憑ヶ物つくり

 ◆◆◆

 その寧々との会話があった夜だった。

 「ふわぁ……」

 夜中に目が覚めた汐里は、手洗いへ行こうと布団から起き上がった。
 静かな廊下へ足を踏み出す。

 月明かりに照らされた廊下は、夏の夜の風を取り入れるため、障子が全開にされていた。
 夜風が心地良くて目を細める。

 「気持ちいい……」

 そんな汐里の足元に、何かが転がった。

 「……え?」

 どうやら小石に包まれた和紙のようだ。

 周囲に人の気配は無い。

 恐る恐る開いてみると……。



 『 カ エ レ 』



 それだけが書かれていた。

 (え……?)

 塀の縁から、黒い影がサッと引っ込む。

 そして、パタパタと子供? が走るような足音が何処からかした。

 「き……」

 足音が遠ざかってから、汐里は耐え切れなくなった。

 「きゃぁあああああ!!」

 汐里は悲鳴を上げながら噤の部屋へ飛び込んだ。
 絶叫で飛び起きていた噤が「何事よ!」と叫ぶ。
 そんな噤に汐里は和紙を差し出した。

 「独楽鳥さん……! こ、これが……!」
 「……」

 噤は差し出された和紙を見て目を細める。
 噤は溜息をつき、手の中で和紙をくしゃりと丸めた。

 箪笥の引き出しからライターを取り出すと、縁側へ向かい、そのまま火を点ける。
 和紙は線香花火のように、ぼうっと燃え上がり、すぐに黒い滓となって土に落ち、消えた。


 「にんそく げんよき たばたの べにに……」


 その間、噤はずっと『あの歌』を唱えていた。
 意味を成さないはずの言葉が、奇妙な抑揚で紡がれていく。

 和紙を消し去ってから、噤は、ふうと息を吐くと、寝床に戻ろうとする。
 何をしたのかと、汐里は噤の肩を揺すった。

 「独楽鳥さん、今何したんですか?」

 噤は片手を上げて振ると「おまじないよ。おまじない」と言う。

 「おまじない……?」

 汐里が小さく繰り返す。
 噤は「そ。だからもう安心して寝なさい」と言いながら、掛布団を軽く持ち上げ、唇の端を吊り上げて妖艶に笑う。

 「それとも、添い寝が必要かしら?」

 その姿に汐里の心臓が跳ねた。
 だが、汐里は『とあること』を思い出し、噤の浴衣の袖を握る。

 「独楽鳥さん、お手洗い、ついてきてください~!」
 「……アンタってさぁ……」

 こうして汐里は噤についてきてもらい、無事に用を足したのだった。

 怖いので添い寝もしてもらいたかった。

 が、流石に同じ布団に若い男女が眠るのはどうかと思い、汐里は独楽鳥に
 頼んで、隣りに布団を敷き直して寝直したのだった。