保育士には臨機応変な対応が必要とされる。


 子どもというものは大人の予想もつかない行動をするときがあるし、いろんな事情を抱えたご家庭が保育園には来ているのだから当たり前。


 そんなふうに言葉でいうのは簡単だが、保育士がひとつ選択をまちがえてしまえば、子どもたちを危険に晒してしまうことがある。


 それで重大なトラブルになってしまえば、保育士の責任問題。


 だから臨機応変に対応するというのは、ときに保育士にとって勇気がいることなのだ。


 それでも保育士が臨機応変に対応をしなければならないのは。


 本当に思ってもみないことで、取り返しのつかないような失敗をしてしまうことがあるからだ。




 今日は土曜日。


 保育園というのは、一般的には土曜日でも開園をしている。


 各園によって様々だとは思うが、土曜保育というものは平日に比べて来る子どもが少ない。


 だから、平日より保育士の体制が少なく組まれていたり、保育の内容も各クラスが合同で生活をしたり、開園時間を短くしているところもある。


 土曜保育は基本、両親のどちらも仕事をしていて、どうしても保育園を利用しなければならないという家庭の子どもをあずかることになっている。


 もちろん。


 冠婚葬祭など、子どもを自分でみることができないとくべつな理由があって、やむ得ず利用するということがあってもいい。


 今日のわたしは土曜保育担当。


 出勤してすぐ職員室の机にリュックを置いた。


 早番なのでいちばん最初に保育園に出勤し、誰もいない職員室で一杯の紅茶を飲む。


 そして、スマホでお気に入りのユーチューバーやSNSで美容関係の動画を見るのが、わたしの至福のひとときなのだ。


 一昔前とはちがい。


 保育士の美容にも理解が広がっていて、保育に支障をきたすようなアクセサリーや服など、その他にも一般的なモラル違反はだめだけど。


 髪の毛のカラーを明るくしたり、多少のメイクをしたり、保育士だって可愛くしたっていいという理解のある保育園が増えた。


 これからの時代、そんなことすら厳しくしすぎてしまったら、保育士なんて仕事をやる人がさらに少なくなってしまうだろう。


 当然。わたしだって女なのだから可愛くなりたい。


 しかし残念なことに、保育士の業務内容と美容というのはけっこう相反するもので、夏場のプールや公園などは紫外線対策が必須だ。


 それでも美容も楽しみながら保育士をしたって、わたしはいいと思っている。


 だってそうじゃなきゃ、まだ結婚もしてないのに…。


 なんならまだ二十代なのに…。


 忙しい主婦さながらに女を捨てて子どもたちと向き合って、毎日仕事ばかりで気づいたら婚期を逃してましたなんて絶対にいや!


 わたしは令和の肝っ玉母さんにみたいになんてなりたくない!


 しかも、未婚だし!


 そして、これもなかなかの大問題!


 この職場には男性が少ない!


 それなのに保育士というのは職業柄、職場で自分の性格というものが露骨に出過ぎてしまう。


 大雑把でがさつとか、細かすぎて口うるさいとか、のんびり屋すぎるとか、せっかちとか。


 だから女の現実をたくさん見てしまった男性保育士となんて、なかなか恋愛には発展しないのだ。


 まぁ、それでも。男性保育士はけっこうな確率で女性保育士と結婚してるけど!


 ちなみに、わたしは男性保育士との恋愛なんて考えられない。


 なんか理想がないからだ!


 元カレは保育士だった。


 いいやつだったとは思うけど、仕事じゃないときまで保育の話とかしてしまうし。


 もっと別世界のドラマような、心が踊ってどきどきする恋愛がしたい!


