食事後、友人全員に返事をした。
時間が昼休みだったからか、直ぐに返事が来た。内容はどれも体調を心配するものばかりだ。
「あ……」
「どうしたの?」
洗い物から戻り、ゼリーを手にした由美が問う。
「あかとゆりから返事来た。『今日お見舞いに行っても良いか』だって」
「二人とも凄く心配してたからね。良いわよ」
「ありがとう」
実南は慣れたような手つきで、二人にメッセージを送る。
彼女たちは放課後二人で家に来てくれるらしい。朱里は溜まっていた提出課題も持って来るそうだ。……憂鬱でしかない。
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「でも、不謹慎かもしれないけど寝込んでて良かったわね」
「え、なんで?」
悪戯っ子のように笑う母親に、実南は疑問を抱く。
「ここ数日、すごい暑いのよ。まだ六月なのに猛暑で雨も降らないし。あなたなんか特に気を付けないと、すぐ熱中症になっちゃうわ」
毎日飽きずに空を見に行っているみたいだし。と、笑って話す由美。
実南はその言葉が頭から離れなかった。
“猛暑”で“雨が降らない”。グラースが言っていた状況と全く同じだ。
「最近は熱中症で病院に運ばれている人も多いみたいよ。病み上がりなんだし、実南も気を付けるのよ」
そう言って、空のゼリーのゴミと使い終わったスプーンを持って部屋から出ていく。
虚ろな返事をしたあと、一人になった実南は考え込んだ。
グラースの言葉と現実世界の天候が同じ。ということはやはり彼の存在や雲海都市、クルレーや水面都市は夢では無かったのだ。
安心と嬉しさが胸を占めるが、それと同時に危機的状況の中彼を一人にしたことへの苦しさが脳をよぎる。
どうにかしてもう一度あの場に戻りたい。彼女の頭の中はそれでいっぱいだった。
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「ん……」
色々考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。三日間も眠りこけていたのに、まだ眠る元気があったことに驚く。
窓の外を眺めると先程より日が傾いている。
枕元の水に口をつけて脳をスッキリさせていると、部屋の外から声がした。由美のものだ。
「起きてる? 朱里ちゃんと紗由理ちゃん、来たわよ」
「起きてる!」
「じゃあ部屋に通すわね」
居間まで二人を呼びに行ったのだろう。由美の足音が扉から離れて行った。
時計を見ると時間は十六時頃。気付かぬうちに放課後になっていた。
「実南。二人とも来てくれたわよ」
「おばさん、案内ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「良いのよ。ゆっくりしていって」
お茶とお菓子を乗せたお盆を部屋の机に置き、由美は出て行った。
朱里と紗由理は慣れたように机の周りに座る。
「ごめん。来てくれてたのに、私寝てたみたいで……」
ベッドから上半身を起こして話す。
「別に平気よ」
「うんうん。私たちも今来たばっかりだからね〜」
素っ気なく答える朱里とフォローを忘れない紗由理。
久しぶりに会ったいつもの二人に、実南はつい感動してしまう。この姿がいつも通りの二人だ。
「体調はもう大丈夫なの?」
表情は普段のままだが、心配しているのが見て取れる。
朱里は素直では無いけれど、誰よりも友だち思いだ。
「平気! ずっと横になってたから体が痛いだけ」
「それなら良かった。私も朱里ちゃんも、凄く心配したんだよ〜」
「ちょっと! 私は別に……」
「ふふ。ずっと暗い顔してたでしょ?」
「え! そうなの?」
「ち、違うわよ!」
朱里は照れたように怒り、紗由理は穏やかに笑う。
二人の気遣いに実南も嬉しくてつい笑ってしまう。
「そんなに元気なら、課題をやっても平気そうね」
紗由理と一緒になって笑う実南に、目敏く気付く朱里。
先程までの羞恥心はどこへ行ったのか。目を釣り上げ厳しい口調で課題を渡す。
「げっ! いらいなよそんなのー!」
「ダメよ。先生方も来週まで待ってくれるって言っていたし、体調に問題無いならやりなさい」
「そんなぁ……」
「私も分からないところは手伝うからね」
紗由理に励まされながら、渋々課題を受け取る。
その枚数を見て実南は絶望した。
彼女たちは高校生だ。三日も休めば授業に遅れてしまうのは当然のことだろう。
「ノートの書き写しもあるんだから、早めに終わらせるのよ」
「鬼だ……」
「でも実南ちゃんは、勉強が出来ないっていう訳じゃ無いから大丈夫だよ〜」
そう。決して実南は地頭が悪い訳では無い。勉強すれば、試験である程度の点数も取れる。
ただ彼女は好きなこと以外に頓着が無いだけなのだ。だから出来ることなら勉強はしたく無い。そんな時間があるなら、運動するか空を眺めるかしたい。小鳥遊実南とはそういう人間だった。
「しっかりやるのよ」
「は〜い」
気の抜けた返事をしつつ、課題を机の上に置いてもらう。
「それで? どうして眠ったままだったの?」
「熱とかは出なかったって聞いたけど……、実南ちゃん自身は原因が分かっているの?」
真剣な表情で質問する。
来るであろうと思っていた疑問に、実南は困ってしまう。
彼女たちには真実を話すつもりだった。現実味もなく壮大な話だが、幼馴染の二人なら絶対に信じてくれると確信していたからだ。
両親もきっと信じてくれるだろうが、変な心配はかけたくない。こういうときは対等な存在である友人の方が頼れるものだ。
今までの体験を話そうと口を開くが、何も発さないまま閉じる。
困った。何から話せば良いものか。あまりにも不思議な経験をしたものだから、話し始めに困ってしまう。
「……長くなっちゃうけど、聞いてくれる?」
おずおずと問いかける。
「当たり前でしょ。それを目的に来ているんだから」
「うんうん。ゆっくりで良いよー」
その言葉に安心し、実南は再び口を開いた。
