森伏直弥、十九歳です。湘南大学の医学部の二年生です。
えっ、医学部なんてすごいって?
大したことないですよ、医学部っていっても私大だし、うちは両親共に医者だから俺も医者になるのが自然な感じで、俺の成績で浪人しないで入れるところに入った、ってだけだから。
晴彦、将人とは高校時代の友人です。もうひとり渡瀬ってやつがいて、高校の頃は、そいつとよく四人でつるんでました。
晴彦と将人とは同じ大学ですね、俺だけ医学部だから、キャンパスは少し離れたところにあるけど。
普段はあまり会わないものの、みんな地元にいるから、大学生になってからも月に一度は四人で集まってました。
その日もファミレスで、大盛りポテトと唐揚げだけ頼んで、あとはドリンクバーで延々と居座ってました。
渡瀬の彼女の話とか、将人が最近口説いてる女の子の話とか、そんなことをずーっとしゃべってるうちに夜が更けてきて、そのうち将人が言いだしました。
地獄館に行ってみないか?って。
地獄館の噂は、このへんで育った人間なら誰でも知ってますよ。
四〇四号室に入ると呪われる、赤ん坊の声がする、心霊写真が撮れる、首を吊った女の霊が出るetc ……お姉さんも知ってるでしょ?
最近はユーチューバーとかもよく来るみたいで、地獄館の噂が全国区になってるみたいですね。
で、俺と渡瀬はノリノリだったんですが、晴彦だけが露骨に顔を歪めて嫌そうにしてました。
あいつ、ビビりなんすよ。みんなでホラー映画を観る会っていうのを高校時代にやったことあったんですけど、あいつ、途中からリタイアしてたし。
男のくせに情けねえってみんなで茶化すんだけど、いや男とか女とかじゃないだろ、怖いもんは怖いんだ、って泣きそうな顔で負け惜しみを言うんですね。
その反応が面白いからさらに茶化すって流れ。
結局三対一で、俺たちに負ける感じで晴彦を引きずって、みんなで将人の車で地獄館に行きました。
真夜中の廃墟のラブホっておっかなくて、虫の声や風に合わせてざわざわ揺れるセイタカアワダチソウの茂みすら不気味な感じで、こえーこえーってみんなテンション上がってました、晴彦以外。
渡瀬が写真をバチバチ撮ってました、何か写ってたらおもしれーよな、って。
そこで将人が幽霊の声が聞こえるアプリ、っていうのがあるって話しだしたんですよ。
無料アプリなんだけど、スマホごしに霊と会話ができて、こういうとこで使うとガチやばいって。
晴彦は本当に嫌そうな顔してたんだけど、俺と渡瀬はノリノリで、渡瀬がスマホにそのアプリダウンロードして、さっそく試しながら中に入りました。
そうすると画面に出るんですね、『寒い』『たすけて』『怒り』『包丁』とか。
なんか新しいのが表示されるたび、晴彦以外は大盛り上がりですよ。
『包丁』なんてまじ怖いじゃないですか。
俺がちょっと調べたら、腹に包丁が刺さった女の霊が出る、なんて噂もあったし。
で、呪われるっていう四〇四号室の前についたんだけど、ここで渡瀬が誰かひとりが中に入って、ひとりでアプリで霊と交信したら面白いんじゃないかって言いだして。
晴彦は真っ青になって反対してたけど、将人がクジを用意してました。
準備がいいなーと思って見てたんだけど、こういう時、やっぱり嫌な流れになるんですね。
アタリを引いたのは晴彦で、もう絶望で死にそうな顔してました。
当たったんだからやれよー、ってみんなでまた茶化すように言って、晴彦は嫌がってたけど最後は俺そこまでビビりじゃないし、とか言いだして。
プライドが発動したんですかね? なんか強がる感じで中に入っていきました。
