あれ? お姉さん、また来たの? この前のでもうだいたい話したと思うけど、まだ知りたいことがあるわけ?
……ふーん、なるほど。そんな事情があるわけね。
まあそういうことなら話すけど、だいたいこの前しゃべることはしゃべっちゃったから、特に追加情報みたいなのはないよ。
それでもいい? まあ、とにかく座って。
あ、ちゃんと飲んでいってもらうからね。何飲む? ソルティドッグか。いいよ、すぐ作るから。
あー、まず自己紹介しろって? はいはい、村島達也、四十九です。
三十の頃からここでバーテンやってて、もう二十年近くになるかね。
ホストになったのは、完全に金目当てだよ。俺、母子家庭だったからさ。
子どもの頃なんて悲惨だよ、ご飯が三食ずっと、ジャムもマーガリンも塗ってない食パンだったことあるし、それも一枚を母親と半分に分けて食べたりとか。
母親はがんばってたと思うよ、昼働いて夜はスナックに勤めてて。
あとで知ったけど、借金あったみたいだね。
死んだ親の借金だったらしい。それが原因で旦那に逃げられたんだって。
まあそんな感じで貧乏トラウマがあって、いつの頃からか、こんな生活はもう嫌だ、大人になったらぜったい金持ちになってやる、って思うようになったわけ。
でも俺勉強できねえし、学歴もないからさ。
資格取るとか一流企業に入るとか、そういうのはハナから無理なのよ。
で、自分で言うのもあれだけど俺顔だけはいいじゃん?
だから、ホストになるのが手っ取り早いかなって。
高校の頃からナンパで女落としまくってたからさ、これ仕事にして金入るなら楽かなって思って、卒業してすぐホストになったわけよ。
俺はがんがん営業かけまくったし、色恋かけるのがうまかったから、あっという間に人気者になった。
二十代で車もマンションも手に入った。ぜんぶ客に買ってもらったやつだけど。
俺らの年代って氷河期世代とか言われてるけど、金はあるとこにはあるわけよ。
ホストクラブに通う女ってほとんど風俗嬢だけど、なかには金を持て余してるバリキャリの女社長とかもいるわけ。
そういう女に一度気に入られると、ほんと楽だった。
海外旅行もいろんなとこ行ったよ、バリにハワイにシンガポール、マレーシア、香港も行ったな。
みんな、客の奢りね。
杏子と出会ったのは二十三歳の時。あいつは典型的な痛客だったよ。いいように言ってもメンヘラ。
こっちは仕事でやさしくしてるだけなのに、まじでそういうのわかんねえんだろうな、ああいうやつ。
まあ本気になってくれる客はおいしいけど、あいつは当たり前のようにリターンを要求してくるからさ。
メールの返信とかも、五分遅れただけでめちゃヒステリックに怒りだす。
あたしのこと好きじゃないの、どうでもいいの、って。
好きじゃねーよどうでもいいよてめーのことなんか、ってよほど言ってやりたかったけど、仕事だから我慢。
好きだって、君がいちばんだって、だから機嫌直して、ほんとにごめんねって、その繰り返し。ほんっと疲れる女だった。
まあ、金払いはよかったんだよあいつ。俺の言うことなんでもホイホイ信じてくれちゃうから、いくらでも金を使ってくれた。
ホストで金稼いで、いつか自分の居酒屋かバー持ちたい、っていう俺のその場でついた嘘の夢をあいつはあっさり信じて、夢を持ってる男の人大好き、応援する、って百万以上するいちばん高いシャンパンタワーをがんがん入れてくれたよ。
今思っても、ちょろい客だった。
借金があるっていうのは聞いてたよ、前の男に貢いだ金と、あと自分で買ったブランドもんとかそういうので、どんどんふくらんでいったらしい。
心配じゃなかったのかって? まあ、そりゃね、いつか自己破産とかして、店に来てくれなくなったら困るじゃん。
せっかく掴んだ極太客のエースなのに。
で、ある日そいつ連れてドライブ行ったわけよ。客から買ってもらった車でね。
