「あーテレビとかで、ね」

「たまにやってるわよね。でも思わない? なんか心霊写真って、古いものが多いの。ここ最近撮られたような綺麗な画質のものってあまり見ないのよね。コレクションでたくさん持ってるんだけど」

 僕は無言で烏龍茶を飲んだ。

 その答えは簡単だ。画質が良くなりすぎているんだ。

 僕もテレビなどでそういう写真は見たことぐらいはある。女の顔がみえる、足が消える、赤い光が入っている……いろんな種類があるが、僕はそのほとんどは「ヤラセ」であると思っている。はたまた気のせい、だ。

 上手く言えないが、写真を見たときに感じるのだ。ああ、人工的に作られたなあ、と。昔の荒い色で浮かび上がる顔は不気味ではあるが、今の写真は本当に美しい。鮮明に映る霊だなんて何だか不自然だし、合成も作りにくくなってるんだと思う。

 が、こんな夢のない話、あまり星野さんにすべきじゃないか……いや、あえてするべき? そしたら心霊写真収集なんて悪趣味なことをやめてくれるだろうか。

 僕は思い切って彼女に向き直る。

「あのさ、それは」

「で、いくつか持ってきたのコレクション。ちょっと大山くん見てみてくれない?」

 星野さんがにっこり笑って鞄から小さなアルバムをとりだした。茶色でおしゃれなアルバムで、まさかこのアルバムも自分が生まれたとき、心霊写真だけが詰め込まれるなんて想像もしてなかっただろうなと不憫に思う。

 周りから見れば可愛い女の子が何か洒落たアルバムを見せている。中身は旅行行った時の写真か、ペットの写真かとでも思ってるに違いない。

 僕はイヤイヤながらも手にした。心霊写真は大概ヤラセだとわかっているからなんとか可能だったのだ。

 パラリとページを捲る。一番最初に見えた写真はやや古いものだった。にこやかにピースする男女の後ろに、白い女の顔っぽいものがある。それを見てほっと息をつく。

 今までもよく見てきた類のものだ。僕の直感、「これは本物じゃない」という確信。

「いやな感じはしないね」

「そう……」

 残念そうに言う星野さんを置いてページを捲る。やはり全体的に古びたものが多い。中には鮮明な色のものもあるが、そうなると逆に幽霊たちが浮いて見え、なんだか違和感だ。

「あ、この集合写真はほらここの腕が多いんですって」

「ふうん」

「これはわかるね、首が綺麗に消えちゃってる」

「そうだね」

「これはこっちとあっち、それからここにも顔らしきものが……」

「うんうん」

 意気揚々と説明してくる星野さんに適当に相槌を打つ。どれもこれも、テレビ番組でよく見るようなものたちだった。陳腐でつまらなくて胡散臭い。いや、多くの人たちを楽しませるものとしてこういうものがあることを否定はしない。創作としてはよくできている。

「その様子じゃダメね……」

 僕の顔をみて星野さんは残念そうに眉を下げた。今まで彼女には怖い思いばかりさせられている身としては、何だか嬉しくなってふふっと笑みが溢れてしまう。

「まあ、心霊写真って僕が見てきた中じゃほとんどがヤラ」

 そう言いながらページを捲った時だ。

 自分の手がピタリととまる。

 目の前にあった写真は、ごく普通の写真だった。家の中と思しき場所で、小さな男の子が無表情でこちらを見ている。年齢は七、八歳くらいだろうか。背景には少しくたびれたソファや生活感のあるテーブルが映り込んでいる。

 その写真は、今までの物たちと比べて色合いが鮮明にみえた。恐らく、ここ最近の写真だと思う。

 少年は何をするでもなく棒立ちだった。ただ覇気のない顔だちでこちらを見ているだけの写真。ちょっと子供っぽくないな、という印象だ。ただそれだけで、他に怪しいところは何も見当たらない。