 どうせ自分には高望みとわかっているけれど、望むくらいはいいじゃん。


 あ、昼休憩のうちに、今月のまつげパーマ予約しとかなきゃ。


 そんなことを考えていたら、職員室の電話が鳴った。


 「はい。こでまり保育園。保育士の椿朝陽です」


 「あ、朝陽先生ですか?おはようございます。中川凛月の父です」


 「あっ!慎吾さん。どうされましたか?」


 彼の名前は中川慎吾さん。


 わたしが今年度担当している三歳児クラスの、中川凛月くんのお父さんだ。


 お母さんの中川景子さんは、現在妊娠をしていて、もうすぐ第二子が産まれる。


 そんな幸せいっぱいな家庭を持つはずの、慎吾さんの声からはどこかおどおどとしていて不安が感じとれた。


 「あの…。急で申し訳ないのですが…、今日って土曜保育に凛月をあずけてもいいですか?」


 普通、このような急な対応は保育士の体制が少ない土曜日だと、保育が危険になってしまう可能性がある。


 「どうかされましたか?」


 わたしは一旦、理由を訊ねた。


 「すみません。上手く言えないんですけど…。ちょっと難しい事情があって…」


 わたしは慎吾さんからまた不穏な雰囲気を感じとったので、すぐに机の上に置いてある体制表を手に取り、保育士の配置と子どもの人数を確認した。


 そして、大丈夫だと判断。


 「わかりました。来ても大丈夫ですよ」


 「ありがとうございます」


 「何時くらいに登園されますか?」


 「今からでも大丈夫ですか?」


 「わかりました。では、お待ちしていますね」


 通話を切ったあと、ちょうど次の保育士が出勤してきた。


 桜井小町ちゃん。二年目の保育士で、彼女は今年度わたしと同じ三歳児クラスを担当している。


 「小町ちゃん、今電話があって凛月くんが今日来ることになった」


 そう伝えると、小町ちゃんは眉間にしわを寄せてあきらかにいやそうな顔をしてこう言った。


 「えー。ちょっと急すぎませんか?理由は?」


 「訊いたんだけど、なにか事情があるみたい。答えたくなさそうだから、とりあえず受け入れたの」


 「えー、そんな勝手な対応しないでくださいよ!次からの土曜日保育でも、急に受け入れなきゃならなくなるかもしれないじゃないですか!」


 「まぁまぁ。今日限りかもしれないでしょ」


 「本当は、土曜日は急な受け入れしちゃだめですよ!親たちにもそういうの、決まりで伝えてありますよね!」


 「そりゃそうなんだけど、慎吾さん困ってたみたいだし」


 「そんな勝手なことしないでください!それって朝陽先輩がなにかあったら責任取れるんですか?園長先生に判断を仰ぐべきだったのでは?」


 小町ちゃんは決められたことを守りたいタイプで、急な変更や臨機応変がもともと苦手。


 子どもというのは急に意見を変えることもある。


小町ちゃんはいつもそういうのに振り回されては困ってしまうような保育士。


 それに今回のように急な変更は子どもだけではない。


 親たちもなにかしらの事情を抱えて要望を言ってくるし。


 職員の休みがあれば、保育は臨機応変を余儀なくされる。


 保育園とはそういう場所なのだ。


 「じゃあ、今は休暇中の園長先生に連絡をしたらよくて、これからも毎回なにかあったら確認を取る気でいるの?もちろん、事の大小で変わってくるけれど、これは現場で判断しなければならないレベルの話だよ。それに目の前で困ってる人がいるのに、助けれる保育体制もあるのに、手を差し伸べなくていい理由はなに?小町ちゃんの言い方は、なにかあったら自分が責任を取りたくないからって聞こえるけどちがう?」


 小町ちゃんは真面目な性格なのだが気が弱く、そのくせ変に去勢を張って普段から保育をしていても、他力本願や人のせいにするところが目立つ。


 だから、今回は少し強めに言ってやった。


 すると黙り込む、小町ちゃん。


 少し間が空いたあと、「でも、慎吾さんは最近ルーズすぎます!平日だってぜんぜん凛月くんのお迎え時間を守らないじゃないですか!」と小町ちゃんが呟いた。


 たしかにそうなのだ。


 ちょっと前なら、いつも五時には凛月くんのお迎えに来ていたのに、最近はなぜか時間がバラバラ。


 保育日誌には毎回五時お迎えと書いてあるけれど、ここのところその時間が守られたことは一度もない。


 「わたし、そういうルーズなの許せないんです!だってみんなが時間を守らなきゃ、帰る職員に対して子どもが減らないわけだから、保育だって圧迫するし、みんなに迷惑がかかるんですよ!慎吾さんみたいな親が増えたら保育園が崩壊します!」


 「じゃあ、慎吾さんがそういうことしてて、みんなが真似してお迎え時間守ってないってなってる?」


 「なってませんけど…」


 「そう。親たちはみんな大人だよ。モラルをちゃんと一人ひとりが持ってる。周りの人のことをちゃんと考えて行動してる。だからこの場合、なぜ慎吾さんがルーズになってしまっているのか、その理由を分析するのが保育だと思う」


 わたしがそう言ったら、「はぁー。もういいです」と大きなため息をついて小町ちゃんは職員室を出て行った。


 まぁ。小町ちゃんの言いたいこともわかる。


 こわいんだよね。


 保育士も人間だ。


 なにかの事情で急に職員の休みが重なり、保育体制が突然薄くなってしまうことがある。


 そして、その日にたまたま来る子どもが多くて、落ち着いた保育が成立してない場合。


 トラブルが起こる可能性が一気に跳ね上がる。


 リスキーな保育は、保育士の精神をすり減らす。


 安い給料。なのに重い責任ととなり合わせ。


 さらに場所によってはめんどくさい人間関係もあったりする。


 まさに保育士の離職率が高い理由そのものだ。




 夕方。


 今日の保育が無事に終わり、凛月くんは慎吾さんと帰って行った。


 保育日誌通り、五時お迎えだった。


 凛月くんが最後の子どもだったので、普段より早いけど誰もいないので保育園の戸締りを始める。


 「はぁ〜。今日も終わった〜」


 わたしが伸びをしてから窓の施錠をしていると、「さすがに急にあずけたから今日は時間通りにお迎え来ましたね」と、保育室に散らかっているおもちゃの後片付けをしている小町ちゃんが言った。


