それからずっと、グラースは動きを止めることなく舞い続けた。何度も何度も雨雲を生成し、天井に放つ。
そんなゆったりとした舞を眺めているからだろうか。
正確な時間が読めない。長時間経っているような気もするが、短時間しか経っていないと言われればそんなような気もする。
けれど今の実南にとって、時間の経過などどうでも良かった。
また時間が経つ————。
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視線を外すことなく、舞を舞い続けるグラースをずっと眺めていた。
すると、次第に彼の舞が落ち着いたものへと変化していくのが分かる。
ふわふわと大きく動かしていた腕は小さな振りに。跳ぶように柔らかくステップを踏む足は、軽やかに運ぶ程度にまで静まっていた。部屋の中で輝き続ける光も、その大きさを窄めていく。
ふと部屋の外に目を向けると、他の部屋でも外に漏れる光が小さくなっていた。他の雲の精たちも今の今まで舞い続け、やっとその動きを止めたのだろう。
いくら雲が大きとはいえど、雨雲の生成はこんなにも大変なものなのか。
やっていることは魔法の儀式のようでとても美しいのに、思ったより体育会系でつい実南は顔を歪めてしまった。運動好きな彼女がここまでとは相当なことだろう。
そんなことを考えているうちに、グラースの動きは完全に止まった。
彼の呼吸も落ち着いている。あれだけ舞い続けていたのに汗ひとつかいていない。
「ふぅ……」
「お疲れ様、グラース」
「……ありがとう」
椅子から立ち上がり、彼の元に駆け寄る。
疲れているのかどこか元気が無い。
「やっぱり疲れるよね。ずっと舞ってたもんね」
「うん……」
返事も上の空。
眉を寄せて苦しそうな表情に実南は驚く。
彼は普段、表情をあまり変えることは無かった。
「外の様子を見てくるね。すぐ戻るから」
そのままの表情で部屋の外に出ていく。
舞によって起きた変化は勿論、彼の様子も気になったので実南も後ろをついていく。
外に出ると、他の雲の精も同じように部屋から出て来た。
グラースはある一点を見ている。そこには大きなグレーの雲が広がっていた。
雲海都市を囲み漂う雲もグレーに変化しており、白くて明るい雰囲気から曇り特有の陰鬱とした雰囲気を醸し出している。
「……あれが雨雲?」
「そうだよ。雲海都市の外では大雨が降っている」
静かに目線はそのまま答えるグラース。
やはり元気のない姿に、実南はどうしたら良いのか分からなかった。
声をかけるべきだろうか。でも疲れているときにしつこくしてしまったら……。
色々考えたが、彼女はもとより頭を使うことは苦手だ。大好きな雲に関係する彼が落ち込んでいるのであれば、元気付けたい。うじうじ迷っているのはらしくない。好きなものには全力で一直線に。それが彼女のモットーだった。
「グラース! 何をされたら嬉しい? 私に出来ることはあるかな?」
重い雲海都市とは真反対の、眩しい笑顔でいつも通り聞いてみる。
彼女の声に反応してこちらを向いたグラースの顔は、驚きで目が見開かれていた。
「……何で」
「だってグラース、苦しいみたいだから。元気にしてあげたいなって」
魔法の力は無いけれど。
頬を掻きながら、少し恥ずかしそうに呟く実南。
「……うん、苦しい」
「ど、どうしたらいい? どうして欲しい?」
思いの外素直に認める彼に、実南の方が慌ててしまった。
「謝らせて欲しい」
銀に近い白の瞳が、彼女の蜂蜜色の瞳を離さない。
何か謝られるようなことをされただろうか。あまりにも真っ直ぐ見詰められ、そんなことを考えることも出来なかった。
二人揃って建物の外壁に寄り掛かり空を見上げる————生憎雲海都市にはベンチというものは無い。
暫く沈黙が続く。グラースは何かを考えているようだった。
正直な話、実南はどんな状況でも、誰かといるときの沈黙が耐えられなかった。本人がよく喋るタイプ故に、沈黙になる経験が少ないから慣れていないのだ。
けれどグラースとの沈黙は、何故か嫌では無かった。ゆったりと時の流れを感じられ、心が落ち着いていく気がしたからだ。
「……実南は、舟から降りたとき『もっとここを見て回りたい』って言ってたよね」
「え! あ、うん!」
急に聞こえた声と、思ってもみなかった内容に驚く。
「でも結局、長い時間雨雲の舞を舞うことになって、ずっと側で待たせてしまった」
「全然気にしてないよ!」
これは紛れもない事実だ。
「だけど、つらいんだ。願いを叶えて上げられないことが。すんなり受け入れて、何もかも流れのままに出来ないことが……!」
普段より声を荒げていうグラース。
いつの間にかお互い向き合う形になっていた為、実南は彼の表情がよく見えた。
どうしたら良いか分からない。人形のように整った顔を歪め、戸惑いの表情を浮かべている。
「大丈夫」
子どもに言い聞かせるような優しい声音で伝える。
それでもずっと、グラースがとても申し訳なさそうにしているのが分かる。
ならば舞を見ていることがどれだけ楽しかったか、きっちり理解してもらえば良い。
好きなことを語るのは実南の得意分野だ。
