久遠が豆臣を去ってから、私はまた本邸に部屋を戻した。
スマートフォンも堂々と見られるようになって、快適度は一気に増した。
けどそのせいで、無駄に絡んでくる女中や将たちの相手がちょっと面倒だった。しかもそれはほとんどが久遠側についていた人たちだ。
縁側でただのんびりとおやつでも食べようと思っていただけなのに、私は終わらない会話にただただ相槌を打っている。早く終わらないかな……
私の願いが届いたのか、ふと突然何かに気づいた人々は、仕事に戻ると慌てて去って行った。
よくわからないがやっと解放されたとおやつに手を伸ばしていると、頭上から声が聞こえる。
「あいつら、媚び売りに必死だな」
私の背後に立っていたのは、石口だった。
もしかしたら石口の姿が見えて逃げたのかもしれない。
石口が本を片手に私の隣に腰を下ろしたため、私はおやつを取ろうとした手を引っ込めた。
その様子を見て、眉を顰めた石口。
「どうした? 食べればいいだろう?」
「いや、何か私に用があるのかな、と……」
「ない。ただ、この時間帯に縁側で読書するのが趣味なだけだ」
読書と言って持ってきていた本は、どう考えても息抜きに読む本ではない。
呪いとか妖とか書かれてる。……意外と中身はファンタジー小説か何かなのか?
「えっと、じゃあ退きましょうか」
「いい。そのままいろ」
石口はなぜか私を引き止める。私がここにいた方が、都合がいいのだろうか。
ならばと私はまたおやつに手を伸ばす。そのまま口に運ぼうとも考えたが、私だけおやつを食べるのも気が引けてしまう。
まだ柔らかく温かい饅頭を、私は半分に割って片割れを石口に見せた。
「よかったらどうぞ」
「……それはお前が楽しみにしているものだろう?」
「別にちょっと食べたら満たされるんで、遠慮はいりませんよ?」
そう言って口元まで持っていけば、石口はそのまま饅頭にかぶりついた。
意外と豪快だなぁ。
「甘いな」
口元についたあんこを指で拭いながら、石口は一言呟いた。
「貴重な砂糖を入れすぎたって言ってました」
「そうか。ところでこれは誰が作ったんだ?」
厨房の者に作る暇はないと、島に以前聞かされた記憶がある。もちろんそれは石口も把握済みに決まっている。だからこそ、そんな質問が出たのだろう。
「島様が」
「島が? お前、あの石頭を手懐けたのか」
「ええ? "石口様から不自由にさせるなって言われてるから作ってるだけだ〜"と口癖のように言ってますよ? なので石口様のおかげです」
「……なるほどな」
口元を抑え、笑いを堪えている石口。私はおかしなことを言っただろうか。
島が甘味を作っている姿を想像して、勝手に笑っているのかもしれない。
割烹着とか着てたら、確かに似合わなさすぎて笑えてきそうだ。
石口はひとしきり笑った後、喉を整えてから私に問いかける。
「ところで、お前は聖具で情勢を把握できるらしいな。どの程度できるんだ?」
「そうですねぇ……」
スマートフォンの電源をつけて、記事を見ながら私は要約しながら言葉にする。
「織田様は着実に進行を進めてて、いまだに天下創世に一番近い男と書かれてますね」
注釈で小さく、"天下創世とはいわゆる天下統一のこと"と書かれている。
ちなみに石口には言わなかったが、織田軍では聖女を求める声が出ているらしい。それが私のことかはさておき、やはり治療術は貴重で欲しいものなんだなと少し優越感に浸った。
「そうだな。うちとは違って活発に動いているのは事実だ」
石口は頷き、「次」と私を見る。
「徳海様は、枯野様――」
「枯野に様はいらん」
瞬時に口を挟んできた石口に、私は一瞬怯んでしまった。石口を見ると、不愉快そうに眉間に皺を寄せている。
