀両断していた。
 いつしかそのストイックさと俗気のなさがさらなる魅力となって、岳は学校一モテる男にのし上がったのだ。
(マジでわかんねぇな、岳のタイプ……)
 不思議なことに、俺たちは恋愛系の話をこれまで一切してこなかった。岳も聞いてこなかったし、俺も岳に聞かなかった。
「……真面目に聞いたことなかったけど、岳ってどんな子がタイプなわけ?」
 思わず口に出た俺の疑問に、
「好きなタイプねぇ……」
 岳は少しだけ沈黙したあと、いつになくマジな様子でゆっくりと口を開く。
「明るい髪色のショートで、笑った顔がかわいくて、たまに怒った顔もかっこよくて、お人好しで、俺と話が合って、ゲームとかの趣味も合って、自分をちゃんと持ってて、言いたいことはっきり言えて、でもみんなに優しくて、モテるけど意外と恋愛経験少なくて、俺といる時は俺に甘え切ってて、でも俺が風邪ひいた時とか熱心に看病してくれて、俺のこといつも褒めまくってて、俺のことその子自身が思ってるよりもたぶんすげぇ好きだろって感じの子」
 部屋がしんと静まった。スガとコータが「それって……」と意味ありげな視線を交わしている。
 俺は岳のほうを振り向き、「お前さ……」とぽつりとつぶやいた。
「さすがにタイプ盛りすぎだろー!」
 笑いながら言った俺に、
「あとタイプは同じ高校の、同じクラス」
 岳が真顔で言葉を続ける。
「タイプで高校指定するやつ初めて見たわ、ウケる」
 スガとコータが何かを言いたげな目で、俺と岳を交互に見ていた。
 俺は岳をフォローするつもりで、何食わぬ顔で俺を抱きしめている岳のほうを振り向く。
「岳ー、そんな激せまなタイプをくぐり抜けられる子どこにいんだよ。しゃあねぇなあ、幼なじみのために俺が一肌脱ぎますか」
 冗談めかして言うと、岳が静かな声で返してきた。
「ほんとに? 脱いでくれんの」
 ぎゅっと岳に抱きしめられる。あったかくて、安心して……だんだんとまぶたが重くなっていった。
「脱ぐって……。大事な幼なじみのためなら……ふぁ……」
 あくびをひとつ漏らす。スガとコータは、なぜか諦めたように顔を見合わせていた。
(……やっぱ、岳はあったかくて、最高)
「ちょっと眠いわ……。悪い、岳、十分たったら起こして……」
「おい……寝たら、起きらんねぇだろ、旭。寝んなよ」
「そん時は、その辺に転がしといてー……」
「……旭にそんなことできるわけねぇじゃん」
「んー、……岳……だいじょぶだってぇ……」
「……バブちゃんかよ」
 スガの突っ込みが遠ざかっていく。もう目を開けているのも辛くて、岳の胸に寄りかかったまま、
「……岳はやさ、しい、な……でも、ほんとに……俺はほっといていいから……」
 そう言葉をこぼした。
 そのままゆっくりと意識が遠のいていく。
「旭、……悪いけど、そろそろもう限界」
 ぽつりとつぶやかれた岳の言葉。何が、と口にしようとしても、唇は動かなかった。
 最後に感じたのは、俺の髪を梳く温かな岳の指先の温度と、頬にかかる小さなため息だった。



 目が覚めた時、俺は岳と同じベッドで眠っていた。
 しかも、いつの間にか岳にしっかりと抱きしめられている。まだ寝ている岳の腕から、ゆっくりと抜け出した。昨日も寒い夜だったから俺が岳を離さず、湯たんぽ代わりにして寝てしまったのだろう。
(またやってしまった。てか、ちゃんと最後まで面倒を見てくれんのが、岳らしいわ……)
 ほっといていいと言ったのに、きちんとパジャマに着替えさせてもらっているし、ベッドにも寝かされていた。
 俺よりもよっぽど優しくて、頼りになるやつだ。しばらく過保護な幼なじみをじっと見つめていた。寝ている岳は無防備で、普段より少しだけ幼く見える。
「おはよー。岳ー、朝だー、起きろー」
 毎朝のルーティンよろしく、ゆさゆさと岳の肩を揺らす。乱れた岳の黒髪に、優しい朝日が落ちていた。少しだけ開いた岳の唇から、かすかに漏れる寝息。
 力の抜けたこの顔を同じベッドで見られるのは、幼なじみの特権だ。
 もし岳に恋人ができたら、こんなふうに寝顔を見ることもなくなるのだろうか。いや、岳はきっとそうならない気がした。
 俺たちは誰よりも仲のいい幼なじみなのだから。
「起きろ、岳」
「……やだ」
 少し掠れた岳の声。岳は一瞬だけ長いまつげを瞬かせて俺を見上げ、不満そうに眉を寄せた。布団の中から伸びた岳の手が、俺のシャツの裾を掴む。
「旭もまだ寝てろって……」
「嫌だよ」
 床では、まだスガとコータが寝息を立てていた。ふたりの寝相の悪さにふと笑みがこぼれる。スガはだんご虫のように丸まった姿勢で、コータは大の字になって、まるで熊のようないびきを轟かせている。
