頭上高く上りつめた八月の太陽が、ぎらぎらと後頭部を照らしている。
前期のテストが終わり、夏休みを迎えた大学構内はいつもよりも人が少ない。大学に来ている人はゼミやサークル活動、研究などの用事を抱えているのだろう。
坂口純が通う湘南大学は文系から理系まで、九つの学部を抱える私立のマンモス大学だ。
偏差値は学部ごとに異なり、文系だと簡単に入れるが、坂口が籍を置いている理工学部は偏差値が高く、留年率も高い。
大学でいちばん大きく、評判のいいカフェテリアに入ると、隅のテーブル席を陣取る小(お)山(さ)内(ない)静佳たちがいた。
規模の大きい大学だと他学部の人間の顔まで知っていることはあまりないが、静佳は読者モデルをやっている学内の有名人だ。
身長こそそこまで高くはないものの、大きなアーモンド形の目やふっくらと肉感的な唇が目を引く美人である。
服のセンスもよく、女子大生には不相応なブランドものをさりげなく身に着けている。
坂口が苦手とする、いわゆる「陽キャ」のボスのような存在だった。
「小山内さん、ちょっと」
手招きすると、静佳がはっと顔を上げ、立ち上がる。
ちょっとごめんね、と友人たちに手を振り、少し離れたテーブルに坂口と座る。静佳のほうから香水の甘い香りがしてきて、やや気後れした。
「晴(はる)彦(ひこ)くんのことだよね?」
「うん。まだ見つかってない」
静佳は神妙な顔をして語りだした。
「あたしも何度も連絡してるんだけどね、ぜんぜん既読にならない。電話してもつながらないんだよ、電源が入ってないのなんだのって。いったいどこ行っちゃったんだろうね」
「僕もわからない」
静佳は苦手だが、晴彦と交流があったなら何か知ってるかもしれないと思い、声をかけた。でも空振りだったようだ。
「坂口のところにも連絡来てないの?」
「うん」
「警察は捜してくれてるのかな」
「自発的な失踪のセンが強いって判断されたみたい。成人してるし事件に巻き込まれたとも思われてないから、積極的には捜してないようで。ハルの親にも会ったんだけど、逆に何か知らないのかって聞かれるばかり。知らないから聞いてるのに」
「そっかあ」
静佳の口ぶりは本当に心配していそうで、この女も決して悪いやつじゃないのだろう、と坂口は思う。自分が一方的に苦手としているだけであって、静佳は坂口のような陰キャにも他の友だちと同じように接してくれる。
「何かわかったことがあったら教えて」
「うん、すぐ連絡する」
そう言って立ち上がると、静佳はすぐに友だちの輪へと戻っていった。
茶色く染めた巻き髪にきちんと化粧を施し、自慢のネイルを光らせる、毎日が充実していることを体現しているような彼女たち。やはり苦手な人種だ。
坂口はそっとSNSを開く。こういうものをやるのは静佳のような日々が充実している人間の特権だと思っていたので、まさか自分が始めるとは思わなかった。
でも晴彦の情報を募るには、こんなういう方法くらいしか思いつかなかった。警察は頼りにならないし、自分が晴彦のためにできることはこれくらいだ。
『友人の宇(う)佐(さ)美(み)晴彦を探しています。七月二十二日の夜から行方不明になりました。身長百七十二センチ、普通体型。茶髪。行方不明当時の服装、黒いロックTシャツにジーンズ』
――固定したポストには二百を超える数のリポストがあるが、未だ有力な手がかりは掴めていない。心配してます、早く見つかるといいですね、といったやさしいコメントたちに返信しながら、むなしさを抑えられなかった。
――やさしくされるより、一刻でも早く晴彦を見つけたい。
前期のテストが終わり、夏休みを迎えた大学構内はいつもよりも人が少ない。大学に来ている人はゼミやサークル活動、研究などの用事を抱えているのだろう。
坂口純が通う湘南大学は文系から理系まで、九つの学部を抱える私立のマンモス大学だ。
偏差値は学部ごとに異なり、文系だと簡単に入れるが、坂口が籍を置いている理工学部は偏差値が高く、留年率も高い。
大学でいちばん大きく、評判のいいカフェテリアに入ると、隅のテーブル席を陣取る小(お)山(さ)内(ない)静佳たちがいた。
規模の大きい大学だと他学部の人間の顔まで知っていることはあまりないが、静佳は読者モデルをやっている学内の有名人だ。
身長こそそこまで高くはないものの、大きなアーモンド形の目やふっくらと肉感的な唇が目を引く美人である。
服のセンスもよく、女子大生には不相応なブランドものをさりげなく身に着けている。
坂口が苦手とする、いわゆる「陽キャ」のボスのような存在だった。
「小山内さん、ちょっと」
手招きすると、静佳がはっと顔を上げ、立ち上がる。
ちょっとごめんね、と友人たちに手を振り、少し離れたテーブルに坂口と座る。静佳のほうから香水の甘い香りがしてきて、やや気後れした。
「晴(はる)彦(ひこ)くんのことだよね?」
「うん。まだ見つかってない」
静佳は神妙な顔をして語りだした。
「あたしも何度も連絡してるんだけどね、ぜんぜん既読にならない。電話してもつながらないんだよ、電源が入ってないのなんだのって。いったいどこ行っちゃったんだろうね」
「僕もわからない」
静佳は苦手だが、晴彦と交流があったなら何か知ってるかもしれないと思い、声をかけた。でも空振りだったようだ。
「坂口のところにも連絡来てないの?」
「うん」
「警察は捜してくれてるのかな」
「自発的な失踪のセンが強いって判断されたみたい。成人してるし事件に巻き込まれたとも思われてないから、積極的には捜してないようで。ハルの親にも会ったんだけど、逆に何か知らないのかって聞かれるばかり。知らないから聞いてるのに」
「そっかあ」
静佳の口ぶりは本当に心配していそうで、この女も決して悪いやつじゃないのだろう、と坂口は思う。自分が一方的に苦手としているだけであって、静佳は坂口のような陰キャにも他の友だちと同じように接してくれる。
「何かわかったことがあったら教えて」
「うん、すぐ連絡する」
そう言って立ち上がると、静佳はすぐに友だちの輪へと戻っていった。
茶色く染めた巻き髪にきちんと化粧を施し、自慢のネイルを光らせる、毎日が充実していることを体現しているような彼女たち。やはり苦手な人種だ。
坂口はそっとSNSを開く。こういうものをやるのは静佳のような日々が充実している人間の特権だと思っていたので、まさか自分が始めるとは思わなかった。
でも晴彦の情報を募るには、こんなういう方法くらいしか思いつかなかった。警察は頼りにならないし、自分が晴彦のためにできることはこれくらいだ。
『友人の宇(う)佐(さ)美(み)晴彦を探しています。七月二十二日の夜から行方不明になりました。身長百七十二センチ、普通体型。茶髪。行方不明当時の服装、黒いロックTシャツにジーンズ』
――固定したポストには二百を超える数のリポストがあるが、未だ有力な手がかりは掴めていない。心配してます、早く見つかるといいですね、といったやさしいコメントたちに返信しながら、むなしさを抑えられなかった。
――やさしくされるより、一刻でも早く晴彦を見つけたい。



