「いや〜、平和だねぇ」
まだ日が高くなる前、すでに今日の分の仕事を終えた俺は、自室でゆっくりと背伸びをした。
俺の名はハヤテ。
元々は忍を目指していたが、一年ほど前に訳あって抜け忍となり、今はここ奈川城で使用人として働き始めた。
この間、世の中は、急激な変化を迎えた。
侍同士が覇権を争う戦乱の世は終わり、「天下人」と称する男が、この国で一番偉い身分に上り詰めた。
そして平和な世の中になった今、この山城は、いくさに使われることもなくさびれる一方。
もっともそのおかげで、使用人はである俺は特に危険な仕事をすることもなく、日々の雑用をこなしていけば、食うに困らない程度の生活はできた。
退屈ではあるが平穏な日々。
俺はそんな生活を、結構気に入っている。
死に怯え、飢えに苦しみ、侍たちに踏み躙られて生きていた戦乱の時代よりも、はるかにマシ。
そんな平穏を噛み締めながら、昼寝をしようとムシロの上に横になった時。
窓の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おいハヤテ、暇か?」
声のした方を見ると、窓枠に腰掛けたメジロがニコニコしながら俺を見ていた。
癖っ毛の短い髪。悪戯っぽい笑みを浮かべる猫のような大きな目。
一○代前半の少女のような小柄な体だが、実際は俺より七歳年上の二三歳の女性だ。
昔からの腐れ縁で、生まれ故郷に居場所がなくなった俺に、ここでの働き口を紹介してくれた。
そして、見た目からは想像できないが、凄腕の忍でもある。
「暇じゃないですよ」
昼寝を邪魔され不機嫌になった俺は、そっけなく返事をする。
すると彼女は、大きな目を少し細めて俺を睨みつける。
「久しぶりに会いにきた僕に、その態度は冷たくないか?」
と、拗ねて見せた。
実際に彼女に会うのは二月ぶりぐらいか。
俺たちは同時にこの城で働き始めたのだが、優秀な忍である彼女は城主に気に入られ、今では身辺警護を任されるまで出世している。
一方の俺は与えられた仕事はきちんとこなすものの、安賃金以上に仕事をする気もなく、今も変わらぬ下っぱの使用人。
この一年で、随分と差がついたものである。
とはいえメジロは出世しても、暇ができるとこうして俺に会いにきてくれる。
この城で働くことを誘った手前、俺が問題起こさないか心配なのか。
それとも俺の兄との約束を守り、彼女なりに俺のことを気にかけてくれているのか。
メジロのその気持ちはありがたかった。
だが俺は彼女に対して、いくつか不満を持っていた。
まず一つは、なぜ昼寝をしようとする時に限って訪ねてくるのか?
そしてもう一つは……。
「なんで入り口からでなく、窓から入ってくるんですか?」
窓枠に腰掛けるメジロに、呆れた口調で聞いてみた。
***
俺の部屋は、奈川城の正門の上に配置された見張り小屋だ。
戦時にはここに兵を配置し、攻め入る敵に矢をいる場所。
だが天下が統一され、いくさが終わったことで、ここは無用の長物となった。
そこで俺は、どさくさに紛れて、ここを自分の住処としていた。
そんな場所なので、二階にあるこの部屋に上がるには、普通は正門横の階段を使うのだが……
メジロは夕飯の魚を狙う猫のように、音もなく窓から入り込んでくる。
「いつも言ってますけど、そこから入ると危ないですよ」
「心配するな。僕は忍だ。忍たるもの、二階の窓から容易に忍び込めなくてどうする。これも日々の鍛錬」
いや、他人の部屋を鍛錬に使わないでほしいのだけど。
と、俺の質問をはぐらかすと、メジロはピョンと中に入ってきた。
物音一つ立てない着地は、さすがは凄腕の忍。
「また新しい玩具が増えたな」
彼女は部屋に入るなり、棚の玩具を物色し始めた。
まるで自分の部屋で、私物を漁るような自然な仕草。
「相変わらず、君は手先が器用だ」
メジロが言うように、ここの玩具は全部俺の手作りの品。
彼女は感心した口調で俺を褒めてはいるが、どうやら新しい玩具をねだりに来た様子だ。
このままメジロを放置しておくと、勝手にくすねていきかねないので、先に釘を刺しておく。
「この前来た時、一つあげましたよね?」
「二ヶ月も前の話だ」
「玩具の中には、危ないのもあるんで、勝手に触らないでくださいね」
「にゃー、僕を子供扱いするな」
俺の注意が気に入らなかったのか、メジロは頬を膨らませ、むくれてみせた。
