王路が無事に復活して、また2人での登下校が戻ってきた。
早朝に王路が迎えに来て、一緒に駅まで歩き、電車に乗る。学校に着いたら自主練をして授業を受ける。昼飯の時間は屋上階段で一緒に食べて、放課後はバスケのチーム練。そして、また一緒に帰る。もちろん、家まで送ってくれるのは王路。――今までと変わらないようで、確実に”彼女”扱いをされているのはどういうわけだ。嫌じゃないけど、どうしてオレが”彼女”ポジなんだ!? 背か? 背が低いからなのか!? ……納得いかねぇ。
そして今日は、コーチの都合で放課後の練習が休みになり、同じ男バスのメンバーが喜々として「遊びにいこーぜ!」と騒いでいるのを聞きながら、オレと王路は教室に居残っていた。
「なあ、王路」
「ん? なんだ?」
「休んでた間のノートくらい、家に帰ってから写せばいーじゃん。せっかく早く帰れるのに……」
文句を言いながら、自分がまたいで座っている椅子を、ガタガタと揺らした。「コケて怪我したら、退学になるかもしれねーぞ」と、王路に言われて、オレはスンと動きを止めた。
「……スポーツ推薦で入学したのに、部活サボったりしてばっかいたら、退学処分受けるって噂ほんまかな?」
「さーな。何年か前に退学勧告受けたやつが、それ無視してサボってたら退学になったって話、マジらしいけどな」
「ふーん。……怪我しないように気ぃーつけよ」
「おう。そうしろ」と言って、王路はノートの書き取りを再開する。
オレはその様子を眺めながら、で? と話しかけた。
「なんでオレまで居残りしなきゃなんねーの? ノートなら貸してやるのにさぁ」
ぶうぶう文句を言っていると、あのなぁ、と王路がノートから顔を上げて両目を細めた。
「あのなぁ、お前、ちょっとは黙ってられねーのか」
「だぁって、暇なんだもん」と、唇を尖らせる。
「……もん、とか言うな。かわいーから」
変なこと言い出す王路にも、最近は慣れてきた。いちいち気にしてたら、こいつと一緒にいられねー。……1日に1回は絶対に言うから、コイツ。
「で? で? なんでなんだよ?」
王路は、ハァとため息を吐いて、器用に喋りながら書き取りを続ける。――うわ。コイツ、マジですげえ。聖徳太子か! ……アレ? なんか違くね?
「……だってお前、俺が引き止めなかったら、男バスのメンバーと遊びに行ってただろ?」
オレは目をパチパチと瞬かせた。
「そんなん、当ったり前じゃーん! ぜってー楽しいの確定してんじゃん!」
「……そー言うと思ったわ。行かせなくて正解。俺、えら」
納得が行かなくて、「なんだよそれ!」と王路から自分のノートを奪い取った。
「あっ! おまっ、何すんだよ、姫川!」
「だってこのノートはオレのだもーん」
オレはベロベロバーをして、ノートを持ったまま教室内を走り回る。
「ノートが欲しかったら奪ってみろよっ」
ノートを持ってひらひらさせながらニシシと笑った。――やっと楽しくなってきたじゃーん!
「ほらほらこっちだよ〜」
オレは教卓の後ろに立って、腰をふりふり振った。何故が王路の動きが一瞬だけ止まったけど、自分の右頬をパン! と叩いて気合を入れていた。――お前。何やってんの?
とにかく、ノート奪還ゲームの開始だ!
オレは身体の小ささと細さを武器に(泣いていいかな?)、ちょこまかと逃げ回る。最初は真面目に追いかけてきていた王路だったが、流石にキレたのか、裸足になって机の上を移動し始めた。
「おいっ、おま……! ソレは卑怯じゃね!?」
「あ? 『机を伝っちゃいけません』なんてルール、あったか?」
「ねーけどぉ〜!」
状況は圧倒的にオレの方が不利になって、そろそろヤバイと思った瞬間――王路が後ろから抱きついてきた。
「つっかまえた〜、俺の勝ち〜」
ピュウ! と勝者の口笛を吹く王路に、オレはニヤリと笑った。
「まだ勝負はついてねー!」と、オレはインナー代わりに着ているTシャツの中にノートを隠し、腹を守るように身体を丸めた。
「ひ、姫川っ! お前、なんつーとこにノートを隠してっ」
動揺した王路に向かって、得意げにフンと鼻を鳴らす。
「取れるもんなら取ってみろよ?」
オレの挑発に、王路の目が据わった。――え? やべ。危ないスイッチ押しちゃった?
「やっべ……!」
オレはすぐに距離を取ろうとしたが、王路の長い腕に、簡単に捕まってしまった。後ろから抱きしめられたまま動けない。――コーレはヤバイ。助けて、◯ンパ◯マーン!
オレは自分の心臓がドキドキするのを感じながら、インナーの中からノートを取り出そうとして、その動きを王路に止められた。――え、なんで?
「ご……ごめんって、王路。今すぐにノート返すか、」
「俺が自分で取るからいい」
「へぇあっ!? ちょ、ソレどういう意――」
「味だよ」と言おうとした時には、何故がオレは机の上に押し倒されていた。――どんな早業?
お腹のノートを押さえていた両手を掴まれ、王路の大きな左手で両手をひとまとめにされてしまう。これはマジでヤバイ! そう思ったオレは、身体を揺らして、インナーに隠したノートを床に落とすことに成功した。
「ほっ、ほら! ノート! 床に落ちたから拾えって!」
でも王路は無視して、身動きが取れないように、オレの両足の間に身体を割り込ませてきた。そして王路の右手がインナーの中に入っていこうとする。オレはその様子を見ながら、何度もやめてくれと懇願したが、王路のやつは聞いちゃくれない。
「おっ、おうろ……ここ、がっこう……」
「知ってる」
「あ、あやまるからぁ……や、やめ、」
「やめねー」
王路は見たこともない男前な顔で、オレの服の中に手を入れて――
――ガラララッ!
