戦虚空に転生したJK、聖女だからと武将たちに囲われそうになってますが?

 療治所と呼ばれる戦場の後方に置かれる場所へと連れてこられた私と石口。
 これから戦が始まるため、私達はここで待機となる。
 
 まだ始まったばかりなので仕事はない。暇つぶしにスマートフォンを弄りたいところだが、石口に何か言われても面倒だ。私は布で囲われた陣地をぐるりと見渡した。
 何度かドラマやアニメで見たことはあるが、私が名称を知るわけもなく。
 今後は布と呼ぶことにしよう。
 そんなことを思っていると、石口から声をかけられる。

「華鈴。俺以外の負傷者を治したことはあるか?」
「ないですよ? あ、一応自分の怪我を治したことはありますね」
「そうか。あまりここに送られてくる者は気持ちの良い姿ではないだろうが……任せたぞ」
「は、はあ」

 怪我人なのだから気持ちの良い姿ではないだろう。むしろ気持ち悪くなってしまう可能性もある。
 石口なりの気遣いなのかもしれない。

「早々に申し訳ござらん! 治療をお願いしたく」

 息を切らし入ってきた男が連れてきたのは、首元をバッサリ切られている血まみれの男だった。
 血の臭いが一瞬で療治所を埋め、思わず顔が歪んだ。
 その様子を見ていた石口は私に何か言葉をかけようとしたが、私は怪我人に近寄り傷口へ手をかざした。

「すぐ治療します!」

 手から光が放たれてすぐさま傷口は塞がる。息苦しそうにしていた男は落ち着いた呼吸へと早変わり。
 本当に首を切られていたのかと思うほど、傷跡も綺麗になくなっている。

 連れてきた男と治療された男は、私に感謝の言葉を残してすぐさままた戦場へと戻っていった。
 私はその場で座り込み、鼻と口を手で覆う。

「グロすぎでしょ。手が冷たくなっちゃったよ……」

 裂けた首の肉、血の臭いを思い出し体が震える。
 でもこんなに簡単に治せるのなら、傷口を見ずに処置するのだってできるはずだ。いざとなれば誰か私の専属として側に置いておく人を決めておいてほしい。
 ……その中に島は入れてほしくはないが。

「よくやったな。青ざめていたから、できないと思っていたが」

 石口に褒められて、少しだけ落ち着いた。できるだけ笑顔で言葉を返した。
 
「言われたことはちゃんとやりますよ……」

 そう言ったものの、正直あんまり怪我人が来ないことを祈りたい。戦なんだから絶対無理なことだろうけれど。

「石口様、私グロ耐性ないんで傷口見たくないんですよ。だから私と行動を共にしてくれる人をつけてほしいです」
「グロ? ……傷口を見たくないんだな。それで? 人に頼り、傷口を見ずに治療したいと?」
「そうですそうです。いいですよね?」

 私が期待の眼差しでそう言えば、石口は考え込む。考え込むほどのことだろうか。
 私の手を取って、傷口にかざしてくれれば治療完了。とっても簡単な仕事だぞ。
 
「いや、それは良くない。慣れておかないといつか弊害が起きるぞ」
「ええ〜。どんな弊害ですか……」
「一つ、お前だけになった時。一つ、見えない傷を負った者の対処」
「え? 後者は皆そうでは?」

 傷は目視で探すものだろう。そもそも、見えない部分は相手が鎧を脱ぎ、ここが痛いと私の手をかざして治療だってできるはずだ。
 まあ、心の傷も癒せる。なんて言うと胡散臭い方向へと行くが。
 
「偽物と思われる"白ではない聖女"が、見えない傷も癒すらしい。痛みを隠していてもバレると聞く」
「へぇ。表に出ないような怪我も治せるんだ……」
「おそらくな。だからお前には嫌でも慣れてもらう必要がある」

 言い分はわかったが、その"白ではない聖女"ができても、私ができないことだってあるだろう。絶対聖女はこの能力を持っていた。という根拠がなければ能力に差があってもおかしくないはずだ。

「治療を、お願いします……」

 一人で来た怪我人。私は駆け寄り傷を探す。吐き気がするほどに濃い血の臭いはするが、すぐにどこに傷があるのかはわからなかった。
 怪我人は地面へと倒れ、咳き込み血を吐く。そんな姿を見てパニックになってしまいそうだった。だが、見えないはずの赤いモヤが凹んだ鎧に浮かび上がった。お腹辺りを怪我しているようだ。
 すぐさまその箇所に手をかざし治療。男の歪んでいた表情は落ち着き、目を開けた。
 まさか鎧の凹みまで綺麗に治るとは……