そんな子供じみた仕草に、目の前の相手が凄腕の忍で、故郷では忍術の教官だったことを、一瞬忘れそうになる。
「じゃあ、玩具がダメなら、食い物をくれ」
「何が『じゃあ』なんですか。それに、俺に食い物をたからなくても、メジロさんの方がいいものを食べているでしょ?」
「おう、その通りだな。その点はこの城で働いてよかった。毎日、白い米が食える。里にいた時は、こんな贅沢ができるとは思ってなかった」
と、メジロは白米のことを嬉しそうに語り始めた。
この時代、白米は贅沢品だ。
城主の身辺警護を任されるメジロだから、食うことができる。
一方で俺のような下っ端は、今も雑穀中心の食生活。
(もっとも、いくら白米が食えるといっても、あの城主の傍では、働きたくないけどね)
と、俺は奈川城の女城主、鶴姫のことを思い浮かべた。
鶴姫のことは、この城で働き始めた頃、一度だけ遠目に見たことがる。
綺麗な女性ではあったが、冷たく能面のような顔、そして家臣への冷たい口調は侍の高邁さを感じさせ、俺は関わり合いを持ちたくないと思った。
「いやぁ、いくさが終わってよかったよ。田畑が荒らされなくなったし、兵糧もいらなくなった。だから僕でも、白米を食うことができる」
そして俺のことは無視して、ひたすら白い飯への愛を語るメジロ。
この空気の読めなさがあるからこそ、鶴姫の側でも働けるのだろう。
だが、そんな充実した生活を送っているのに、俺に玩具をたかりにくるのは、彼女なりに俺に会いにくる理由を作っているのだろうか。
<君が一人前になるまでは、僕が責任持って面倒を見る>
一年前、ここでの生活を始めた時の彼女の言葉だ。
里を抜けた俺が新しい環境で悩み、傷つかないように、あの時の言葉を実行してくれているのかも。
そのおかげか、俺も過去の心の傷は少しずつ癒え、こうやって平和な日々を送ることができている。
そんな平和な日々を得るきっかけをくれた、メジロには心から感謝している。
「良かったですね、メジロさん。いい暮らしができて」
「君も僕みたいに忍として働けば、白い米を食う良い暮らしができるぞ」
と、メジロは時折、僕に忍になることを誘ってくる。
「嫌ですよ、忍なんか」
「そうか、君は素質があったんだけどなぁ」
俺が忍を目指し、メジロの下で訓練していたのは、過去のことだ。
素質を惜しんでくれるのはありがたいが、もう忍になるつもりはない。
「俺は兄さんみたいな生き方は、したくないですから」
その言葉を聞いて、いたずらっぽい子供の表情が、急にしょげた表情になる。
あ、しまった!
「ごめんな、ハヤテ。僕のせいで……」
俺はメジロの悲しそうな表情を見て、自分の無神経さを後悔した。
兄は優秀な忍だった。
しかし優秀ゆえに、村の長老たちにこき使われ続け、結局は任務中に死亡した。
その時、最後まで一緒に戦ったメジロは、今でも兄の死に責任を感じ続けている。
もちろん俺も、彼女に責任がないことは理解している。
全ては忍の生き方のせい。
命令されるまま、命をかけて戦う道具。
悪いが俺はそんな生き方をしたくない。
だから俺は忍になることを辞め、過去に一区切りをつけ、ここで使用人として働いている。
だけどメジロの自責の念は、彼女が忍として生き続ける限り、なくなることはないのだろう。
「ごめん、メジロさん……」
俺が謝った瞬間、顔を伏せていたメジロがニコッと笑って見せた。
「大丈夫、僕だって忍だ。親友の死は、もう乗り越えている」
もちろん彼女があえて強がっているのは、わかっている。
その大きな目が微かに赤くなっているのを見れば、一目瞭然だ。
俺とメジロは、大切な人を失ったのをきっかけに、同じ場所にいながら、お互いに違う生き方を選んだ。
忍を捨て平穏に生きる道と、忍として豊かに生きる道。
進む方向は違うけど、それぞれの人生で幸せを見つけることが、残された人間ができる死者への供養だと、俺もメジロも思っている。
***
「お、なんか下が騒がしいな」
しんみりした空気を振り払った時、部屋の下の方が何やら騒がしくなった。
部屋の下は奈川城の正門。
そこで門番の爺さんが、でかい声で叫んでいた。
「にゃ? 物乞いが来たみたいだな」
どうやら、城にやって来た物乞いを、門番が追い返そうとしているのか。
「そうですね」