 「そうやっていちいち目くじら立てないの。それに凛月くんがひとり増えたからって、実際に保育が圧迫されたわけじゃなかったでしょ!」


 「そうなんですけどー!」


 2025年現在。


 国が定める三歳児に対しての保育士の配置基準は、十五人の子どもに対して保育士が一名と決められている。


 今日だって配置基準をオーバーしているわけではないのだ。


 0歳児が増えるならともかく、幼児がひとり増えたらからといってものすごく慌てる必要はない。


 「でも、こういうのって今日の保育が大丈夫だったから良かったよね、じゃないと思うんです!だって朝陽先輩がいなくてわたしひとりだったら、凛月くんを絶対に受け入れられなかった…」


 たしかにそうなのだ。


 配置基準をクリアしているからといって、現場にいるのが新人保育士ばかりだったり、土曜日みたいに他クラスと合同で子どもを保育する場合、自分が関係を築けていない子もみなければならない。


 すると配置基準はクリアできているのに、現場にいる保育士の力量を超えてしまっているという場合もある。


 つまりそれは、保育で子どもたちの安全が確保できていないということ。


 その場合、急に子どもを受け入れるという判断はまちがいとなる。


 その判断を正確に見極めるのも保育士の力量が必要になるのだ。


 自分にはその判断ができないし、とにかく責任を負いたくないという保育士は、小町ちゃんのように考えることもせず真っ先に断ってしまうだろう。


 保育園によってはトラブルを避け保育士たちの身を守るため、決め事通りじゃないことはやらない。


 そう教えられている場所もあると思う。


 たしかにそれもまちがいじゃないとは思う。


 しかしその決め事が、困っている人に本当は手を差し伸べられるはずなのに、差し伸べられなくなってしまうものなら。


 わたしはその決め事は見直す必要があると思う。


 保育知識、経験値、判断力、人間性、精神力、体調のコンディション。


 すべてが保育士の力量として反映される。


 この仕事は難しい。


 なにも考えずにこれだけやっていれば正解というのがまったくないのだ。


 以前、休憩中に職員室で、転職するならなんの仕事をやりたいという話を先輩保育士の悠さんとしたことがある。


 「俺は、晴がカフェを開くのが夢だったから。田舎でカフェでもやろうかなぁ。渋いイケおじ店長になりたい!店の名前は晴れカフェとかいいなぁ〜」


 晴さんというのは、十年前に亡くなった悠さんの奥さん。


 悠さんはにこにこしながら、晴さんとの思い出やふたりでやりたかったことをたまにこうやって語ってくれる。


 「でも、悠さんって絶望的に料理できないじゃないですか。それに店内の雰囲気だっておしゃれじゃないと。悠さんってそういうのも苦手そう。カフェは晴さんだからやれることで、悠さんじゃやれないでしょ!」


 「う…。朝陽ちゃんってたまに晴みたいなこと言うからやだー!」


 図星をつかれて、がっかりした顔をしながら肩を落とす悠さんが面白い。


 「天国の晴さんから、悠さんがバカなことしないか見といてってお願いされてますからね」


 「はいはい。じゃあ、朝陽ちゃんは転職するならなにがいいのさ」


 「えー。わたしはなんだろう…。ひとりがけっこう好きだし。旅行とかも好きだし。保育士とは逆に、あまり人と関わらないで自分のペースでやれる仕事がいいなぁ」


 すぐに名案が思いついた。


 「わたし長距離トラックの運転手がいいです!好きな音楽をひとりで聴きながら高速道路を運転して、いろんな街や景色とか見て、その土地のご当地の美味しい食べ物とか食べて〜」


 長距離トラックの運転手に夢を膨らませていると、悠さんが腹を抱えて笑い出す。


 「あははは。朝陽ちゃん、絶対やめといたほうがいい!荷物届けるのは時間厳守だろうし。トラックの中で寝泊まりだってあるだろうし。絶対そんなに甘くない。あとさ〜。朝陽ちゃんって絶望的に運転センスないから絶対やめといたほうがいい!」


 たしかにわたしは車の運転センスが絶望的にない。


 よく右と左をまちがえ、焦って急ハンドルをする。


 運転免許取り立てのころは、駐車するとき内輪差が原因で何回も事故った。


 この前もわたしの愛車であるラパンに悠さんを乗せて研修に行ったとき。


 運転が荒くてこわい、となりに乗ってるとヒヤヒヤする、と悠さんに言われたばかりだ。


 たしかに思い返してみればわたしは保育という分野以外、けっこうぽんこつなのかもしれない。


 はぁ。こうやって保育士という仕事から離れられなくなっていくのか…。


 良いのか悪いのか…。





 次の月曜日。


 今日は子どもたちの落ち着かない姿が目立つ。


 子どもたちは土日を挟むと、家から保育園がメインとなる生活変化に影響をされるし、遠出の遊びに行っていたら疲れているわけだし、もともと大好きなママからは離れたくないしと、いろんな理由で月曜日というのは子どもたちが不安定になりやすいのだ。