教室の扉が開いて、一人の女子と目が合う。オレと女の子は、あ、と声を上げた。そして、
「……お、お邪魔しました〜!」
――ガラララッ! ピシャン!
「おっ、お邪魔しましたって、何が!? なんなのあの子!! なんで扉閉めてくの!?」
オレの脳は混乱状態に陥った。そして気がつくと、王路は何もなかったかのように床のノートを拾い、自分の席へ戻っていた。
「なっ、なっ、なんなんだよもーっ!!」
オレの叫びに応えてくれる者は、誰もいないのだった。
*****
――ある日の朝。電車内。
あの教室での出来事から2日経った。オレと王路の態度は以前と何も変わっていないのに、俺達を見る一部の女子たちの目が……なんというか、怖い。いや、ほんとに……怖い!!
「ねえ、その話、マジなん!?」
「マジマジ! あたし、この目で見たもん!」
――いや、あなたじゃないですよね? 目撃者、別の子でしたよね??
「こうやってさぁ、王子が姫のぉ〜」
――え、なんで知ってんの!? あれ? オレの目がおかしいの? ……あの子、あなたじゃなかったよね!?
「服を抜かせて、ピー、を触ってたってぇ」
「「「きゃぁ~〜!」」」
――触ってねーし! 触らせてもねーし!! つーか、お前誰やねん!!
オレと王路――いや、”姫”と”王子”の卑猥な話で女子たちが大盛り上がり。
――電車内ではお静かに! ここは公共機関ということをお忘れなく!!
「……王路……オレは今すぐ、耳を塞ぎたい。マジで」
電車の走行音でさえ掻き消すことの出来ない、女子たちの興奮した黄色い悲鳴。オレはその黄色い歓声を、是非バスケの試合中に聞きたい。切実に。――てか、女子共! 花の女子高生が、男同士の猥談で盛り上がってんじゃねーぞ!
「ごめんて、姫川。許してくれって〜。つい、魔が差しちまったんだよ〜」
オレが本気で怒ってるもんだから、王路もガチで平謝りしてくる。――だが、王路修人よ。後ろを振り返ってみろ。その姿すら、あの女子共のエサだ!
オレは王路のデカい背中に隠れて、見たくない光景を遮断した。
「”つい”で許されるなら、警察いらんて!」
「その通りです。本気で反省しています。許して下さい、姫川さん!」
「答えは、ノーだっ!」
「そんなぁ〜、姫川〜!」
王路は絶望したような顔をして、ガクリと膝から崩折れた。――おい、お前。聞こえるか? あの女子共の黄色い歓声が! あれは腐った歓声だ! 間違いない。オレの○ーストがそう囁いている。
オレは王路の肩を叩いて、取り敢えず立てと、しょんぼりしている王路を立ち上がらせた。――なんでオレがメンタルケアしてんだよ!? 被害者はこっちなのに!
*****
――所変わって、屋上階段。昼休み。
オレと王路は、話すことなく黙々と飯を頬張る。――気まずいから、しょんぼりするのやめてくれるかな!?
仕方がないので、オレが大人の対応をすることにした。――……被害者、オレなんですけど。
「王路。マジで、もう怒ってねーからさ。だからその顔やめろよ……調子狂うんだよ……」
しょんぼりしてるくせに食欲はあるらしい王路は、6袋目の菓子パンを取り出して、はむっとかじりついた。――『はむっ』て。可愛いかよ! でかい図体のイケメンが『はむっ』って。可愛いだろうが、このやろう!
王路はもぐもぐ口を動かしながら、チラッとこっちを見る。
「ほんとに、もう怒ってないのか?」
「ほんとに、怒ってないって言ってんじゃん」
「……その言い方は、怒ってる時の言い方じゃねーか」
あーーー! めんどくせぇ!! このめんどくせぇイケメンが!!
……出来ればこの手だけは使いたく無かった。でも仕方ねぇ。いつもの日常を取り戻すためだ。
オレは昼飯を食べ終えて、行儀悪くお茶で口をゆすいだ後、唇にリップクリームを塗った。
――よし。準備完了!
「王路」
「ん?」
瞬殺で菓子パンを食べ終えた王路は、100%リンゴジュースを飲みながら首を傾げた。――おい。お前の方が、”姫”に相応しくねーか?
オレは咳払いして、完全に油断してる王路の唇に、チュッと触れるだけのキスをした。――うおおおお! 自分からキスするの、初なんですけど!? なんか、胸が……すげぇドキドキする……!
ミッションを無事に完了し、心の中でガッツポーズ。あ。あと、コレ言うの忘れてた。
「『仲直りのチュー』だ。これで喧嘩両成敗。お前も落ち込むのは止めて、いつもみたいに――」
言いながら王路の方を向いた瞬間、急に羞恥心が芽生えた。――何故なら、王路が可哀想なくらい、顔を真っ赤にしていたから!
「き、キスすんのは、もう3回目だろ? 何、今更恥ずかしがってんだよ!? お前がそんな顔してると、オレにもうつるだろーが!」
「あ、いや、すまん。まさかお前の方からキスしてくれるとは思ってなくて。……しかも、『仲直りのチュー』とか、可愛いこと言うから」
そう言って、いつものイケメンフェイスに戻った王路が、照れ笑いした。
「おおおお! めっ、目がぁーっ!」
「ど、どうした、姫川! 目になんか入ったのか!?」
入りました! イケメンのはにかみ笑顔が!!
……とは言えず、オレは必死で平常心を取り戻し、目にゴミが入ったと嘘をついた。
「ちょっと見せてみろ」
「ん」
まあ、嘘だから、ゴミが入ってるわけないよな~。
でも王路が本気で心配してくれてるから、つい「右目がちょっと痛いかな?」とか言っちゃうこの口を、誰かしばいてくれ!
