雲の泡沫




 実南とグラースは、肩を並べて雲の漂う石畳を歩く。
 彼女はこの夢みたいな世界を、早く見て回りたくて仕方なかったのだ。
 そのことをグラースに伝えると、快く承諾。よって、現在グラースによる雲海都市ツアーが行われているのだ。周囲の他の雲の精は、ふわふわと浮くように歩きながら、時よりこちらを興味ありげに見ている。

「雲海都市は、白い建物が特徴の都市だよ」
「だからこんなに沢山あるんだね!」
「うんうん」
 楽しそうにする実南に、グラースも笑みを零す。
「あの建物で、雲の精は活動しているの?」
「そうだよ〜。よく知ってるね」
「ここに来る前、水面都市に行ったの。そこで色々聞いたんだ」
 少し意地悪な彼の姿を思い出しながら話す。
「実南は勉強熱心なんだね」
「そ、そうかな」
 言われ慣れない言葉に、つい照れてしまう。
 グラースはこういう人物だった。基本的に何でも快諾してくれるし、沢山褒めてくれる。
 実南は一年分の“褒め”を聞いた気分だった。
「じゃ、じゃあ、グラースの活動場所に行きたいな!」
 ムズムズする気持ちを必死に隠し、新たな提案をする。
「良いよ、って言いたいところなんだけど……雲の精は各自の活動場所があるって訳じゃ無いんだぁ」
「どういうこと?」
「見た方が早いかな。活動するとき説明するよ……あっ」
 グラースが実南の疑問に答える中、突然雲海都市に一度鐘の音が響き渡った。
 西洋の教会で鳴らされるような、重く仰々しい神秘的な鐘の音。
 その音を聞いた瞬間、都市を歩いていた雲の精たちは白い建物にふわふわと駆け込む。
「丁度良いね。君が望むなら、雲の精の活動を見せるよ〜」
「見たい! 見せて!」
 雲の精の活動?見たいに決まっている。
 彼の言葉に被せるように、実南は熱望する。
「分かった。じゃあおいで」
 グラースは実南を手招きながら、近くの白い建物に入った。
 ここが彼の活動場所なのだろうか?それに、あの鐘の音は何だったのだろう。
 実南の頭には疑問ばかり生まれるが、どうやら今はそれを確認している時間は無いようだ。


****


 建物の中に入って驚いた。
 かまくらのようにドーム状になっているのかと思えば、天井は塞がれていなかったのだ。
 上から明るい温かい光が差し込み、白い部屋はより白く輝いていた。
 部屋の中には、水面都市と同じように机と椅子が一脚ずつ。床には形の違う紋様が描かれている。
「実南は椅子に座って見ててね」
「うん」
 言われた通り椅子に座る。グラースは紋様の真ん中に立ち、大きく息を吸う。そして、舞を舞い始めた——。

 クルレーの軽やかでありながら神秘的な舞ではなく、ふわふわと漂い包み込むような舞だ。風の鳴る音がする。高い流れるようなメロディが、舞をより素敵なものにしていく。
 次第に彼の周りに薄く細い雲が現れた。その雲は美しい淡い桃色。舞の動きに合わせて回転し、勢いと量を増していく。いつの間にか雲は細々と部屋全体に広がっていた。
 舞っているグラースにも変化が起きた。
 彼が身に纏っている雲の精特有の白い衣装。それが淡く桃色に染まったのだ。部屋の雲と同じ色。
 裾の方から、塗り替えていくように色がつく。上からの光に反射して、衣装が所々キラキラしていた。金色のラメが散っているようだった。
 眩しい部屋の中で起こる非現実的な事象。水面都市で見たものとは、また少し違った神秘さを醸し出している。
 実南はその儀式から目が離せなかった。

 数分経った頃だろうか。
 部屋に広がっていた雲は纏まって大きくなり、舞を舞うグラースの頭上に浮かんだ。そして彼が舞い終わると同時に、空いている天井から飛び出て行った。風に吹かれながら、一匹の龍のように、その体を細く長くして。
 雲が出ていくと、グラースの衣装は真っ白に元通り。キラキラと光を放つこともなくなっていた。

「はい。おしまい」
「凄く、凄く綺麗だった……!!」
 拙い語彙で感想を述べようとするが、良い言葉が思い浮かばない。あの光景を見て感じたことを言おうとしても、その口から出るのは感極まった興奮の呼吸ばかりだ。
「あれは何をしてたの?」
 前のめりになりながら返事を待つ。
「あれは染雲(せんうん)だよぉ。空を見たとき、朝とか夕方にピンク色の雲が見えたりしない?」
「する!」
 何度も見た。何度も写真を撮ったとも。
「あの雲は僕たちが作り出しているんだ。染雲の舞を舞うことで、生み出した雲を思った色に染めることが出来る。そしてその雲を空に向かって放つことで、ここら辺一帯の雲を、ピンク色の雲にすることが出来るんだよ〜」
 雲の精の活動の一つとして、太陽光の当たり方や雲の水分量によってその表情を変化させなければならない。
 人間の現実世界から見えている気象全ては、精霊たちによって作り出されたものだったのだ。まぁそれは水の状態も然り、なのだが。

「じゃあグラースの仕事は、染雲を作ることなの?」
「それもあるねぇ。他のも知りたい?」
 肯定した上で聞いてみる。
「知りたい!」
「良いよ。聞きたいこと何でも教えてあげる〜」
 グラースは実南のお願いを、嫌がることなく承諾した。