 大人でも休日明けの月曜日というのは壁を感じるもの。


 わたしだって日曜日の夜から、あぁ明日から月曜日が始まる〜とか考えると憂鬱になる。


 それが子どもたちにとっては、もっと大きな壁となるのだ。


 それに今日の天気は雨。


 子どもたちは公園に行けず、思いっきり体を動かしたい要求が満たせていない。


 このような要因が重なってしまったとき、トラブルが起きやすいのだ。


 夕方、自分の勤務が終わったあと、職員室に残ってパソコンで週案を書いていると、保育室のほうからガシャンッバリバリーッと大きな物音がした。


 次に「ドアが外れたー!」「ガラスが割れたー!」と、子どもたちの騒がしい声が飛んでくる。


 「キャーーーーーーーーーー!」


 これは子どもの叫び声ではない。この声は小町ちゃん。


 トラブルが起こったとき、保育士自身が不安な素振りをしてしまうと、その不安がダイレクトに子どもたちへと伝わってしまう。


 子どもたちへの学びのために、怒る、驚く、こわがるなど、演技はしてもいいけれど。


 子どもたちを安心させたいのならば、心はいつでも冷静でいなければならない。


 それが小町ちゃんにはまだ難しい。


 わたしは保育室に駆けつけた。


 扉を開けてすぐ状況を確認する。


 外れたベランダに出るための扉。


 その下には割れたガラスが飛び散っている。


 わたしよりも先に駆けつけた、となりのクラス担任をしている悠さん。


 そして椅子に座って、悠さんに足の出血を見てもらっている大泣きの凛月くん。


 飛び散ったガラスの周りを野次馬のように囲む子どもたち。


 凛月くんを心配する子どもたち。


 なにをするわけでもなく、ただおろおろとしているだけの小町ちゃん。


 頭がパニックになってしまっているのだろう。


 わたしはすぐ小町ちゃんに指示を飛ばす。


 「小町ちゃん!早く子どもたちを別室に移動させて!ここにいたらガラスを踏んで二次被害が出る!」


 「え、あ、でも。飛び散ったガラス片付けなきゃ」


 「それは今からわたしがやる!ガラスの片付けなんてあとからでもやれること!いつでも優先は子どもたちの安全確保!」


 「は、はい!わかりました!」


 小町ちゃんは、凛月くん以外の子どもたちをとなりのクラスに移動させた。


 「勤務上がってるのにありがとう。朝陽ちゃんが駆けつけてくれてめっちゃ助かった」


 悠さんが凛月くんの足をガーゼで止血しながらお礼を言った。


 「いえいえ。それより凛月くんの怪我はどんな感じですか?」


 わたしは飛び散ったガラスを塵取りで集めてから、掃除機を念入りにかける。


 「どうやら割れたガラスを踏んで足を切ってしまったらしい。傷がちょっと深いなぁ。一応刺さってたガラスの破片は取ったけど、細かく飛び散ってるガラスが周りにあったし、傷口にまだ破片が残ってるかもしれない。でも目視ではこれ以上の確認ができない。病院に連れて行って診てもらうのが妥当だと思う」