「右目か。見た感じ何もねーけど……一応ふーふーしとくか」
「え?」
今、なんつった? 『ふーふー』って言った!?
混乱するオレをよそに、王路は優しく目蓋を開いて、眼球に向かってふーふーしてきた。
「……どうだ? 楽になったか?」
「ウン。モウダイジョブ」
「良かった」と言って、王路は白い歯を見せて笑った。――イケメンの笑顔。プライスレス。
オレはふーふーされた目を閉じるのが、何故か勿体なく感じて、ドライアイになるまで目をかっぴらいていたのだった。――馬鹿なのかな? オレ。
*****
4月も終わりに差し掛かった頃。
オレと王路が通っている私立高校では、『校外学習』という、1年生と2年生が親睦を深める行事が行われる。
そして、お出かけ日和の今日が、その校外学習の1日目だ。
今は、クラスごとに分かれてバスに乗り、学習センターへと向かっている途中である。
わりと規則が緩いうちの高校は、『おやつ』としてお菓子を持ってくることが許されている。金額は決まっていないので、いろんなお菓子を持ち込み放題だ。
学習センターへと向かうバスの中では、生徒たちが好きな席に座って、友達同士でお菓子をシェアしながらくっちゃべっていた。
「1泊2日の校外学習とかだりぃ〜〜」
と、面倒くさそうに言う男子の声が聞こえたと思えば、
「ねえねえ! 夜は皆で恋バナしよーよ!」
と言って、ウキウキと全力で行事を楽しもうとする女子の声も聞こえる。
そんな喧騒の中、オレももちろん――校外学習を全力で楽しむ気満々派だ。
「王路。お前さ、テント張ったことってある?」
「……ない」
「オレもオレも〜! じゃあさ、カレー作ったことは? 一人でだぞ?」
「……ある」
「へぇ〜。お前って料理できるんだな! 今夜のカレー係は王路で決まりだな!」
「……姫川」
「ん? なんだ? お前もなんか楽しみにして――」
「……うるさい」
絶賛、乗り物酔い中の王路は、顔色真っ青で機嫌も最悪だ。養護教諭のおばちゃん先生から貰った酔い止めが、まだ効いてきてないらしい。
「王路、お前さあ。1年の時はバス酔いしなかったよな?」
王路は反応を返すのもおっくうみたいで、視線で肯定してきた。
「やっぱあれじゃね? 1年の時、ボールが耳に当たってさあ、鼓膜破裂したじゃん? それで三半規管イカレちまったんじゃねーの?」
――まあ、知らんけど。
王路はどうでもよさそうに頷いた後、体操服の上着を頭から被ってしまった。『もう、話しかけんな』という無言の意思表示。……オレはあえなくシャットアウトされた。
「ちぇっ。『彼氏』だったら、オレのこと、放っておくなよな……」
誰にも聞こえないように小声で呟き、オレも体操服の上着を被って、ふて寝することにした。
*****
――バスに乗って1時間。
オレ達2年生は1年生よりも早く、学習センターに到着した。
オレはクラスメイト達の流れに乗って、バスからアスファルトの上に降りた。そして、自然いっぱいのきれいな空気を大きく吸い込む。
「ぷはーっ! 空気うめえ〜! 去年は雨だったから、晴れてマジよかったな!」
オレの隣にやってきた王路が、そーだったか? と首を傾けてオレを見た。
「……あっ、あ~〜! そっか、そっか! 去年の郊外学習ん時って、お前、別クラに彼女いたもんな〜〜。そりゃあ、周りの景色楽しめねーよな? 可愛い彼女の顔を見るのに必死で!」
さっきまで真っ青な顔をしてたくせに、バスを降りた瞬間、別クラの女子達にキャーキャー騒がれる王路が羨ましくて、オレはつい嫌味を言ってしまった。――オレだって、女の子にモテてみたいんじゃっ!
「あっ! 見て、アレ! 『姫』が拗ねてる〜、尊い〜〜!」
「『王子』と喧嘩でもしたのかな?」
「も、もしかして! バスの中で『王子』にイタズラされちゃって、そのせいで『姫』がご立腹なのでは!?」
「……ありえる! きっと『王子』に『お前は寝たフリしてろ』って言われて〜〜! 『王子』の手が『姫』の体操服の中に入っ」
オレは両手で耳をふさいだ。聞こえない。聞こえないったら聞こえない!
――相変わらず、なんなんだ、あの女子達はっ! 会話の内容がホラーすぎるんだよ! マジでSAN値が削れるわ!
「くそっ! あの女子達の存在を忘れていた……っ。オレはキレイな身体と精神で、明日のバスに乗って家に帰れるのかっ!?」
――いや。帰れないと困るんだけどな。うん。
オレが真剣に頭を抱えてるって言うのに、隣に立つ『王子』はニヤニヤと、あからさまに楽しそうにしてやがるっ! 「お前なんて呪われろ!」と、オレは王路を睨みつけた。
「ハハッ! 物騒なこと言うなよ、『姫』。……ん? 『姫』は虫が怖いのか? じゃあこの『王子』が守ってやらねーとな?」
「誰も、んなこた言ってねーだろが! それに、虫が怖いのはお前の方だろ? 『お・う・じ・さ・ま』!」
「違う。俺は虫が怖いんじゃない。”気持ちが悪い”んだ」
「ようは『苦手』ってことだろ?」
「そうとも言うな」
――どっちも大して変わらんだろーが!
よし、今決めた。王路が寝てる間に、テントの中に虫を投入してやる。覚悟しとけよ王子……!
