由岐奈は線路沿いに夜の住宅街を歩いていった。
だが薄暗い街灯に照らされた住宅街が続くだけで、店らしい物は何もない。
かなり先にボウリング場の看板が見えた。
あの辺りは終点の前の駅だ。
だけど、始発待ちでボウリングして遊ぶ体力はない。
今週も慣れない仕事をする為に、なんとか金曜日まで通勤して通っただけ。
残業したのは今日が初めてだった。
送り状の印刷を任されてパソコンの操作をする傍ら、入力するデータ待ちで暇だったからゲームをしていた。
「田平さん」
呼ばれて顔を上げると、由岐奈が印刷した送り状の束を持った桜木が立っていた。
「これ、宛名が全部ズレて印刷されているの。ちゃんとプリンターにセットすれば、こんなにズレないよ。それに印刷したら一度、確認して」
──そんなこと聞いてなかったし。確認なんて面倒くさいなぁ。早く帰りたいのに。
「ほら、送り状のセットがズレているの。ここに印あるでしょう。これに送り状を合わせて…まぁこのプリンター、超旧式なんだよね…今時は自動で修正するのがフツーなんだけど」
プリンターを開いて由岐奈に見せながら説明を始めた。
由岐奈はプリンターのセットを桜木に完全に任せて見ていた。
「ズレた分のデータ、まだあるよね?」
言いながら桜木がパソコンを操作して開いていたゲーム画面が閉じられた。
──あ、いいところだったのに。閉じなくても最小化してくれればいいのに。
桜木はサッサとデータを起こして送り状を印刷し直すと作業場に戻っていった。
由岐奈は再びゲーム画面を開いた。
「田平さん」
今度は出荷リーダーの中瀬が来た。
「田平さん、データ待ち中に梱包手伝ってもらえる?」
──え、やだ、そんなこと。
梱包に加わって馴染めない皆のお喋りを聞かされるのは嫌だった。
どうせ自分は混ざれない話題だ。
そこに、ちょうどデータが来たので由岐奈は返事をしないで入力したのだった。
──月曜日から仕事に行くの嫌だな。
残業中のことを思い出しながら歩いて行くと、薄青い光と何かの店の看板らしき物が少し先の電信柱の向こうに見えてきた。
──こんな住宅街に、ということは、カラオケスナックかな…。
由岐奈は明かりに向かって歩いていった。