江原精一、六十歳です。もう還暦だよ、やんなっちゃうよね。
お姉さんからしたら六十なんて、おじさん超えておじいちゃんだろ?
そんなことないって? いいよ気ィ遣わなくて。
で、聞きたいのは古津賀のことだよね。あいつと出会ったのは二十五年前、近畿地方のある場所で住み込みで働いてたんだ。
なんでそこで働くようになったかっていうと、俺、当時デリヘルのドライバーやっててさ。そんで、事故っちゃったわけよ。仕事中に。
デリヘルの仕事って時間までに着かないとクレームになるから、その時も焦って飛ばしててさ。
そしたら飛び出してきた歩行者に気づかず、はねちゃった。咄嗟に逃げちゃったんだよね。
そん時俺イケナイ薬の常用者でさ、事故よりも薬のことがバレると思ったらまずいなって気持ちが先に立った。
そん時乗せてた女の子には誰にも言わないでねって口止めしたんだけど、そんなわけにいかないじゃん。
いくらデリヘルで働くような女の子だって、それくらいの良識はあるよね。
すぐに店に言ったらしくて、その日仕事から帰ってきたら店からの電話が鳴りやまない。
まずいと思ってすぐに荷物をまとめて、大阪の西(にし)成(なり)に向かったよ。
西成、行ったことある? ないよね。あそこは日本三大ドヤ街って言われててさ、労働者の街なんだ。
宿もメシも酒もすごく安いし、俺みたいな犯罪者や借金に追われてるやつとかがその日仕事を求めてやってくる。
治安は悪いよ、ものすっごく。お姉さんみたいな若い女の人は、行かないほうがいいね。
で、西成で紹介してもらった仕事が、その住み込みのやつ。
単純な肉体労働であんまり給料もよくなかったけど、食いつなぐにはぴったりだった。
寮があって、そこで一緒の部屋だったのが古津賀次郎。俺とちょうど同年代で、話が合ってさ。
仕事の休憩時間とか、よく話すようになった。
古津賀はそういうところで働くような感じの人間じゃなかったよ、若い頃からいい加減に生きてきた俺とは違って、ちゃんと普通に働いてそこそこいい給料をもらっていそうな感じ。
だからなんでこんなところに流れついたのか、それが不思議だったんだけど、俺だってスネに傷ある身。
突っ込んだことはなかなか聞けなかった。
でも彼女がいたらしくてさ、その子のことをすごく楽しそうに話すんだよな。
ああいうものが好きだった、こういうものが好きだった、って。好きな女がいるならいつまでもこんなところにいないで会いに行ってやれば?
って言ったら、それはできないってちょっと悲しそうに言った。
そん時は別れたのかなあぐらいにしか思ってなかったけど。
で、働き始めて二か月ぐらいしてさ、寮の近くを背広姿の男がうろうろしだしたんだよ。
あ、これもしかして刑事?俺やばい?と思って逃げることを考えだしたら、先に古津賀がいなくなった。
ほとんどバックレる形でさ。真面目そうだし辞めるならちゃんと筋通すタイプだと思ったけど、あんな辞め方したってことはよっぽどの事情があったんだろうな。
だからそこで、古津賀もひょっとして俺と同じ追われてる身?て思ったんだ。
それからしばらくして、いよいよ俺が捕まった。逃走したことで罪は重くなったし、いいことなんて何ひとつねえ。
唯一、撥(は) ねた人が後遺症もなく、ちゃんと生きてくれてたのが幸いかな。
それで刑務所で過ごして……今は川崎の堀之内の、ソープでボーイやってるよ。
まあこの仕事やってる時点で底辺だけどさ、若いうちからぶらぶら生きてきたんだし、この歳になって成功してやろうとか人並みの幸せ掴みたいとか、そんな意欲もないよね。
昔と比べて体力もなくなってきたし、今の状況に甘んじながら、まあ毎日なんとか生きてるって感じかね。
その古津賀次郎がやっと捕まったってニュースで 見たから、まあびっくりしたよ。もしかして、お姉さんが警察にタレこんだの? ……ふうん、そこは濁すわけね。
今から思うと、古津賀が語った彼女の話は不気味だよ。さも、生きてるように語ってたからね。あいつの言葉に罪悪感なんて、俺は感じなかった。
まあ、死ぬ前に罪を償えるのはいいことなんじゃない? やっぱり人間、真面目に素直に地道がいちばんだって。俺はちゃんと更生したしね。
え? 薬は今もやってるのかって? ――そういうこと聞かないでよもう、ふふふ。
※
十三日朝、I市太田地区で少年の遺体が発見された。
所持品から特定された遺体の身元は溝井涼介さん(16)。県内の虹ヶ丘高校に通う二年生で、七月から行方不明になっていた。
I市とその付近では若者が行方不明になる事件が相次いでおり、先月も行方不明になった大学生が遺体で発見されている。警察は慎重に関連を調べている。
神奈川中央新聞 二〇二五年九月十四日
お姉さんからしたら六十なんて、おじさん超えておじいちゃんだろ?
