水谷さんがだいぶ昔に亡くなった看護師であることは、最初に出会った時に気づいていた。

 ナースキャップは一昔前のアイテムで、今は清潔面だとかいろんな理由で、全国的に廃止されている。現に、この病院でナースキャップなんてかぶってる人はいない。

 つまり水谷さんは、今生きてる人ではない。死んだ後も霊となって少女を探していたのだ。

 星野さんのめちゃくちゃな方法で少女を誘き寄せることに成功した。そしてずっと探していた少女に水谷さんは必死に喰らい付き、一緒に消えてくれたということだ。

 たぶん、ともや君ももう……容体は安定すると思うし、今後あの少女のせいで亡くなる人はいなくなると思う。全てはあの看護師のおかげ。

 それでも。僕はぼんやりと考える。

 もし、水谷さんが言っていたことが本当で少女を地獄に送ったのだとしたら、あれほど喰らい付いていた水谷さんもやはり一緒に堕ちてしまったのか。決して離さないという強い意志を感じ取った。堕ちるところまで、水谷さんは少女を離さなかったと思う。

「どうしたの大山くん?」

 首を傾げる星野さんをみて、僕はゆっくり上半身を起こした。少しふらつきがあり頭を押さえながら、それでも聞いた。

「地獄って、あるのかな」

「さあ……私はあったら面白いなと思うけど」

「善人なのに地獄に堕ちたらどうなるのかな」

「地獄にいる人がわざわざ天国に送り返してくれるほど親切とは思わないけど」

 なぜ水谷さんは自分の身を捧げてまで少女を消滅させたのだろう。

 昔大切な人を少女に殺されたのだろうか。

 水谷さん自身も少女に殺されたのだろうか。

 人の命を救う看護師として、生を奪うのが許せなかったんだろうか。

 答えは何も分からない。

「星野さん、あれちょうだい」

「え?」

「おやつ」

 無性に刺激が強いものが欲しくなった僕は初めて頼んだ。少し驚いた顔をした星野さんは、それでも無言でポケットから取り出す。小さな袋に入っている鷹の爪を僕の手のひらに出してくれた。そしてあの綺麗な声で言ったのだ。

「わかった、何も聞かない」

「…………」

「この世には理不尽なことがたくさんある。自分たちの力じゃどうしようもないことも。そういうことよね」

 僕は返事を返さないまま、赤いそれを口に含んだ。噛んだ瞬間ひどい刺激が襲ってきてむせたけど、その痛さがなんだか心地よいように感じた。目に浮かぶ涙をそのままに、必死に噛み締めた。

 水谷さんがどうか、地獄になんておちませんように。そんなありきたりな願いをするしか、僕にはできない。

 多くの命を救ってくれた一人の看護師を、きっと一生忘れない。