インタビューされるのなんて生きててはじめてですよ。どうしよう、すごく緊張する……ちょっと深呼吸させてください。スー、ハー……あ、もう大丈夫です。はい。

 ええと、あたしは小磯颯希、十六歳、虹ヶ丘高校の二年生です。


 溝井くんのこと、もちろん知ってます。優美奈と一緒に地獄館に行った後行方不明になったって、学校でもちょっとした騒ぎになってたんで。
あたし、溝井くんと優美奈とは一年の頃同じクラスだったんです。
ちょっと話したこともありますよ。本当に仲のいいカップルだった。
優美奈は学校で見かけると気丈にしてたけど、一時期は何日も休んでたくらいなんで、やっぱり心配でしょうがないんだなって。
彼氏が行方不明になるなんて、自分のことに置き換えたらつらすぎますよ。


 で、学校で噂になってるっていっても、みんながみんな、普通に溝井くんを心配したり、優美奈に同情したりしてるかって言ったら、やっぱりそうじゃないんですよ、悲しいことに。
その日も昼休みに友だちふたりと話してたら、心スポ行って行方不明とかやばくね?とか、呪われてるんじゃない、とかオカルト的な方面で盛り上がっちゃって。
で、そこに男子が三人やってきて、話に入ってきたんです。ひとりが――仮にAとしますね、地獄館にまつわる怖い話をし始めて。

なんか怪談師ばりのリアクションつけて、おどろおどろしい声で話すもんだから、盛り上がっちゃって。
もう友だちはきゃーきゃー大騒ぎ、で、男子のひとり――Bとしときますね、Bが放課後地獄館に行ってみようぜって言いだして。
もうひとりの男子Cもノリノリ、あたしの友だちのDとEは嫌がってたし、あたしも嫌だったけど、結局行くことで話がまとまっちゃったんです。

実はBはDのことを好きだって噂があったんですよ。好きな子と遊びたいだけだったのかも。
でもだったら普通に誘えよ、って話。
心霊スポットなんてムードなさすぎ、趣味悪すぎじゃないですか。


 そんで放課後、わざわざ暗くなるまで待ってから地獄館に行ったんですね。
もうめっちゃ雰囲気からしてやばかったです、敷地に生えたセイタカアワダチソウがざわざわ揺れてて、曇り空で月の明かりもなかったからほんとに真っ暗で。
女子たちは怖がってやめようよ、引き返したいってさんざん言ってたけど、男子たちに押し切られて。結局中に入ったんですね。


 男子たちは――特に怪談を話してたAは大はしゃぎでしたね。スマホでムービー、撮ってました。後で見たらなんか写ってるかもしれない、って。
BとCはふざけだして、ほら定番の、懐中電灯で顔を下から照らすやつ、あるじゃないですか。
あれをスマホのライトでやってて、げらげら笑ってました。そのうちDとEも緊張が解けてきたみたいで、普通にしゃべってました。


 で、一階から順番に探索していって、そのうち四階にたどり着きました。
他の場所と同じで真っ暗で、歩いてると顔に蜘蛛(くも)の巣がひっかかるような、そういう場所です。とにかくカビ臭いし埃臭い。
で、Aが四〇四号室に入ってみようぜって言いだして。
Dは怖がって嫌がるんだけど、結局男子たちに押し切られて中に入りましたよ。
え、あたしは嫌じゃなかったのかって?そりゃ嫌ですよ、でもここで断ってもノリが悪いと思われるだけだし、仕方なく。


 中は他の部屋と同じ、普通のラブホテルの一室でした。
ベッドがあって、広いお風呂があって、窓ガラスは割れててって……。
でも部屋をスマホで照らしてたAが声を上げたんです、血痕がある、って。

たしかにベッドの下のほうに、茶色い染みみたいなものが広がってました。
その時のDの反応……もう、きゃーって半狂乱で、すぐにここを出たいって泣いてました。
Bが必死にDを落ち着かせようとしてて。いやお前のせいでこんなことになってんだよ、って話ですよ。


 で、その時Eが赤ちゃんの声がする、って言うんですね。
全員で押し黙って、耳を澄ませたら……たしかに聞こえてくるんですよ、頼りない声を振り絞って泣く、赤ん坊の声。
天井の向こう側……たぶん隣の部屋じゃないかな。んあ、んああって。もうパニックです。
Dは失神寸前だし、Eはあたし今すぐ帰るってぼろぼろ泣いてました。
で、男子たちもこれはさすがにやばい、ってところで、Aがはっとした顔をしました。
部屋の一点を見つめて、動かないんです。かすかに唇が震えてました。


 どうしたのってあたしが聞いたら、A、言うんです。お前には見えてないの、って。何が見えるのっておそるおそる聞いたら、いるじゃん、そこにって。


 Aには天井からぶら下がって、かっと目を見開いてこちらを見ている女が、見えるっていうんです。


 もうみんなで泣きながら地獄館を飛び出して、そしてすぐそれぞれうちに帰りました。
あたしもこんな怖い思いをしたのは生まれてはじめてで、家に帰ってからもずっと震えが止まらなくて。
でもとりあえずお風呂に入ってご飯を食べたら落ち着きました。


 でも夕飯の時、親が言うんです。そんなに目を見開いてどうしたの、って。
自分じゃ気づかなかったけど、あたし、Aが見たっていう女みたいに、かっと目を見開いてご飯を食べてたみたいで。


 怖くてなかなか眠れなかったけど、推しのMV見まくってるうちに少し落ち着いてきて……なんとか寝れました。

 次の日からです、Aがいなくなったのは。


 学校に来ないし家にも帰ってないっていうし、まったく同じなんですよ、溝井くんの時と。
あたしたちはAの親や警察の人からいろいろ聞かれたけど、地獄館で起こったことを話してもろくに信じてもらえなくて……そりゃそうですよね。行方不明になった原因が幽霊なんて、普通の大人が信じてくれるわけがない。

 そしてその日から二日経って……Bもいなくなりました。

 Dがすごく心配してました。DもBのこと、好きだったみたいですね。あんなに取り乱すってことは。でもあたしたちには別の心配もありました。あそこに行ったCとDとE、そしてあたし。次は、誰がいなくなるんだろう、って。


 嫌だな、殺されるの。まだ十六なのに、こんな若くしてわけのわからないことに巻き込まれて死ぬなんて……最悪じゃないですか。

え、まだそうと決まったわけじゃないって? 
いや、でもあたしには見えるんです。学校から帰ってる時とか、家で宿題やってる時とか。
ふと視線を感じて振り向くと、宙に浮かんだ女がこっちをかっと見開いた目で見つめてるのが。


 あたしはたしかに、呪われてしまったんです。


 あ、そうそう。Aが撮ってたっていうムービー、見せますね。
その場で共有したからあたしのスマホにも入ってるんです。
怖いものなのに、なんか見ちゃうんですよね、これ。
何度も見て気づいたけれど、一分十三秒のところに、なんか写ってません? 
黒い人影みたいなものが。実際にいたからわかるけど、この位置には誰もいなかったと思います。

 誰なんでしょうね、あのぶら下がった女と、この影の主。


当時のムービーの一部;右上に黒い人影がわずかに映っている。