翌朝。俺は一睡もしていない。母にはテスト勉強と嘘をつき、今日のオフ会参加者の作品をすべて読破した。

 というのも、最初は有名な作家さんだけを流し読みしておけばいいか、と考えていたが、山本から届いたリストを見ると、全員が書籍化作家だったのだ! 

 なんということだと、俺は真夜中に震えた。そんな書籍化作家ばかりのオフ会に俺が参加することになるとは。若干の恐縮を感じる、

 だがこれはチャンスと捉える。

 いずれ俺も通る道であり、しかもこの書籍化作家たちと仲良くなって俺の作品を宣伝してもらえれば、これは大きなアピールになる。

 そんなことを考えて、とりあえず全員の書籍化作品を読破したのであった。スマホで読んでいたので、そうとう目がつらい。

 俺は朝十時に家を出た。十四時の待ち合わせまでに、書店で参加作家たちの本を購入するつもりだった。

「実はファンで」と入り、チャンスあればサインを求めようと考えていた。まさか俺がファンだと知れば、そう冷たくされないだろうと考えたのだ。作家は誰しもサインを求められれば嬉しいはずだ。

 俺は書店を三件まわり、シリーズ作品はとりあえず一巻だけを購入。山本を除く六人の本を鞄に入れ、待ち合わせへ向かった。

 大丈夫、オフ会に関してシミュレーションはやってきた。

 一応、俺はこの中では一番の下っ端である。書籍化作家さんたちの話を聞いて勉強させてもらう、という控えめな態度で挑み、時折質問を挟んでいくスタイルに徹する。

 俺はできる子だ。学校ではぼっちで、まともな会話など母親としかしないが、それでもいざというときにはできるはずだ。

 これはチャンス。そう自分に言い聞かせ、手のひらの汗を握りしめ、山本が来るのを待つ。



 十三時五十分。山本が現れた。

 いよいよオフ会が始まるという緊張感がマックス。そして学校で一度も話したことがない山本に、震える右手を上げ、「おう」とあいさつする。

 山本は茶色のポロシャツにリュック姿。服装も暑苦しい奴だ。

「橋和馬、だよな? わりぃ、俺から誘っておいてなんだけど、今日無理になった」

 無理? 俺は二度まばたきをし、口を開けた。

 山本に急用ができて、参加できなくなったということか? 

 となると俺一人で書籍化作家のオフ会に行くということか?

 これはなかなかハードルが高い。しかし、これは何度も言うようにチャンスなのだ。虎穴にいらずんば何チャラである。

「そ、そうか。お、俺は大丈夫だから」

 俺はひきつった笑顔を披露する。俺に構わず、とそう言おうとしたとき。

「悪いな。今回のオフ会、書籍化したことがある作家だけの集まりらしいんだわ。俺も一応書籍化予定だろ? それで今回初めて誘われてさ。悪い、橋。今回はそういうことで」

 そう言うと、山本はくるりと背中を向け、俺を残して行ってしまった。

 奴の背中にはすでに汗のシミができており、その形がなにかに似ているなぁ、なんだったけなぁと考えているうちに眩暈がしてきて、もう理解不能で、俺は膝をつきそうになった。

――書籍化作家限定のオフ会、だと?

 俺は現実を見せられた。なろう作家とは、あくまで書籍化を目指している素人作家のことだ。やはりプロの書籍化作家とはきっちり区切られているのだ。

 俺のようなどこの馬の骨かも分からない木端なろう作家ははなから相手にもされないのだ。これが、現実。俺は省かれたのだ。

 壁を感じた。俺の自由の中にも、大きな壁があった。

 山本はこの壁を乗り越え、向こう側に行ってしまった。

 背中のリュックがやけに重かった。

 俺はしばらくその場で呆けたのち、近くのコンビニのゴミ箱にリュックの中身を投げ捨てた。さっき買ったばかりの六冊の本はくちゃくちゃにゴミ箱の闇へ消えていったが、俺の心が晴れることはなかった。