羨ましい
何が?
水だよ
柔らかいところへおいで
誰?
秘密
どうして?
直ぐ会えるから
ようこそ、不思議な世界へ————
****
「う……」
窓から差し込む朝の空気に目が覚める。起き上がって見渡すと、そこはいつも通りの自分の部屋。ちゃんと元の世界に戻って来ることが出来たようだ。
短い間だったけれど、思い出に残る素敵な旅だった。
余韻に浸りながらもいつも通り準備し、望んでいた空を眺める為に走り出す。やっぱり日常はこうでなくちゃ。空を眺めて始まり、空を眺めて終わる。それが実南らしい、普段通りの日常だ。
心なしか前より速いスピードで走る。拍動が、空を見たいと叫んでいるようだった。
離れて再認識した。
やっぱり空が大好きだ。色々な表情に変化する雲が大好きだ。きっと、これからも、空を好きでなくなることは無いだろう。今の実南は、自信を持ってそう宣言出来た。朝の吹き抜ける風さえも愛おしい。自分は空を愛する為に生まれて来たのだ!
そんな風に思えてしまうくらい、彼女は今とても気分が良かった。
やっと辿り着いた橋の上。呼吸を落ち着かせている実南の表情は、既に眩しいほどの笑顔だった。
顔を上げ、ゆっくり柵に近寄る。
今日の天気は晴れ。全体に水色の空が広がり、もくもくとした長くて太い白雲は下の方に連なっている。太陽の光により生まれる薄い陰は雲の表面に小さく広がり、明暗がくっきりと分かれていた。そのお陰で雲は立体的に見える。
今日の雲は実南が一番好きな表情をしていた。そればかりか、聞いた話ではあそこに都市が存在するというではないか。色々な想像が彼女の頭を駆け巡る。あぁ——何て楽しい時間なんだろう。確実に今彼女は世界で一番の幸せ者だ。
****
久しぶりの空に、ついテンションが上がってしまった実南は、いつもよりも少し遅れて駅に到着した。
唯でさえ遅れているのに、それ以上に遅刻だなんて朱里は絶対に怒る。今更になってクルレーが見せてくれた幻想の朱里が恋しくなった。
怯えつつも、いつも通りホームの開けた場所で待つ二人の前に頭を下げる。
「おはようございます! 今日は本当に遅れた! ごめんなさい!」
怖いからこそ勢いのまま。大きな声で謝る実南。
しかし、いつまで待っても朱里の怒った声は聞こえない。
「あの……?」
恐る恐る上体を起こし二人の幼馴染の方を見ると、彼女たちは普段通りの表情をしていた。変化はない。雰囲気もピリッとしたものではなく、そればかりか穏やかで優しいもののようにさえ感じた。
「怒ってないわよ。遅れることくらい、誰にだってあるわ」
「ひっ!」
朱里の久しぶりの笑顔に対して、つい声を上げてしまった実南は悪くない筈だ。
助けを求めるように、彼女は紗由理の方へ視線を向ける。
「実南ちゃんどうしたの〜? 私たちは遅れちゃっても、全然大丈夫だよ〜」
実南の背中を冷たい風が通る。
いくら優しい紗由理でも、流石にここまで甘いわけがない。
あまりの異様な空気に辺りを見回す。何もおかしいところは見つからない。けれど彼女に纏わりつく空気は、違和感と不安で占められていた。
おかしい。元の世界に戻っていると言ったじゃないか。
また幻覚を見ているのだろうか?そう、きっとそうだ。きっと意地悪なクルレーが、私をからかう為に幻覚を見せているのだ。
「クルレーの仕業ね! 流石に私も怒るよー!」
この不可思議な雰囲気に耐えられず、空に向かって大声で叫んだ。これが幻覚でなかったら大恥なのだが、絶対にそんなことは有り得ない。実南は強い確信を持っていた。
「朱里はこんなに優しくなぁぁぁい!!」
その言葉を放った途端、またあの感覚に襲われた。世界が揺れたのだ。
人間が、電車が、ホームにあるベンチが。煙のような雲のようなふわふわとした白い気体に覆われ、姿を消した。事象自体は恐ろしいものだったが、どこか魔法めいたその力に、怯える暇もなく見入ってしまう。
物体を消した白い雲はそのまま世界全体に広がった。いつの間にか実南が愛した青空もなくなり、視界に入る場所全てが白一色へと染まっていく。
真っ白な空間には淡いピンク色の細長い雲が漂い、それが実南を囲んでいく。
淡いピンクはくるくると彼女の周りを飛び交い、次第にその姿を大きくしていった。あっという間に、すっぽりと実南を覆い隠す程の大きさまでになる。
視界いっぱい……というか自身の前も後ろも雲が覆っているので、何も見えない。
今この向こう側はどうなっているのだろうか。実南には確かめる術が無かった。
どれくらいの時間が経ったか。恐らく短い時間だったのだろうが、体感ではとても長い時が過ぎたように感じた。
実南を囲んでいた雲は萎んでいき、蒸発するように弾けていった。
視界がいきなり切り替わったことでおかしくなった目を、瞬きで正常に戻していく。
「わ……!」
クリアになった目に入ったものは————。
何が?
