怪我をした人の治療をして、時々情勢確認のためスマートフォンを開く。
豆臣は順調に事を進めているようだ。それをおとねに伝えると、おとねは安堵している。
「さすが、私たちの主君ですね」
「そうですね」
そう笑い合っていると、腹の底に響くような爆音が空気を裂いた。療治所の天幕がわずかに揺れる。
幸い結界のおかげか、療治所に何か飛んでくる様子はない。
「私、ちょっと見て来ます」
「聖具があるので大丈夫かと思いますが、気をつけてくださいね?」
「はーい」
外に様子を見に行こうと布――いや、陣幕から顔を出すと武将らしき男に刀を向けられた。
とは言ったが、黒い霧のせいではっきり見えていないのだけれども。
「お前が、偽物聖女だな?」
「だったら?」
息切れ気味に言う男は刀を私に向けたまま。偽物だからとすぐに切り掛かってくるわけではないのか……いや、疲れているようだし動けないだけかもしれない。
この人、治療してもいいかな。捕まったあの男も治療をしたら正気に戻ったし……
おとねを呼ぶかと顔を引っ込めようとしたが、男は「逃げるな!」とキレられてしまった。
こういう時のための笛かな。そう思った私は笛を吹く。
ピー!
高音が響き渡り、刀を向けていた男はたじろいだが、「何をした!」と少々怯えた声色で言った。
驚かせるだけでも十分使えそうだ。
いつごろ来るかなと思いつつ、睨み合い――まあ、実際私は顔が見えていないのだが、2人してその場から動かないでいた。
すると、私の名前を呼び駆け足でやってきた石口の姿が見えた。
「もう来たんですか?」
「ちょうど近くにいたからな」
そう言いつつちょっと息上がってない? とも思ったが、言わない方がいいだろう。
「その人、捕まえてください!」
「は? ……わかった」
一瞬石口は"何を言ってるんだ?"と眉を顰めたが、すぐに私の言うとおり男を捕まえて縛り上げてくれた。
男は抵抗する力がなかったのか、あっさり捕まり、今は療治所の地面に転がされている。
男を見下ろしながら、石口は腕を組む。
「それで? こいつはどうするんだ」
「治療します」
「治療して、人質にでもするのでしょうか?」
おとねは、「名案だ」とでも言いたげに頷いていた。だが、私は首を横に振る。
「この人、黒い霧をまとっているんです。だから、久遠の魅了術の可能性を考えて治療してみようかと」
「なるほど。実験も兼ねて、ですね」
私は頷いたあと、すぐに男へ手をかざした。
いつものように黒い霧が手の甲に吸い込まれ、やっと男の顔を見た。
「調子はどう?」
「はっ!? 俺は何をして……」
地べたに寝転がっていた男は体を起こし、自身が縛られている状況に動揺している。
今回は記憶もないのだろうか。このままだと私たちが拉致したように見られそうなんだけど……
石口は眉間に皺を寄せた。
「本当に、覚えてないのか?」
「……俺は、久遠様の命で偽物聖女を探していた」
「それは何故だ?」
男は口ごもり言い渋っている。
だが石口に睨まれて、男は「ひっ」と声をあげ口を開いた。
「……それは、久遠様が会いたがっていたからだ。"わたくしを偽物と言ったことは、謝ってくれたら許したい。だから会いに来て欲しい"と泣いておったのだ」
どうやらこの男は本物を騙る私を捕まえて、久遠に差し出す予定だったらしい。
魅了術を使って私をどうにかしようと必死なのがよくわかる。