どうやら枯野はかなり嫌いらしい。
私は久遠の父親――枯野終道に会ったことはないが、久遠がああなのだから、あまり好きになれるタイプではなさそうだ。
「……えっと、枯野を辺境に追い出して抑圧しているところのようです」
追い出されてはいるが、どうやら影でコソコソしているようだ。
それができるのは、拘束して牢屋に入れてるとかそんなことはせず、領土から出ないよう釘を刺されているだけだから。徳海の優しさによるものらしいが、そのせいで少々軋轢を生んでいると書かれている。
「それなら豆臣様が話していたな。あの女もまだ動いているのだ。警戒するに越したことはないだろう」
「あ、久遠のことなんですけどね、今は織田の領地にいるようです。織田様へ助けを求めるんじゃないでしょうか」
「織田にか……。あの方はあいつを受け入れることはない。まあ、もしかしたら少し利用するくらいはするかもしれないがな」
確信めいた言い方をする石口。元は織田についていたのだし、よくわかっているのだろう。
それにしても、久遠はどこまでも執念深い。また変に絡まれないことを祈るばかりだ――
その後も石口と話していると、足音が聞こえてきた。誰だろうと廊下の角を覗くと、現れたのは島だった。
おそらくいつまで経っても食器を持ってこない私の代わりに、食器を片付けに来たのだろう。
石口がいるのに驚きながらも、いつもの調子で声をかけた。
「石口様、そろそろ仕事にお戻りください」
「チッ、見つかったか。島、饅頭うまかったぞ。次は砂糖の入れ過ぎには気をつけろ」
「……はい?」
石口は去り際に島の肩を軽く叩き、その言葉を残しさっさと行ってしまった。
「お前……まさかあの饅頭、石口様に渡したのか」
「半分ですけどね。美味しそうに完食されてたんで大丈夫ですよ」
「何を持って大丈夫と言っているのか知らんが……まあいい」
空になった湯呑みと皿を手に取り、島は歩き出す。
「私が片付けますよ!」
「いい。お前はこれから力の使い方を覚えてこい」
「おとね、頼む」と誰もいない廊下に声をかけてから、島はスタスタと歩き出してしまった。
「ではいきましょう」
「っ!! びっっくりした……。よろしく、お願いします」
振り返ると、そこに立っていたのは着物ではなく、忍のような装いをしたおとねだった。
私も戦闘用の服とか、欲しいなぁ……
スマートフォンも堂々と見られるようになって、快適度は一気に増した。
けどそのせいで、無駄に絡んでくる女中や将たちの相手がちょっと面倒だった。しかもそれはほとんどが久遠側についていた人たちだ。
縁側でただのんびりとおやつでも食べようと思っていただけなのに、私は終わらない会話にただただ相槌を打っている。早く終わらないかな……
私の願いが届いたのか、ふと突然何かに気づいた人々は、仕事に戻ると慌てて去って行った。
よくわからないがやっと解放されたとおやつに手を伸ばしていると、頭上から声が聞こえる。
「あいつら、媚び売りに必死だな」
私の背後に立っていたのは、石口だった。
もしかしたら石口の姿が見えて逃げたのかもしれない。
石口が本を片手に私の隣に腰を下ろしたため、私はおやつを取ろうとした手を引っ込めた。
その様子を見て、眉を顰めた石口。
「どうした? 食べればいいだろう?」
「いや、何か私に用があるのかな、と……」
「ない。ただ、この時間帯に縁側で読書するのが趣味なだけだ」
読書と言って持ってきていた本は、どう考えても息抜きに読む本ではない。
呪いとか妖とか書かれてる。……意外と中身はファンタジー小説か何かなのか?