Y峠まで行って夜景見て、俺やっとナンバーツーまで上りつめた、ナンバーワンになるためにもっともっとがんばるから、応援してねって言った。
そいつはなんだか心ここにあらずって感じで、今思うとその時点でちょっとおかしかった。
その後ホテル行ったんだ。今は地獄館って呼ばれて廃墟になってるけど、その時はちゃんと営業してた。
入ったの、四〇四号室だったよ。
そいつはそこで泣きながら借金があって親からも友だちからも見放されて、もう俺しか頼れる人がいないとか言いだした。
ああもう終わったなこいつ、って思ったよ。
今までさんざん搾り取ってきたけど、もう使いもんになんねえな、って。
当然突き放した。俺は店に来い、シャンパン入れろって強制したわけじゃない。
ぜんぶお前の意思でやったことだろ、って。そしたらそいつキレだして、死んでやるって言いだすんだ。
そんなの間に受けるわけないじゃん、死ねば?って俺は言ったよ。
そしたらほんとにバッグについてた紐で……まあ、最後のその瞬間まで本気だとは正直思ってなかった。
椅子を蹴るその瞬間、そいつは目をかっと見開いて、地獄に引きずりこむ、って言ったよ。
それからのことは正直よく覚えていなくて、気がついたら自分のマンションで煙草吸ってた。
どうやって運転して、どこを通って帰ってきたのか、まったく覚えていない。
目の前で人が死ぬ瞬間ってやつを目にして、記憶がすっこ抜けてる。
ホテルの人がそいつを発見して、俺は警察にずいぶん詰められたよ。
自殺じゃないって疑われたのは、俺がすぐに救急車を呼ばなかったから。
なんでほっといたんだ、すぐに救急車を呼べば助けられたかもしれないのに。
そんなことを何度も言われて、そこではじめて、罪悪感みたいなものが生まれた。
俺に貢いだのも借金したのも死んだのも、ぜんぶそいつの意思。
でもやっぱり、真っ黒いものが胸のなかでぶくぶくふくらんで、気持ち悪くなった。
俺が救急車を呼んでさえいれば、そいつは死ななくても済んだはずだから。
いくら俺が最低男だからって、命までは取ろうと思ってない。
俺はそいつの親から訴えられた。
あいつら、娘の借金を肩代わりこそしなかったけど、案外まともな人だったみたいだな、娘が死んだ原因になった男を許したりしなかった。
どうして目の前で死なれて逃げ出したのか、そもそもそいつが騙されやすい性格だって見抜いてつけ込んだんじゃないか。
そんなふうに裁判で責められて、こっちももちろん弁護士立てたけど、負けたよ。
ものすごい額の賠償金払うことになって、車もマンションも手放さなくちゃいけなくなった。
店は当然辞めた。そりゃそうだろ、客を自殺に追い込んだホストなんて、イメージ悪すぎるって。
それでなくてもさ、思うわけよ。
さんざん人に期待して見返りを要求して、最後はぜんぶ周りのせいにして死んだあいつと、人に愛想振りまいてその見返りで生きてる俺と、いったい何が違うんだろうなとか。
そいつにしたこと、今でも大して悪いなんて思ってないし、そう思っちゃったら負けじゃん。
でも、そいつと同じになりたくないと思った。あんなやばい人間にはなりたくなかった。
それからはホスト辞めて真面目に働いて、貯金して今の店持ったんだ。
居酒屋かバーを持つ、ってそいつに語った夢が、皮肉にも現実になっちまった。
もちろん、地獄姉さんと地獄館の噂は知ってるよ。
別になんとも思わないけど、いや思わないようにしてるって言ったほうが正しいのかな。
今も見るよ、そいつの夢。
かっと目を見開いて、地獄に引きずりこむ、って言われて、目覚めた時は脂汗でびっしょり枕が濡れてる。
いい加減にしろよ、って思うよな。
お姉さんもせいぜい悪い男には気をつけな。ま、そいつほど馬鹿じゃねえか。
誰かを好きになって愛されたいって見返り要求するまではいいけれど、自分の身を削ってそいつに尽くすようになったら、人生は終わるよ。