オレは悪巧みを思いついたことが楽しくて、隣の王路を見上げてにっこり笑った。
「な、なんだよ、急に」
王路が顔を真っ赤にして戸惑う。
「別に? 王路といろいろ出来そうで、楽しみだなーと思ってさ」
そう言って、オレはニシシと笑ってやった。
「い、いろいろ……って?」
「いろいろは、いろいろだって! まあ、今夜は楽しみにしてなってこと!」
「こ、今夜!? い、いろいろ、と……? ……マジか」
隣の王路が、何やらブツブツ言いながら顔を真っ赤にしている。……なんか気味が悪いので、オレはそっと放置することにした。
それから、オレと王路はバディを組んで、引率の先生に着いて行く。オレは、王路が虫を見て泣き叫ぶ顔を想像しながら、テントスペースまでの山道を楽しく登っていった。
*****
テントスペースまでの坂道を登り始めて、およそ10分が経過した。
「……おい。まだ着かねーの?」
「これって、登山じゃないよな?」
そんなぼやきが、あちこちで聞こえてくる。――無理もない。
『坂道』と言うには傾斜のきつい舗装されてない道を、自分たちの荷物に加えて、キャンプ用品を抱えて登っているのだ。
「……こういうのって、普通、現地に用意してあるもんじゃね?」
「てかさ。去年の2年生もこんな感じだったわけ?」
「それが、さっき引率の鮴岳に聞いたら、今年から変わったってよ」
「マジ〜〜!? なんでなん!? うちら、ツイてなさすぎっしょ!」
「あー……それ、誰かが言ってたわ。『自主性を育てる』とかなんとか。クッソ胡散臭い理由で」
「はぁ〜〜? マジないわ〜〜」
前を歩く男女四人組の会話を聞きながら、オレと王路は、無言でげんなりしていた。
「なぁ、王路」
「……なんだよ」
「オレ達って、かなり体力あるほうだよな?」
「まぁな」
「……なのに、なんでこんなにキツいんだ?」
「空気が薄いからじゃね?」
「登山じゃねーかっ!!」
オレは足元の石を、怒りに任せて蹴り飛ばす。――くそっ、リュック重すぎんだよ! お菓子、トランプ、将棋に麻雀……遊び道具、欲張りすぎたっ!
「くっ……こうなるって分かってたら、もっと荷物、絞ってきたのに……!」
「……いや。そもそも持ってくるなよ」
王路の的確すぎるツッコミは、華麗にスルーすることにした。オレはリュックを背負い直し、両手に持ったブリキのバケツを見下ろす。中には、ギッシリ詰まった山盛りのジャガイモ。――こんなにジャガイモばっかいらなくね!? オレ以外にもジャガイモ持ってるヤツいたぞ!? ジャガイモカレー作らせる気か!?
「はぁ……どうせ重いもん持つなら、肉を持ちたかった……」
「……何言ってんの? お前」
バケツを落とさないように歩くのも一苦労で、汗も拭けずイライラが募る。その時、ため息をついた王路が立ち止まった。オレもつられて足を止める。
「どうした、王路?」
「ほら、俺の荷物と交換してやるよ」
「! マジで!?」
「おう」
王路の荷物はテント用品だった。遠慮なく、二人分の寝袋とバケツ2個(山盛りのジャガイモ)を交換する。少し持ち歩きにくいけど、めちゃくちゃ楽になった。
うおお〜〜っ、めっちゃ楽! ありがとな、王路!」
オレは感謝の気持を込めて、今年一番(多分)の笑顔を向けた。
王路は足を止めて、ぼうっとオレを見つめたあと、ほんの少し赤くなった頬を隠すように顔をそらした。――王路のヤツ、もしかして、今更疲れが出てきたってーのか? シュラフだって十分重いのに! ……コイツさては、かなり鍛えてんな!?
オレも負けないように、筋トレ頑張んなきゃな!
「よっしゃ!」と、気合を入れたオレの耳元に、背中を丸めた王路が耳打ちしてくる。
「困ってる『姫』を助けたんだ。もちろん、ごほうび……くれるんだろうな?」
オレはサッと王路から距離を取った。
「みっ、耳元で喋るのやめろって言っただろ!」
オレは耳が弱いわけじゃねぇ。でも王路に囁かれると、なんかこう、くすぐったいっていうか……変な声、出そうになるんだよな。
前に一度、「やめろ。変な声出そうになる」って言ったら、王路がニヤつきながら、
「出していいぞ。変な声」
とか言ってきたので、ドン引きした。
とはいえ、重いジャガイモを引き受けてくれたのは本当に助かった。
「おい、あいつら見ろよ。『姫プ』じゃね?」
「何? バカにしてんの? うちらの推しに生意気な態度取ってんじゃねーよ。ブサ男が」
……という声が聞こえても、全然腹が立たないくらいに、オレは機嫌が良かった。
「わーったよ。『ごほうび』だろ? 後でちゃんとやるから待ってろって」
「……お前、『ご褒美』の意味、分かってるよな?」
「はあ? 分かってるし。……夜まで待てるよな?」
「! あ、ああ。もちろん、待てる」
『ごほうび』がよっぽど嬉しいらしく、王路の足取りが軽くなった。オレは両脇にシュラフを抱えて、急いであとを追った。
――そして、30分後。
ようやく到着したテントスペースで、2−9のメンバーたちは、持ってきた荷物を地面に放り出し、ほぼ全員が大の字になって息を整えていた。
そんな中。
「……おい、嘘だろ……? なんかこっちに、コンクリで舗装された道があるんだけど……」
「はあ!? アンタ、マジで言ってんの!?」
「冗談でこんなこと言うわけねーだろ!?」
「……うちらの苦労って一体……」
そんなクラスの女子と男子の会話を聞きながら、オレは茂みに隠れるようにして立ててある看板を見つけた。
『ここまで2270m』
「やっぱり登山じゃねーかっ!!」
何が『ハイキング』だバカヤロー!!!
誰か、頼む。一度でいい。『ハイキング』と『登山』の違いを、〇ー〇ル先生で調べてこい!!
