僕はアルバムを星野さんの手から奪い取った。それを穴が開きそうなほどじっと見つめる。

 少年は口角を上げて笑っていた。ほんのわずかに開かれた口の奥には白い歯なんて見えず、ただ漆黒の闇だけが見えた。その黒から、何かが這い出てきそうな想像に囚われる。

「わ、笑ってる……! 笑ってるじゃん!」

 一番最初に見た時は確かに、彼は無表情だった。子供らしからぬ顔だったので印象に残っている、間違いない。でも今の彼はいつのまにか笑っている。一体いつのまに変化した? いや、そんなことはどうでもいい。

 この少年がみて笑っているのはカメラのレンズではなく、僕たちだと思った。不気味な笑顔でこちらを嘲笑うかのようにみている。

「え? 最初から笑ってなかったっけ?」

 星野さんは首を傾げて言った。鈍感な彼女には感じ取れないのだろう、この異様であまりに恐ろしい写真を。

 僕は慌ててアルバムを閉じた。パタンと音がしたとき、一瞬だが子供の声のようなものが聞こえた気がしたのは気のせいだと思いたい。

 絶対にもう開いてなるものかと強く心に決めて、隣の星野さんに言った。

「ほ、星野さん、これ……!」

「ああ、安心して。これ、借り物なの」

「え、え?」

「相当ヤバい代物だって聞いて見せてもらったんだけど。大山くんに見せたくて一瞬だけ借りたの。今からすぐに返しに行くし、お焚き上げの予定も決まってるから」

「……そ、そうなの……」

「あんまり写真を見続けなければ大丈夫だろうって言われてるから。借り物だし約束破れないから残念。それだけ強烈なら取り憑かれそうなのに」

「…………」

 なんの変哲もない茶色のアルバムを見下ろしてみる。

 心霊写真なんて、ほとんどヤラセとか気のせいとか、そういうのばっかりだと思っていた。顔が写るとか腕が多いとか、そんなありきたりなものばかりだと。

 だからまさか、こんな形で本物と出会うことになるなんて思ってなかった。えぐい。本物の力はえぐい。

「あーそろそろ店でなきゃいけないそうでーす! 二次会行く人はカラオケでもいきましょー!」

 明るい声がして、そういえばここが飲み会の席だったんだと思い出す。背景のうるささなんて忘れるほどの経験だった。僕は持っていたアルバムを星野さんに返す。

「もう開けちゃだめだよ。ちゃんと返すんだよ」

「うん、借りた人との約束だから、それは守るよ」

 星野さんはカバンの中に仕舞い込む。なんだか不安もあったけど、彼女の言葉を信じることにした。ていうか、僕に見せたくて借りてきたって。なんてことをしてくれるんだ、おかげで楽しい飲み会が最悪の終わりになってしまった。

「大山! カラオケいくー?」

 何も知らないノックが笑顔で聞いてくる。僕は必死に頬を緩めてなんとか答えた。

「あーいや、今日はもう帰ろうかな……」

「あれ残念。星野さんはー?」

「私もこれから人と会う約束あるから」

「そっか、了解」

 みんなそれぞれ立ち上がり帰宅の準備をしだす。酔っ払って眠ってしまった人が叩き起こされている。星野さんも涼しい顔をして立った。

「大山くんに見せれてよかった。わかってたけど、やっぱり大山くんって凄いね」

「お願いだから二度とこんなもの持ってこないで」

「ふふ、だって、普段こんなもの手に入らないんだもの。でもやっぱりあれ以外の写真は偽物なのね……残念」

 星野さんはそう悲しげにいうと、さっさと僕を残して席から離れてしまった。

 遠くにいたノックが隣に戻ってくる。嬉しそうに彼が耳打ちした。

「わざわざ大山の横に移動してたじゃん! 何話してたんだよー!」

「……内緒」

「うわーー! うらやましいー!」

 笑いながら悶える彼に、僕は何も言えなかった。とんでもない心霊写真を見せられていた、なんて。





 その後、星野さんはちゃんと約束を守って写真を返したらしかった。

 バイト先で会っても変なものを連れていないので、それだけは確からしい。多分あんなものずっと持っていた日には恐ろしいことになるはずだからだ。

 時々テレビ番組でみる心霊写真特集。幽霊だとわかりやすく女の顔とか写ってるのはとってもいいなと思った。

 だって——なんの情報もなしにあんな写真を見せられた日には、普通はおかしい写真だなんて気づけない。だって単に少年がはっきり写ってる写真だった。気づけないままずっと保管するかもしれない。

 ああいう写真、実は知らないうちにスマホの中に増えていたり……なんてことも、あるのかも。