……ふーん、なるほど。そんな事情があるわけね。
まあそういうことなら話すけど、だいたいこの前しゃべることはしゃべっちゃったから、特に追加情報みたいなのはないよ。
それでもいい? まあ、とにかく座って。
あ、ちゃんと飲んでいってもらうからね。何飲む? ソルティドッグか。いいよ、すぐ作るから。
あー、まず自己紹介しろって? はいはい、村島達也、四十九です。
三十の頃からここでバーテンやってて、もう二十年近くになるかね。
ホストになったのは、完全に金目当てだよ。俺、母子家庭だったからさ。
子どもの頃なんて悲惨だよ、ご飯が三食ずっと、ジャムもマーガリンも塗ってない食パンだったことあるし、それも一枚を母親と半分に分けて食べたりとか。
母親はがんばってたと思うよ、昼働いて夜はスナックに勤めてて。
あとで知ったけど、借金あったみたいだね。
死んだ親の借金だったらしい。それが原因で旦那に逃げられたんだって。
まあそんな感じで貧乏トラウマがあって、いつの頃からか、こんな生活はもう嫌だ、大人になったらぜったい金持ちになってやる、って思うようになったわけ。
でも俺勉強できねえし、学歴もないからさ。
資格取るとか一流企業に入るとか、そういうのはハナから無理なのよ。
で、自分で言うのもあれだけど俺顔だけはいいじゃん?
だから、ホストになるのが手っ取り早いかなって。
高校の頃からナンパで女落としまくってたからさ、これ仕事にして金入るなら楽かなって思って、卒業してすぐホストになったわけよ。
俺はがんがん営業かけまくったし、色恋かけるのがうまかったから、あっという間に人気者になった。
二十代で車もマンションも手に入った。ぜんぶ客に買ってもらったやつだけど。
俺らの年代って氷河期世代とか言われてるけど、金はあるとこにはあるわけよ。
ホストクラブに通う女ってほとんど風俗嬢だけど、なかには金を持て余してるバリキャリの女社長とかもいるわけ。
そういう女に一度気に入られると、ほんと楽だった。
海外旅行もいろんなとこ行ったよ、バリにハワイにシンガポール、マレーシア、香港も行ったな。
みんな、客の奢りね。
杏子と出会ったのは二十三歳の時。あいつは典型的な痛客だったよ。いいように言ってもメンヘラ。
こっちは仕事でやさしくしてるだけなのに、まじでそういうのわかんねえんだろうな、ああいうやつ。
まあ本気になってくれる客はおいしいけど、あいつは当たり前のようにリターンを要求してくるからさ。
メールの返信とかも、五分遅れただけでめちゃヒステリックに怒りだす。
あたしのこと好きじゃないの、どうでもいいの、って。
好きじゃねーよどうでもいいよてめーのことなんか、ってよほど言ってやりたかったけど、仕事だから我慢。
好きだって、君がいちばんだって、だから機嫌直して、ほんとにごめんねって、その繰り返し。ほんっと疲れる女だった。
まあ、金払いはよかったんだよあいつ。俺の言うことなんでもホイホイ信じてくれちゃうから、いくらでも金を使ってくれた。
ホストで金稼いで、いつか自分の居酒屋かバー持ちたい、っていう俺のその場でついた嘘の夢をあいつはあっさり信じて、夢を持ってる男の人大好き、応援する、って百万以上するいちばん高いシャンパンタワーをがんがん入れてくれたよ。
今思っても、ちょろい客だった。
借金があるっていうのは聞いてたよ、前の男に貢いだ金と、あと自分で買ったブランドもんとかそういうので、どんどんふくらんでいったらしい。
心配じゃなかったのかって? まあ、そりゃね、いつか自己破産とかして、店に来てくれなくなったら困るじゃん。
せっかく掴んだ極太客のエースなのに。
で、ある日そいつ連れてドライブ行ったわけよ。客から買ってもらった車でね。
