とっしーのゆるゆるブログ
心霊ホテルで彼女と過ごした一夜

十五年くらい前、当時の彼女と泊まったラブホでマジで怖い思いをしたことがある。

そのホテルは今は廃墟になってる。周りにたくさん建っていたラブホも経営不振なのか、今はそろって廃墟。当時はヘブンって名前がついてたけど、今は地獄館って呼ばれてて、地元では有名な心霊スポットになってるらしい。

当時、俺は社会人二年目。高校卒業してすぐ勤めてたからまだハタチだった。彼女は専門学校生だった。友だちの紹介で知り合って、付き合ってまだ二か月ぐらいだったと思う。
ヘブンに泊まったのは海に行った帰りだった。俺と彼女は当時江戸川に住んでたから、海に行って帰りが遅くなると、江戸川まで運転するのがダルくて。それに二か月なんてまだ付き合いたて、一分でも長く一緒にいたい時期。泊まっていこうか?て言うと、彼女もふたつ返事でうなずいた。

ヘブンは普通のラブホだった。今でこそ、廃墟化したここを画像検索するとおっかない写真がたくさん出てくるけど、まだ営業してた頃のヘブンは当時でも古臭い、昭和な雰囲気を漂わせていたものの、どこにでもある小ぎれいなラブホだった。俺と彼女が泊まったのは四〇四号室。ネットだと、入ると呪われるって噂されてる部屋だ。

先に彼女がシャワーを浴びてたんだけどそのうち水音が止まり、風呂場から彼女が俺を呼ぶ。行ってみると、お湯の出が悪いと言う彼女。たしかに、お湯の出が悪くて、蛇口を全開にしてもちょろちょろ出てくるだけ。フロントに電話するか、部屋を変えてもらうかって話をしてたら、ぶごおおお、とすごい音が蛇口から響いてきて、やがて血みたいに真っ赤な水が出てきた。

大量の髪の毛と一緒に。

それだけで彼女はパニックになった。俺も蛇口の具合が悪かっただけ、髪の毛が詰まってただけだって彼女に言いながら自分を納得させようとしたけど、排水溝に髪の毛が詰まるならともかく、蛇口のほうに髪の毛がいっぱい詰まってるっておかしくないか?
とにかく彼女はすっかり怯えてて、帰りたい帰りたいって嘆くけど、もう十一時を過ぎていた。ホテルに行く前にファミレスでのんびり食ってたらこんな時間になってしまった。俺も遠出で疲れてたし、だいいち今ここを出ても宿泊料金は戻ってこないだろうから、今夜だけ我慢していよう、ってことで彼女を納得させた。彼女はしぶしぶ折れてくれた。

当然俺はシャワーを浴びる気力もなく、せっかくラブホに来たのにいちゃいちゃする気にもなれず、俺たちは少し距離を空けてベッドに潜り込んだ。電気を消して頭まで布団を被って寝ようとしたら、そのうち部屋の隅で何かが動く音がした。最初はゴキブリかと思ったけど、なんか違う。ごそっ、ごそごそって、もっと大きなものが動いている気配。彼女は隣で寝てるから、俺たち以外の誰かがいるはずもない。布団から頭を出して音のほうを確認するともちろんそこには何もいなくて、音もやんだ。気のせいかなって思って寝ようとしたけど、しばらくしたらまた音がしだす。今度は彼女も気づいたらしくて、不安そうな目で俺を見ていた。俺はベッドを抜け出し、音の方向へ歩いていった。やっぱり何もない、と戻ろうとすると。

後ろに女が立っていた。
腹に突き刺さった包丁の黒い柄が見えた。

きゃあああ、と叫び声を上げたのは彼女のほうだった。彼女にもそいつが見えていたらしい。でもそれは一瞬のことで、電気をつけるともうそいつはいなくなっていた。さすがの俺も今度はパニックになって、俺たちは急いで身支度を済まし、逃げるようにホテルを飛び出して帰路についた。運転しながらも、さっきの女がついてきてるんじゃないかと気が気じゃなかった。

その後、彼女とは連絡がつかなくなり、自然消滅みたいな感じでフラれた。でもあの夜の怖い記憶と彼女の存在がセットになって、フラれたことになんかホッとしてしまっていた。彼女のせいじゃないって頭ではわかるけど、身体が拒否するんだ。あの時の恐怖を全身が覚えている気がして。

それからしばらくして、携帯の中に見覚えのない画像が入っているのに気づいた。あのラブホの部屋を映した画像で、隅のほうにあきらかに彼女じゃない、黒っぽい人影が見える。気味が悪くてすぐ消したんだけど、その画像は消しても消しても、なぜかまたあるんだ。俺の携帯の画像フォルダに意地でも居座り続けるように。

あれから何度か携帯を機種変して、途中からスマホになっても、画像はまた現れる。気づいたら消すようにしてるんだけど、まったく意味がない。ある日、見覚えのないアドレスからメールが届いた。件名はなし。本文はひとこと、

消すな

背筋に氷を押しあてられたような気がした。そのメールはさすがに消せなくて、今も俺の受信フォルダに居座ってる。