「えっと、じゃあ退きましょうか」
「いい。そのままいろ」
石口はなぜか私を引き止める。私がここにいた方が、都合がいいのだろうか。
ならばと私はまたおやつに手を伸ばす。そのまま口に運ぼうとも考えたが、私だけおやつを食べるのも気が引けてしまう。
まだ柔らかく温かい饅頭を、私は半分に割って片割れを石口に見せた。
「よかったらどうぞ」
「……それはお前が楽しみにしているものだろう?」
「別にちょっと食べたら満たされるんで、遠慮はいりませんよ?」
そう言って口元まで持っていけば、石口はそのまま饅頭にかぶりついた。
意外と豪快だなぁ。
「甘いな」
口元についたあんこを指で拭いながら、石口は一言呟いた。
「貴重な砂糖を入れすぎたって言ってました」
「そうか。ところでこれは誰が作ったんだ?」
厨房の者に作る暇はないと、島に以前聞かされた記憶がある。もちろんそれは石口も把握済みに決まっている。だからこそ、そんな質問が出たのだろう。
「島様が」
「島が? お前、あの石頭を手懐けたのか」
「ええ? "石口様から不自由にさせるなって言われてるから作ってるだけだ〜"と口癖のように言ってますよ? なので石口様のおかげです」
「……なるほどな」
口元を抑え、笑いを堪えている石口。私はおかしなことを言っただろうか。
島が甘味を作っている姿を想像して、勝手に笑っているのかもしれない。
割烹着とか着てたら、確かに似合わなさすぎて笑えてきそうだ。
石口はひとしきり笑った後、喉を整えてから私に問いかける。
「ところで、お前は聖具で情勢を把握できるらしいな。どの程度できるんだ?」
「そうですねぇ……」
スマートフォンの電源をつけて、記事を見ながら私は要約しながら言葉にする。
「織田様は着実に進行を進めてて、いまだに天下創世に一番近い男と書かれてますね」
注釈で小さく、"天下創世とはいわゆる天下統一のこと"と書かれている。
ちなみに石口には言わなかったが、織田軍では聖女を求める声が出ているらしい。それが私のことかはさておき、やはり治療術は貴重で欲しいものなんだなと少し優越感に浸った。
「そうだな。うちとは違って活発に動いているのは事実だ」
石口は頷き、「次」と私を見る。
「徳海様は、枯野様――」
「枯野に様はいらん」
瞬時に口を挟んできた石口に、私は一瞬怯んでしまった。石口を見ると、不愉快そうに眉間に皺を寄せている。
どうやら枯野はかなり嫌いらしい。
私は久遠の父親――枯野終道に会ったことはないが、久遠がああなのだから、あまり好きになれるタイプではなさそうだ。
「……えっと、枯野を辺境に追い出して抑圧しているところのようです」
追い出されてはいるが、どうやら影でコソコソしているようだ。
それができるのは、拘束して牢屋に入れてるとかそんなことはせず、領土から出ないよう釘を刺されているだけだから。徳海の優しさによるものらしいが、そのせいで少々軋轢を生んでいると書かれている。
「それなら豆臣様が話していたな。あの女もまだ動いているのだ。警戒するに越したことはないだろう」
「あ、久遠のことなんですけどね、今は織田の領地にいるようです。織田様へ助けを求めるんじゃないでしょうか」
「織田にか……。あの方はあいつを受け入れることはない。まあ、もしかしたら少し利用するくらいはするかもしれないがな」
確信めいた言い方をする石口。元は織田についていたのだし、よくわかっているのだろう。
それにしても、久遠はどこまでも執念深い。また変に絡まれないことを祈るばかりだ――
その後も石口と話していると、足音が聞こえてきた。誰だろうと廊下の角を覗くと、現れたのは島だった。
おそらくいつまで経っても食器を持ってこない私の代わりに、食器を片付けに来たのだろう。
石口がいるのに驚きながらも、いつもの調子で声をかけた。
「石口様、そろそろ仕事にお戻りください」
「チッ、見つかったか。島、饅頭うまかったぞ。次は砂糖の入れ過ぎには気をつけろ」
「……はい?」
石口は去り際に島の肩を軽く叩き、その言葉を残しさっさと行ってしまった。
「お前……まさかあの饅頭、石口様に渡したのか」
「半分ですけどね。美味しそうに完食されてたんで大丈夫ですよ」
「何を持って大丈夫と言っているのか知らんが……まあいい」
空になった湯呑みと皿を手に取り、島は歩き出す。
「私が片付けますよ!」
「いい。お前はこれから力の使い方を覚えてこい」
「おとね、頼む」と誰もいない廊下に声をかけてから、島はスタスタと歩き出してしまった。
「ではいきましょう」
「っ!! びっっくりした……。よろしく、お願いします」
振り返ると、そこに立っていたのは着物ではなく、忍のような装いをしたおとねだった。
私も戦闘用の服とか、欲しいなぁ……


