「それで……手伝う役って、具体的にはどういうこと?」
先程の態度から一変、ケロッとした様子で再び質問を始める実南。切り替えが早いのは彼女の良さだろう。
「手伝う役? あぁ、さっきの続きだね」
一瞬怪訝な顔をしたクルレーだったが、思い出したように口を開く。
「水の精は水を生み出したり、浄化したり、水質調査をしたり……ま、色々なことをやっているかな」
「それが人間の手伝い?」
「そうだよ? ボクたちがいなかったら、今頃人間は生きていけないさ」
実南にはスケールの大きすぎる話で、実感が湧かなかった。
「細かく言えば、水面都心のどこに住んでいるかで働きも変わってくるわけ」
「へー」
「さては君分かってないな」
「想像しにくくて……」
「まぁ良いや。さ、着いたよ」
「え?」
話しているうちに目的地に着いたようだった。
呆れた様子のクルレーの言葉に足を止め、彼と同じ方へ視線を動かす。
「わぁ!」
つい感嘆の声が漏れる。
いつの間にか、水面都市を一望できるような高台に辿り着いていた。目の前の柵に手を掛け、少し目線を下に向ける。
上から見る水面都市はとても美しいものだった。自分が魚になって、長いこと見つかっていない沈んだ古代遺跡を、静かに眺めているようだった。ゆらゆら揺れる水中の景色に、気を付けなければ自分も酔いしれて溺れてしまう。そんな心地がした。
目の先には、歩いていたときには気付かなかったものも見える。
石畳に流れる水路を辿っていくと、大きな噴水のようなものに繋がっていることが分かった。とても大きな、立派な噴水だ。近くで見たらきっと首が疲れてしまう程の大きさ。
「すごい! あんな大きな噴水見たこと無い!」
「あの噴水が、水面都市の要になっているんだ」
「……とっても素敵な都市だね」
目線は噴水や建物に向けたまま、花開くように笑顔を咲かせる実南。
彼女の瞳は、ビー玉のようにキラキラと水面を反射させながら、感動で揺らめいていた。隣でその姿を見るクルレーの心も、揺れたような気がした。
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「ねぇ、今って朝? それとも夜?」
上を向いて、揺れながら淡く差し込む光に目を向ける。水中のような世界に、あの光が太陽のものなのか月のものなのか判別出来なかった。
高台を下り、再び歩き始めた二人。次は一体どこへ向かっているのか。先程と違うのは、姿は見えないのに多くの視線を感じること。視線の正体はクルレー曰く、他の水の精だそうだ。人間に興味津々なのだとか。
「さぁ? ボクたちにはどうでも良いことだね」
「そうなの?」
「水の精含め精霊と呼ばれる存在に、時間感覚なんてものは無いよ」
「いつ休むの?」
「休み? 無いけど」
「え?」
「良いの? ボクたちが休んだら、人間は水を使えなくなるよ?」
嘲笑うかのように鼻を鳴らす。
この世界のことや水の精のことはよく分からないが、クルレーが実は意地悪であることは実南にも理解出来た。
「意地悪」
「まぁ、何をしているか実際に見たら理解出来るよ」
入って。
一つの白い建物に入っていくクルレー。建物は一階建てだったが中は広く、扉も無い為開放感のある部屋だった。
椅子と机が一脚ずつあるだけで、あまり生活感はない。広く開けた部屋の中心部分の床には、魔法陣のような不思議な紋様が描かれていた。その上には大きな水瓶が。人ひとり入れるくらいの大きさだろう。水が張ってある為、誤って足を滑らせ中に落ちれば、溺れてしまうかもしれない。
「ここってクルレーの家?」
「家、というか主な活動場所」
実南を椅子に座らせる。
「特別にボクの仕事を見せてあげる。そこでじっとしててよね」
やはり少し意地悪で上から目線な言い方だったが、それも気にならないくらい、実南の胸はこれから何が起きるのかと期待で満ち溢れた。
紋様の上に立ち、水瓶に手をつけるクルレー。その瞬間真っ白い部屋が金色の光で照らされた。水瓶の水がキラキラと輝き出したのだ。壁や床全体に反射する。プラネタリウムのように、輝きが部屋中を駆け回る。
その眩しさに目を瞑りそうになるが、神秘的なその力を前に瞬きさえ出来なかった。
水に手をつけたクルレーが一瞬眉を寄せたかと思えば、彼は何かを掴んで持ち上げるように手を水面から離した。その手に握られていたのは、黒い水の塊だった。スライムのように不安定ではあるが形を保ち、水のようにゆらゆら動いている。
「それ、生きてるの……?」
「まだ生きてない。これ以上力をつけていたら、ボクも君も食べられていたかもね」
目線は黒い水の玉に向けたまま、軽快に返事をするクルレー。さっきまでは魔法使いみたいで素敵だったのに……。でも未だその美しい光景、行動に目が離せない。
クルレーは黒い塊を空中に放ち浮かせる。どういう原理で浮いているのかは分からなかったが、実南にとって今はそんなことどうでも良かった。
水瓶から少し離れたクルレー。彼は瞳を閉じ、青い光を纏いながら舞を舞い始めた。水の流れを表現するかのような軽やかな足取りと揺れる白衣装。どんどん周りの光は強まり、黒い塊へと降りかかる。どこからか、水の流れる音が聞こえた。水面に水滴が落ちるときに響く、あの軽い音も。
舞が終わると同時に黒い塊は弾けて分散し、消えていった。輝きを放っていた水面も落ち着き、もとの透明なものへと戻る。舞を舞う前よりも、水の透明度が増しているような気がする。
「はい、終わり」
「え……」
「ボクの担当は川。今のは水質改善みたいなものだよ。あの水瓶は川に繋がってる。そこに手を入れて、邪水っていう汚い水を集め、舞による精霊力で浄化してるわけ。浄化しないと川が汚染されて、人間たちにも危害が及ぶんだ」
説明しながら机の上に置いてある薄い布で、濡れた手を拭くクルレー。しかしその瞬間、
「痛っ」
声を上げ手を握りしめた。実南がよく見ると、彼の手の平は赤く爛れていた。痛々しい見た目に慌てる。
「大丈夫!?」
「浄化の為に、邪水を掴んだからだよ……」
しおらしく俯く姿に、実南は心を痛める。
「ど、どうしよう! 手当て! 手当てしなきゃ!」
慌てて周りを見るが、如何せんこの家には生活用品らしきものはない。私服のポケットを漁るが、包帯や絆創膏などというものは出てこなかった。
「……プッ、フフフッ! アハハハ!」
「へ?」
焦る実南をよそに、クルレーは肩を揺らした。
「君引っかかりすぎ。こんなのいつものことだし、何よりほら」
浄化の力で治るよ。そう言いながら爛れた手に光を纏わせる。次に手を開いたときには、もうあの火傷のような怪我は綺麗さっぱり消えていた。