水だよ
柔らかいところへおいで
誰?
秘密
どうして?
直ぐ会えるから
ようこそ、不思議な世界へ————
****
「う……」
窓から差し込む朝の空気に目が覚める。起き上がって見渡すと、そこはいつも通りの自分の部屋。ちゃんと元の世界に戻って来ることが出来たようだ。
短い間だったけれど、思い出に残る素敵な旅だった。
余韻に浸りながらもいつも通り準備し、望んでいた空を眺める為に走り出す。やっぱり日常はこうでなくちゃ。空を眺めて始まり、空を眺めて終わる。それが実南らしい、普段通りの日常だ。
心なしか前より速いスピードで走る。拍動が、空を見たいと叫んでいるようだった。
離れて再認識した。
やっぱり空が大好きだ。色々な表情に変化する雲が大好きだ。きっと、これからも、空を好きでなくなることは無いだろう。今の実南は、自信を持ってそう宣言出来た。朝の吹き抜ける風さえも愛おしい。自分は空を愛する為に生まれて来たのだ!
そんな風に思えてしまうくらい、彼女は今とても気分が良かった。
やっと辿り着いた橋の上。呼吸を落ち着かせている実南の表情は、既に眩しいほどの笑顔だった。
顔を上げ、ゆっくり柵に近寄る。
今日の天気は晴れ。全体に水色の空が広がり、もくもくとした長くて太い白雲は下の方に連なっている。太陽の光により生まれる薄い陰は雲の表面に小さく広がり、明暗がくっきりと分かれていた。そのお陰で雲は立体的に見える。
今日の雲は実南が一番好きな表情をしていた。そればかりか、聞いた話ではあそこに都市が存在するというではないか。色々な想像が彼女の頭を駆け巡る。あぁ——何て楽しい時間なんだろう。確実に今彼女は世界で一番の幸せ者だ。
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久しぶりの空に、ついテンションが上がってしまった実南は、いつもよりも少し遅れて駅に到着した。
唯でさえ遅れているのに、それ以上に遅刻だなんて朱里は絶対に怒る。今更になってクルレーが見せてくれた幻想の朱里が恋しくなった。
怯えつつも、いつも通りホームの開けた場所で待つ二人の前に頭を下げる。
「おはようございます! 今日は本当に遅れた! ごめんなさい!」
怖いからこそ勢いのまま。大きな声で謝る実南。
しかし、いつまで待っても朱里の怒った声は聞こえない。
「あの……?」
恐る恐る上体を起こし二人の幼馴染の方を見ると、彼女たちは普段通りの表情をしていた。変化はない。雰囲気もピリッとしたものではなく、そればかりか穏やかで優しいもののようにさえ感じた。
「怒ってないわよ。遅れることくらい、誰にだってあるわ」
「ひっ!」
朱里の久しぶりの笑顔に対して、つい声を上げてしまった実南は悪くない筈だ。
助けを求めるように、彼女は紗由理の方へ視線を向ける。
「実南ちゃんどうしたの〜? 私たちは遅れちゃっても、全然大丈夫だよ〜」
実南の背中を冷たい風が通る。
いくら優しい紗由理でも、流石にここまで甘いわけがない。
あまりの異様な空気に辺りを見回す。何もおかしいところは見つからない。けれど彼女に纏わりつく空気は、違和感と不安で占められていた。
おかしい。元の世界に戻っていると言ったじゃないか。
また幻覚を見ているのだろうか?そう、きっとそうだ。きっと意地悪なクルレーが、私をからかう為に幻覚を見せているのだ。
「クルレーの仕業ね! 流石に私も怒るよー!」
この不可思議な雰囲気に耐えられず、空に向かって大声で叫んだ。これが幻覚でなかったら大恥なのだが、絶対にそんなことは有り得ない。実南は強い確信を持っていた。
「朱里はこんなに優しくなぁぁぁい!!」
その言葉を放った途端、またあの感覚に襲われた。世界が揺れたのだ。
人間が、電車が、ホームにあるベンチが。煙のような雲のようなふわふわとした白い気体に覆われ、姿を消した。事象自体は恐ろしいものだったが、どこか魔法めいたその力に、怯える暇もなく見入ってしまう。
物体を消した白い雲はそのまま世界全体に広がった。いつの間にか実南が愛した青空もなくなり、視界に入る場所全てが白一色へと染まっていく。
真っ白な空間には淡いピンク色の細長い雲が漂い、それが実南を囲んでいく。
淡いピンクはくるくると彼女の周りを飛び交い、次第にその姿を大きくしていった。あっという間に、すっぽりと実南を覆い隠す程の大きさまでになる。
視界いっぱい……というか自身の前も後ろも雲が覆っているので、何も見えない。
今この向こう側はどうなっているのだろうか。実南には確かめる術が無かった。
どれくらいの時間が経ったか。恐らく短い時間だったのだろうが、体感ではとても長い時が過ぎたように感じた。
実南を囲んでいた雲は萎んでいき、蒸発するように弾けていった。
視界がいきなり切り替わったことでおかしくなった目を、瞬きで正常に戻していく。
「わ……!」
クリアになった目に入ったものは————。
