「悪霊というのは、どうして生まれるのでしょうか」
「簡単に言えば、生前の行い、ですかね」
「生前の行い」

 思わず繰り返してしまう。

「霊ももとは人間です。人間にも善行を積む善い人間もいれば、人を陥れることや蹴落とすことばかり考えている人もいますよね。
善い生き方をしていた人間は、たとえこの世に未練を残す形で世を去ってしまっても、悪霊化しにくいのです。魂がきれいですから。
しかしいつも不平不満ばかり持っているような人間は、死んでからも魂が浄化されるまでどうしても時間がかかってしまいます。
特に事件や事故など、死に方が悪い場合は悪霊化しやすいです」

「なるほど」


 霊という不確かな世界の話ではあるが、納得のいく答えではあった。
要は、毬恵は霊だからといってひと括りにして、恐れすぎるなと言いたいのかもしれない。

 毬恵の事務所を出たところで、坂口の斜め上から将人が言った。

「そこのコンビニ寄ってかないか。アイス食いたい」
「僕もちょうど食べたかったところ」
「奢ってやるよ」
「いいの?」
「安いのにしろよな」

 いちばん安かったソーダ味のアイスを奢ってもらい、口をつける。
照り付ける日差しの強烈さと、アイスの冷たさのギャップが心地よい。
将人の整った横顔を見つめながら、坂口はこのところずっと心に溜まっていた澱(おり)を吐き出すように言った。


「ねえ、将人」
「ん?」
「アイスを奢るほど、自分の行動が後ろめたいの?」

 一瞬、間があった。将人は頬をひきつらせた後、わざとらしい笑みを浮かべる。

「なんのことだよ」


「ハルを地獄館に誘ったのは、将人でしょ」


 将人は答えなかった。コンビニの駐車場から、麦わら帽子をかぶった中年男性が、自転車で出ていく。


「幽霊とかオカルトとか、そういうのを信じない将人が地獄館のことはすんなり受け入れてた。
地獄館で彼氏が行方不明になったっていうyumiyumiとコンタクトを取るくらい、地獄館の怪異について熱心に調べていた。

将人らしくないな、と思って。
それにハルが地獄館に行くのもハルらしくない。ハル、怖がりだからさ。

ハルは僕が薦めたアニメはぜんぶ見てくれたけど、ホラーだけは怖いの苦手だからって見ようとしなかった。
そんな怖がりなハルが、自分から地獄館に行くなんて思えない。
そしてそんなハルのいちばん身近にいた人間は、将人なんだよ。
将人は幽霊を信じないから、心霊スポットなんてノリで行きそうだよね」


 将人は黙っている。昼過ぎのいちばん高い位置にある太陽が容赦なくアイスを溶かしていき、溶けた青い液体が坂口の指を気持ち悪く伝って落ちる。

「別に、俺はあいつを無理やり地獄館に引っ張っていったわけじゃねえよ」

 親に叱られた子どもが必死で言い訳するような声が返ってきた。


「俺とハルと、あとふたりと四人でダベってて。地獄館ってのあるから行ってみようぜって盛り上がったんだ。
ハルは嫌がってたけど、三対一で行かざるをえない状況になった。本当に嫌なら断ればよかっただろ。俺の責任じゃない」

「別に全責任が将人にあるなんて思ってないよ。ただ、ハルに悪いことをしたって自覚はあるんだよね? 
現にこうして、ハルは行方不明になってるわけだし」


 将人を責める気持ちを坂口は抑えられない。
将人が地獄館に行こうと言わなければ、こんなことにはなっていなかっただろう。
そしたら晴彦は今も、坂口の隣でのんびりとアニメを見て、いつもと変わらぬ日常を過ごしていたはずだ。

 坂口はアイスを持っていないほうの手を握る。伸びた爪が手のひらに食い込む。

「悪かった」

 将人は長い沈黙の後、それだけ言った。

 帰路につくふたりの間に、会話はなかった。