 「わかりました。じゃあ、わたしが」


 「いや、今回は俺が病院に連れていく。朝陽ちゃんは本当は上がりでしょ」


 「すみません。ありがとうございます。なら小町ちゃんから詳しい状況確認をして、お父さんへの連絡はしておきます」


 「ありがとう。助かる!」


 悠さんはすぐに凛月くんを病院に連れて行った。


 わたしは小町ちゃんからなにが起こったのかを詳しく聞いたあと、慎吾さんに電話をした。


 どうやら保育室内で、凛月くんを含め数人の子どもたちが走り回って扉に激突。


 倒れた扉のガラスが割れて、運悪く凛月くんが破片を踏んで足を切ってしまったらしい。


 今日は月曜日だし、子どもたちが不安定になる要素が多すぎた。


 さらに雨でエネルギーを発散することもできず、保育室内で子どもたちが走り回ってしまった光景が想像つく。


 保育士がもっと、なにか暴れずにすむ他のあそびを保育室内で展開できなかったものか。


 それでも、どうしても子どもたちが体を動かしたかったのなら、園内のホールに移動するなど他にも手はあったはず。


 目の前の子どもたちを落ち着いて分析し、保育を工夫すればこれは避けれたはずのトラブルだ。


 しばらくしてから、凛月くんのお迎えで慎吾さんが来たのが職員室の窓から見えた。


 ちょうど悠さんも凛月くんを連れて病院から帰って来て、受診結果を話し慎吾さんに謝罪をする。


 どうやら、細かいガラスの破片がまだ足の傷に刺さっているということはないらしい。


 さらなる大事にはならなくてすんだ。


 わたしは胸を撫で下ろしほっとする。


 しかし、そのとき。


 凛月くんの荷物を保育室から持って来た小町ちゃんが、なんで今それ言った?と思うようなことを言ってしまう。


 「今日はごめんなさい、慎吾さん。最近の凛月くんちょっと落ち着かないんですよね」


 「はい。そうみたいですね…」


 顔色が曇る慎吾さん。


 「登園の時間や、お迎えの時間が安定しないと、子どもって不安定になってしまうんですよ。土曜保育の申請もちゃんと事前にやってくださいね。今後は気をつけてください」


 さらっとそう伝えた小町ちゃんに、は…?と、わたしは呆気に取られてしまう。


 たしかに小町ちゃんの言うことはまちがいではない。


 子どもは『いつもちがう』より『いつもと同じ生活』


 その繰り返しのほうが安定をしていく。


 しかし、慎吾さんになにかしら事情があるのかもしれないし、まだそこがはっきりとしていない段階だ。


 それに保育園でさっき凛月くんが怪我をしたばかり。


 なぜ、このタイミングでそれを伝えなければならないのか。


 考えたとき、すぐに答えは出た。


 小町ちゃんには、相手の事情を考える頭がまったくないのだ。


 自分の仕事が大変になりたくない。


 自分が責任を取りたくない。


 そんなことで頭の中がいっぱいなのだ。


 慎吾さんが凛月くんを連れて帰ったあと、「小町ちゃん。なんで今それ言った?」と低い声で問いただす悠さん。


 その表情はあきらかに怒っていた。


 悠さんが怒りの感情を表に出すのはかなり珍しい。


 いつもにこにこしていて天然な性格で、誰に対してもひらたすらに優しいのが悠さんなのだ。


 わたしに保育の指摘をしてくるときは、いつも優しくないけど。


 それでもあきらかに怒って言ってくることなんてまずない。


 「え、わたしなにかまちがったこと言いましたか?」


 悪びれる素振りもない小町ちゃん。


 「自分でなにが本当にまちがいかわからないの?」


 「わたしはこの安い給料に見合ったぶんの仕事をしているつもりです!朝陽先輩も、親を支えろとかよく言うけど、甘やかしすぎなんですよ!相手は大人だし!自分で望んで産んだ子どものめんどうですよ!自分で責任持てないのなら初めから産まなきゃいいのに!それなのに保育士の負担ばっか増やして、こっちがミスをすれば謝罪しろとか責任取れとか、クレームをつけてくるんですよ!」


 「SNSとかだと、よくそういうコメントを見かけるよね。世の中にはそういう意見もあって当たり前だと思う。でも俺たちは保育士なんだわ!」


 「そうですよ!だから毎日大変だけど子どもをあずかって保育してるじゃないですか!」


 「やっぱ、なにもわかってないわ」


 「なにがですか?」


 「ただ子どもをあずかってるだけじゃない。子どもと親を支えるのが保育だよ。本当にその人のことを支えるって、どういうことなのかちゃんと考えなよ。それができなきゃ職務放棄で園長に報告をさせてもらう。寿司屋が寿司を握る、大工が家を作る、医者が病気を治す、それと同じこと。保育士は子どもと親を支える!俺たちは優しいわけでも、甘やかしてるわけでもない!それが仕事だからやってるんだよ!」


 悠さんにそうはっきりと言われた小町ちゃんは、不貞腐れてそのままどこかへ行ってしまった。


 悠さんが廊下から職員室に扉を開けて入ってくる。


 「お、朝陽ちゃんまだ仕事してるんだ。帰んなきゃだめだよ〜。次の日に疲れが残る。無茶できるのは若いうちだけだよ〜」


 わたしを見つけた悠さんは、少し疲れた顔をしながらぼさぼさの頭をかいてそう言った。


 「終わりたくても、終われないんですよ!悠さんだってパソコン作業は人一倍遅いじゃないですか」


 悠さんは保育現場で子ども相手の仕事は得意だけど、パソコンや制作物といった事務仕事はものすごく苦手なのだ。


 週安月案、制作物、えんだよりなど、このような事務仕事は保育士をしていれば避けて通れない。


 「俺はあれだよ。あれが苦手なの。あれで書いた文章をワイハイを使ってコピー機に送るやつ!」


 「あれあれって言ってるけど、Wordです。令和の時代にまだWordって名前がぱっと出てこない保育士ってやばいですよ!いい加減それくらい覚えてください!」


 「そうそう。それそれ〜!いいんだよ!すぐ名前が出てこなくても一応使えるんだから!」


 さっき怒っていたときとは別人のように、悠さんは柔らかくて人懐っこい表情をしてけらけらと笑う。


 「そういえば、悠さんが怒るのってなんか珍しいですね」


 「あー、さっきの聞こえたんだ」


 「職員室に、まる聞こえでしたよ」


 「べつにめちゃくちゃ怒ってるってわけじゃないんだけどさ。このまま保育士をつづけていれば小町ちゃんは絶対後悔をするし、傷ついてしまうだろうなって思ってさ」


 「そうですね…」


 わたしも過去、親に対し内面的な事情まで想像ができず、余計なことを言って失敗してしまった経験があるので、保育士をしてれば誰もが一度は通る道と思いつつ、思い出すといいものじゃない。