そんなことないって? いいよ気ィ遣わなくて。
で、聞きたいのは古津賀のことだよね。あいつと出会ったのは二十五年前、近畿地方のある場所で住み込みで働いてたんだ。
なんでそこで働くようになったかっていうと、俺、当時デリヘルのドライバーやっててさ。そんで、事故っちゃったわけよ。仕事中に。
デリヘルの仕事って時間までに着かないとクレームになるから、その時も焦って飛ばしててさ。
そしたら飛び出してきた歩行者に気づかず、はねちゃった。咄嗟に逃げちゃったんだよね。
そん時俺イケナイ薬の常用者でさ、事故よりも薬のことがバレると思ったらまずいなって気持ちが先に立った。
そん時乗せてた女の子には誰にも言わないでねって口止めしたんだけど、そんなわけにいかないじゃん。
いくらデリヘルで働くような女の子だって、それくらいの良識はあるよね。
すぐに店に言ったらしくて、その日仕事から帰ってきたら店からの電話が鳴りやまない。
まずいと思ってすぐに荷物をまとめて、大阪の西(にし)成(なり)に向かったよ。
西成、行ったことある? ないよね。あそこは日本三大ドヤ街って言われててさ、労働者の街なんだ。
宿もメシも酒もすごく安いし、俺みたいな犯罪者や借金に追われてるやつとかがその日仕事を求めてやってくる。
治安は悪いよ、ものすっごく。お姉さんみたいな若い女の人は、行かないほうがいいね。
で、西成で紹介してもらった仕事が、その住み込みのやつ。
単純な肉体労働であんまり給料もよくなかったけど、食いつなぐにはぴったりだった。
寮があって、そこで一緒の部屋だったのが古津賀次郎。俺とちょうど同年代で、話が合ってさ。
仕事の休憩時間とか、よく話すようになった。
古津賀はそういうところで働くような感じの人間じゃなかったよ、若い頃からいい加減に生きてきた俺とは違って、ちゃんと普通に働いてそこそこいい給料をもらっていそうな感じ。
だからなんでこんなところに流れついたのか、それが不思議だったんだけど、俺だってスネに傷ある身。
突っ込んだことはなかなか聞けなかった。
でも彼女がいたらしくてさ、その子のことをすごく楽しそうに話すんだよな。
ああいうものが好きだった、こういうものが好きだった、って。好きな女がいるならいつまでもこんなところにいないで会いに行ってやれば?
って言ったら、それはできないってちょっと悲しそうに言った。
そん時は別れたのかなあぐらいにしか思ってなかったけど。
で、働き始めて二か月ぐらいしてさ、寮の近くを背広姿の男がうろうろしだしたんだよ。
あ、これもしかして刑事?俺やばい?と思って逃げることを考えだしたら、先に古津賀がいなくなった。
ほとんどバックレる形でさ。真面目そうだし辞めるならちゃんと筋通すタイプだと思ったけど、あんな辞め方したってことはよっぽどの事情があったんだろうな。
だからそこで、古津賀もひょっとして俺と同じ追われてる身?て思ったんだ。
それからしばらくして、いよいよ俺が捕まった。逃走したことで罪は重くなったし、いいことなんて何ひとつねえ。
唯一、撥(は) ねた人が後遺症もなく、ちゃんと生きてくれてたのが幸いかな。
それで刑務所で過ごして……今は川崎の堀之内の、ソープでボーイやってるよ。
まあこの仕事やってる時点で底辺だけどさ、若いうちからぶらぶら生きてきたんだし、この歳になって成功してやろうとか人並みの幸せ掴みたいとか、そんな意欲もないよね。
昔と比べて体力もなくなってきたし、今の状況に甘んじながら、まあ毎日なんとか生きてるって感じかね。
その古津賀次郎がやっと捕まったってニュースで 見たから、まあびっくりしたよ。もしかして、お姉さんが警察にタレこんだの? ……ふうん、そこは濁すわけね。
今から思うと、古津賀が語った彼女の話は不気味だよ。さも、生きてるように語ってたからね。あいつの言葉に罪悪感なんて、俺は感じなかった。
まあ、死ぬ前に罪を償えるのはいいことなんじゃない? やっぱり人間、真面目に素直に地道がいちばんだって。俺はちゃんと更生したしね。
え? 薬は今もやってるのかって? ――そういうこと聞かないでよもう、ふふふ。
※
十三日朝、I市太田地区で少年の遺体が発見された。
所持品から特定された遺体の身元は溝井涼介さん(16)。県内の虹ヶ丘高校に通う二年生で、七月から行方不明になっていた。
I市とその付近では若者が行方不明になる事件が相次いでおり、先月も行方不明になった大学生が遺体で発見されている。警察は慎重に関連を調べている。
神奈川中央新聞 二〇二五年九月十四日