 昨晩、俺が寝てからも遅くまでゲームしていたのかもしれない。ふたりとも完全に夢の中だ。
「起きようぜ、岳ー」
「……無理。寝る」
「寝るな」
「旭、こっちきて」
 岳が掛け布団の端をめくって、俺を誘うように手招きする。その動きについつい釣られそうになるけれど、そのままベッドを下りた。
「今何時……? やっべ、もう十時半じゃん。ほら、岳起きろー」
「……やだ」
「岳ー!」
 生産性のないやりとりを何度も繰り返して、ようやく岳が目を開ける。
「起きられてえらいねー、岳ー」
 完璧に見える岳の唯一の弱点は、『朝』だ。まだ睡眠を貪っているスガとコータにも声をかけながら着替えていると、強い岳の視線を感じた。
「どうした? ……あ、もしかして昨日、俺が途中で寝たから怒ってんの? 悪かったって、岳」
「……いや、それは別に。てか、昨日のどう思った?」
「昨日……? ん、なんで? いつもと同じ、すげぇ楽しかった。お前ら最高」
 親指を立てて笑うと、
「……あっそ」
 岳が淡々と吐き出す。何かを考え込むように眉間を揉む岳の姿を、不思議な思いで見つめた。寝起きだから機嫌が悪いのかもしれない。

 一時間後、みんなで遅い朝食を食べることにした。
 岳が作るパンケーキは、いつも以上の出来だった。それなのにコータは、うんざりした表情を浮かべている。
「朝からパンケーキ with 大盛り生クリーム……」
「お前らのはついでに焼いただけだから、文句あるなら食うなよ」
 岳がそう言うと、コータは肩を竦めて「いただきまーす」と何事もなかったかのように食べ始めた。
「え、なんで? パンケーキ、最高じゃん!」
 フォークで生クリームをたっぷりとすくい、ふわふわのパンケーキと一緒に頬張る。そんな俺の前に、岳がマグカップを置いてくれた。ふたつ並んだおそろいの青いグラデーションのマグカップには、いつもの朝みたいにたっぷりとカフェオレが注がれている。
「てか、旭のだけ豪華なの is 何……?」
 スガの指摘で気づいたけれど、俺の皿だけカラフルなフルーツが山盛りになっていた。
「あ、ほんとだわ。君らにも分けて差し上げよう。はい、どうぞ」
「お、どうもどうも」
 遠慮なく受け取ったコータと、「誰かさんの視線が怖いからいらねぇわ……」と若干引き気味に笑うスガ。
 俺はスガにあげようとしていた苺を、「じゃあ……岳、あーん」と言い、岳の前に差し出す。岳は長い睫を伏せ、フォークに刺さった苺をぱくりと食べた。その仕草がなんだかかわいくて、ククッと声を押し殺して笑う。
「つうか、岳とはずっと一緒だったから、俺の好みがわかるってだけだろ」
 カフェオレを飲み、ほっと一息をついた。
「最初は俺のほうが料理とか勉強とか得意で教えてたのに、いつの間にか岳に抜かされてて、むしろ誇らしいよね。岳はさぁ、ほんと勉強熱心で、努力家で、えらいんだわ」
 純粋な気持ちで岳を褒めると、岳はフォークをパンケーキにぐさりと刺し、
「……俺のタイプにもう一個付け足すわ。すげぇ鈍感な子」
 そう言ってにっこり微笑む。
「急になんだよ。てか、鈍感な子がタイプってめずらしすぎ! ……あー、岳の作ったパンケーキはやっぱうまいわ。さすができる子。お前の彼女になるやつ、マジで幸せ者じゃん。俺がなろっかな、なあんて!」
 生クリームの甘さが口の中に広がる。幸福感に満たされながらパンケーキを頬張る俺を、スガとコータが残念な生き物でも見るように見つめていた。
「……旭さ」
「ん、何?」
 スガに名前を呼ばれ、きょとんと目を瞬かせる。
「いや、なんでもない……」
 スガがそう言ったきりその話題は終了し、スガもコータも妙に気まずそうな顔をして帰っていった。

(いったいなんだったんだろう、あの空気は……)
 そんなことを考えながらキッチンで皿を洗っていると、隣に岳が立った。肩と肩が触れるくらいの距離。岳の家のキッチンは狭いから、いつもこんなふうに並んで皿を洗う。俺が洗った皿を岳が受け取って、拭いて、食器棚に戻す。何度も何度もふたりでやってきたことだから、言葉がなくてもぴったりと息が合う。
「俺のタイプの話だけど」
 ご機嫌に鼻歌を口ずさんでいたら、突然、岳が切り出してきた。
「またタイプの話? その話題、引っ張るねー」
 少しからかうように笑って言うと、岳が「まあね」と飄々と続ける。
「俺のタイプは……青い靴下穿いてて、寝癖ついてるやつ」
「出た、タイプ指名。しかも今度は靴下と寝癖?」
 思わず笑いかけて、はっと気づく。
(あれ? そういえば、俺も青い靴下穿いてね? てか、寝癖もあるかも……?)