「あなたは本物か偽物か、見分け方を知ってるの?」
「治療能力は聖女の特別な力だと昔から言われている」
治療術が使えるのは聖女のみ。だから治療してもらえたイコール聖女という認識となるようだ。
じゃあ私も他国から見ても、ちゃんと聖女じゃん。
「聖女に関する書物とかないの?」
「書物なんて、俺らみたいに属性持ちじゃない奴が書いたって、すぐ書き換えられて意味をなさないんだ」
知らなかったなぁと思っていると、背後から石口が追加で説明してくれた。
「この世界では属性持ちの術でないと、改ざんされるのは当たり前だ。特に聖女関連のものは、すぐに改ざんされてしまう」
それだけ聖女関連の書物はデリケートなのだという。
聖女がこの世界に来てもらっては困る何かがある。それは私にも理解できた。
「久遠みたいに、聖女を騙ろうとしている人がいるから?」
「そうだろうな。聖女の力をモノにしたいと結婚を考える者も多くいるくらいだ」
久遠は位の高い人と結婚したいようだった。治療術は聖女のもの。そう伝わっており、治療術を持っていたのなら、自分が聖女だと思い込むのも無理もない。
まあ、本当に生まれた時から治療術を持っていたらの話なのだが……
「治療術って、聖女以外が使えたりするんですかね?」
そう聞いてみれば、石口は顎に手を添え、険しい表情を見せた。
「書物では詳しいことは書いていなかったな……」
しばらくすると、石口は何か思い出したようで口を開いた。
「一部例外で、治療術のようなものはあったと聞く」
「じゃあ、久遠がそれを使っている可能性もあるんですね」
「確定はできないがな」
「そのことなのですが、"久遠の治療術は突然発現したものだ。聖女がなかなか来ないから、純粋無垢な久遠が選ばれたに違いない"と枯野終道が触れ回っていたという情報を入手しました」
治療術は、きっとあの男の闇属性によるもの。そうおとねは言った。
なお、闇属性は光属性と類似点がある。そのため、治療術と似たものが存在してもおかしくないのだと。
石口は腕を組んでおとねを睨む。
「初耳だが?」
「豆臣様にもまだお話ししていないものですよ」
おとねはどこからともなく手紙を取り出した。
どうやら私が男と睨み合っている間に手紙を受け取っていたようだ。
豆臣は順調に事を進めているようだ。それをおとねに伝えると、おとねは安堵している。
「さすが、私たちの主君ですね」
「そうですね」
そう笑い合っていると、腹の底に響くような爆音が空気を裂いた。療治所の天幕がわずかに揺れる。
幸い結界のおかげか、療治所に何か飛んでくる様子はない。
「私、ちょっと見て来ます」
「聖具があるので大丈夫かと思いますが、気をつけてくださいね?」
「はーい」
外に様子を見に行こうと布――いや、陣幕から顔を出すと武将らしき男に刀を向けられた。
とは言ったが、黒い霧のせいではっきり見えていないのだけれども。
「お前が、偽物聖女だな?」
「だったら?」
息切れ気味に言う男は刀を私に向けたまま。偽物だからとすぐに切り掛かってくるわけではないのか……いや、疲れているようだし動けないだけかもしれない。
この人、治療してもいいかな。捕まったあの男も治療をしたら正気に戻ったし……
おとねを呼ぶかと顔を引っ込めようとしたが、男は「逃げるな!」とキレられてしまった。
こういう時のための笛かな。そう思った私は笛を吹く。
ピー!