最初の三分ぐらいは、俺たちと会話があったんですよ。
アプリに表示されてる言葉を読み上げてました。
何が表示されてたかって? たしか、『お母さん』『痛い』『苦しい』『地獄に引きずりこむ』とか言ってたな。
地獄に引きずりこむとかかなり怖いですよね。
それでそのうち、あ、って晴彦が言って。それきり言葉が途切れたんですよ。
中で何が起こったのか、スマホに何が表示されてたのか。
俺たちもさすがにビビっちゃって、晴彦がこんな時ふざけたりするタイプじゃないってのもわかってたし。
どうした!返事しろ!って外から呼びかけたけど、晴彦は出てこない。
最後は将人が突入して、ベッドの上に座ってかっと目を見開いて一点を睨んでいる晴彦を引きずり出しました。
その時の晴彦は魂が抜かれちゃってるっていうか、何かが憑いてるとしか思えないような感じで、マジでビビりました。
スマホの画面には『床下にいる』って出てました。
帰り道、将人の車に揺られてる間に晴彦はさっきまでのおかしい感じはなくなって、普通にしゃべってました。
でも、四〇四号室にいた時のことはぜんぜんしゃべってくれないんですよね。
話がその時のことに及ぶと、渋い顔して黙っちゃって。
そんな反応されたら突っ込んで聞けないし、なんか気味悪かったです。
その後の晴彦のSNSは見ましたよね? 不穏な書き込みしてた。
俺や渡瀬のところにも、誰かにつけ狙われてるとか、そんなラインが来るんですよ。
あの時のことを知ってる俺たちからしたら、まじで何か持って帰ったんじゃないか、お祓い行ったほうがいいんじゃってなったんですが、お祓いもハードルが高いってことで行ってないみたいですね。
その後行方不明になったから……正直、俺も責任感じてました。
でもいちばん悪いのは将人ですよ、地獄館に行かないかって言いだしたのも、霊の声が聞こえるアプリを持ち出してきたのもあいつだし。
クジも、ああいう展開になるのがわかってて用意したみたいで……
まさか最初から晴彦がアタリを引くように、細工してたりしないですよね? さすがにそれはないって信じたいけど。
……ところで、このインタビューはなんなんですか? お姉さん、この話聞いてどうするつもり?
俺の名前は仮名でお願いしますよ。……ああ、もちろんそうですよね。
え? 今晴彦に言いたいこと?
まあ……こんなことになっちゃったんだし、ご冥福を祈る、としか言えないですよね。
えっ、医学部なんてすごいって?
大したことないですよ、医学部っていっても私大だし、うちは両親共に医者だから俺も医者になるのが自然な感じで、俺の成績で浪人しないで入れるところに入った、ってだけだから。
晴彦、将人とは高校時代の友人です。もうひとり渡瀬ってやつがいて、高校の頃は、そいつとよく四人でつるんでました。
晴彦と将人とは同じ大学ですね、俺だけ医学部だから、キャンパスは少し離れたところにあるけど。
普段はあまり会わないものの、みんな地元にいるから、大学生になってからも月に一度は四人で集まってました。
その日もファミレスで、大盛りポテトと唐揚げだけ頼んで、あとはドリンクバーで延々と居座ってました。
渡瀬の彼女の話とか、将人が最近口説いてる女の子の話とか、そんなことをずーっとしゃべってるうちに夜が更けてきて、そのうち将人が言いだしました。
地獄館に行ってみないか?って。
地獄館の噂は、このへんで育った人間なら誰でも知ってますよ。
四〇四号室に入ると呪われる、赤ん坊の声がする、心霊写真が撮れる、首を吊った女の霊が出るetc ……お姉さんも知ってるでしょ?