 小町ちゃんのように、ただ子どもをあずかるだけの仕事と、表面的なことだけを考えて働いていると、何年も保育園で働いているうちに、なんでわたしって子どもをみたいだけなのに、こんな大変なことをやっているのだろうと疑問に思う瞬間がある。


 そんなとき。


 保育園とは、もとから子どもや親のみんなを支える場所であり。


 悠さんが言ったように、本当にその人を支えるってどういうことなのかをちゃんと自分で考える力を持っていないと、数年後保育士をやめていくことになる。


 どの仕事でも同じだとは思うが、ひとつの仕事を長くつづけていると、だんだんとその仕事の本質が見えてくる。


 そのうえで、やり甲斐を持って働きつづけるか。


 もう、やめるか。


 悠さんは保育士という仕事の本質を、小町ちゃんに伝えたかったのだ。


 そして、小町ちゃんが本当に後悔をすることとなる出来事が、早くもやって来てしまう。




 三週間後。


 職員会議で園長先生から、ある議題が上がる。


 「最近、中川さんのところが保育園に来ていないらしいけど、担当は把握していますか?」


 「もうニ週間以上、保育園に来ていないです。連絡もなしに保育園を休んだ二日目にわたしのほうから電話をしました。そのときはお父さんの慎吾さんから、自分が仕事を休めるから家で凛月くんをみますとお聞きしました」


 わたしがそう報告をすると、園長先生は顎に手を当てながら少し考え、こう訊ねてきた。


 「朝陽ちゃんは、どう思う?」


 「なにかあると思います」


 わたしは即答した。


 「他に情報はある?」


 「お母さんの景子さんが妊娠中で、出産予定日はまだ先のはずです」


 「最近、お母さんは保育園にお迎え来てた?」


 「いえ、来ていません」


 「うーん」


 園長先生は腕を組んで目を閉じて思案をする。


 凛月くんがもう二週間以上も保育園に来ていない。


 お母さんも、何ヶ月も見ていない。


 そして、この前の小町ちゃんの一件。


 正直、いい想像がなにもできない。


 悠さんも腕を組んで深刻な顔をしている。


 小町ちゃんは真っ青な顔をして震えながらとなりで、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「わたしのせいじゃない。きっと、わたしのせいじゃない」と呟いていた。


