憑ヶ物つくり

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 噤の家を飛び出したものの、汐里は『何をもって“優れた女”と評価されるのか』の基準を聞きそびれていた。

 (美貌? 知性? 優しさ? ……うぅ、どれも自信ないなぁ……)

 村の中を観察してみると、外部から招かれた女性たちはみな一様に華やかに着飾っていて、確かに『映え』ていた。
 しかも村人たちは、そんな彼女たちに召使いのように付き従い、ご機嫌をとっているようにすら見える。

 (むむむ……! やっぱり見た目ってそんなに大事……?)

 一方、村の女性たちも祭の期間は着飾っているのかと思いきや――不思議と見かけるのは、外部から来た女性陣ばかり。
 明らかに村には男性の比率が多いようだった。

 観察しながら歩いていると、村の若い男たちに囲まれていた茶髪で巻き毛の女性が、汐里の姿を見つけてあからさまに嗤った。

 「うわぁ〜……あいつスッピンじゃない?  服もダサ! 御神子祭ナメてるでしょ〜?」

 思いきり聞こえる音量で言われた。

 だが、こういう手合いに正面からぶつかったところで得るものはない。
 汐里は静かに判断し、無視して通り過ぎることにした。

 「う〜ん……どうしたらいいんだろ……。御御子様に推薦してもらえるには……」

 農作業でも手伝ったほうがいいのかもしれない。
 けれど未経験ゆえ、むしろ邪魔になるだけかも……。
 そう思い悩んでいると、ふと目に入った。

 村はずれの大きな木の下で、一人の青年が網籠を編んでいたのだ。

 (わあ……! 格好いい人……!)

 青年は、逞しさと神秘性をあわせ持つ不思議な容貌をしていた。
 雪のように白く長い髪と、褐色の肌。
 そのアンバランスな美しさに目を奪われてしまう。
 彼は黙々と手を動かし、淡々と網籠を拵えていた。

 御神子様候補をちやほやするでもなく、誰にも媚びる様子もないその姿に、汐里は自然と好感と興味を抱いた。
 なんとなく、心が引き寄せられるように、その青年の元へと歩み寄っていく。

 「こんにちは!」

 声をかけると、青年はゆっくりと顔を上げた。
 けれどすぐに視線を逸らし、また静かに作業へと戻る。

 邪魔だったのかと不安になったが、拒絶の言葉も空気も、どこにもなかった。

 普段の汐里なら、あまり深く関わらずに立ち去っていたかもしれない。
 けれど、その青年にはどこか不思議な魅力があった。それに加えて……。

 (もしかしたら、寧々先生が網籠のシーンを書くとき、役に立つかも!)

 そんな思いもあり、汐里は屈みこみ、作業をじっと見つめ続けた。

 「……」
 「……」

 黙々と手を動かす青年は、驚くほど手際がよかった。
 器用に、そして素早く、網籠を編み上げていく。

 けれどその指先には、ささくれや細かな傷がいくつも走っている。
 編むたびに、痛みが走るのではないかと思えるほどだった。

 (痛そう……って、あっ、そうだ!)

 汐里はジーンズのポケットをまさぐり、常備している小さな救急セットを取り出した。
 ケガの多い寧々のために、いつも持ち歩いているものだ。
 その中から消毒液とバンソーコーを取り出し、青年に差し出す。

 「これ、指のケガにどうぞ!」

 御神子様に近づきたいという下心も、もちろん少しはあった。
 けれどそれ以上に、傷ついた指先を見ていられなかったのだ。

 青年は顔を上げ、ほんの少しだけ目を見開いた。
 そしてすぐに、またそっと視線を落としたのだった。

 救急セットを差し出したまま、汐里は少し硬直していた。
 沈黙のままの時間が辛くなりかけたころ――

 青年が「シュー」と声を発しながら、指で汐里の腰と、救急セットを交互に指さした。

 (え? えっと……どういうこと……?)

