「グラースは多分考えすぎなんだよ」
「え?」
驚き過ぎて気が抜ける。
「クルレー……水の精に聞いたよ。多分グラースは雲の精として、“何でも肯定したい”、“受け入れたい”、“願いを叶えなければ”って思っているんだろうけど……」
当たり前だ。
それらは雲の精の特性。言い換えれば本能というもの。個々の性格とは別に、雲の精皆が持っているものだ。
「その通りに動かないと何が起こるか、とかは分からないけど、必ずその通りにならないことがあっても良いと思うよ。勿論その性格は雲の精のものだから、無理に変えろって言ってる訳じゃなくて」
伝えるのが難しい。言いたいことがあり過ぎて纏まらない。こんなことなら、紗由理に国語を教えてもらうんだった。
そう後悔しながらも言葉を紡ぐ。
「叶えられなくても、そこまで重く考えなくても良いと思うってことが言いたくて……。確かに私は、グラースが舞を舞うから雲海都市を見て回ることは出来なかった。でもその代わり、とっても素敵な舞を見れた」
凄く綺麗で美しくて、目が離せないほどに神秘的な舞。
時間さえも忘れてしまう程に素晴らしい舞。それが見られただけで、十分幸せだ。
「それに、全部の願いを叶えてくれなかったからって、嫌いになる訳じゃないしね!」
再び花が咲くような笑顔を見せる実南。
「寧ろわがままを沢山聞いてくれて、ありがとう! 雲が好きな私は、雲海都市にいられるだけで良いの。とっても幸せ」
その言葉に嘘は無くて。目の前の少女の純粋な行動全てが、グラースの胸を打つ。
真っ直ぐな言葉と共にグラースの横を暖かい風が吹き抜けた。
周りは暗い曇り空な筈なのに、彼の視界は明るく美しいもので包まれたように感じた。
世界が生まれ変わったような心地がする。心が、体が、泣きなくなるような優しさに染まっていく気がした。
「それにね。そのとき叶えられなくても、次の機会に叶えてあげれば良いんだよ! それなら雲の精的にも大丈夫じゃない?」
……多分。
自信無さげに小さく保険をかけた彼女の言葉は、しっかりグラースの耳に届いていた。
正直なところ、彼女の言葉を聞いた今でも、雲の精の特性に一瞬でも反する行動をしたいとは思わない。これは嫌々という訳でも無く、そういう生き物だから仕方の無いこと。それは変えられない。変えたくない。
けれど彼女の言葉に染まったのも事実だ。
目の前に立つ実南は、心の底から雲を愛している。ここで起きていることだったら、どんなことも楽しいものになるのだ。ならばこの時間すら勿体無い。彼女の言う通りだ。さっき叶えられなかったなら、今直ぐ叶えれば良い。今がそのときだろう。
「実南、ありがとう」
「上手く伝えられていると良いんだけど……」
「うん。実南は上手に伝えられていたよぉ。ちゃんと伝わった」
「それなら良かった!」
ああ、また眩しい笑顔。太陽のように咲き綻ぶその姿に、グラースは胸がポカポカとした。
「曇り空でも良かったら……ここの雲海都市を見て回る?」
「良いの!?」
「うん。実南がそれを望むなら」
そう話す彼の表情には、やっぱり目はぼうっとしていたが、先程の陰りは見られなかった。
「行きたい!」
そうして、再び彼らは肩を並べて歩き始めた。
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「そういえばさっきの雨雲の舞、石がキラキラしてて、とっても綺麗だった!」
「水の欠片だね〜。水の精が作ったものだよぉ」
欠片は、定期的に雲海都市へ水の精が持ってくるんだとか。
「欠片を保管しておく貯蔵庫もあるよ」
「え! 見てみたい!」
「いいよ〜」
興味のあるものにはとことん真っ直ぐ。
彼女はそういう人間だった。
灰色に染まった雲海都市を暫く歩いて行くと、大きな白い建物に辿り着いた。横に長いので、倉庫みたいなものだろう。
色や形は周囲の建物と同じだが、活動する部屋の三倍程の大きさをしている。
建物の短い辺の方には、珍しく木で出来た扉が付いており、二人はその扉を開けて中へ入る。
「わぁ……!」
広い細長い倉庫には、数え切れないほどの木箱が積まれていた。
遠くにある向こう側からずっと蓋の無い木箱が積まれており、一番上の天井ギリギリの箱からは水の欠片が見え隠れしている。
扉の直ぐそばまで置いてある箱の中身を見ると、余りの眩しさに目を瞑ってしましそうだった。
量が多い為少し安っぽく感じるが、キラキラと水色に輝く石はどこからどう見ても、宝石のように思えた。
「本当に綺麗……」
実南の瞳も、石の輝きを反射してキラキラと瞬いていた。
「雲の精はみんなここから何個か持っていくんだ〜。服にポケットがついているから、そこに入れてるよ」
ほら。と言いながら、舞ったときと同じように取り出して見せる。
「重そうだね」
十五センチほどの石は、そこまで太く無いとはいえどいつもポケットに入れているのは大変そうだ。
実南の感想に、グラースも苦笑いを零す。