最近はユーチューバーとかもよく来るみたいで、地獄館の噂が全国区になってるみたいですね。
で、俺と渡瀬はノリノリだったんですが、晴彦だけが露骨に顔を歪めて嫌そうにしてました。
あいつ、ビビりなんすよ。みんなでホラー映画を観る会っていうのを高校時代にやったことあったんですけど、あいつ、途中からリタイアしてたし。
男のくせに情けねえってみんなで茶化すんだけど、いや男とか女とかじゃないだろ、怖いもんは怖いんだ、って泣きそうな顔で負け惜しみを言うんですね。
その反応が面白いからさらに茶化すって流れ。
結局三対一で、俺たちに負ける感じで晴彦を引きずって、みんなで将人の車で地獄館に行きました。
真夜中の廃墟のラブホっておっかなくて、虫の声や風に合わせてざわざわ揺れるセイタカアワダチソウの茂みすら不気味な感じで、こえーこえーってみんなテンション上がってました、晴彦以外。
渡瀬が写真をバチバチ撮ってました、何か写ってたらおもしれーよな、って。
そこで将人が幽霊の声が聞こえるアプリ、っていうのがあるって話しだしたんですよ。
無料アプリなんだけど、スマホごしに霊と会話ができて、こういうとこで使うとガチやばいって。
晴彦は本当に嫌そうな顔してたんだけど、俺と渡瀬はノリノリで、渡瀬がスマホにそのアプリダウンロードして、さっそく試しながら中に入りました。
そうすると画面に出るんですね、『寒い』『たすけて』『怒り』『包丁』とか。
なんか新しいのが表示されるたび、晴彦以外は大盛り上がりですよ。
『包丁』なんてまじ怖いじゃないですか。
俺がちょっと調べたら、腹に包丁が刺さった女の霊が出る、なんて噂もあったし。
で、呪われるっていう四〇四号室の前についたんだけど、ここで渡瀬が誰かひとりが中に入って、ひとりでアプリで霊と交信したら面白いんじゃないかって言いだして。
晴彦は真っ青になって反対してたけど、将人がクジを用意してました。
準備がいいなーと思って見てたんだけど、こういう時、やっぱり嫌な流れになるんですね。
アタリを引いたのは晴彦で、もう絶望で死にそうな顔してました。
当たったんだからやれよー、ってみんなでまた茶化すように言って、晴彦は嫌がってたけど最後は俺そこまでビビりじゃないし、とか言いだして。
プライドが発動したんですかね? なんか強がる感じで中に入っていきました。
最初の三分ぐらいは、俺たちと会話があったんですよ。
アプリに表示されてる言葉を読み上げてました。
何が表示されてたかって? たしか、『お母さん』『痛い』『苦しい』『地獄に引きずりこむ』とか言ってたな。
地獄に引きずりこむとかかなり怖いですよね。
それでそのうち、あ、って晴彦が言って。それきり言葉が途切れたんですよ。
中で何が起こったのか、スマホに何が表示されてたのか。
俺たちもさすがにビビっちゃって、晴彦がこんな時ふざけたりするタイプじゃないってのもわかってたし。
どうした!返事しろ!って外から呼びかけたけど、晴彦は出てこない。
最後は将人が突入して、ベッドの上に座ってかっと目を見開いて一点を睨んでいる晴彦を引きずり出しました。
その時の晴彦は魂が抜かれちゃってるっていうか、何かが憑いてるとしか思えないような感じで、マジでビビりました。
スマホの画面には『床下にいる』って出てました。
帰り道、将人の車に揺られてる間に晴彦はさっきまでのおかしい感じはなくなって、普通にしゃべってました。
でも、四〇四号室にいた時のことはぜんぜんしゃべってくれないんですよね。
話がその時のことに及ぶと、渋い顔して黙っちゃって。
そんな反応されたら突っ込んで聞けないし、なんか気味悪かったです。
その後の晴彦のSNSは見ましたよね? 不穏な書き込みしてた。
俺や渡瀬のところにも、誰かにつけ狙われてるとか、そんなラインが来るんですよ。
あの時のことを知ってる俺たちからしたら、まじで何か持って帰ったんじゃないか、お祓い行ったほうがいいんじゃってなったんですが、お祓いもハードルが高いってことで行ってないみたいですね。
その後行方不明になったから……正直、俺も責任感じてました。
でもいちばん悪いのは将人ですよ、地獄館に行かないかって言いだしたのも、霊の声が聞こえるアプリを持ち出してきたのもあいつだし。
クジも、ああいう展開になるのがわかってて用意したみたいで……
まさか最初から晴彦がアタリを引くように、細工してたりしないですよね? さすがにそれはないって信じたいけど。
……ところで、このインタビューはなんなんですか? お姉さん、この話聞いてどうするつもり?
俺の名前は仮名でお願いしますよ。……ああ、もちろんそうですよね。
え? 今晴彦に言いたいこと?
まあ……こんなことになっちゃったんだし、ご冥福を祈る、としか言えないですよね。



