えーとこれ、録音してるんですよね? やばい緊張する。あ、もう始めていいんですか? うーん何から話そう。
あ、まずは自己紹介から? ええと、近本優美奈、高二、十六歳です。県立虹ヶ丘に通ってます。
あっ今笑ったでしょ、虹ヶ丘ってところで。いや誤魔化さなくていいですよ、実際、有名な底辺校だし。
しょうがないじゃないですか、あたしものすごい馬鹿だし、虹ヶ丘行くか、通信制か定時制かってなって、三年で卒業できる虹ヶ丘選んだだけなんで。
まあ底辺校だけど、いい高校ですよ。みんな、この高校に入った時点で人生オワタってよくわかってるから。
底辺は底辺なりに、楽しくやってます。先生も規則でがんじがらめにしないし、とりあえず卒業だけしてくれればいいってスタンスで、自由でいいですよ。
まああたしみたいなギャルと不良、あとはオタクしかいないんですけどね。
で、えーと、彼氏のことが知りたいんですよね? 彼氏の名前は溝(みぞ)井(い)涼介、一年の終わりから付き合ってます。
二年になってクラス別れたけど、今でもラブラブっすよ。休み時間は必ずどっちかのクラス行っておしゃべりするし、放課後もいっつも会ってるし。
今まで付き合った彼氏のなかでも、いちばん長く続いてますね。
んで、あの日は涼介に誘われて、放課後に地獄館行ったんですよ。地獄館、知ってますよね。 うちの地元じゃ有名な心霊スポットのホテル 。
ヘブンって書いてあるから、昔はそんな名前だっん じゃないかな。風俗嬢が首吊り自殺したっていう四〇四号室がやばくて、入ると呪われるって噂の。隣の部屋から赤ん坊の声まで聞こえてくるんだって。そんなの嘘じゃん、って思ってたんですけどね。
あたし幽霊とかそういうのあんま信じないんですけど、でもさすがに進んで行きたい場所じゃないですよ。信じないとか言いながら、怖いもんは怖いもん。でも涼介は「心霊写真とか撮れそうじゃん」ってノリノリ。ま、彼女にいいとこ見せたいってやつじゃないですか?
地獄館の前はすっごい急な坂道だから、ふたりでえっちらおっちら自転車漕いで、汗だくになりました。庭も駐車場も背の高い草だらけ。セイタカアワダチソウっていうんですか?
秋になると濃い黄色の花がわさわさ咲いて、秋の花粉症とかいってみんなを悩ませるやつ。あれがいっぱいあって、草をかき分けて入り口まで行くのが大変でした。
中は、おっかなかったですよ。錆(さび)とカビのにおいがめっちゃしたし、日がぜんぜん入ってこないから真っ暗で。でも涼介はノリノリで、スマホのライトで足元照らしながら探索してました。目的の心霊写真も撮った。いやもちろん何も写ってないんだけど。霊感ある人とか見たら、何か写ってるかもしんないねってしゃべりながら、非常階段を使って四階へ行きました。
さすがに怖くて四〇四号室には入りたくなかったんだけど、ここまで来たんだから入ろうぜって涼介に言われて、仕方なく入りました。
中は普通のラブホでしたよ。いかにも年季が入った感じの。
壁紙は剥がれてて、窓ガラスが割れてた。お風呂場は錆だらけだったし、でかいベッドは埃(ほこり)かぶってました。
で、ベッドに並んで座って、涼介が抱き寄せてきた。え、嫌じゃなかったのかって? そりゃ嫌ですよ、こんな埃まみれのベッドの上でするの。
でもしょうがないじゃないですか、あたしたち高校生だし。ラブホだと受付の人に止められるし、家でしようにも涼介の母親は専業主婦だし、うちは小学生の弟いるから無理で。
この前カラオケで事に及ぼうとしたら店員さん入ってきて睨まれたし。
だから仕方なく誰もいない公園とかでしてたんだけど、それじゃ落ち着かないし、高校生男子の性欲考えたら嫌とも言えないし、だいたい付き合ってるのにそんなこと言えないじゃないですか。だからキスされて、されるがままにしてました。
埃臭いベッドの上に押し倒されて、あー髪の毛ぜったいやばいことになる、なんて思いながら天井を見つめてると、何かの影が横切ったんですね。
気のせい?て思おうとしたけど、場所が場所だから、怖くって。そのうち、発情した猫みたいな声が聞こえてきました。うあう、うあうって。
えっこれ噂に聞いてた赤ん坊の声?ってさっと身体を起こしたら、涼介、俺にはなんにも聞こえてねえよ、続きしようぜってまた押し倒された。もう、ほんっと男って能天気ですよね。
それから数分経って、今度はガタッて物音がしてふたりとも固まった。今度は涼介にも聞こえてたみたいで、怯えた目でこっちを見てた。
あわてて起き上がったら今度は足音がしたんですよ。廊下のほうから、こっちに向かってくる足音。ちょっとすり足気味で、ずるっ、ずるって。
さすがにやばいと思って部屋を出ると、黒い影がゆっくり廊下の奥へ消えていって。
ぎゃーですよ、ぎゃー。ふたりもつれあうようにして非常階段を下りて、必死で自転車漕いで帰りました。
その日からです。涼介が行方不明になったのは。
学校にも来ないし家にも帰ってないみたいだし、涼介の親や友だちからもどうしたのか、何か変わったことはなかったかって聞かれるんですけど、あたしが知るわけないじゃないですか。
変わったことといえば地獄館に行ったことだけど、それでほんとに呪われたなんて思いたくない。
あたし信じてるんです、涼介はぜったいどこかで生きてる、生きて帰ってきて、へらへらしながらキスしてきて、そん時あたしはどんだけ心配させたのよってぶん殴ってやるつもりなんです。
……そういえば、地獄館に行ったあの日の夜、涼介とラインしましたね。最初は普通の文面だったのに、途中からどんどんおかしくなっていって。今でも見るとぞっとします。
ふざけてるのかな、ってやり取りしながら思ってたけど、その後行方不明になっちゃったから、やっぱちょっと怖くて。あっそのライン見たいですか? いいですよ。今スクショ送りますね。
ほんとあいつ、どこで何やってんですかね。あたしね、涼介のこと本気で好きだったんですよ。ずーっと一緒にいたいって思える人、今までいなかった。馬鹿だしスケベだけど、いい彼氏でした。
もう会えないかもしれないなんて、ぜったい思いたくないです。