早朝に王路が迎えに来て、一緒に駅まで歩き、電車に乗る。学校に着いたら自主練をして授業を受ける。昼飯の時間は屋上階段で一緒に食べて、放課後はバスケのチーム練。そして、また一緒に帰る。もちろん、家まで送ってくれるのは王路。――今までと変わらないようで、確実に”彼女”扱いをされているのはどういうわけだ。嫌じゃないけど、どうしてオレが”彼女”ポジなんだ!? 背か? 背が低いからなのか!? ……納得いかねぇ。
そして今日は、コーチの都合で放課後の練習が休みになり、同じ男バスのメンバーが喜々として「遊びにいこーぜ!」と騒いでいるのを聞きながら、オレと王路は教室に居残っていた。
「なあ、王路」
「ん? なんだ?」
「休んでた間のノートくらい、家に帰ってから写せばいーじゃん。せっかく早く帰れるのに……」
文句を言いながら、自分がまたいで座っている椅子を、ガタガタと揺らした。「コケて怪我したら、退学になるかもしれねーぞ」と、王路に言われて、オレはスンと動きを止めた。
「……スポーツ推薦で入学したのに、部活サボったりしてばっかいたら、退学処分受けるって噂ほんまかな?」
「さーな。何年か前に退学勧告受けたやつが、それ無視してサボってたら退学になったって話、マジらしいけどな」
「ふーん。……怪我しないように気ぃーつけよ」
「おう。そうしろ」と言って、王路はノートの書き取りを再開する。
オレはその様子を眺めながら、で? と話しかけた。
「なんでオレまで居残りしなきゃなんねーの? ノートなら貸してやるのにさぁ」
ぶうぶう文句を言っていると、あのなぁ、と王路がノートから顔を上げて両目を細めた。
「あのなぁ、お前、ちょっとは黙ってられねーのか」
「だぁって、暇なんだもん」と、唇を尖らせる。
「……もん、とか言うな。かわいーから」
変なこと言い出す王路にも、最近は慣れてきた。いちいち気にしてたら、こいつと一緒にいられねー。……1日に1回は絶対に言うから、コイツ。
「で? で? なんでなんだよ?」
王路は、ハァとため息を吐いて、器用に喋りながら書き取りを続ける。――うわ。コイツ、マジですげえ。聖徳太子か! ……アレ? なんか違くね?
「……だってお前、俺が引き止めなかったら、男バスのメンバーと遊びに行ってただろ?」
オレは目をパチパチと瞬かせた。
「そんなん、当ったり前じゃーん! ぜってー楽しいの確定してんじゃん!」
「……そー言うと思ったわ。行かせなくて正解。俺、えら」
納得が行かなくて、「なんだよそれ!」と王路から自分のノートを奪い取った。
「あっ! おまっ、何すんだよ、姫川!」
「だってこのノートはオレのだもーん」
オレはベロベロバーをして、ノートを持ったまま教室内を走り回る。
「ノートが欲しかったら奪ってみろよっ」
ノートを持ってひらひらさせながらニシシと笑った。――やっと楽しくなってきたじゃーん!
「ほらほらこっちだよ〜」
オレは教卓の後ろに立って、腰をふりふり振った。何故が王路の動きが一瞬だけ止まったけど、自分の右頬をパン! と叩いて気合を入れていた。――お前。何やってんの?
とにかく、ノート奪還ゲームの開始だ!
オレは身体の小ささと細さを武器に(泣いていいかな?)、ちょこまかと逃げ回る。最初は真面目に追いかけてきていた王路だったが、流石にキレたのか、裸足になって机の上を移動し始めた。
「おいっ、おま……! ソレは卑怯じゃね!?」
「あ? 『机を伝っちゃいけません』なんてルール、あったか?」
「ねーけどぉ〜!」
状況は圧倒的にオレの方が不利になって、そろそろヤバイと思った瞬間――王路が後ろから抱きついてきた。
「つっかまえた〜、俺の勝ち〜」
ピュウ! と勝者の口笛を吹く王路に、オレはニヤリと笑った。
「まだ勝負はついてねー!」と、オレはインナー代わりに着ているTシャツの中にノートを隠し、腹を守るように身体を丸めた。
「ひ、姫川っ! お前、なんつーとこにノートを隠してっ」
動揺した王路に向かって、得意げにフンと鼻を鳴らす。
「取れるもんなら取ってみろよ?」
オレの挑発に、王路の目が据わった。――え? やべ。危ないスイッチ押しちゃった?
「やっべ……!」
オレはすぐに距離を取ろうとしたが、王路の長い腕に、簡単に捕まってしまった。後ろから抱きしめられたまま動けない。――コーレはヤバイ。助けて、◯ンパ◯マーン!
オレは自分の心臓がドキドキするのを感じながら、インナーの中からノートを取り出そうとして、その動きを王路に止められた。――え、なんで?
「ご……ごめんって、王路。今すぐにノート返すか、」
「俺が自分で取るからいい」
「へぇあっ!? ちょ、ソレどういう意――」
「味だよ」と言おうとした時には、何故がオレは机の上に押し倒されていた。――どんな早業?
お腹のノートを押さえていた両手を掴まれ、王路の大きな左手で両手をひとまとめにされてしまう。これはマジでヤバイ! そう思ったオレは、身体を揺らして、インナーに隠したノートを床に落とすことに成功した。
「ほっ、ほら! ノート! 床に落ちたから拾えって!」
でも王路は無視して、身動きが取れないように、オレの両足の間に身体を割り込ませてきた。そして王路の右手がインナーの中に入っていこうとする。オレはその様子を見ながら、何度もやめてくれと懇願したが、王路のやつは聞いちゃくれない。
「おっ、おうろ……ここ、がっこう……」
「知ってる」
「あ、あやまるからぁ……や、やめ、」
「やめねー」
王路は見たこともない男前な顔で、オレの服の中に手を入れて――
――ガラララッ!