 「家庭状況を正しく把握する必要がありそうね。朝陽ちゃん、今日中に電話をして中川さんのところに家庭訪問を入れてほしい」


 「わかりました」


 そして三日後、担当のふたりで家庭訪問に行くこととなった。





 家庭訪問、当日。


 「はぁ…。憂鬱です」


 小町ちゃんが歩きながらそう呟いた。


 中川家は保育園から徒歩十分。


 なので、今はふたりで歩いて向かっている。


 「なにが憂鬱なの?家庭訪問に行かなきゃならなくなったこと?」


 「それもだけど。もう全部ですよ…」


 小町ちゃんはうつむいて、小さくそう答えた。


 家の前まで着いたので、わたしはチャイムを鳴らす。


 するとマンションのオートロックが開いたので、わたしたちは中に入った。


 三階の扉の前でチャイムをもう一度鳴らす。


 「すみません。こでまり保育園の椿と桜井です。家庭訪問に来ました」


 「こんにちは。散らかってるんですけど、どうぞ上がってください」


 開いた扉から少しやつれた慎吾さんが出てきて、わたしたちはリビングに案内をされた。


 そして、すぐ異変に気づく。


 リビングまでの廊下に並べられた大量のゴミ袋。


 リビングはおもちゃや物が乱雑に散らかっていて、ダイニングテーブルには畳んでない衣類が山積みになっている。


 とても産まれたばかりの赤ちゃんが一緒に暮らせるような部屋の状態じゃない。


 お母さんである景子さんの姿も見当たらない。


 すると、「あ、朝陽先生と小町先生だ〜!」とスマホを片手に持った凛月くんがべつの部屋から出てきた。


 「凛月。パパはちょっと先生たちとお話しがあるから、あっちでユーチューブ見てなさい」


 「はーい!」


 おそらく自分で子どもをみきれないから、ずっとスマホを見させているのだろう。


 慎吾さんが床に散らかっている物をどかしてくれたので、わたしたちはそこに腰を下ろす。


 「すみません。ろくに掃除もできてなくて…」


 慎吾さんは正面に座ると、頭を下げて謝った。


 「いいえ、お気遣いは入りません。それよりも、保育園に来ない理由と、部屋を見る限りなにか事情があるとお察しします。家庭状況のほうを教えていただけませんか?」


 わたしはなるべく柔らかい口調で単刀直入に訊いた。


 「はい。いつか話さなきゃと思いつつ、話すこともできず今になってしまい申し訳ありません。まず最初に、景子は今入院をしています」


 わたしと小町ちゃんは息を呑んで、暗い顔をした慎吾さんの話を聞いた。


 慎吾さんによると、景子さんは現在、羊水過多症という病気で近くの桜舞大学病院に入院中。


 羊水過多症とは名前の通り、妊娠中にお腹の中の羊水の量が必要以上に多くなってしまっている状態のこと。


 そして来週には、切迫早産で赤ちゃんを産まなければならない。


 産んだ赤ちゃんは、すぐに大学病院のNICU(新生児集中治療室)で入院することとなるが、おそらく三ヶ月も命が持たないと医者から言われているそうだ。


 そんなつらすぎる現実を突きつけられた慎吾さんは、景子さんのいない間の生活をひとりでなんとかするため、在宅ワークに切り替えて子育てもがんばっていたが、精神的にまいってしまい仕事が手につかず先週から休職中。


 保育園に連れていっても、時間通りお迎えに行くことすらしんどくて、なんとか凛月くんを今は家でみているという状態だった。


 その話を聞いて真っ青な顔をした小町ちゃんが、「なんでもっと早く…、そんな大変な事情を保育園に教えてくれなかったんですか…」と小さい声で呟いた。


 「ごめんなさい。数週間前までは赤ちゃんが助かると思っていたんです。きっとなんとかなるって…。ここまでの事態になるとは思っていなくて…。今は言葉にするのもこわくって…。景子がいなくても…、ひとりでもっとがんばらなきゃってそう思っていたんです…。でもだめでした。凛月は毎日ママがいなくて夜寝るとき泣くし…。急にあずけた土曜保育の件や、時間通り保育園を利用できず凛月を余計不安定にさせてしまうし…」


 慎吾さんは言葉を詰まらせ目には涙をためながら、そう打ち明けてくれた。


 「事情はわかりました。保育時間ですが融通は効くので大丈夫です。慎吾さんの都合のいいタイミングで登園したりお迎えに来てください。土曜保育も、いつでも利用していただいて構いません。全職員に事情を伝えておきます」


 わたしがそう伝えると、慎吾さんは震えながら口を開く。


 「でもまた、凛月を余計不安定にさせてしまいたくなくて…」


 「今の話をお聞きしたところ。お母さんと離れ離れで慣れない生活している現状では、なにをしても凛月くんは不安定になってしまうと思います。それは慎吾さんのせいではありません。凛月くんは保育園でいろんな人と会って気分転換をしたほうがいいし、その間に慎吾さんも身体を休めてください。お願いします。保育園に凛月くんを連れて来てください。じゃないとわたしたちが、慎吾さんと凛月くんを支えることができません。お願いします。わたしたちに支えさせてください」


