湘南大学のあるH市から車で一時間、県境の町に坂口は将人の運転する車で向かった。

 市内に入り、事務所が近づいたところで歩道を歩く小学生たちの姿が目につく。
彼らはプールのバッグを提げ、楽しそうに声をはじけさせていた。
暑さと湿気にうんざりする季節だが、夏休みは子どもたちにとってはいちばん楽しい時である。

 駅から車で五分ほどの場所にあるマンション、四階の端の小さな事務所が指定された場所だった。
看板などはなく、表札に「秋(あき)蜂(はち)巣(す)」とだけある。事務所兼自宅なのだろう。

 チャイムを押すと二十代後半くらいの女性が現れた。

「お待ちしておりました、坂口様と権田様ですね。こちらへどうぞ」

 中に通され、テーブルを挟んで女性と向かい合う。部屋には大きな本棚があり、ラインナップを見ると霊やスピリチュアルについて書かれたものが多いが、小説もある。
同じ著者名、タイトルの本が複数あって坂口は首を傾げた。
天国、という文字がちらりと見えたが、この小説も勉強のために読んでいるということなのだろうか。
でも、同じタイトルのものを複数用意しておく意味がわからない。

女性は名刺を差し出した。肩書きのところにしっかりと「霊媒師」とある。


「秋蜂巣毬(まり)恵(え)と申します。お悩みに応じて、除霊やお祓いなどをやらせていただいています」


 毬恵の第一印象は人形のような女性だな、ということだった。
それくらい表情がなく、声のトーンも平らで無機質で、感情がこもらないのだ。
ゴシックロリータ風の裾がひらりとなった黒いブラウスやドレープの入った黒いスカート、肩の高さで切りそろえられた真っ黒いボブカットも人形っぽさを助長させている。
黒一色の見た目の中、パワーストーンというのだろうか、胸の真ん中で光っている緑の石だけが、唯一の彩りだった。


「この度はあまたの霊媒師の中から、私を選んでいただきありがとうございます」

 高級菓子店のホームページの宣伝文句のようなことが、霊媒師の口から出てくるのを坂口は意外に感じた。霊媒師という特殊な職業の人間は、もっと高圧的な態度を取ってくるのではないかという勝手な偏見があったからだ。


「調べてみたら、ここがいちばん口コミがよかったので」

 将人が言う。今どきは霊媒師にも口コミがつき、毬恵の元を訪れた人間は霊障に悩まされていたが除霊をしてもらったら解決したとか、悪いことが続いていたがぴたりと止まったとか、いいことばかりを書いていた。
毬恵は誰に対しても低姿勢なのだろう、人柄についての評判もいい。
ちなみに料金は将人とふたりで、半分ずつ払うことにした。それも他の霊媒師の半額以下だった。

「ご友人が行方不明になったとお伺いしておりますが、改めて状況を詳しくお聞かせ願えませんか」

 主に将人が話し、そこに時折坂口が言葉を添える形で、これまでの経緯を説明した。
地獄館をふたりで訪れたこと、そこを訪れた高校生たちが行方不明になっていることも話す。
戸倉のことは、必要ないと判断して言わなかった。
毬恵はやはり人形のような内心の伺えない顔でふたりの話を聞いた後、やがて自分なりの見解を話しだした。


「問題になっている地獄館は過去に事件が起こったそうですが、たとえ何も起こっていない場所でも、心霊スポットと言われる場所には悪い気が溜まっていることが多いです。

そういった場所に行くと、霊感がなくても、繊細な方や気に敏感な方は体調を崩してしまったり、心に不調を抱える原因になる場合があります。

心がおかしくなってしまった結果、自ら行方をくらますこともあるでしょう」


「ハルは生きているんでしょうか」


 切実な思いで坂口は聞く。


「そこまでは私にはわかりません。しかし今の段階で希望を捨てることはないでしょう。とにかくまずは日を改めてその地獄館に行き、除霊を行います。私の見立てでは、地獄館には複数の霊が関わっている可能性が高いです」

「複数の霊、ですか」


 たしかにKパパのブログにも、登場する霊は複数いた。
首を吊った女の霊、腹に包丁が刺さった女の霊、赤ん坊の霊、男の霊。


「つまり、悪霊ということですか」

 将人が聞くと、毬恵は小さく首を振る。


「そう決めつけるのは早計です。一般の方は心霊スポットにいる霊というと悪霊を思い浮かべますが、霊にもさまざまな種類があります。守護霊、浮遊霊、地縛霊など。
しかし種類といっても、その境目は非常に曖昧です。

やさしい気持ちで誰かを見守っていた守護霊が何かのきっかけで悪霊になることもあるし、悪霊と言われる霊だからといって必ずしも人に危害を加えるわけでもないのです」

 ホラー映画に出てくるような単純な話ではないのだろう。坂口は疑問をぶつけてみることにした。