教室の扉が開いて、一人の女子と目が合う。オレと女の子は、あ、と声を上げた。そして、
「……お、お邪魔しました〜!」
――ガラララッ! ピシャン!
「おっ、お邪魔しましたって、何が!? なんなのあの子!! なんで扉閉めてくの!?」
オレの脳は混乱状態に陥った。そして気がつくと、王路は何もなかったかのように床のノートを拾い、自分の席へ戻っていた。
「なっ、なっ、なんなんだよもーっ!!」
オレの叫びに応えてくれる者は、誰もいないのだった。
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――ある日の朝。電車内。
あの教室での出来事から2日経った。オレと王路の態度は以前と何も変わっていないのに、俺達を見る一部の女子たちの目が……なんというか、怖い。いや、ほんとに……怖い!!
「ねえ、その話、マジなん!?」
「マジマジ! あたし、この目で見たもん!」
――いや、あなたじゃないですよね? 目撃者、別の子でしたよね??
「こうやってさぁ、王子が姫のぉ〜」
――え、なんで知ってんの!? あれ? オレの目がおかしいの? ……あの子、あなたじゃなかったよね!?
「服を抜かせて、ピー、を触ってたってぇ」
「「「きゃぁ~〜!」」」
――触ってねーし! 触らせてもねーし!! つーか、お前誰やねん!!
オレと王路――いや、”姫”と”王子”の卑猥な話で女子たちが大盛り上がり。
――電車内ではお静かに! ここは公共機関ということをお忘れなく!!
「……王路……オレは今すぐ、耳を塞ぎたい。マジで」
電車の走行音でさえ掻き消すことの出来ない、女子たちの興奮した黄色い悲鳴。オレはその黄色い歓声を、是非バスケの試合中に聞きたい。切実に。――てか、女子共! 花の女子高生が、男同士の猥談で盛り上がってんじゃねーぞ!
「ごめんて、姫川。許してくれって〜。つい、魔が差しちまったんだよ〜」
オレが本気で怒ってるもんだから、王路もガチで平謝りしてくる。――だが、王路修人よ。後ろを振り返ってみろ。その姿すら、あの女子共のエサだ!
オレは王路のデカい背中に隠れて、見たくない光景を遮断した。
「”つい”で許されるなら、警察いらんて!」
「その通りです。本気で反省しています。許して下さい、姫川さん!」
「答えは、ノーだっ!」
「そんなぁ〜、姫川〜!」
王路は絶望したような顔をして、ガクリと膝から崩折れた。――おい、お前。聞こえるか? あの女子共の黄色い歓声が! あれは腐った歓声だ! 間違いない。オレの○ーストがそう囁いている。
オレは王路の肩を叩いて、取り敢えず立てと、しょんぼりしている王路を立ち上がらせた。――なんでオレがメンタルケアしてんだよ!? 被害者はこっちなのに!
*****
――所変わって、屋上階段。昼休み。
オレと王路は、話すことなく黙々と飯を頬張る。――気まずいから、しょんぼりするのやめてくれるかな!?
仕方がないので、オレが大人の対応をすることにした。――……被害者、オレなんですけど。
「王路。マジで、もう怒ってねーからさ。だからその顔やめろよ……調子狂うんだよ……」
しょんぼりしてるくせに食欲はあるらしい王路は、6袋目の菓子パンを取り出して、はむっとかじりついた。――『はむっ』て。可愛いかよ! でかい図体のイケメンが『はむっ』って。可愛いだろうが、このやろう!
王路はもぐもぐ口を動かしながら、チラッとこっちを見る。
「ほんとに、もう怒ってないのか?」
「ほんとに、怒ってないって言ってんじゃん」
「……その言い方は、怒ってる時の言い方じゃねーか」
あーーー! めんどくせぇ!! このめんどくせぇイケメンが!!
……出来ればこの手だけは使いたく無かった。でも仕方ねぇ。いつもの日常を取り戻すためだ。
オレは昼飯を食べ終えて、行儀悪くお茶で口をゆすいだ後、唇にリップクリームを塗った。
――よし。準備完了!
「王路」
「ん?」
瞬殺で菓子パンを食べ終えた王路は、100%リンゴジュースを飲みながら首を傾げた。――おい。お前の方が、”姫”に相応しくねーか?
オレは咳払いして、完全に油断してる王路の唇に、チュッと触れるだけのキスをした。――うおおおお! 自分からキスするの、初なんですけど!? なんか、胸が……すげぇドキドキする……!
ミッションを無事に完了し、心の中でガッツポーズ。あ。あと、コレ言うの忘れてた。
「『仲直りのチュー』だ。これで喧嘩両成敗。お前も落ち込むのは止めて、いつもみたいに――」
言いながら王路の方を向いた瞬間、急に羞恥心が芽生えた。――何故なら、王路が可哀想なくらい、顔を真っ赤にしていたから!
「き、キスすんのは、もう3回目だろ? 何、今更恥ずかしがってんだよ!? お前がそんな顔してると、オレにもうつるだろーが!」
「あ、いや、すまん。まさかお前の方からキスしてくれるとは思ってなくて。……しかも、『仲直りのチュー』とか、可愛いこと言うから」
そう言って、いつものイケメンフェイスに戻った王路が、照れ笑いした。
「おおおお! めっ、目がぁーっ!」
「ど、どうした、姫川! 目になんか入ったのか!?」
入りました! イケメンのはにかみ笑顔が!!
……とは言えず、オレは必死で平常心を取り戻し、目にゴミが入ったと嘘をついた。
「ちょっと見せてみろ」
「ん」
まあ、嘘だから、ゴミが入ってるわけないよな~。
でも王路が本気で心配してくれてるから、つい「右目がちょっと痛いかな?」とか言っちゃうこの口を、誰かしばいてくれ!