Y峠まで行って夜景見て、俺やっとナンバーツーまで上りつめた、ナンバーワンになるためにもっともっとがんばるから、応援してねって言った。
そいつはなんだか心ここにあらずって感じで、今思うとその時点でちょっとおかしかった。
その後ホテル行ったんだ。今は地獄館って呼ばれて廃墟になってるけど、その時はちゃんと営業してた。
入ったの、四〇四号室だったよ。
そいつはそこで泣きながら借金があって親からも友だちからも見放されて、もう俺しか頼れる人がいないとか言いだした。
ああもう終わったなこいつ、って思ったよ。
今までさんざん搾り取ってきたけど、もう使いもんになんねえな、って。
当然突き放した。俺は店に来い、シャンパン入れろって強制したわけじゃない。
ぜんぶお前の意思でやったことだろ、って。そしたらそいつキレだして、死んでやるって言いだすんだ。
そんなの間に受けるわけないじゃん、死ねば?って俺は言ったよ。
そしたらほんとにバッグについてた紐で……まあ、最後のその瞬間まで本気だとは正直思ってなかった。
椅子を蹴るその瞬間、そいつは目をかっと見開いて、地獄に引きずりこむ、って言ったよ。
それからのことは正直よく覚えていなくて、気がついたら自分のマンションで煙草吸ってた。
どうやって運転して、どこを通って帰ってきたのか、まったく覚えていない。
目の前で人が死ぬ瞬間ってやつを目にして、記憶がすっこ抜けてる。
ホテルの人がそいつを発見して、俺は警察にずいぶん詰められたよ。
自殺じゃないって疑われたのは、俺がすぐに救急車を呼ばなかったから。
なんでほっといたんだ、すぐに救急車を呼べば助けられたかもしれないのに。
そんなことを何度も言われて、そこではじめて、罪悪感みたいなものが生まれた。
俺に貢いだのも借金したのも死んだのも、ぜんぶそいつの意思。
でもやっぱり、真っ黒いものが胸のなかでぶくぶくふくらんで、気持ち悪くなった。
俺が救急車を呼んでさえいれば、そいつは死ななくても済んだはずだから。
いくら俺が最低男だからって、命までは取ろうと思ってない。
俺はそいつの親から訴えられた。
あいつら、娘の借金を肩代わりこそしなかったけど、案外まともな人だったみたいだな、娘が死んだ原因になった男を許したりしなかった。
どうして目の前で死なれて逃げ出したのか、そもそもそいつが騙されやすい性格だって見抜いてつけ込んだんじゃないか。
そんなふうに裁判で責められて、こっちももちろん弁護士立てたけど、負けたよ。
ものすごい額の賠償金払うことになって、車もマンションも手放さなくちゃいけなくなった。
店は当然辞めた。そりゃそうだろ、客を自殺に追い込んだホストなんて、イメージ悪すぎるって。
それでなくてもさ、思うわけよ。
さんざん人に期待して見返りを要求して、最後はぜんぶ周りのせいにして死んだあいつと、人に愛想振りまいてその見返りで生きてる俺と、いったい何が違うんだろうなとか。
そいつにしたこと、今でも大して悪いなんて思ってないし、そう思っちゃったら負けじゃん。
でも、そいつと同じになりたくないと思った。あんなやばい人間にはなりたくなかった。
それからはホスト辞めて真面目に働いて、貯金して今の店持ったんだ。
居酒屋かバーを持つ、ってそいつに語った夢が、皮肉にも現実になっちまった。
もちろん、地獄姉さんと地獄館の噂は知ってるよ。
別になんとも思わないけど、いや思わないようにしてるって言ったほうが正しいのかな。
今も見るよ、そいつの夢。
かっと目を見開いて、地獄に引きずりこむ、って言われて、目覚めた時は脂汗でびっしょり枕が濡れてる。
いい加減にしろよ、って思うよな。
お姉さんもせいぜい悪い男には気をつけな。ま、そいつほど馬鹿じゃねえか。
誰かを好きになって愛されたいって見返り要求するまではいいけれど、自分の身を削ってそいつに尽くすようになったら、人生は終わるよ。



