バイト先の美少女、星野美琴はかなりのオカルトマニアだ。本人は何も視えないらしく、視えてしまう僕はやたら懐かれてしまった。

 でもバイト先では星野さんはただの美少女というだけでオカルト好きなのは誰も知らないらしかった。おかげで「なぜあんな美少女がヒョロメガネと仲がいいんだ」と噂になっているのを知っている。

 そんなある日、バイトが終わった後、帰り道に星野さんが待ち伏せして立っていた。





 時刻は二十時だった。辺りは当然ながら真っ暗で、車のヘッドライトがすれ違うたびに眩しく思った。

 それに照らされた星野さんは、暗闇の中でもその肌の白さがよくわかるほどだった。その日は珍しくジーンズを履いていて新鮮に思う。普段はワンピースなどが多いのだ。

「大山くんお疲れ様」

 作り物みたいな顔で微笑んでくる。普通、こんな美少女に待ち伏せされて笑いかけられれば男は一気にテンションが上がるだろうが、生憎僕は騙されない。

 むしろうんざり、という顔をしてやった。

 わかっているのだ。星野さんがこうして僕に個人的に話しかけてくるのは絶対にオカルト絡みなんだと。

「お、お疲れ様星野さん……」

 なんとかスルーしようと挨拶だけ交わし彼女の隣を通り過ぎる。それでも星野さんはするりと自然に僕の隣についた。二人並んで歩く形になる。

「今日は結構暇だったね」

「そ、そうだね」

「あのね、一つお願いがあるんだけど」

「お断りします」

「ふふ、まだ内容言ってないじゃない」

「わかってるもん、なんかオカルト絡みでしょ」

 僕は存分に嫌そうな顔で隣を見ると、彼女はにっこり笑った。肯定の笑顔だった。

 ため息をついてそのまま歩く。ああ、神様。せっかくこんなに可愛い女の子と仲良くなれたっていうのに、どうしてオカルトマニアなんですか。あれ、でもオカルトマニアじゃなけりゃ仲良くなれてないか。

「今日暇だったから、キッチンの原田さんと話してたの」

 キッチンの原田さん、といえば。茶髪で三十歳くらいの、ちょっと嫌な人だ。どうやら星野さんを狙っているらしく、なぜか僕は目の敵にされて冷たく当たられている。

 確かに暇があればいつも星野さんに話しかけたりしていて必死な人だった。

「うん、それで」

「原田さんって最近引っ越したんですって。ここから少し離れたところなんだけど、これがなんと事故物件らしいの!」

 うっとりとした表情で述べた星野さんとは真逆に、僕はつい足を止めてしまった。

 『事故物件』。つまりは、前の住民が事故もしくは事件で死んでいるというわけだ。これは不動産屋が貸し出す時に説明する義務があり、原田さんはそれを了承して引っ越したというわけだ。

 なるほど確かに、彼はどこか強気なところがある。幽霊だとか呪いだとか信じないぜ! といったところか。イメージ通りといえばイメージ通りだが。

「話の流れでそんなことを聞いていてもたってもいられなくて。私、いままで見たことないの事故物件。もちろん調べ上げて暇な時外からそっと眺めたりすることはよくあるんだけど」

(相変わらずすごい趣味してるな)

「中に入ったことはないから興奮しちゃって……ねえ、大山くん。お願いだから一緒に来てくれない?」

 星野さんは僕の目の前で手を合わせてお願いした。その光景のいじらしさに一瞬頷いてしまいそうになりながらハッとする。

 だから! 絶対ろくな目に合わないんだって!

 僕は心を鬼にして足を進めた。星野さんは慌てて追いかけてくる。

「ね、だめかな? 原田さん住んでても特に何も変なことないんですって。あまり危険じゃないかも」

「だめだよ。興味本位でそういうところに行くのはよくない。僕はパス」

「ええ……大山くんしか頼める人いないのに」

「そ、そんなこと言ってもだめなんだから。僕は基本オカルトには興味ないし関わらないんだよ!」

 冷たく言い放って見せた。正直なぜか良心が痛む。でもしょうがない、このまま星野美琴に振り回され続けるわけにはいかないんだ。

 彼女はしょんぼり、というように俯いた。再び胸がぐっと痛んだが何も言わなかった。

「そう……じゃあ諦める」

「うん、それがい」

「私一人で原田さんの家にお邪魔するわ」

 僕はまたしても足を止めて、隣にいる子を二度見した。なんだって、なんて言った?

「え、え? なんて?」

「え、だって大山くん来てくれないんでしょう? もう原田さんとは約束しちゃったしやっぱり見たいし。私一人でお邪魔してくる」

「ちょお! 女の子一人で男の部屋にいっちゃだめじゃん!」

 しかも相手は明らかに星野さんを狙ってる男だ。絶対だめだ、危ないに決まっている。僕が必死に止めてみせるも、彼女は首を小さく傾げた。

「うん、だから大山くん呼んだんだけど……だめって言うから」

「え」

「まあ、短時間だけ見せてもらう。同じバイト先の先輩だからそんな変なことにはならないと思うし」

「え」

「見てきたら感想、教えるね」

 残念そうに言って去ろうとした星野さんの腕を、僕は無意識に掴んでいた。ほっそりした手首を握りながら、ああ、やっぱり僕は彼女には敵わないんだと思い知らされた。

「わ、わかった、僕も行くから……」

「え、ほんとう? ありがとう!」

「そのかわり短時間だよ、短時間。これ絶対に!」

「うんわかった、ありがとう!」

 嬉しそうに笑う星野さんの顔を見ながら自分自身にうんざりした。

 これ多分、彼女にいいように扱われてるんだな。なんで星野さんは僕の扱いがこんなに上手いんだろう。