「助けに行かんのか?」
「どっちの?」
「もちろん、門番」
「それは俺の仕事じゃないですから。メジロさんが行けば? 城の警備も忍の仕事でしょ?」
「僕は玩具の物色に忙しい」
言いながら、メジロは棚の玩具を物色している。
どうやら何か気になる玩具があるようだ。
いくさが終わって平穏が戻りはしたが、戦火の跡は未だあちこちに残っている。
家や田畑を焼かれ、家族が亡くなり、生活の手段を持たぬ者は、そのまま物乞いになることも多い。
もちろん、そんな人たちに同情はする。
だからと言って物乞いに来た人間に、いちいち施しをおこなっていたら、この貧乏城の米倉はあっという間に空になるだろう。
門番もそれを分かっているので、老婆の声を打ち消すように、大声で追い返そうとしている。
可哀想だが、この時代に物乞いに恵んでやるお人好しなど、そうそういない……のだが。
「おいハヤテ。この凧を見せてくれ……」
「しっ、黙って」
俺の耳にかすかに聞こえた声。
どうやら、お人好しがいたようだ……。
「ごめんメジロさん、仕事ができた」
門番とも、物乞いの婆さんとも違う弱々しい声。
それがメジロにも聞こえたのだろう。
「はいはい、いつもの個人的なお仕事な」
彼女は俺の唐突な行動を納得し、呆れたような口調で見送ってくれる。
「あ、それと棚のもの、勝手に触らないでくださいね」
念のため彼女に注意すると、俺は窓枠に飛び乗った。
「にゃー」
またしても子供扱いされて不貞腐れるメジロ。
だが、今は彼女に構っている時間はない。
俺は窓から、躊躇せず飛び降りる。
急ぐとなると無謀な行動をするのは、知らぬ間にメジロに影響を受けていたせいか。
窓から飛んだ俺は、獲物を狙う隼のように地面に降下した。
まだ日が高くなる前、すでに今日の分の仕事を終えた俺は、自室でゆっくりと背伸びをした。
俺の名はハヤテ。
元々は忍を目指していたが、一年ほど前に訳あって抜け忍となり、今はここ奈川城で使用人として働き始めた。
この間、世の中は、急激な変化を迎えた。
侍同士が覇権を争う戦乱の世は終わり、「天下人」と称する男が、この国で一番偉い身分に上り詰めた。
そして平和な世の中になった今、この山城は、いくさに使われることもなくさびれる一方。
もっともそのおかげで、使用人はである俺は特に危険な仕事をすることもなく、日々の雑用をこなしていけば、食うに困らない程度の生活はできた。
退屈ではあるが平穏な日々。
俺はそんな生活を、結構気に入っている。
死に怯え、飢えに苦しみ、侍たちに踏み躙られて生きていた戦乱の時代よりも、はるかにマシ。
そんな平穏を噛み締めながら、昼寝をしようとムシロの上に横になった時。
窓の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おいハヤテ、暇か?」
声のした方を見ると、窓枠に腰掛けたメジロがニコニコしながら俺を見ていた。
癖っ毛の短い髪。悪戯っぽい笑みを浮かべる猫のような大きな目。
一○代前半の少女のような小柄な体だが、実際は俺より七歳年上の二三歳の女性だ。
昔からの腐れ縁で、生まれ故郷に居場所がなくなった俺に、ここでの働き口を紹介してくれた。
そして、見た目からは想像できないが、凄腕の忍でもある。
「暇じゃないですよ」
昼寝を邪魔され不機嫌になった俺は、そっけなく返事をする。
すると彼女は、大きな目を少し細めて俺を睨みつける。
「久しぶりに会いにきた僕に、その態度は冷たくないか?」
と、拗ねて見せた。
実際に彼女に会うのは二月ぶりぐらいか。
俺たちは同時にこの城で働き始めたのだが、優秀な忍である彼女は城主に気に入られ、今では身辺警護を任されるまで出世している。
一方の俺は与えられた仕事はきちんとこなすものの、安賃金以上に仕事をする気もなく、今も変わらぬ下っぱの使用人。
この一年で、随分と差がついたものである。
とはいえメジロは出世しても、暇ができるとこうして俺に会いにきてくれる。
この城で働くことを誘った手前、俺が問題起こさないか心配なのか。
それとも俺の兄との約束を守り、彼女なりに俺のことを気にかけてくれているのか。
メジロのその気持ちはありがたかった。
だが俺は彼女に対して、いくつか不満を持っていた。
まず一つは、なぜ昼寝をしようとする時に限って訪ねてくるのか?