「右目か。見た感じ何もねーけど……一応ふーふーしとくか」
「え?」
今、なんつった? 『ふーふー』って言った!?
混乱するオレをよそに、王路は優しく目蓋を開いて、眼球に向かってふーふーしてきた。
「……どうだ? 楽になったか?」
「ウン。モウダイジョブ」
「良かった」と言って、王路は白い歯を見せて笑った。――イケメンの笑顔。プライスレス。
オレはふーふーされた目を閉じるのが、何故か勿体なく感じて、ドライアイになるまで目をかっぴらいていたのだった。――馬鹿なのかな? オレ。
*****
4月も終わりに差し掛かった頃。
オレと王路が通っている私立高校では、『校外学習』という、1年生と2年生が親睦を深める行事が行われる。
そして、お出かけ日和の今日が、その校外学習の1日目だ。
今は、クラスごとに分かれてバスに乗り、学習センターへと向かっている途中である。
わりと規則が緩いうちの高校は、『おやつ』としてお菓子を持ってくることが許されている。金額は決まっていないので、いろんなお菓子を持ち込み放題だ。
学習センターへと向かうバスの中では、生徒たちが好きな席に座って、友達同士でお菓子をシェアしながらくっちゃべっていた。
「1泊2日の校外学習とかだりぃ〜〜」
と、面倒くさそうに言う男子の声が聞こえたと思えば、
「ねえねえ! 夜は皆で恋バナしよーよ!」
と言って、ウキウキと全力で行事を楽しもうとする女子の声も聞こえる。
そんな喧騒の中、オレももちろん――校外学習を全力で楽しむ気満々派だ。
「王路。お前さ、テント張ったことってある?」
「……ない」
「オレもオレも〜! じゃあさ、カレー作ったことは? 一人でだぞ?」
「……ある」
「へぇ〜。お前って料理できるんだな! 今夜のカレー係は王路で決まりだな!」
「……姫川」
「ん? なんだ? お前もなんか楽しみにして――」
「……うるさい」
絶賛、乗り物酔い中の王路は、顔色真っ青で機嫌も最悪だ。養護教諭のおばちゃん先生から貰った酔い止めが、まだ効いてきてないらしい。
「王路、お前さあ。1年の時はバス酔いしなかったよな?」
王路は反応を返すのもおっくうみたいで、視線で肯定してきた。
「やっぱあれじゃね? 1年の時、ボールが耳に当たってさあ、鼓膜破裂したじゃん? それで三半規管イカレちまったんじゃねーの?」
――まあ、知らんけど。
王路はどうでもよさそうに頷いた後、体操服の上着を頭から被ってしまった。『もう、話しかけんな』という無言の意思表示。……オレはあえなくシャットアウトされた。
「ちぇっ。『彼氏』だったら、オレのこと、放っておくなよな……」
誰にも聞こえないように小声で呟き、オレも体操服の上着を被って、ふて寝することにした。
*****
――バスに乗って1時間。
オレ達2年生は1年生よりも早く、学習センターに到着した。
オレはクラスメイト達の流れに乗って、バスからアスファルトの上に降りた。そして、自然いっぱいのきれいな空気を大きく吸い込む。
「ぷはーっ! 空気うめえ〜! 去年は雨だったから、晴れてマジよかったな!」
オレの隣にやってきた王路が、そーだったか? と首を傾けてオレを見た。
「……あっ、あ~〜! そっか、そっか! 去年の郊外学習ん時って、お前、別クラに彼女いたもんな〜〜。そりゃあ、周りの景色楽しめねーよな? 可愛い彼女の顔を見るのに必死で!」
さっきまで真っ青な顔をしてたくせに、バスを降りた瞬間、別クラの女子達にキャーキャー騒がれる王路が羨ましくて、オレはつい嫌味を言ってしまった。――オレだって、女の子にモテてみたいんじゃっ!
「あっ! 見て、アレ! 『姫』が拗ねてる〜、尊い〜〜!」
「『王子』と喧嘩でもしたのかな?」
「も、もしかして! バスの中で『王子』にイタズラされちゃって、そのせいで『姫』がご立腹なのでは!?」
「……ありえる! きっと『王子』に『お前は寝たフリしてろ』って言われて〜〜! 『王子』の手が『姫』の体操服の中に入っ」
オレは両手で耳をふさいだ。聞こえない。聞こえないったら聞こえない!
――相変わらず、なんなんだ、あの女子達はっ! 会話の内容がホラーすぎるんだよ! マジでSAN値が削れるわ!
「くそっ! あの女子達の存在を忘れていた……っ。オレはキレイな身体と精神で、明日のバスに乗って家に帰れるのかっ!?」
――いや。帰れないと困るんだけどな。うん。
オレが真剣に頭を抱えてるって言うのに、隣に立つ『王子』はニヤニヤと、あからさまに楽しそうにしてやがるっ! 「お前なんて呪われろ!」と、オレは王路を睨みつけた。
「ハハッ! 物騒なこと言うなよ、『姫』。……ん? 『姫』は虫が怖いのか? じゃあこの『王子』が守ってやらねーとな?」
「誰も、んなこた言ってねーだろが! それに、虫が怖いのはお前の方だろ? 『お・う・じ・さ・ま』!」
「違う。俺は虫が怖いんじゃない。”気持ちが悪い”んだ」
「ようは『苦手』ってことだろ?」
「そうとも言うな」
――どっちも大して変わらんだろーが!
よし、今決めた。王路が寝てる間に、テントの中に虫を投入してやる。覚悟しとけよ王子……!