 慎吾さんはわたしの話を聞きながら、涙をこぼして何度もうなずいてくれた。






 家庭訪問からの帰り道。


 黒い雲に覆われた空。


 土砂降りの雨。


 傘を持ってきていなかったので、ふたりで濡れて帰ることにした。


 小町ちゃんは歩きながら、わたしのうしろでずっと泣いていた。


 こんなとき、いつも思う。


 もっとらくな仕事はあったよな。


 人の事情とか考えずに、今くらいの給料をもらって、責任とかも今より軽くて、休みとかいっぱいあって…。


 でも…、目の前で困っている人がいるのなら。


 その人の事情を自分が知ってしまったのなら。


 手を貸さずにはいられない。


 結局そんな人ばかりが、保育士をやめずに最後まで残っている気がする。


 わたしたち保育士は、保育をすることでしか人を助けることができない。


 産まれてくる赤ちゃんの運命。


 その運命の前に、保育士は無力でしかない。


 中川家は今、絶望的な状況。


 だけど…。


 それでも慎吾さんや凛月くんや景子さんに、わたしたち保育士ができることは残っている。


 それを実行しなければならない。


 今はたとえ難しくても。


 いつかは三人の人生が良い方向へ、向かってくれると信じて。


 また笑顔になれる日が来ると信じて。


 わたしたちは保育現場に立ちつづけなければならない。






 次の日から、慎吾さんは凛月くんを保育園に連れてくるようになった。


 しかし、保育室で楽しげに友達と会話している凛月くんに、わたしはなんて言葉をかけたらいいかわからなくなってしまったときがあった。


 「凛月くん、久しぶり〜!凛月くんちってもうすぐ赤ちゃん産まれるんだよね?」


 「うん!赤ちゃんが産まれてくるのすごく楽しみなんだ!ママは今入院しちゃってて会えないのはつらいけど、僕がんばるよ!」


 おそらく凛月くんはまだ、産まれてくる赤ちゃんが数ヶ月しか生きることができないという事実を伝えられていない。


 そして産まれてからも、赤ちゃんはNICUにすぐ入院となり会うこともできない。


 景子さんもその付き添いとなり家には帰って来れないはず。


 慎吾さんは不安な中、慣れないひとりきりでの子育てを必死にがんばっている。


 景子さんは羊水過多症で自分の体がしんどい中、産んだあとも大切な赤ちゃんの過酷な運命を間近で見ることとなる。


 凛月くんは近いうち、つらすぎる現実を知ることとなる。


 わたしは頭の中で先のいろんなことを想像してしまい、気づいたら唇をぐっと噛んでいた。


 そのとき。


 小町ちゃんが、凛月くんをうしろからぎゅっと優しく抱きしめてこう言った。


 「凛月くんも、ママも、パパも、赤ちゃんも。みんなすごくがんばってるもんね。なにがあっても必ず保育園に来るんだよ。必ず先生たちが守るからね。助けるからね」


 「ありがとう、小町先生!」


 凛月くんは、にっこりと微笑んだ。






 休憩中の職員室。


 「小町ちゃん、ちょっと保育士らしくなってきたじゃん」


 悠さんがコンビニ弁当を食べながら、あっけらかんと急にそう言った。


 さっきの保育室でのやりとりを、たまたま見ていたのだろう。


 小町ちゃんが自分で作ってきたお弁当を食べる手を止めた。


 「上から目線でそういうこと言うの、令和じゃだめなんですよ!悠さんの天然通りこしてノンデリおじさん!」


 わたしは連絡ノートを書きながらそう呟いた。


 「はぁ〜。わかってないなぁ〜、朝陽ちゃん!俺は褒めてんだけど!」


 悠さんが、こっちに向かってあっかんベーっと舌を出す。


 「いいですよ、朝陽先輩!悠さんになんて好きに言わせといても…」


 小町ちゃんが口を開く。


 「わたし、こんな仕事いつか絶対やめてやります!人の裏側の事情まで察してあげて、その場で臨機応変するなんて、わたしには向いてないしきつすぎ!自分の対応ひとつがその人の生活に大きく影響出ちゃうとかも責任重すぎだし!」


 しかし、小町ちゃんはどこか腹を括ったような顔をして次にこう呟く。


 「でも、こでまり保育園で働いてるうちはわたしも保育士です。わたしは、わたしがやるべきことをやります。保育士として」


 「ほら、保育士になってる」


 少し嬉しそうにそう呟いて、悠さんは言葉をつづける。


 「君が現場に立ってることで、みんなが笑顔になっていい方向に変わっていく。そんな保育士になってほしい。そういう保育士が現場にひとりでも多く増えてほしいと思ってるんだ!」


 悠さんのその言葉に、わたしはため息をついて呆れて言ってやった。


 「だから小町ちゃんは、いつかやめるって言ってるじゃん!悠さんって本当人の話聞いてないですよね!やばいよ!」


 すると悠さんは、にやにやしながら「えー!じゃあ俺もやめるー!」とふざけだす。


 「はぁ…。じゃあ、わたしもやめよー。絶対いい人見つけて早々と結婚してやるから」


 「え、俺のこと追ってやめるの?俺のこと好きなの?朝陽ちゃん?」


 「えー、そういうのうざいですー。ノンデリのうえに勘違いまでしてる!誰か助けてー!ここに変なおじさんがいまーす!」


 「俺が子どもの頃には変なおじさんってギャグがあってな!こうやってやるんだよ!ほら、変なおじさんっ!」


 悠さんが得意の変顔を披露する。


 そんなわたしと悠さんのやりとりを見ていた小町ちゃんが思わずぷっと吹き出してこう言った。


 「ふたりとも、ぜんぜん良い人でも優しい人でもないじゃん」


 そう。


 わたしたち保育士は、決して良い人でも優しい人でもない。


 保護者が、急に無理難題なことを言ってきたとき。


 それをすぐに無理と一蹴してしまうのではなく。


 一度、受け止めてじっくり考えてみる。


 それは安全なことか。


 実現可能なことか。


 なぜ、そんなことを言ってきたのだろう。


 なにが自分にできるベストな支援なのだろう。


 笑顔のポーカフェイスの下で、いつもそんなふうに分析をしている。


 以前。


 なんでそんな大変な仕事をずっとつづけてるの?もっと良い条件の仕事だって世の中にはあるじゃん!


 そう友達に言われたことがある。


 幼い頃、公園で迷子になった自分を助けてくれた保育士さんのようになりたかったから。


 それはあくまで保育士になったきっかけに過ぎない。


 今、わたしがこの仕事をつづけている理由。


 それは子どもが好きだからとか、そんな単純だったり。


 困ってる人を助けたいからとか、そんな聖人のような理由ではない。


 ただ、保育園という場所では。


 本当に困って、頭を抱え、涙を流し、心を痛めている。


 そんな子どもや親が目の前にいて。


 自分が手助けるするための専門技術を身につけているにも関わらず、それを見て見ぬふりなんてできないだけ。


 だからわたしは今日も、保育現場に立ちつづけている。


 なにがあっても。


 みんなを笑顔にするために。


 世の中には、そんな保育士たちがたくさんいる。