一緒にファミレスで働く星野美琴は、その可愛らしい外見に反してびっくりするほどのオカルトマニアな人で、視えてしまう僕はやたら気に入られてしまっている。

 それはもちろん異性としてとかではなく、完全にオカルト要員として、だ。言っておくが僕はなるべく霊とは関わらず穏やかに暮らしたい。

 時々シフトが被って一緒に働いた後は、よく彼女に待ち伏せされて一緒に帰ることになる。

 ああ、美少女に待ち伏せされる……男なら一度は夢見るシチュエーションも、僕にとってはまるで嬉しい場面ではない。







 その日は朝から曇り空で、天気予報も夕方から降水確率九十%と言っていた。

 バイト先で慌ただしく動きまわりながらも、外をちらりと見れば強い雨が降ってきたのに気づく。帰りはきっと雨の中帰らなきゃだなあ、なんてちょっと憂鬱になりながら客の呼び出しに答えた。

 しばらく働いて上がる時間になった頃、タイムカードを切りながら外を見たら先ほどよりさらに強い雨が降っていた。ここから自宅のアパートまでは近いので、どうか歩く時だけでも雨が少しおさまってくれることを祈る。

 更衣室で着替えて裏口まで歩いていくと、そこには艶のある長い髪を一つに結んで、黒いスカートを穿いた星野さんが待っていた。今日は彼女と同じ勤務時間だったのだ。

 月に数回だけだが、こうして同じ勤務になった日は星野さんが僕を待っていることが決まりになっていた。そして帰り道に、ここ最近入手した怖い噂とかグッズとかを嬉しそうに話してくる。

 ぼんやりとどこかを眺めている星野さんの横顔はすうっと鼻が高く、まつ毛も人形のように長くて美しい。もう見慣れているはずなのに、その綺麗な顔には未だうっとりせざるを得ない。

 僕の背後を、他のバイト仲間が通る。そして出口で僕を待っている星野さんをみて、「いいなあ……」と小さく呟いたのを聞き逃さなかった。

 まあ、彼女の外見だけ見ればそう思うのは仕方ない。

 はあと息を吐いた僕に気づいたのか、星野さんがこちらをみる。そして少しだけ口角を上げて手を振る。

「大山くんお疲れさま」

「あ、お疲れさま」

 彼女の近くに歩み寄ると、外から雨音が聞こえた。やっぱり弱まってくれなかったかあ、と残念に思う。

「雨すごそうだね」

「そうだね。ね、大山くん。お願いがあるの」

「え……な、なに?」

 僕は少しビクビクしながら聞き返した。星野さんが関わってくるとロクな目に遭わないことをもうよくわかっている。

 彼女は白い手を合わせた。

「傘忘れちゃったの。家まで送ってくれないかな?」

「え」

 思ったより普通の頼みで驚いた。確かに降り始めたのさっきだもんな。まあ昼からずっと天気悪かったけど。

 そりゃ傘もないとこんな雨の中帰れないだろう。コンビニに買いに行くにもその間にびしょ濡れだ。星野さんは女の子なんだし。

「別にいいよそれくらい」

「よかった、ありがとう」

 僕は傘たてに立っている安いビニール傘を取り出す。そこで、女の子と相合い傘なんて生まれて初めてだということに気づいて急に緊張してしまった。戸惑いで持っていた傘を一旦倒してしまう。

「うわ、ごめん!」

 すかさず星野さんがそれを拾ってくれる。そして僕に微笑みかけて言う。

「ううん、ありがとう大山くん」

 ややドキドキしながら裏口のドアを開ける。やはり、怒り狂っているような雨の打ちつけ具合だ。外はすっかり暗くなっている。僕は星野さんから傘を受け取ってそれを開く。すっと彼女が肩が触れるほどの距離に来て一瞬硬直した。これだからモテない男はダメだ。

 そのまま二人で歩き出した。星野さんの家の場所は知っている。僕の家からも近いので、そう大変な労働じゃあない。

 雨が傘に打ちつける感触が握る持ち手から伝わってくる。踏み出した足はアスファルトに溜まった雨水を跳ねさせた。履いているスニーカーは瞬時に湿ってくる。

 無言で二人で道を進んでいく。どこかドキドキして、そしてワクワクするような不思議な感覚のまま僕はなんとか星野さんが濡れないように傘をそっちに傾ける。

 まあ、普段ぶっ飛んだヤバい子だけど、やっぱり並んで歩いているだけだと普通の可愛い女の子……

 そう考えていた時だった。ふと思い出したのだ。




 星野さんのマンションへ行くのに通る道は、僕のアパートとは反対の方向だ。あまり行くことはない。

 ただ三日前、たまたま買い物に行きたくてその道を通った。人通りもそこそこある大通りで、薬局とかコンビニが並ぶ道だ。

 昼間なので特に人も多く、僕は一人ぼうっと歩いていた。ある横断歩道を渡ろうと思った時、その隅に一人の男性が立っていることに気がついた。

 その人はスーツを着た、三十代ぐらいのサラリーマンだった。人々がみんな横断歩道に向かっているのに対し、彼だけは背を向けてこちらをみていた。

 黒髪に短髪、少し俯いた顔、撫で肩に歪んだネクタイ。男性の足元には、花や飲み物がいくつか供えてあった。

…………あ、この人。

 僕は瞬時に察した。生きてる人じゃない。

 思い返せば、そこは一週間前に轢き逃げ事故によって男の人が一人亡くなった交差点だった。逃走した犯人はまだ捕まっていないらしく、それでもすでにニュースで報道される機会は減ってきていた。

 その事故の、被害者の人なのかも。

 僕はそう気づきながらも何ができるわけもなく、視えてないふりをして横断歩道を渡った。ただそれだけだった。