そしてもう一つは……。
「なんで入り口からでなく、窓から入ってくるんですか?」
窓枠に腰掛けるメジロに、呆れた口調で聞いてみた。
***
俺の部屋は、奈川城の正門の上に配置された見張り小屋だ。
戦時にはここに兵を配置し、攻め入る敵に矢をいる場所。
だが天下が統一され、いくさが終わったことで、ここは無用の長物となった。
そこで俺は、どさくさに紛れて、ここを自分の住処としていた。
そんな場所なので、二階にあるこの部屋に上がるには、普通は正門横の階段を使うのだが……
メジロは夕飯の魚を狙う猫のように、音もなく窓から入り込んでくる。
「いつも言ってますけど、そこから入ると危ないですよ」
「心配するな。僕は忍だ。忍たるもの、二階の窓から容易に忍び込めなくてどうする。これも日々の鍛錬」
いや、他人の部屋を鍛錬に使わないでほしいのだけど。
と、俺の質問をはぐらかすと、メジロはピョンと中に入ってきた。
物音一つ立てない着地は、さすがは凄腕の忍。
「また新しい玩具が増えたな」
彼女は部屋に入るなり、棚の玩具を物色し始めた。
まるで自分の部屋で、私物を漁るような自然な仕草。
「相変わらず、君は手先が器用だ」
メジロが言うように、ここの玩具は全部俺の手作りの品。
彼女は感心した口調で俺を褒めてはいるが、どうやら新しい玩具をねだりに来た様子だ。
このままメジロを放置しておくと、勝手にくすねていきかねないので、先に釘を刺しておく。
「この前来た時、一つあげましたよね?」
「二ヶ月も前の話だ」
「玩具の中には、危ないのもあるんで、勝手に触らないでくださいね」
「にゃー、僕を子供扱いするな」
俺の注意が気に入らなかったのか、メジロは頬を膨らませ、むくれてみせた。
そんな子供じみた仕草に、目の前の相手が凄腕の忍で、故郷では忍術の教官だったことを、一瞬忘れそうになる。
「じゃあ、玩具がダメなら、食い物をくれ」
「何が『じゃあ』なんですか。それに、俺に食い物をたからなくても、メジロさんの方がいいものを食べているでしょ?」
「おう、その通りだな。その点はこの城で働いてよかった。毎日、白い米が食える。里にいた時は、こんな贅沢ができるとは思ってなかった」
と、メジロは白米のことを嬉しそうに語り始めた。
この時代、白米は贅沢品だ。
城主の身辺警護を任されるメジロだから、食うことができる。
一方で俺のような下っ端は、今も雑穀中心の食生活。
(もっとも、いくら白米が食えるといっても、あの城主の傍では、働きたくないけどね)
と、俺は奈川城の女城主、鶴姫のことを思い浮かべた。
鶴姫のことは、この城で働き始めた頃、一度だけ遠目に見たことがる。
綺麗な女性ではあったが、冷たく能面のような顔、そして家臣への冷たい口調は侍の高邁さを感じさせ、俺は関わり合いを持ちたくないと思った。
「いやぁ、いくさが終わってよかったよ。田畑が荒らされなくなったし、兵糧もいらなくなった。だから僕でも、白米を食うことができる」
そして俺のことは無視して、ひたすら白い飯への愛を語るメジロ。
この空気の読めなさがあるからこそ、鶴姫の側でも働けるのだろう。
だが、そんな充実した生活を送っているのに、俺に玩具をたかりにくるのは、彼女なりに俺に会いにくる理由を作っているのだろうか。
<君が一人前になるまでは、僕が責任持って面倒を見る>
一年前、ここでの生活を始めた時の彼女の言葉だ。
里を抜けた俺が新しい環境で悩み、傷つかないように、あの時の言葉を実行してくれているのかも。
そのおかげか、俺も過去の心の傷は少しずつ癒え、こうやって平和な日々を送ることができている。
そんな平和な日々を得るきっかけをくれた、メジロには心から感謝している。
「良かったですね、メジロさん。いい暮らしができて」
「君も僕みたいに忍として働けば、白い米を食う良い暮らしができるぞ」
と、メジロは時折、僕に忍になることを誘ってくる。
「嫌ですよ、忍なんか」
「そうか、君は素質があったんだけどなぁ」
俺が忍を目指し、メジロの下で訓練していたのは、過去のことだ。
素質を惜しんでくれるのはありがたいが、もう忍になるつもりはない。
「俺は兄さんみたいな生き方は、したくないですから」
その言葉を聞いて、いたずらっぽい子供の表情が、急にしょげた表情になる。
あ、しまった!