オレは悪巧みを思いついたことが楽しくて、隣の王路を見上げてにっこり笑った。
「な、なんだよ、急に」
王路が顔を真っ赤にして戸惑う。
「別に? 王路といろいろ出来そうで、楽しみだなーと思ってさ」
そう言って、オレはニシシと笑ってやった。
「い、いろいろ……って?」
「いろいろは、いろいろだって! まあ、今夜は楽しみにしてなってこと!」
「こ、今夜!? い、いろいろ、と……? ……マジか」
隣の王路が、何やらブツブツ言いながら顔を真っ赤にしている。……なんか気味が悪いので、オレはそっと放置することにした。
それから、オレと王路はバディを組んで、引率の先生に着いて行く。オレは、王路が虫を見て泣き叫ぶ顔を想像しながら、テントスペースまでの山道を楽しく登っていった。
*****
テントスペースまでの坂道を登り始めて、およそ10分が経過した。
「……おい。まだ着かねーの?」
「これって、登山じゃないよな?」
そんなぼやきが、あちこちで聞こえてくる。――無理もない。
『坂道』と言うには傾斜のきつい舗装されてない道を、自分たちの荷物に加えて、キャンプ用品を抱えて登っているのだ。
「……こういうのって、普通、現地に用意してあるもんじゃね?」
「てかさ。去年の2年生もこんな感じだったわけ?」
「それが、さっき引率の鮴岳に聞いたら、今年から変わったってよ」
「マジ〜〜!? なんでなん!? うちら、ツイてなさすぎっしょ!」
「あー……それ、誰かが言ってたわ。『自主性を育てる』とかなんとか。クッソ胡散臭い理由で」
「はぁ〜〜? マジないわ〜〜」
前を歩く男女四人組の会話を聞きながら、オレと王路は、無言でげんなりしていた。
「なぁ、王路」
「……なんだよ」
「オレ達って、かなり体力あるほうだよな?」
「まぁな」
「……なのに、なんでこんなにキツいんだ?」
「空気が薄いからじゃね?」
「登山じゃねーかっ!!」
オレは足元の石を、怒りに任せて蹴り飛ばす。――くそっ、リュック重すぎんだよ! お菓子、トランプ、将棋に麻雀……遊び道具、欲張りすぎたっ!
「くっ……こうなるって分かってたら、もっと荷物、絞ってきたのに……!」
「……いや。そもそも持ってくるなよ」
王路の的確すぎるツッコミは、華麗にスルーすることにした。オレはリュックを背負い直し、両手に持ったブリキのバケツを見下ろす。中には、ギッシリ詰まった山盛りのジャガイモ。――こんなにジャガイモばっかいらなくね!? オレ以外にもジャガイモ持ってるヤツいたぞ!? ジャガイモカレー作らせる気か!?
「はぁ……どうせ重いもん持つなら、肉を持ちたかった……」
「……何言ってんの? お前」
バケツを落とさないように歩くのも一苦労で、汗も拭けずイライラが募る。その時、ため息をついた王路が立ち止まった。オレもつられて足を止める。
「どうした、王路?」
「ほら、俺の荷物と交換してやるよ」
「! マジで!?」
「おう」
王路の荷物はテント用品だった。遠慮なく、二人分の寝袋とバケツ2個(山盛りのジャガイモ)を交換する。少し持ち歩きにくいけど、めちゃくちゃ楽になった。
うおお〜〜っ、めっちゃ楽! ありがとな、王路!」
オレは感謝の気持を込めて、今年一番(多分)の笑顔を向けた。
王路は足を止めて、ぼうっとオレを見つめたあと、ほんの少し赤くなった頬を隠すように顔をそらした。――王路のヤツ、もしかして、今更疲れが出てきたってーのか? シュラフだって十分重いのに! ……コイツさては、かなり鍛えてんな!?
オレも負けないように、筋トレ頑張んなきゃな!
「よっしゃ!」と、気合を入れたオレの耳元に、背中を丸めた王路が耳打ちしてくる。
「困ってる『姫』を助けたんだ。もちろん、ごほうび……くれるんだろうな?」
オレはサッと王路から距離を取った。
「みっ、耳元で喋るのやめろって言っただろ!」
オレは耳が弱いわけじゃねぇ。でも王路に囁かれると、なんかこう、くすぐったいっていうか……変な声、出そうになるんだよな。
前に一度、「やめろ。変な声出そうになる」って言ったら、王路がニヤつきながら、
「出していいぞ。変な声」
とか言ってきたので、ドン引きした。
とはいえ、重いジャガイモを引き受けてくれたのは本当に助かった。
「おい、あいつら見ろよ。『姫プ』じゃね?」
「何? バカにしてんの? うちらの推しに生意気な態度取ってんじゃねーよ。ブサ男が」
……という声が聞こえても、全然腹が立たないくらいに、オレは機嫌が良かった。
「わーったよ。『ごほうび』だろ? 後でちゃんとやるから待ってろって」
「……お前、『ご褒美』の意味、分かってるよな?」
「はあ? 分かってるし。……夜まで待てるよな?」
「! あ、ああ。もちろん、待てる」
『ごほうび』がよっぽど嬉しいらしく、王路の足取りが軽くなった。オレは両脇にシュラフを抱えて、急いであとを追った。
――そして、30分後。
ようやく到着したテントスペースで、2−9のメンバーたちは、持ってきた荷物を地面に放り出し、ほぼ全員が大の字になって息を整えていた。
そんな中。
「……おい、嘘だろ……? なんかこっちに、コンクリで舗装された道があるんだけど……」
「はあ!? アンタ、マジで言ってんの!?」
「冗談でこんなこと言うわけねーだろ!?」
「……うちらの苦労って一体……」
そんなクラスの女子と男子の会話を聞きながら、オレは茂みに隠れるようにして立ててある看板を見つけた。
『ここまで2270m』
「やっぱり登山じゃねーかっ!!」
何が『ハイキング』だバカヤロー!!!
誰か、頼む。一度でいい。『ハイキング』と『登山』の違いを、〇ー〇ル先生で調べてこい!!
