川から見えていた。
好きなものに真っ直ぐで、キラキラした純粋な瞳を。
どうしてそんなに心を動かすことが出来るの?全部つまらないものばっかりじゃん。
変なの————。
気付けばボクは、そこに存在していた。
水の精として、やるべきことをただ普通にやっていた。淡々と繰り返す。
たまに、他の精とか迷い込んだ人間がいれば目一杯の悪戯を送る。
それだけ。ボクの人生を一言で表すとすれば、人間の言葉で平々凡々。その一言に尽きるね。それ以上でもそれ以下でもない。別につまらなかったけど文句は無かったし、というか他の水の精も同じだったし。不満は無かった。
ただ、ほんの少しだけ、『お気に入り』がいる奴らのことは羨ましかった。
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いつからだったか。
ボクが浄化を担当している川の水面に、毎日映る少女がいた。確かチュウガクセイってやつだと思う。よく知らないけど。
あの子ってば、水にも負けないくらい輝いた瞳で何かを見ていたんだよ。何だと思う?ボクは下からしか見られないから気付くのが遅くなったけど、見ているものの正体が分かったときは驚きで動けなかったね。
空、ううん……もっと言えば雲を見ていたのさ!あの雲を?趣味が悪いのなんのって。
毎日毎日飽きずに橋の柵近くに立って、楽しそうに眺めてたんだ。
好きなもの、気に入ったものが無いボクにとって、雲を見ているだけであんな表情が出来る彼女に吃驚した。変なの。本当に変なの。
そう思うと同時に、多分その表情をボクにも見せて欲しかったんだと思う。だから、きっと、無意識に、水面都市に連れて来てしまったんだと思う。
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都市についたときの実南の顔は忘れられないなぁ。
混乱して不安そうな顔。泳ぎの得意な魚が急に泳げなくなって、天国だった水中がまるで地獄のように感じられ、困惑と焦りで染まる。そんな滑稽な顔。僕が見たいのはあのキラキラした目だけど、この顔も悪く無いかなって。そのあとの驚いた顔も、ボクが味方だと分かって安心しきった顔もね。
ほんと、呑気な人間。疑うことを知らないお人好し。
急に姿を消したのも足を引っ掛けたのも水をかけたのも、ぜーんぶボクがやったって気付かないんだもん。やる悪戯がこんなに上手くいくなんて、水の精であるボクにとっては大満足だよ。ありがとね。
それ以降ボクのこと完全に信じ切っちゃってさ。あの人間、活動場所までついてきた。気が抜けるくらい間抜け過ぎて、ボクも気分が良くなっちゃたわけ。だから浄化の舞を見せてあげたんだ。あと、もしかしたらあの表情をボクにも見せてくれるんじゃ無いか、そう思ったから。
そのときの顔は……一番好きだった。かも。雲を見てるときと同じ感じだった。
初めて、“悪戯”とか“意地悪”とか“からかい”とか、そういうやつ以外の気持ちを認識気がする。胸に何かが広がっていくような感じがした。水面に絵の具を垂らして、水が染まっていくような、そんな心地。ムズムズしたけど、その絵の具があの人間の蜂蜜色だったら良いな、なんて。そのときばかりは、ボクも変な気分になってたんだと思う。
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でも、そんな気分も直ぐ終わった。
あの人間、何て言ったと思う?「雲が見たいから帰りたい」だって。
帰るのは良い。どうせあの子の姿は水面越しに見られるから。だけど、その理由が雲っていうのが腹立つ。
大体水の精は、雲の精とは反りが合わないんだよ。悪戯を仕掛けてもからかっても、それを受け入れて何も反応を示さない。ボクたちの性格を全否定されているみたいで、どうも気に入らないんだ。
だけど実際の話、水の精の活動には雲の精と協力して活動する内容もある。関わりが強いのも事実だったりする。それが余計に腹立つ理由でもあるんだけど。さっきまで良い気分だったのに、ほんと最悪。
……話を戻すと、人間は帰った。ボクはずっと一緒にいても良かったんだけど、あんまり引き留めて嫌われるよりはマシかなって。帰り際に、いつでも水面都市に来ることが出来る加護を与えといたし、あの子もまた来るって言ってたから。多分平気。
でも異様にうるさい奴が暫く近くにいたから、いないとどうも変な気持ちになる。喪失感っていうの?調子が狂って困る——。
そう、ボクはいなくなって気付いたんだ。
あの人間に対しての思いが、水の精の持つ『お気に入り』への執着心だってことをね。
『お気に入り』と出会ってから、ボクの感情は急速に成長した。こんなムカムカするなら、知らなくても良かったのに。
そういえば、前に誰かが言ってた。
——「クルレーは無駄に器用だから、“お気に入り”が出来たら大変そうだね」
新しい感情という不器用な存在への対応が理解出来ないから。
「早く“お気に入り”作れば? 君ほんとつまんなそう」
『お気に入り』のことを、見て、考えていれば、“つまんない”なんて思う暇がないから。
「水の精の特性は、からかって助けるまでがセットだよ」
その瞬間に“お気に入り”が見せる表情こそ、水の精たちの幸せだから。——
やっと理解出来たよ。
だからどうしろってんだって話だけど。
でも、あの人間と出会ったことで、何だか水の精本来の存在になれた気がする。ほんと、不本意だけど。
それで、ボクは決めたんだ。あの趣味が死ぬ程悪い人間がまた来たら、溢れんばかりの悪戯を仕掛けてやるってね。そのあとはきっと笑顔で助けてあげるから。
精々覚悟しておくんだね。趣味の悪いボクの『お気に入り』。
水の奥深くまで溺れさせてあげるからね。実南————。