「…………?」

 その写真を目にした時、自分の中の何かが酷く動揺した。

 目を凝らしてみてもやはりなんの変哲もない写真。顔や手が写ってるだとか? 少年の体の一部が消失しているだとか? 細部まで注目してみても見つけ出せない。

 それなのに僕は、この一枚の写真に酷く恐怖心を抱いた。得体の知れない何かを見つけたような、モヤモヤしたような……。

 僕の手が止まっているのに気づいた星野さんがアルバムを覗き込む。そして、ほうっと感嘆したように言った。

「やっぱり大山くん、さすがだね……」

「え、え?」

「今回持ってきた写真の中で、本命はこの写真なの。ぱっと見なんの異常もない写真なのに、よくわかったね」

 彼女はうっとりするように写真を眺める。僕も再び視線を落としてみたが、やっぱり何も変なものは写っていない普通の写真だ。

「で、でもこれ何が心霊写真なの? どっか変なところある?」

「ああ……普通にみただけじゃわからないよね」

 星野さんは僕からアルバムを取った。じっと見つめながら詳細を説明してくれる。

「この写真に気づいたのはある家の奥さん。ある日スマホを見てみたら、アルバムの中に知らない写真が勝手に増えていた。それがこの写真」

「はあ、まあ勝手に増えてたなら確かに不気味だけど。誰かの悪戯とかじゃなくて?」

「そう思うでしょう。ところが、この写真が入っていたスマホっていうのは奥さんのスマホじゃないの」

「え?」

「その奥さんの、亡くなったお子さんのスマホ」

 どきん、と心臓が鳴った。星野さんは少しだけ口角を上げる。

「小学生の息子がね、事故死しちゃって。その子が使っていたスマホらしいの。時々思い出に浸るように電源を入れて写真を見てたんですって。そしたらある日突然この画像が増えていた。
 流石に悪戯じゃないでしょう? 家から持ち出すことなんてしないし、何より亡くなった子のスマホにだなんて不謹慎だもの」

「そ、れは確かに……」

 恐らく普段は遺品として大切に保管しているだろう。そこにある日突然画像が増えている。確かに不気味な事この上ない。初めてこれを見つめた時はかなり驚いたことだろうと思う。普通の写真でないことは確かだ。

 でも……。

 写真に映る無表情の青年を眺める。死んだ後も自分の家に戻ってこられるなら、僕はさほど問題ではないと思う。どこかで彷徨って寂しがってるよりマシじゃないか。

 それに。

「もしかして、いつまでも悲しんでるお母さんに何か伝えたかったのかなあ」

 亡くなった少年からの、無言のメッセージだとか。

 自分が死んでからも悲しむ母親。もう前を向いて歩いて行って欲しいというメッセージだとしたら、そこまで恐怖のものではないと思う。むしろ切なく美しい物語なのではないか。

「まあ、メッセージにしてはちょっと伝わりにくいけど」

 僕が苦笑していうと、星野さんが意味ありげに笑った。その顔をみて、ああ今の僕の意見はまるで見当外れなんだと思い知らされる。

 彼女は勿体ぶるようにジュースを一口だけ飲むと、こう言った。

「ここに写ってる少年、奥さんの子供じゃないから」

「…………え?」

 僕は慌てて写真を見返してみる。てっきり、亡くなったはずの少年がある日写真に写っていた、という話だと思っていたのに、この少年は違う子??

 頭の中がクエスチョンでいっぱいになる。

「大山くんの言う流れだったらむしろ感動的になったかもしれないけど、だったらきっと私の手元になんて来てない。
 写ってる場所は紛れもなく奥さんのお家。でもこの少年は全く知らない子なのよ」

 ゾクゾクっと震えが走った。無表情でこちらを見つめる男の子があまりに恐ろしく見える。

 家で眠っているだけのスマートフォン。ある日電源を入れたなら、自分の家の中で撮られた見知らぬ人間。

 あまりに怖い。これが生きてる人間だろうと、死んでる人間だろうと。

「そん、な……」

「スマホからはデータ消去したけど、そのままっていうのも怖いからお祓いのために現像はしたらしいの。そのエピソード付きだから、これは本物なんだろうなって思ってたの、大山くんに見せれてよかった」

 嬉しそうにいう星野さんに何も返せず、僕はただ瞬きもしないまま少年を見つめた。

 おもえばかなり青白い顔。子供独特の明るさや元気がまるでない。生きることに疲れたような、全てに絶望しているかのような目。じっとカメラのレンズを見つめる黒い瞳は生きてる者とは思えない。

 そしてその目とは真逆に、ただ頬を釣り上げましたというような違和感のある笑顔。

…………待て、

 笑顔、だって?

「ちょ、ちょっと星野さん貸して!!」