 戸惑う汐里だったが、すぐに気づく。
 どうやらこの青年は、言葉を話せないらしい。

 「シャー」とか「シュー」としか言わないが、仕草からなんとなく伝わった。
 彼は、救急セットは要らないから、ポケットに戻してほしいと言っているらしい。
 けれど怒っているわけでも、迷惑がっているわけでもない。
 むしろ、青年の目元がほんの少しだけ緩んでいて、やわらかな気配がそこに滲んでいた。

 そのささやかな『通じ合い』が、汐里には妙に嬉しかった。
 だから名刺を取り出し、自己紹介をしてみる。

 「あ、あの、私、田貫汐里っていいます。御神子様になりたくて名洛村に来たんですけど……」
 「!」
 「この村、のどかで景色も良くて、すごく好きです。えへへ、ごはんも美味しいし!」

 青年が目を見開き、勢いよく顔を上げた。
 そんなに御神子様っぽくないのかと、一瞬しょんぼりしかけた汐里だったが、青年はすぐに首を横に振り、懸命に何かを伝えようとしている。

 「……え? なになに……?」

 けれど、彼の発するのは「シャー」「シュー」だけ。
 どうしても言いたいことが分からず、汐里は前のめりに聞き入る。

 ……その時だった。

 「何をしてる!」

 鋭い声が背後から飛んできて、汐里の背中を貫いた。

 「わっ!?」

 驚いて跳ね上がる汐里。

 振り返ると、そこに立っていたのは噤だった。

 「独楽鳥さん?」

 驚いて問い返すと、噤は急ぎ足で近づいてくる。
 そして汐里の腕をつかみ、白髪の青年、朽縄から距離をとらせた。
 まるで危険物から遠ざけるかのような仕草だった。
 汐里は困惑しながらも、それを拒めずにいた。

 「……朽縄(くちなわ)。彼女に何もしていないだろうな」

 噤の声は低く、冷えていた。
 彼に『朽縄』と呼ばれた青年は、黙って首を振る。

 その様子に、汐里は思わず噤の前へ出て庇うように言った。

 「独楽鳥さん。私から話しかけただけで、朽縄さん? は悪くありません」

 その言葉に、噤は額を押さえ、ふぅと深く溜息をついた。

 「……よりにもよって、ジョーカーを引くなんて。君の『才能』は別格だな」

 いつものオネエ口調ではなく、低く静かな男の声だった。
 その落差に戸惑っていると、噤は汐里の手を取り、静かに、しかし有無を言わせぬ調子でその場から連れ出していったのだ。

 引きずられるようにしてその場を離れ、朽縄の姿が見えなくなった頃。
 噤はふいに立ち止まり、汐里の方へと向き直った。

 「――汐里。彼に……朽縄に、何か渡したりしなかったか?」
 「えっ……?」

 (あっ……名刺と救急セット……でも、どっちも受け取ってもらえなかったんだっけ)

 そのことを思い出して伝えると、噤は深く溜息をつく。

 「……っ、なんてことだ……君からは一瞬たりとも目を離せないな」
 「え、ええと……どういうことですか?」

 説明を求める汐里に、噤は突然、キッと目尻をつり上げ――軽くデコピンを食らわせてきた。

 「いたっ!?」
 「イタ~イじゃないわよ! このおバカ! 朽縄一族はね……この村の『暗部』なのよ!」

 『暗部』――その言葉に、背筋が凍るような緊張が走った。
 噤の話では、朽縄一族は『復讐』を司る『幸の物』を扱っているという。

 「独楽鳥が幸運、弟切が芸事の成功や美貌、犬神が反魂を司っているとしたら、朽縄は『報復』よ!」
 噤の語気が強くなる。

 「憎くてたまらない相手を、一族ごと……末代まで『朽ちさせる』! だからこそ、あの一族は『朽縄』を名乗ってるのよ!」
 「そ、そうだったんですか……?」

 少し変わった青年なのかと思ったら、そんなイワクつきであったとは。
 それでも汐里の胸に、彼への嫌悪や否定の感情は芽生えなかった。
 彼の瞳の奥に、寂しさと、それ以上に深い優しさを見たからだ。

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