「あと、今一緒に皿を洗ってて、俺の隣にいる」
「……え?」
 呼吸が止まる。その瞬間、岳の声がやけに近く感じた。
「俺とおそろいのマグカップ持ってる人、その人がタイプ」
 今、俺が手にしているのは、岳とおそろいの……。
 脳がショートしたかのように思考が止まる。
 手の中のマグカップをじっと見つめ、また岳の顔を見て、もう一度手の中のマグカップを見る。
「……あれ? 俺らなんの話してたんだっけ?」
「俺のタイプの話だろ」
「……うん。……うん? ……お前のタイプって」
「青い靴下穿いてて、寝癖ついてて、今一緒に皿を洗ってて、俺の隣にいて、俺とおそろいのマグカップ持ってる人がタイプ」
 いや、だから……。
(それって、俺じゃね……?)
「お、俺のこと? いや、違うよな? え? 俺?」
 パニックになって何度も「え?」と口走る俺に、岳が冷静に言う。
「合ってるよ、旭」
「あ、合ってる……? そ、そう……? んン!? わっかんねぇんだけど!? 岳、何を言ってんの、お前!?」
 声が裏返り、まともに言葉にならない。頭の中は真っ白で、岳の言葉の意味をどうしても理解できない。
「もっと言う必要ある?」
「……え? あっ、そ、そっか! ……わ、わかったわ! なんか、俺のことお前なりに褒めようとしてくれてんだろ……? ありがとな、岳!」
「……違う。つうか、どう言ったら、旭は気づいてくれんの」
 真剣な岳のまなざしが、まっすぐに俺を射抜いていた。
(じゃあどういう意味で……)
 体中から力が抜け、手の中のマグカップがするりと滑り落ちる。中学の時に岳が買ってくれた、ふたりだけのおそろいのマグカップ。学校帰り、近くのスーパーで「おそろいの買って」と俺がふざけて言った時、岳が真面目な顔でうなずき、すぐにふたつセットで買ってくれた思い出の品。
 ――ガシャ――ン!
 マグカップの割れる音とともに、岳と過ごした十七年分の記憶が壊れてしまった気がした。そんなわけない。そんなことはありえない。
「……あ、やべ」
 慌てて破片を拾おうとして掠めた陶器の切っ先。指先から真っ赤な血がにじんでいく。痛みすら感じていなかった。さっきから、わけがわからない。心臓がバクバク鳴っている。
「あぶないって、旭。……怪我した? 見せろよ」
 岳の声はどこまでも冷静だった。キッチンの水を出し、俺の手を持って、優しく洗う。
 俺がぼうっとしている間に、岳はガーゼで血を拭い、手慣れた様子で絆創膏を巻いていた。岳の長い指が俺の指先に触れるたびに、わけもなく心臓が跳ねる。
 頭が回らない。酸素が足りない。
 俺は先ほど岳が言った言葉の意味をのみ込めていなかった。目をぱちぱちさせながら、すぐ近くにある岳の気配だけを感じている。
「片付けは俺がやるから、旭は帰って」
「え、……ちょ、岳……」
「今日俺が言ったこと、忘れんなよ」
 いつもなら「俺も手伝う」と軽く言えたはずなのに、岳の声になぜか逆らえなかった。気がつけば岳に背中を押され、自分の家の玄関に立っていた。
(何……今の? ……え、本気で何?)
 自室に戻り、スマホの画面を何度も確認する。もしかしたら岳から「あれは冗談」みたいな連絡が来るかもしれないと思った。でも、ずっと画面は暗いままで、岳からのメッセージは来ない。
 あっという間に時がたち、夜が更けていく。
 スマホを握りしめたまま、放心状態で天井を見つめる。こんなふうに岳と離れて夜を過ごすのは、いつぶりだろうか。そんなこともう思い出せないくらい、俺と岳はずっと一緒にいた。
(あ、あいつのタイプが俺ってこと……!?)
 枕に顔を埋めても、岳の言葉が頭から離れない。タイプも、好きな人の話も、今まで一度も聞いたことがなかったのに。
「え、待って、何? ちょっと待って、……おい、岳! 意味わかんねぇよ!」
 ひとりきりの部屋で、誰に聞かせるでもなく大声を張り上げる。
 春野旭、高校二年生。幼なじみのタイプを聞いたら、完全に俺だった。