高音が響き渡り、刀を向けていた男はたじろいだが、「何をした!」と少々怯えた声色で言った。
驚かせるだけでも十分使えそうだ。
いつごろ来るかなと思いつつ、睨み合い――まあ、実際私は顔が見えていないのだが、2人してその場から動かないでいた。
すると、私の名前を呼び駆け足でやってきた石口の姿が見えた。
「もう来たんですか?」
「ちょうど近くにいたからな」
そう言いつつちょっと息上がってない? とも思ったが、言わない方がいいだろう。
「その人、捕まえてください!」
「は? ……わかった」
一瞬石口は"何を言ってるんだ?"と眉を顰めたが、すぐに私の言うとおり男を捕まえて縛り上げてくれた。
男は抵抗する力がなかったのか、あっさり捕まり、今は療治所の地面に転がされている。
男を見下ろしながら、石口は腕を組む。
「それで? こいつはどうするんだ」
「治療します」
「治療して、人質にでもするのでしょうか?」
おとねは、「名案だ」とでも言いたげに頷いていた。だが、私は首を横に振る。
「この人、黒い霧をまとっているんです。だから、久遠の魅了術の可能性を考えて治療してみようかと」
「なるほど。実験も兼ねて、ですね」
私は頷いたあと、すぐに男へ手をかざした。
いつものように黒い霧が手の甲に吸い込まれ、やっと男の顔を見た。
「調子はどう?」
「はっ!? 俺は何をして……」
地べたに寝転がっていた男は体を起こし、自身が縛られている状況に動揺している。
今回は記憶もないのだろうか。このままだと私たちが拉致したように見られそうなんだけど……
石口は眉間に皺を寄せた。
「本当に、覚えてないのか?」
「……俺は、久遠様の命で偽物聖女を探していた」
「それは何故だ?」
男は口ごもり言い渋っている。
だが石口に睨まれて、男は「ひっ」と声をあげ口を開いた。
「……それは、久遠様が会いたがっていたからだ。"わたくしを偽物と言ったことは、謝ってくれたら許したい。だから会いに来て欲しい"と泣いておったのだ」
どうやらこの男は本物を騙る私を捕まえて、久遠に差し出す予定だったらしい。
魅了術を使って私をどうにかしようと必死なのがよくわかる。
「あなたは本物か偽物か、見分け方を知ってるの?」
「治療能力は聖女の特別な力だと昔から言われている」
治療術が使えるのは聖女のみ。だから治療してもらえたイコール聖女という認識となるようだ。
じゃあ私も他国から見ても、ちゃんと聖女じゃん。
「聖女に関する書物とかないの?」
「書物なんて、俺らみたいに属性持ちじゃない奴が書いたって、すぐ書き換えられて意味をなさないんだ」
知らなかったなぁと思っていると、背後から石口が追加で説明してくれた。
「この世界では属性持ちの術でないと、改ざんされるのは当たり前だ。特に聖女関連のものは、すぐに改ざんされてしまう」
それだけ聖女関連の書物はデリケートなのだという。
聖女がこの世界に来てもらっては困る何かがある。それは私にも理解できた。
「久遠みたいに、聖女を騙ろうとしている人がいるから?」
「そうだろうな。聖女の力をモノにしたいと結婚を考える者も多くいるくらいだ」
久遠は位の高い人と結婚したいようだった。治療術は聖女のもの。そう伝わっており、治療術を持っていたのなら、自分が聖女だと思い込むのも無理もない。
まあ、本当に生まれた時から治療術を持っていたらの話なのだが……
「治療術って、聖女以外が使えたりするんですかね?」
そう聞いてみれば、石口は顎に手を添え、険しい表情を見せた。
「書物では詳しいことは書いていなかったな……」
しばらくすると、石口は何か思い出したようで口を開いた。
「一部例外で、治療術のようなものはあったと聞く」
「じゃあ、久遠がそれを使っている可能性もあるんですね」
「確定はできないがな」
「そのことなのですが、"久遠の治療術は突然発現したものだ。聖女がなかなか来ないから、純粋無垢な久遠が選ばれたに違いない"と枯野終道が触れ回っていたという情報を入手しました」
治療術は、きっとあの男の闇属性によるもの。そうおとねは言った。
なお、闇属性は光属性と類似点がある。そのため、治療術と似たものが存在してもおかしくないのだと。
石口は腕を組んでおとねを睨む。
「初耳だが?」
「豆臣様にもまだお話ししていないものですよ」
おとねはどこからともなく手紙を取り出した。
どうやら私が男と睨み合っている間に手紙を受け取っていたようだ。