「ごめんな、ハヤテ。僕のせいで……」
俺はメジロの悲しそうな表情を見て、自分の無神経さを後悔した。
兄は優秀な忍だった。
しかし優秀ゆえに、村の長老たちにこき使われ続け、結局は任務中に死亡した。
その時、最後まで一緒に戦ったメジロは、今でも兄の死に責任を感じ続けている。
もちろん俺も、彼女に責任がないことは理解している。
全ては忍の生き方のせい。
命令されるまま、命をかけて戦う道具。
悪いが俺はそんな生き方をしたくない。
だから俺は忍になることを辞め、過去に一区切りをつけ、ここで使用人として働いている。
だけどメジロの自責の念は、彼女が忍として生き続ける限り、なくなることはないのだろう。
「ごめん、メジロさん……」
俺が謝った瞬間、顔を伏せていたメジロがニコッと笑って見せた。
「大丈夫、僕だって忍だ。親友の死は、もう乗り越えている」
もちろん彼女があえて強がっているのは、わかっている。
その大きな目が微かに赤くなっているのを見れば、一目瞭然だ。
俺とメジロは、大切な人を失ったのをきっかけに、同じ場所にいながら、お互いに違う生き方を選んだ。
忍を捨て平穏に生きる道と、忍として豊かに生きる道。
進む方向は違うけど、それぞれの人生で幸せを見つけることが、残された人間ができる死者への供養だと、俺もメジロも思っている。
***
「お、なんか下が騒がしいな」
しんみりした空気を振り払った時、部屋の下の方が何やら騒がしくなった。
部屋の下は奈川城の正門。
そこで門番の爺さんが、でかい声で叫んでいた。
「にゃ? 物乞いが来たみたいだな」
どうやら、城にやって来た物乞いを、門番が追い返そうとしているのか。
「そうですね」
「助けに行かんのか?」
「どっちの?」
「もちろん、門番」
「それは俺の仕事じゃないですから。メジロさんが行けば? 城の警備も忍の仕事でしょ?」
「僕は玩具の物色に忙しい」
言いながら、メジロは棚の玩具を物色している。
どうやら何か気になる玩具があるようだ。
いくさが終わって平穏が戻りはしたが、戦火の跡は未だあちこちに残っている。
家や田畑を焼かれ、家族が亡くなり、生活の手段を持たぬ者は、そのまま物乞いになることも多い。
もちろん、そんな人たちに同情はする。
だからと言って物乞いに来た人間に、いちいち施しをおこなっていたら、この貧乏城の米倉はあっという間に空になるだろう。
門番もそれを分かっているので、老婆の声を打ち消すように、大声で追い返そうとしている。
可哀想だが、この時代に物乞いに恵んでやるお人好しなど、そうそういない……のだが。
「おいハヤテ。この凧を見せてくれ……」
「しっ、黙って」
俺の耳にかすかに聞こえた声。
どうやら、お人好しがいたようだ……。
「ごめんメジロさん、仕事ができた」
門番とも、物乞いの婆さんとも違う弱々しい声。
それがメジロにも聞こえたのだろう。
「はいはい、いつもの個人的なお仕事な」
彼女は俺の唐突な行動を納得し、呆れたような口調で見送ってくれる。
「あ、それと棚のもの、勝手に触らないでくださいね」
念のため彼女に注意すると、俺は窓枠に飛び乗った。
「にゃー」
またしても子供扱いされて不貞腐れるメジロ。
だが、今は彼女に構っている時間はない。
俺は窓から、躊躇せず飛び降りる。
急ぐとなると無謀な行動をするのは、知らぬ間にメジロに影響を受けていたせいか。
窓から飛んだ俺は、獲物を狙う隼のように地面に降下した。


