行方不明の友人を探しています

蛇が苦しんでのたうち回っているようなカーブが、ずいぶん長いこと続いた。

 高度が上がると共に、周囲の景色はどんどん寂しく、人里離れた山奥のものになっていく。
夏の長い日が既に暮れかけているというのもあり、鬱(うっ)蒼(そう)とした山の景色や手入れされず伸び放題で幽霊の手足のようになっている樹木が、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 展望台には坂口と将人以外の車はなかった。まだやや夜景には早い時刻だからかもしれない。
しかしたしかにここは見晴らしがよく、刻一刻と暮れていく空と、それと反比例して増えていく街の明かりがよく見える。
吸い込まれそうに広い空が丸ごと自分のものになったような感覚があり、解放感を味わえた。
将人はネット掲示板の書き込みにあった、妙な人影が映っていたというあたりを確認し、スマホで写真まで撮っていた。

「こんなところで写真撮って、変なものが写ってたらどうするの」
「そしたら毬恵さんに見せるよ、何か新しいことがわかるかもしれない。映ってたら儲けもんだ」
「将人って、あまり霊を怖がらないよね」
「毬恵さんだって、霊ももとは人、だって言ってただろう」

 そんなことを話していると、一台の国産車が駐車場に入ってきた。
カブトムシのように黒光りした車体から、小柄な男が出てくる。
こんなところに男がひとりで来るというのも妙だなと思いながら男をさりげなく観察していると、男は展望台から街を見下ろしたり、一眼レフで写真を撮ったりした後、坂口たちのほうに歩いてきた。

「すみません、こういう者ですが、ちょっと話を聞かせてくれませんか」

 差し出された名刺には『オカルトライター 櫨(はぜ)中(なか) 章(あき)知(とも)』とあった。オカルトライターという肩書きを持つ人間に会うのははじめてだった。

「オカルトライター、の方ですか」

「一応この道二十五年のベテランですよ。最近ではオカルト雑誌もすっかり下火になっちゃったんですが、その代わりここ数年はYouTubeが主戦場になってますね。オカルト、都市伝説系のチャンネルがたくさん出ている。そういうところでライターやってるんですよ。ま、稼げませんけど」

 稼げないというのは本当なのだろう、染みだらけのくたびれたTシャツや手入れをされていない髭(ひげ)の感じから、生活の貧相さが垣間見える。
目だけが妙にぎらぎらしているところが、一般的な職業に就(つ)いていない人間特有の怪しさを醸し出していた。

「さっそくですが、今日ここに来られたのはどういう理由で?」

 将人が一瞬問うような目配せをして、坂口がうなずく。ふたりは櫨中にこれまでの経緯を話した。
晴彦のことを第三者に話すのに抵抗がないわけではなかったが、今は晴彦にたどり着くためなら、地獄館に関連する怪異の謎を解き明かすためなら、どんな情報でも欲しい。

 櫨中は神妙な顔でうなずくと、ぼろぼろのカバンからテキストがびっしりと印刷されたA4用紙を数枚、取り出した。

「私がインターネットで拾った、地獄館と地獄姉さんにまつわる情報です。地獄姉さんに会ったとか、過去に地獄館で撮られた変なAVがあったとか、調べたらいろいろ出てきました」

 そこにある多くの情報は、坂口も将人も既に目にしたことがあるものだった。

「私が調べたなかだと、地獄館では過去に三つの事件が起こっています。
新しいほうから順に、二〇〇五年に廃墟化した地獄館で女子高生が子どもを産んで殺した事件。
一九九九年には、風俗嬢が自殺する事件がありました。
さらに一九九五年には、ホステスが殺された事件も起こっています。
これは犯人が捕まらず、未解決事件となっています」

 地獄館で殺されたのは赤ん坊がひとりと、女がふたり。今のところ男が殺されたという事件は起こっていない。
強力な男の霊は、いったいどこから湧いたのだろう。

「未解決事件のほうは古い事件なのでネットにも情報がなく、私も調べている最中なのですが、風俗嬢が自殺した事件のほうは少しだけ情報が集まっています。
関(せき)内(うち)杏(あん)子(こ)という女だったそうですね。
ホストに入れあげていた末に自殺したという話ですから、別に珍しくもありません。
ただ事件の直後は、そのホストがだいぶ疑われたようです。
警察もただの自殺ならそういう疑いはかけないので、死に方に不自然な点があったのかもしれません」

 関内杏子の写真も見せてもらった。高校の卒業アルバムだろう、年齢相応に垢ぬけてはいるが、カメラの向こうを睨みつけるような、やたらと暗い目をしている。

「中学時代は真面目な少女だったみたいですが、高校になってからおかしくなったみたいですよ。
援助交際をしていたとか。真面目な人間は一度タガが外れると、大変なことになるってやつですね。
それで大人になってもそのまま風俗嬢で、若くして死んだんですから、悲惨な人生ですね。自業自得ではあるけれど」

 櫨中の突き放した言い方に反発したくなりつつも、坂口は会ったこともない杏子の人となりについて少し想像した。
自殺というのは、大変なエネルギーを伴う行為であるとよく言われる。
ただ男に入れあげていただけで、そこまで至るものなのだろうか。
何か決定的なきっかけがあったような気がする。

「私は関内杏子が地獄姉さんじゃないかと思っているんですよ、ほら、自ら死んだ人間は地獄へ行くっていうでしょう。
地獄に引きずりこむ、という彼女の言葉はお前を自分と同じ場所へ引き込みたい、という意図があるのかと。
まあ、幽霊の言葉なんて人間の思考で分析してもどうにもなりませんが」

「仮にそうだとして、地獄館で死んだ霊がなんでこちらへ現れるんでしょう?」

 坂口の率直な疑問に、櫨中は小さく首をすくめた。

「そこが問題なんですよね、今彼女の過去を調べながら、合理的な理由を探しています。
そちらも、お友だちが心配でしょう。ここで会ったのも何かのご縁ですし、連絡先を交換しませんか。
こちらも何かわかったことがあったら連絡するので」

 坂口と将人、それぞれ連絡先を交換し、車に乗り込んで別れる。
数十分前は空を橙(だいだい)に染めていた西日がすっかり山の奥に隠れてしまい、濃い夜の闇があたりを覆っていた。
暗い山奥というのは、いちだんと不気味さが増してあまり長居したくはない。

「首を吊った女の霊、というのが杏子さんなのかな」
「順当に考えるとそうだろうな」

 ハンドルを握りながら将人が答える。

年じゅう女の子を泣かせていそうな将人なら、そのうち彼に入れあげた女の子が杏子のようになるかもしれないな、と坂口は思ったが、さすがに口には出さなかった。