「あ、ありがとうございます! 落馬して馬に踏まれてしまい――」

 私が安堵していると、男は語り始めてしまう。
 弓が馬の顔あたりを掠め、驚いた馬が暴れ落馬。興奮状態の馬に踏まれ骨が数本折れてしまったと。
 いや、説明してくれなくて良い。むしろ知りたくなかった。
 馬に踏まれた瞬間を想像してしまい、私は再度体が冷えてしまう。

「いや、もういいです。想像させないでください」
「怪我をした理由は聞いておくべきだ。統計するのもいいだろう」
「本気で言ってます? ていうかそれを私一人でやらせようとしてません?」

 石口に抗議しようと立ち上がると同時に、足音が近づいてくるのに気づいた。戦場とは別の方向から。ということは、怪我人ではないのだろうが――
 
「療治所だと言うのに、ずいぶん賑やかだな」
「ひょっ」

 織田が布をめくって入ってきて、思わず私は変な声が出た。
 いつのまにか治療した男は消えているし、石口は澄まし顔。いや、私の変な声で一瞬にやけた気もするな。もう今はにやけてはないが。
 
 織田の視線は私に向いている。私が視線を外そうものなら首が飛びそうだ。それだけの目力がある。

「あの、えっと何かご用でしょうか。織田様……?」
「お前の仕事ぶりを見に来たのだ。残念ながら間に合わなかったようだが」
「あ、でもまだ戦は始まったばかりですし、多分また来るかと」
「俺の隊が軟弱だと?」

 片手から火を見せつける織田。石口と違って炎属性ってやつかな……て違う違う。そんなこと悠長に考えてる場合ではない。
 私は咄嗟に首を振った。なんて言うのが正解だったのか。私にはわからない。

「どれほど優秀でも、戦で怪我はつきものでございましょう。そのための聖女の貸し出し、ですよね?」

 澄まし顔のまま石口はそう言った。堂々としているが、大丈夫なのか?

「不要でしたら聖女を連れて帰りますが?」

 加えてそう言い放つ石口。ちょっと言い過ぎではないだろうか。そう思ったが、口を出すにしても、私の語彙の乏しさが目立つだけだろう。もう黙っておこう。

「ふっ、若造が言いよるわ」

 なぜかご機嫌になった織田。だが、去る様子はない。
 もしかして私の治療を見るまで、ここから出て行かないつもりか?
 
 冷や汗が出そうな中、誰も会話することなく重い空気が漂う。怪我人もこの雰囲気を悟って来ないのではないだろうか。そんなことを思っていると、また一人傷を負った男が現れた。
 男は石口ほとではないがスラッとした体型。優しい笑顔でこちらを見ている。誰かさんのせいで裏がありそうな気がしてならないが、美形の笑顔はメンタルに良い。それは確かだ。

「おや、織田様が見学に?」
「ちょうど良い。明知、お前の怪我はなんだ?」
「撃ち漏らした刺客に、毒矢を撃たれてしまいまして……。今日は聖女様がいると聞き、足を引きずってでも見に来たんですよ」

 弓が足に刺さっていたのだろう。包帯が巻かれている足を指差した。

「毒って治療で抜けるのかな……」
「毒が抜けなくても解毒薬を用意してありますので、気負わないでください」

 薬品が入っている箱を指差し私を安心させるよう微笑む。加えて、明知は目線を合わせるよう屈んでくれた。
 
「あ、ありがとうございます。治療しますね」
 
 緩く巻かれた包帯を取って、私は治療をする。正直ズボン? を履いているので傷口がしっかり治ったのかはわからないが、明知が「素晴らしい」と呟いていたのできっと治っているのだろう。

「回り始めていた毒も抜けたようですね。おかげで気分爽快です」
「それはよかったです!」

 どうだ。回復したぞと織田の方へ振り返る。顎髭を触りつつ、鋭い眼差しで私のことを見つめている。
 まだ何か言いたいこと、確認したいことがあるとでも言うのか。
 いつまでいるんですかと言いそうになった口を結び、続々と現れる怪我人の治療に励んだ。

 終わった頃には織田はおらず、私は安堵した。
 それと同時に開放感を得た私は腕を上げ喜ぶ。

「ぜんっぜん疲れてない! SNSにチートを手に入れた! て自慢したいレベルなんだけど!」
 
 私の喜びように、石口は訝しげに私を睨んでいたのだった。